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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第二話 真祖・クシャルネディア討伐編 前編
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11 赤い連想





「あの男、人間だと思えない」


 ミーシャは眉間にシワを寄せ、クエスト案内所の出入り口を見ながら呟く。不気味な嗤いを浮かべながら王都に消えた一人の青年の背中が、今も彼女の瞳に焼き付いている。


 額に汗が浮いてくる。


 右手が小刻みに震えている。


『命拾いしたな。あの男に感謝しろ』


 去り際に囁かれた言葉がミーシャの耳朶に甦る。


 彼女の肩に手を置いて、ざらついた声でサツキはそう言った。


 嘲笑を含んだ表情、そこに浮かぶ二つの赤い瞳を間近で見た瞬間、背筋に冷たい物が走った。


 とても人間の眼だとは思えなかった。


 熟しきった果実のような、どろりとした死の予感を孕んだ瞳。


 サツキの禍々しい殺気はミーシャの本能を奥の奥から揺さぶった。汗が吹き出し、身体が震えるのは本能が危険を感じている証拠だ。彼女はその震えを理性で押さえつける。震えるな、心の中で強く唱えながら右手に力を入れる。ボクは今まで数々の修羅場を潜り抜けてきた、絶望的な戦いなら何度も経験した、だからあれくらいの事で震えるな!


 ロイクは黙ってミーシャを見ている。


 少しすると彼女は落ち着きを取り戻した。汗を拭いながら口を開く。


「あいつ、ボクの風魔法を掴んで握り潰したんだよ?掌を魔力で覆ったわけでも、防御魔法を発動したわけでもない。鉄さえ切り裂く風の刃を素手で受け止め、軽々と握り潰したんだ。そんな事ってありえる?」


「あり得るあり得ないは問題じゃない。彼は君の魔法を握り潰した。それは事実だ。目の前で起こった現象は、素直に受け入れるべきだよ」


「それはそうだけど」


「それよりも、なぜあんなことをしたんだい?」


 ロイクの表情は固い。


「実力を測るのは私の役目だ。なぜ魔法を彼に放ったりしたんだ?」


 彼女の魔法攻撃は想定外だった。サツキヘ迫る風の刃に彼自身戸惑った。とっさに取り繕ったロイクだったが、内心苦いものを噛み潰していた。


「それは・・・」


 ミーシャは眼をそらし、口をつぐむ。


「別に怒っている訳じゃない。過ぎたことだ、いまさら何か言うつもりはないよ。ただ理由が知りたい。何か考えあっての行動だったのかい?」


「たぶん、言っても理解してもらえないと思うんだけど」壁に凭れかかると、彼女はうつむきながら話始める。「精霊に『憑かれた』んだと思う」


「精霊に憑かれた?」


「ロイクが剣を抜いた瞬間、精霊が凄く怯えはじめて、なんていうか、今まで見たことないくらい、それこそ空間そのものが震動しているような・・・その原因があの男にあるのはすぐにわかった。なんていうか、禍々しいんだ。凶兆を全身に纏ってるっていうか、うまく言葉に出来ないんだけど、とにかく凶暴なものが身体に染み付いてる。精霊はそういう気配に敏感なんだよ。それで怯えた精霊に憑かれたんだと思う。気がついたら魔法を発動していた」


 精霊使いは精霊と深く対話するあまり精神的に不安定になることがある。精霊とひとつになり、魔力を引き出せば引き出すほど精霊の感情が直接フィードバックされ、普段ではありえないような行動をとってしまう。そういう状態を『精霊に憑かれる』『精霊に引っ張られる』という。本人の自覚なく身体が動いてしまう非常にやっかいな状態だが、裏を返せばそれだけ精霊と深く繋がり風魔力を引き出せる。『精霊憑き』とは優れた精霊使いの証しでもある。


 とはいえ日常生活ならまだしも戦場で『精霊に憑かれる』のは致命的な弱点になる。ミーシャは精霊との意識上の距離の取り方を学んでいる。いままで戦場で憑かれた事は一度もない。彼女が最後に『憑かれた』のは王国魔術学術院に入学する前だ。王都の中にいる状況、ロイクといる安心感、そして精霊の異常な怯え方、様々な要因がひとつになり、彼女の精霊との距離感の均衡が崩れたのかもしれない。しかし魔法の暴発など、下手をすれば無関係な人間が死んでいた。いくら憑かれたからといって許されるような事ではない。彼女は七等級の精霊使いなのだ。


 ミーシャは下唇を噛む。自分の未熟さに頬が熱くなる。


「自分を責めるのはやめるんだ。もう過ぎた事だ」


「でも」


「後悔しても仕方がない。死人はでなかった。私たちも無事だ。今はそれでいいじゃないか。それよりあの風魔法で彼の、サツキくんの実力をより深く測れた。良いように考えよう」


「わかった」


 ミーシャは頭を切り替える。ウジウジしていても仕方がない。もう二度と憑かれないよう修業しなおせばいい。この話はこれで終わりだ。


「彼は予想以上の化け物、そう思わないかい?」


 ロイクの言葉にミーシャはうなずいた。


「対峙してわかったよ。彼は間違いなく十闘級に匹敵する実力を備えている。おそらく私より強い。あの時剣を抜いていたら、殺されていたのは私だったろうね」


 昨日までのミーシャならその言葉を冗談と笑い飛ばしただろう。十闘級の強戦士ロイクが殺されるなどあり得ない、と。だがロイクの剣を平然と見切り、自分の風魔法を軽々と握り潰し、おぞましい圧力プレッシャーに晒されたミーシャは、ロイクの言葉を受け入れる事しかできなかった。


「危険じゃない?」


 不安にかられ、ミーシャは口を開く。


「あの男を仲間に引き入れるのは、危険な気がする。確かに強いと思う。あんな殺気、普通の人間が放てるようなものじゃない。そうとう場数を踏んでるし、修羅場も潜り抜けてる。でも」


「私たちは真祖を討伐するんだよ」


 ミーシャの言葉をロイクは遮る。


「王国騎士団が匙を投げ、王国ギルドが存在を無視しなければならないほど危険な吸血鬼だ。ユリシール王国だけじゃない、噂によればジュルグ帝国の殲滅騎士団、オルマ国の異種族混合騎士団、シュラメール魔術王国の六属性魔術集団・・・様々な者たちが討伐を諦めたといわれる。そんな真祖を私たちは殺そうとしてるんだよ。強い仲間が必要だ。強く、恐ろしい、化け物のような仲間がね」


 クエスト案内所が騒がしくなる。仕事を終えた冒険者たちが報酬を受取りに扉を潜り抜けていく。窓外は夕焼けに赤く染まっている。黄昏。第四区画が活気を取り戻した始める。夜が来る。喧騒と混沌の夜が。


 窓から射し込む夕陽がミーシャを染め上げる。見上げる空は血のように赤い。その夕空がサツキの瞳と重なる。腐りかけの果実のような、どろりとした赤い眼。それがミーシャを見つめている。


「宿に戻ろうか」


 ロイクが言う。


 ミーシャはうなずくと、頭に浮かんだ連想を振り払った。





 

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