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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第二話 真祖・クシャルネディア討伐編 前編
21/150

7 クエスト案内所 その2





「精霊が騒いでる」


 ミーシャは眼を閉じ、意識を集中する。


「どうしたんだい?」


「精霊が騒がしいの。昨日、あの青年が現れた時みたいに」


「本当に?」


 ロイクはミーシャの顔を見つめる。彼女は眉間にシワを寄せ、真剣な表情で何かを探っている。


 この世界の至るところに精霊は存在する。精霊とは自然界の放出する魔力の事である。全生物は大小にかかわらず魔力を有しているが、同じように自然にも、草木や、土、そして風の中にも魔力は存在する。精霊は生物が持つ魔力とは性質が異なる。まず精霊は生きている。いや、正確には意識のような物が存在する、と云うべきか。精霊は外部からの刺激に反応する。地震、大水、戦争・・・大きな災いが起こる前、精霊たちは必ず騒ぎ出す。古来から精霊は【予兆】といわれ、精霊を認識する事のできる精霊使いは【預言者】呼ばれてきた。


 魔力には属性エレメントが含まれている。炎、雷、水、氷、闇、光、この六つの属性を魔力は含んでいる。魔力が持つ属性の量は均等ではなく、個人差がある。炎属性だけの魔力、光属性と水属性の魔力、雷属性・氷属性・闇属性の三種類で構成されている魔力、様々である。魔術師たちに得意不得意の魔法が存在するのはこの為で、炎魔力が得意な魔術師は炎属性の多い魔力が身体を流れている。逆に水魔法が全く使えない魔術師は、魔力に水属性が含まれていないのだ。


 六属性すべてを使いこなす魔術師は存在しない。そのような芸当は人間の領域を越えており、死霊魔導師リッチのような人外の存在でもなければ不可能だ。魔術師はまず始めに自分の魔力性質を把握し、そして得意な魔法を磨いていく事で自分を高めていく。


 精霊にはこの六属性が含まれていない。精霊が持つ属性は【風】という特殊な物だ。これは精霊だけが持つ属性で、精霊使いは精霊と対話し、この風属性を魔力から引き出し、風魔法を自在に使いこなす。精霊を視認する能力というものは完全に才能であり、努力でどうこうできるモノではない。視えない者には一生視えない。ゆえに精霊使いは数が少なく、ユリシール王国内でも数十人しか確認されていない。そのうちの一人がミーシャである。


「近い」


 彼女は立ち上がると、窓外に視線をなげる。正午過ぎの穏やかな陽射しに包まれた第四区画。ミーシャは精霊のざわめきを探す。


 ふたりは飯屋で昼食をとっていた。東部娼館通り近くの飯屋で、正面にクエスト案内所があり、夜になると無骨な男たちでにぎわう人気店だ。ふたりはこの店自慢のコカトリスの肉料理を食べていた。危険度の高いコカトリス、ギルド関係者から嫌われているモンスターだがその肉の味は一度食べたらやみつきになる。柔らかな赤身と甘い脂身が口の中で溶け、舌に絡みつく。狂暴で不細工な巨鳥の肉がなぜこんなにも美味しいのか、それは永遠の謎である。


「見つけた」


 ミーシャは窓に駆け寄る。彼女の視線の先に、青年が立っている。昨夜と服装は違うが、特徴的な灰色の髪と赤い瞳、何より彼の周囲を漂う精霊たちが身を震わせ怯えたように騒いでいる。間違いない。アレは昨夜、傭兵の指を抉りとった男だ。


「確かに、昨夜の彼のようだ」


 傍らにたたずむロイクの視線も、青年に注がれている。


 彼はクエスト案内所を眺めていた。案内所の入り口には数人の男たちがたむろし、口々に何かを語り合っている。不意に青年は歩き出すと、案内所の扉をくぐった。


「どうする?」


「追おう」


 ロイクは店員を呼び勘定をすませると、ミーシャと共に店を出る。乾いた風がロイクの金髪をなびかせる。


「探す手間がはぶけたね」


「ああ、本当にそうだね。これも何かの縁だ」


「協力してくれるかな」


「どうだろうね。してくれることを願うよ」


 そう言うと、ロイクは腰に差してある三日月刀シミターの柄をそっと撫でた。


(剣を抜く気だ)


 ミーシャは彼の動作を見逃さなかった。ロイクは剣を抜く前に柄を撫でる癖がある。つまり、ロイクはこれから剣を使うつもりなのだ。


(あの青年が本物かどうか『試す』つもりなんだ)


 ふたりはクエスト案内所に向かって歩いていく。


 ミーシャは自分が初めてロイクに出会った時の事を思い出す。彼女が王国魔術学術院を卒業し、精霊使いとして王国ギルドに所属してすぐの頃だ。酒場で出会った金髪の戦士。穏やかな雰囲気の彼に話しかけられ、二、三言葉を交わした直後、いきなり斬りかかられた。凄まじい剣圧がミーシャに襲いかかり、しかし彼女はその斬撃を短剣で受け止めると、剣をはじき男の懐に飛び込む。そして首めがけて短剣を振り抜いた。彼は後方に跳躍しそれを避けた。前髪が数本切断され、床に散らばった。


『いい腕だ』


 感心するように男は言うと、剣を戻し握手を求めるように手を差し出す。


『私の仲間にならないか?』


 何の説明もなく襲いかかられ、今度は仲間になれと迫られる。なんて無茶苦茶な男だ、ミーシャは憤った。なんて失礼な奴なんだ、こんな奴の仲間になんか絶対にならない!


