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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第二話 真祖・クシャルネディア討伐編 前編
24/150

10 間






 クシャルネディアは目を覚ます。


 あらゆる光を呑み込む、濃密な闇が周囲に満ち満ちている。


 彼女は数回瞬きをすると、上半身を起こす。それを合図に、暗闇はゆっくりと溶解していく。少しずつ部屋の中が輪郭を取り戻す。全てを覆い尽くす闇の隙間から、赤い光が射し込む。クシャルネディアは眼を細める。大きな窓の外は夕焼けに染まっている。闇はどんどん空気中に溶けていき、やがて完全に消え去った。


 真祖は眠りを妨げる光を嫌う。その為、彼女は就寝中、下位闇魔法【闇棺ハイドアンドシーク】で空間を埋めつくし、全ての光を遮断している。起床と同時に魔法は消滅する。


 普段なら月が上る頃に目覚める。陽が沈みきらぬうちに眼を覚ますのは珍しい。


 赤光しゃっこうは空気中の魔力の残宰ざんさいに反射し、その光の乱反射はさながら万華鏡の如く乱れ散り、室内に厚ぼったい紗をかける。


 クシャルネディアは血のように赤く染まった夕陽を眺める。透けるような白い肌も、闇を束ねたような潤沢な黒髪も、氷のような蒼い瞳も、全てが赤々と染め上げられている。血のような赤。燃え盛る炎のような赤。禍々しい、爛々と輝く赤。


 夕陽は真っ赤な瞳となって、彼女を見つめている。


『どうした?早く消えろ。それともお前は死にたいのか?』


 ざらついた声がクシャルネディアの中で甦る。


 赤い瞳。灰色の髪。真紅の魔剣。


『生きたいなら、消えろ』


 脳裡に一人の青年が浮かび上がる。


 300年以上前、自分を救ってくれた人間。


 ドラゴンの腕を楽々と切り落とし、膨大な魔力から生み出された炎魔法を軽々と弾き飛ばした男。


 圧倒的な身体能力と膨大な魔力で持って異種族を蹂躙し尽くした恐ろしい存在。


 数々の異名を持つ、人族の切り札。


【白い死神】【赤眼の殺戮者】


 そして


異種族殲滅用生体兵器ドラゴンキラー


 クシャルネディアは掌を振る。空間が歪み、彼女の目の前に黒い亀裂が現れる。上位闇魔法【永えの檻】である。空間の内側に闇の空間を作り出す、空間干渉と呼ばれる超高度な魔法である。人間ならば大魔術師と呼ばれるような存在でなければ使用できない魔法を、クシャルネディアは軽々と発動する。真祖は自分の作り出した空間内で、様々な【奴隷魔物スレイブ】を飼っている。彼女のスレイブは、本来ならば奴隷などに身を落とすような低級な存在ではない。王国ギルドの危険度表に照らし合わせれば、全てが危険度8から9に属する強力なモンスターばかりだ。彼女の他にもこの世界には数十体の真祖が確認されている。しかしこれほど強力な魔物を御しきれる吸血鬼は他にいない。クシャルネディアの力は真祖の中であっても一線を画している。おそらく全吸血鬼の頂点に立っているのがクシャルネディア・ナズゥ・テスカロールだ。


 彼女は空間に生じた亀裂に手を入れる。今開いた空間は、スレイブを飼っている檻とは別の、彼女にとって大切な物を保管しておく為に作られた空間だ。そこには様々な物がしまわれている。母の大切にしていた指環、父が気に入っていた靴、両親の血で赤く染まったネグリジェなどの家族に関係する物から美しい少年の生皮、可愛らしい少女の頭部、エルフ族の耳、気に入った獲物から切り取った戦利品トーテムなど、様々だ。


 亀裂から腕を抜く。手には剣の柄のような物が握られている。彼女はそれを眺める。剣身の無い、黒い金属のような素材で作られた剣の柄。表面に複雑な魔方陣がいくつも刻まれ、柄頭と鍔のあたりには緋色の魔水晶が嵌め込まれている。魔水晶の中には魔方陣が幾重にも折り重なっている。


 この剣の柄には見覚えがある。300年前のあの日、ドラゴンキラーが右手に握っていた剣、その柄にそっくりだ。


 ドラゴンの、鎧のような筋肉と、岩や鋼を遥かに凌駕する硬度を持つ鱗を簡単に切断した剣。


 しかし剣身がない。あのとき彼女の眼には真紅の刃が、禍々しい魔力を放ちながら伸びていた。


 クシャルネディアは剣の柄に鼻を近づける。今にも消えてしまいそうなほど微かだが、人間の魔力の臭いが残っている。


 この剣の柄こそ消失魔法技術ロストテクノロジーに指定されているドラゴンキラー専用武器。


 超高密度魔力圧縮形状固定武器【魔剣】


 クシャルネディアは約250年前に、この魔剣を手に入れた。場所はどこだったか、正確なことは覚えていない。確かロートレクと三姉妹の吸血鬼がどこぞの街を襲い、その街に住む貴族の持ち物だったと記憶している。あまりにも精巧な作りがロートレクの眼にとまり、彼は持ち帰るとクシャルネディアに剣の柄を捧げた。「おそらく魔法技術全盛期に人族が製作した物かと思われます」


 それが何なのか、クシャルネディアは一瞬で理解した。以来彼女は魔剣を大切に保管している。


 時々、思い出したように魔剣を取り出すと、それを眺めながらあの日の事を思い出す。


 記憶の中のあの人の顔は薄れつつある。ただ灰色の髪と赤い瞳、そしてあのざらついた声。それが今もなおクシャルネディアの瞼に焼き付き、鼓膜に刻まれている。


『なら強くなって今度は俺を助けてみろ』


 嗤いながら放たれた言葉。


 ドラゴンキラーは全面戦争で滅びたといわれている。


 そうかもしれない。しかしそうではないかもしれない。


 クシャルネディアにはわからない。


 彼女がわかっているのはひとつだけだ。


(もしもう一度あの人に出会えたならば、この命に代えても恩を返さなければならない)


 真祖の名と血に誓った約束は、たとえ何百年過ぎようと消えない。


 その誓いはクシャルネディアが滅びるまで生き続ける。


 真祖は魔剣を亀裂に戻す。じき夜が来る。吸血鬼の夜。真祖の闇。


 なぜ今日クシャルネディアはいつもより早く起き、夕陽を見たのか・・・その夕陽の爛々と輝く光は、ドラゴンキラーを連想させ、それはあの日に繋がる。300年以上前の、あの日。ドラゴンキラーに誓った言葉。250年前に手に入れた魔剣。すべてはあのドラゴンキラーに繋がっている。そもそもなぜ半月前の夜、あの夢を見たのか。クシャルネディアが夢を見るのは約80年ぶりだ。


 とても弱々しいが、クシャルネディアは何かを感じ取っている。しかしあまりにも微弱で、それを意識することが出来ない。しかし無意識は確かにそれを感知し、それが夢や連想を引き起こしている。


 クシャルネディアは気づかない。


 彼女がもっとも望む存在が近づいている事に。


 今はまだ、気づいていない。


 夕陽が沈んでいく。






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