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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第二話 真祖・クシャルネディア討伐編 前編
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15 魔法仕掛けのゴブリン






『トパーズ』は東部娼婦通り、そのメインストリートから一本外れた裏通りにひっそりと建っている。この通りには客引きの男や淫靡いんびな表情を浮かべる街娼などの姿がない。大通りに面する店は値段が安く、若さだけが取り柄の粗削りな娼婦が大味なサービスを提供する二流の店がほとんどで、技量と華やかさを取り揃えた上質な店は裏通りに集中している。トパーズはそんな高級娼館のひとつだ。店構えは飾り気がなく簡素だが、上質な木材で作られた分厚い扉はある種の威圧感のような物を醸し出している。扉を開けるとランプの灯りに室内がぼんやりと浮かび上がる。床に敷かれた赤い絨毯、壁際に置かれたソファ、壁にかけられたいくつもの絵画、淡い照明の中でそれら調度品はハッキリとした輪郭を持って姿を現し、甘い香水のような香りが客人を迎え入れる。


 その店を、サツキが訪れる。


「いらっしゃいませ」


 トパーズに足を踏み入れたサツキに、ひとりの男が頭を下げる。上品な佇まいの男だ。整った身なりをしている。


「ようこそトパーズへ」


 美しいバリトンが響き、柔和な笑みを彼に向ける。


 上品な男は料金設定、女性の選び方、注意事項などをよどみなく話はじめる。サツキは室内を適当に眺め回したあと、話を遮るように「地下室は何処だ?」と聞いた。その問いに上品な男は言葉を切り、サツキを見る。表情は変わらず柔和だが、視線に鋭い物が交ざり、サツキを品定めするように上下する。しばらく眺めたあと、男は口を開く。


「符丁を」


「符丁?」


「はい。地下室を御利用なさるには符丁が必要です」


 闇ギルドは非合法であり、誰彼かまわず受け入れるわけではない。裏の案内所には符号が設定されており、その言葉を知っていなければ立ち入りを許可されない。


「符丁など知らない」


「では、お引き取りください」


 上品な男は、口調こそ丁寧なものの声色は先程とは明らかに温度が違う。顔つきも硬くなり、警戒心を露にしている。


「それはできない。俺はアズレトって馬鹿に用があるんだ。案内しろ」


「時々貴方のような人が訪れ、無茶な要求をしますが、そういう輩はろくな目にあいません。お引き取りを」


「嫌だと言ったら?」


 男は面倒臭そうにため息をつき「出番だ」とよく通る声を出す。男の背後の扉が開き、数人の女が姿を現す。美しい顔立ちの女たちだ。六人いる。全員が下着姿で、薄く透けたローブを羽織っている。この店の娼婦に見えるが、彼女らは一様に下腹部から太ももにかけて黒い薔薇の刺青を入れており、両手には装飾の施された短剣が握られている。【薔薇乙女】と呼ばれる闇ギルド所有の殺戮集団である。五闘級以上の女性近接職だけで構成されており、彼女らは王都の至るところに配置されている。貴族の愛人になるものや王国ギルドの受付嬢をするもの、果ては王国騎士団に所属するものまで、幅広くおり情報収集や暗殺など、様々な犯罪に手を染めている。今目の前に現れたのは『トパーズ』護衛のために配置された薔薇乙女だ。娼婦に紛れるために下着姿なのだろう。


 薔薇乙女の面々はサツキを取り囲む。あくびをしたり髪をかき上げたり、緊張感の無い彼女たちだがサツキを見る、獲物を見るような眼だけは鋭く輝いている。


「これが最後の忠告になります。どうぞ、お引き取りください」


「そうか。忠告痛みいる。いいからさっさと案内しろ」


 男は再度ため息を吐く。


「どうやら話の通じない御方のようだ。お前たち」


 男は一拍置いた後、ドスの利いた声で


「奥へ連れていって痛めつけろ。そうだな、もうこんなふざけた事を言わないように手足を一本ずつ切り落とせ。抵抗するようなら殺して構わん」


 薔薇乙女の全身に殺気が充溢する。彼女らは剣を握り直し、娼婦が客に向けるような淫靡な表情でサツキに近づいていく。


「今日は本当に」


 サツキは嗤いながら女たち、その向こうに立つ男を見る。俺を殺せると思っている、異種族殲滅用生体兵器ドラゴンキラーを殺せると思っている、人間たち。幾千もの異種族を虐殺し、幾百ものドラゴンをほふり、黒竜と対等に渡り合った生体兵器No.11を殺せると思っている、阿呆ども。サツキの瞳が赤みを増していく。