 だが気がつくと、彼女は彼の手を握っていた。ミーシャにもよくわからない。だが目の前の男、ロイクには不思議と人を惹き付ける魅力があった。人と人との間に存在する壁を簡単に壊し、どんな人間とでもすぐに打ち解けてしまう、不思議な雰囲気を纏っている。彼の役に立ちたい、彼の側にいたい、彼と共に戦いたい、そう思わせる力がある。


(もし英雄なんて人間が存在するなら)


 ミーシャは彼の横顔を盗み見る。


(ロイクみたいな人のことを言うんだろうね)


 ふたりは案内所に辿り着く。








 戦士・剣士・傭兵・騎士・冒険者・狩人・魔術師、あらゆる種類の人間が案内所の中にいる。鎧を自慢する騎士や武器を見せ合う剣士、魔導書を抱えた魔術師に金を数える傭兵。壁に貼り出された色々なクエストに眼を通しながら、しきりに頷く狩人。二階は酒場になっており、笑い声が一階に流れてくる。いくつもの死を乗り越えてきたのだろう、皆独特な、荒々しい空気を纏っている。


 サツキはそういう人間たちに紛れて、クエストカウンターの前にいる。


「どのようなクエストをお探しですか」


 カウンターを挟んで女は愛想よくサツキに話しかける。青と黒を基調とした、厚手の布で作られた制服を着ている。王国ギルドの紋章の剣と盾が胸元にあしらわれている。女は笑顔を絶やさない。


「クエストは誰でも受けられるのか?それとも何か必要な物があるのか?」


「王国ギルドへの登録が必要です。ギルド登録でしたら、あちらの方へ」


 女が指し示した方向には老人がひとり、カウンターの上に腰かけ酒を飲んでいる。カウンターの上に座っているのに、老人はサツキと目線が変わらない。ひどく小柄だ。深いシワと濃い染みの浮いたくしゃくしゃの顔がサツキを見る。


「登録かい」


「そうだ」


 サツキは老人の前で立ち止まる。酒臭い息が頬を撫でる。老い衰えた気配に包まれた老人だが、不思議と眼光だけは鋭い。


「マスター、昼間っからお酒飲まないでくださいよ」


 制服の女は非難するような言葉を老人に向けるが、彼はその言葉を無視するようにサツキに手を突きだし「金貨七枚よこしな」と低い声を出す。


「あのジジイには何言っても無駄だぜ」誰かが言うと同意するような笑いがまき起こる。


「金貨七枚?」


「そうだ。金貨七枚、銀貨七十枚、銅貨七百枚、別にどれでもいいがね、とりあえず登録料を出しな。話はそれからだよ」


「金は無い」


「なら仕方ない。申し訳ないが登録はできない。稼いでから出直してきな」


「俺は金を稼ぐためにここに来たんだよ」


「なるほど、そりゃそうだろうがね、しかし王国ギルドも誰彼かまわず登録するほど余裕はないんだよ。別にあんたが何処でのたれ死のうが勝手だがね、その後始末ってのは結局こっちがするハメになるんだ。あんたが死ぬと決まってる訳じゃないが、新人ってのは勝手がわかってないからね、死亡率は高いよ。食人鬼グール小鬼ゴブリンなんかの小物にすら殺されかねん。もし何かあってクエストを達成できない場合、その尻拭いはワシらがせにゃならん。尻拭いには金がかかる。だから最初にあんたらから金を取るのさ。自分のケツは自分で拭かなきゃならんのよ」


 サツキは面倒くさそうに頭を掻く。金を稼ぐために、まず金を稼がねばならない。全く意味がわからない。


「後払いじゃ駄目なのか」


「あんた人の話聞いてたのかい?自分の尻拭いをするための金だって言っただろう。金が無いってんなら・・・そうだね、今この案内所には二十人ほど人がいる。誰かがあんたに金を貸してくれるかもしれんよ」


 老人は一気に酒をあおると、大声で叫ぶ。


「おおい!誰かここの新人に金貨七枚貸してやるって器のデカい奴はいるかい!?」


 この言葉に周囲は一瞬静まり返るが、次の瞬間、店の中は哄笑で満たされる。


「新人に金を貸すなんて、ギャンブルにもならないよ」「オーガの糞の中に金を捨てるようなもんじゃねえか」「いやいやオーガの糞に捨てる方がまだマシだぜ」「倍にして返すってんなら考えてやらんこともないが」「返ってくると思ってるの?新人なんてゴブリンに殺されて終わりよ」「いやぁ、しかしギャンブル好きのおれとしては賭けてみたい気もするね」「おいおい、貸す金があったらあの時の金貨五枚、今すぐ返してもらおうか」


 各々、好き勝手なことを叫んでいる。


「さあ、帰んな若造」


 老人は顎で出口を示す。


「ギルド登録に金が必要なんて初歩も知らないような田舎もんは、どうせすぐおっ死ぬ。こんなやくざな職業あきらめて、堅実に生きるこったな。まだ若いんだ、仕事ならいくらでもあるだろう。さあ、帰った帰った」


 そうだそうだ、帰りな、二度と来るなよ、周囲からヤジが飛ぶ。声量はどんどん増していき、今や案内所の中は怒声と嘲笑で溢れている。


(うるさいな)


 彼はまた面倒くさそうに頭を掻く。


(二、三人殺して黙らせるか)


 サツキの纏う空気が凶暴な物に変質し始めたその時


「私が金貨七枚だすよ」


 凛とした声が喧騒の中から上がった。 






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