14 十闘級魔法剣士アニーシャルカ
アニーシャルカは振り返る。
群衆の中から男が一人、彼女の前に歩み出る。今殺した王国騎士と同じ、黄金色の鎧を身に付けた男だった。違いがあるとすれば彼は兜を被らず素顔を晒しており、胸当てに王国紋章が刻まれている。鎧に刻まれた紋章は王国上級騎士の証だ。男は端正な顔立ちをしているが、少しつり上がった眼とニヒルな笑いを浮かべる口元が男の背後に狡猾な気配を漂わせている。オールバックにセットされた金髪を撫でつけながら、アニーシャルカの前で立ち止まる。
「ジェラルド、アンタさー、いつからそこにいたわけ?」
アニーシャルカは眼を細めながら男、ジェラルドを見る。
「今来たところさ」
ジェラルドはずんぐりとした王国騎士を爪先で小突きながら答える。肉の焦げる臭いが鎧の隙間から立ち上る。プスプスと、いまだに脂肪の弾ぜる音がする。貫かれた胸から流れ出た赤黒い血液が彼の鉄靴を汚す。
「いやはや、相変わらず酷い殺し方をするね。雷魔法で丸焼きにするとは、まったく趣味が悪いよ。そっちの彼のように一撃で殺してやればいいものを。まあ、もはやどうなる事でもない。彼等の冥福を祈ろう」
「そう思うなら助けてやればよかっただろ。心にも無いこと言ってんじゃねーよ気持ち悪い」
「おいおい、今来たところだと言っただろ?それにたとえ早く到着していたのだとしても、君と剣を交えるのは遠慮したいね。十闘級の重みを理解していないほど、おれは馬鹿じゃあない」
そう言うと、彼は物憂げに肩をすくめる。
「そういう事をそこに転がってる二人に教えとけば、そいつらは死なずに済んだんじゃない?だいたいさー、王国騎士団が十闘級の、それも王国唯一の魔法剣士であるわたしの顔も知らないってどういうわけ?頭イカれてんの?」
アニーシャルカは王国ギルドに十闘級と認められているが、正確には【九闘級剣士】と【六等級魔術師】である。剣の腕だけを見れば十闘級戦士ロイクや十闘級傭兵ソロモンなど、並みいる強豪には届かない。もっとも九闘級剣士とは努力と才能の二つを均等に高め、数々の修羅場を潜り抜けなければ到達できない闘級ではある。六等級魔術師も同等で、五等級以上の魔術師は上位魔法を習得しなければならないが、上位魔法は莫大な魔力を消費するため、努力と才能の他に魔力保有量という資質も求められる。剣術にしろ魔法にしろ、普通ならばどちらか一つでもこの領域まで高めるのには壮絶な研鑽が必要である。アニーシャルカはそれを同時に行った。間違いなく天才である。曲剣とナイフを使った剣術、それに得意の雷魔法を絡めた彼女独特の近接術は十闘級の者たちと同等か、あるいはそれを凌駕する。例外的ではあるが王国ギルドは彼女に十闘級【魔法剣士】の名を与え、その実力を高く評価している。
「こいつら二人は新入りでね、王国ギルドについては疎かったんだよ。だから『第四区画でエルフの奴隷を連れてる女がいる』なんて報告を真に受けて、こうして無惨に死んでいる。王都で異種族を連れてる女なんて君くらいしか思い浮かばないものだが、こいつらはアニーシャルカの顔を知らなかった。運の悪い奴らだ」
ジェラルドは同胞の死体を前に、しかしニヒルな笑みを崩さない。仲間の死など屁とも思ってないのだろう。
「まあさ、馬鹿が死ぬのは道理よね。で、アンタはなんでここにいるわけ?」
「この二人はおれの部下でね、様子見がてら死体の回収でもしようと思ったのさ。第四区画とはいえ王国騎士団の死体を放置しておくなんてのは、しかも部下の死体とあっては、いくらなんでもおれの沽券にかかわる」
「アンタの沽券なんてさー、とっくの昔に地に落ちてるじゃない。王国上級騎士でありながら裏で闇ギルドと通じてるジェラルドくん?」
「それはお互い様だ。王国ギルドが認める十闘級魔法剣士が、いまだに裏の仕事を引き受けてるなんて事があっていいと思ってるのか?」
二人は数年前、闇ギルドの斡旋する仕事で知り合っている。異種族と人間が共存するオルマ国からエルフ族や獣人族の少年少女を奴隷としてユリシール王国に密輸する仕事だった。アニーシャルカは奴隷の護衛と引き渡しを、ジェラルドは王国内での奴隷の飼育、躾、販売を仕切っていた。何度か顔を会わせるうちに二人はある程度親しくなった。アニーシャルカは王国騎士団と、ジェラルドは王国ギルドの実力者と、それぞれパイプを持ちたかったのだ。この世界は何が起きるかわからない。いずれ何かの役に立つかもしれない。打算の上に成り立つ友好関係、しかし裏の世界ではそれが一番信用できる。
「君の後ろにいる双子、それは商品じゃないんだろう?」
ジェラルドは無表情で立っているエルフを眺めながら言う。
「違う。こいつ等はわたしの奴隷魔術師よ。人間の魔術師雇うより全然良いわよ?従順だし魔力保有量もあるしさ」
「それは残念だ。売ればいい値が付いたろうに」
ジェラルドは大袈裟に落胆したような表情を作ると、手を二度叩く。どこからか王国騎士が四人ほど現れ、彼の足元に転がる死体の回収作業に取りかかる。王国騎士は担架に首の無い死体と焼け焦げた死体を乗せ、二人一組で運んでいく。鎧の立てる金属質な音は、喧騒の中にあっても鋭く響き渡る。ジェラルドの足元には赤黒い血だけが残っている。
「ところで、会ったついで仕事を頼みたいんだが、今後の予定は?」
「あー、たぶん無理。予定が入ってる。いつだっけ?」
「「二日後の正午に、強戦士ロイク様からの呼び出しが入っています」」
「呼び出し?あのロイクから?十闘級が十闘級に仕事を依頼?」
ジェラルドは眉をひそめ、口元に笑いを浮かべる。
「危険な臭いがするな」
「でしょ?」
アニーシャルカも笑う。
「まあさ、仕事の内容に関してはまだ何も聞かされてないけど、わざわざわたしに話を持ち掛けるって事は、かなりヤバイ仕事なんじゃねーの?面白そうだし、アンタの仕事はパス」
「それなら仕方ない。他の奴に頼むよ。じゃあこれから酒でもどうだい?もちろんおれの奢りだ」
「魅力的だけどそっちもパス。わたしクエスト帰りでさ、これから王国ギルドと闇ギルドに報酬を受け取りに行かなきゃなんないんだよね」
「随分と仕事熱心だな。まあ、仕方ない。次また機会があれば誘うよ」
「そうして。じゃあね」
そう言うとアニーシャルカはジェラルドに背を向け、軽く手を振ると歩き出す。その背に付き従うように、双子のエルフも歩き出し、やがて三人は第四区画の喧騒に呑まれ姿を消した。
ジェラルドはふと足元を見る。鉄靴の爪先に付着している血が固まりかけている。彼はそれを拭い取り、近くの酒場に消えていった。