「本当に馬鹿ばかりに出会う日だ」


 サツキは指の骨を鳴らす。乾いた音。それが自分達を死にいざなう音だと彼女たちが気付くのは、数秒先になる。








 アズレトは右手を見る。包帯の巻かれたそこには親指と小指しかない。傷口は熱く、その先にあるはずのない指が痛みを訴えてくる。


「クソッ!」


 琥珀色の蒸留酒を一息に飲み干すと、彼は酒場に行きもう一杯注文する。受けとるとまたクエスト案内所へ戻り、壁に凭れながら今度はちびちびと酒をなめる。


 アズレトがいるのは闇ギルドのクエスト案内所だ。半分が酒場、もう半分が案内所になっている。一昨日までの彼なら酒場で騒ぎながら酒を飲んでいたろうが、今日はそういう気分ではなかった。大物商人ゴードンの奴隷を取り逃がし、公衆の面前で醜態を晒した彼の中にはドロドロした感情が渦巻いていた。彼はよく酒を酌み交わす男たちに泣きつき、昨夜の青年の始末を依頼した。死体の頭部に金貨15枚。生け捕りなら30枚。できることなら生け捕りがいい。彼は親指で傷口に触れる。激痛が走り、包帯に血が滲んでいく。苦痛に顔を歪めながらアズレトは思う。


(もしおれの前に現れたら、あの野郎の指を全部切り落としてやる。泣かせて、命乞いをさせて、殺してやる!)


 アズレトは憎悪に燃えている。


 酒が回ってきたのか視界が歪む。


 頬が火照る。


 足元の力が抜ける。


 酔いを振り払うように、彼は首を振る。


 その時、裏クエスト案内所の扉が開く音がした。








「こ、この階段の先、です・・・」


 男に、もはや上品さは欠片もない。彼は全身に血を浴び、ガタガタ震えながら扉を開ける。地下室へ降る階段が現れる。左右の壁に並んだランプが階段下を照らしている。怯えを貼り付けた男は、サツキの邪魔にならないよう脇へ避ける。


 男はぐにゃりと床に座り込み、腹を手で押さえる。下腹部が大きく抉られている。血と臓物が溢れだし、男は急速に血色を失っていく。


 六人の薔薇乙女は血の海に沈んでいる。頭を吹き飛ばされた者、心臓を抜かれたもの、首を抉り取られた者。壁や天上まで血が跳ね飛び、ランプの明かりが血を照らし、部屋の中は紅い霧にけぶっているかのようだ。血の霧が欠損した女たちの死体を際立たせ、白い肌に刻まれた薔薇が芸術品のように何かを訴えてくる。男はその光景を見ながら出血多量で死んだ。


 サツキは階段を降り、分厚い扉を開ける。


 薄暗い空間が現れる。右側にクエスト案内所があり、左側に酒場が広がっている。酒場では何人かのグループが静かにビールを飲んでいる。店内を見回すと、目的の人物はすぐに見つかった。右手に包帯を巻き、案内所の壁にもたれ酒をなめている。


 アズレトだ。


 サツキはアズレトに近づいていく。彼は焦点の定まらない眼で床を見ている。


「よお」


 サツキの声に、アズレトは顔を上げ、そして驚愕に眼を見開く。


「俺をお探しかな?」


「てめぇは!」


 アズレトが怒鳴り声を上げた瞬間、彼の左足は吹き飛んでいた。激痛が背筋を駆け抜け、アズレトは悲鳴を上げながら倒れる。血が噴き出す。


「俺の首を狙うからこうなる」


 ざらついた声。アズレトはサツキを見上げる。ただでさえ薄暗い店内で、ランプを背に立っているサツキの表情は闇に呑まれて見えない。だが赤い二つの瞳だけは爛々と輝き、殺気がそこから漏れだしている。そのあまりの圧力にアズレトは悟る。ヤバい男に喧嘩を売ってしまった。彼の中で渦巻いていた負の感情がほどけていく。死にたくない。その一言だけが脳内を埋め尽くしていく。


「ゆ、許してくれ。お、おれがわ、悪かったよ」


 太ももを押さえながら、震えた声で彼は言う。


「も、もうこんな事はしない・・・だ、だから」


 サツキは彼の命乞いを無視して右腕を振るった。それだけでアズレトの上半身はバラバラに吹き飛び、血と肉と骨があたりを汚した。


 サツキは手に付着した血液を服の裾でぬぐう。


「随分と派手に殺してくれる。掃除屋クリーナーに払う金も馬鹿にならないんだぞ」


 しわがれた声がした。クエスト案内所のカウンターの中に初老の男が腕を組んで立っている。五、六十代だろう、深い皺の刻まれた顔と綺麗に撫で付けられた白髪が特徴的だ。年齢のわりにしっかり鍛えられた身体には溢れんばかりのエネルギーを感じさせる張りがある。彼は闇ギルドクエスト案内所の支配人マスター、名をバンホルトという。すでに引退しているが、昔は九闘級狩人として様々な悪事に手を染めていた。その功績を認められ、彼は今の職にありついている。


「上で暴れたのもお前だろう?素手で人間の身体を引きちぎるとは、魔法か何かを使っているのか?しかしまさか護衛の為に選び抜かれた薔薇乙女が全滅するとは予想外だ。お前、何者だ?何が目的だ?」


「用事は終わった。もう帰る」


「そこで死んでるアズレトが目的だったわけか」


 サツキはうなずく代わりにバンホルトに嗤いかけると、扉の方に向かう。


「待て」


 バンホルトはその背を呼び止める。


「なんだ」


 面倒臭そうな声でサツキが答える。


「お前、王国ギルドに登録しているか?もししているなら闘級と職業、それと名前を教えてくれ」


「一闘級戦士のサツキだ」


「一闘級?それは何かの冗談か?お前が殺した六人の薔薇乙女、あいつらは孤児院から引き取ってガキの頃から私が鍛え上げた殺戮者、全員が六闘級以上の使い手だ。間違ってもそこらの男に遅れを取るようには育てとらん。それを一闘級のヒヨッコが皆殺しにしたというのか?」


 バンホルトに向かって木札が飛んでくる。彼はそれをキャッチする。王国ギルド登録証だった。『王国ギルド・一闘級戦士・サツキ』という文字に眼を通すと、バンホルトは登録証を投げ返す。


「どうやら本当に一闘級らしいな」


 バンホルトは悩むように顎に手をあて数秒考えたあと口を開く。


「『魔法仕掛けのゴブリン』」


「なんだ?」


「『魔法仕掛けのゴブリン』それがこの店の符丁だ。本来は三闘級、魔術師なら四等級以上の人間にしか教えないんだが、お前みたいにイカれた実力者は闇ギルドにとっては重要な人材になる。手塩にかけて作り上げた薔薇乙女を殺されたのは口惜しいが、過ぎた事だ。忘れよう。私はお前を歓迎する」


 バンホルトは笑いながら両腕を広げる。


「王国ギルドの仕事に飽きたとき、金が欲しいとき、あるいは血が見たいとき、何でもいい。ここに来れば裏の仕事を紹介してやる。眼を見ればわかる。お前は『こちら側』だろう?」


「さあな」


 サツキは扉に向かって歩き出す。今度は声をかけられなかった。


「魔法仕掛けのゴブリン」


 扉を抜ける前、彼はバンホルトを見ながら言った。


「覚えておこう」


 そしてサツキは闇ギルドを後にする。


 残ったのはアズレトの血と糞尿の臭いだけだった。






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