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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第二話 真祖・クシャルネディア討伐編 前編
20/150

6 クエスト案内所



 クシャルネディアの足元には全身の色味を失ったアンニーナの死体が転がっている。血と魔力を吸い出された彼女の死体は痩せ細り、荒野をさ迷う食人鬼グールのようだ。


「死体を片付けておいて」


「かしこまりました」


 ロートレクはアンニーナの死体を担ぎ上げる。吸血鬼の肩の上で彼女はだらりと四肢を垂らす。無駄な脂肪がなく、引き締まった筋肉のついていたアンニーナの身体は真祖に全ての体液を吸い尽くされ骨と皮だけのようになっている。ケルベロスに与えるには些か貧相な身体だが、飼い犬が主人の与える餌に文句をつけるなど赦されない。奴等は出されたものを黙って食べればいいのだ。


 ロートレクはギルシュの死体も担ぐと、歩き始める。


 その時、アンニーナの死体から何かが落ちた。


 それは羊皮紙だった。


 彼は立ち止まり地面に転がる、丸まった一枚の羊皮紙を眺めた。その紙からは微弱ながら魔力が立ち上っている。不思議に思い、ロートレクはふたつの死体を傍らに下ろすと、羊皮紙を拾い上げた。両手で紙を開く。黒いインクで文字が書かれている。その内容に、ロートレクは微笑を浮かべる。


「クシャルネディア様」


 真祖は唇に付着した血液を真っ赤な舌で舐めとりながら、夜空の大きな三日月を眺めていた。月光以外、全ての光が死滅した空間。太陽が沈み、月は上り、光と闇が逆転し、陰が表に、陽が裏に、眼前に広がる暗闇はまさしく真祖の物だ。夜はクシャルネディアの支配下にある。


 彼は真祖に近づくと一枚の羊皮紙を差し出す。


「面白いものが見つかりました。共鳴皮紙きょうめいひしです」


「珍しいわね」


 クシャルネディアは羊皮紙を受けとると、文面に眼を落とす。


『報告。森にガデルムカデとバジリスクの大群、さらに二頭のケルベロスあり。障害が多すぎる。真祖討伐は中止すべき』


 クシャルネディアの唇から笑い声が漏れる。心底おかしそうに、とても楽しそうに、彼女は笑っている。


「ロートレク、私を討伐するつもりの人間がいるらしいわ」


「そのようで。人間風情がクシャルネディア様に牙を剥くなど、まったく滑稽の極みです。怒りすら覚えません。まったく哀れですよ」


「いいじゃない。滑稽でも哀れでも。最近退屈してたのよ。数十年前に死霊魔導師リッチ悪魔デモンが訪れて以来、訪問者なんて覚えがないわ」


「あの失礼な二人組ですか。クシャルネディア様を支配下に置こうなどと、戯言をぬかした・・・」


 思い出しただけでも全身の血が沸騰しそうなほどの怒りがロートレクから立ち上る。不遜な死霊魔導師と下劣な悪魔、我が主を侮辱した存在、そんな奴等が今もこの世界の何処かを闊歩している。それがロートレクには赦せなかった。


「ふふ、怒らなくていいのよロートレク。アレはアレで面白かったわ。さすがにリッチとデモンを同時に相手にするのは骨が折れたけど、愉しい戦いだったもの。私が死にかけたのなんて、種族全面戦争の頃以来よ。そして、相手を殺しきれなかったのもね」


「一対一ならば、クシャルネディア様は奴等を殺していました」


「そうかもしれないわね」


 クシャルネディアは共鳴皮紙の表面に掌をあてる。紙面のインクが真祖の魔力で蒸発し、ゆっくりと消え去る。まっさらになった共鳴皮紙をロートレクに投げる。彼はそれを受けとると、クシャルネディアの顔を見る。


「いかがしますか」


「言ったでしょロートレク。私は最近、退屈してるのよ。討伐したいなら来ればいいわ。適当に『問題なし』とでも記しておきなさい」


「人間ごときがクシャルネディア様の元まで辿り着けるとは思えませんが」


「それならそれで別にかまわないわ。ガデルムカデとバジリスクもお腹を空かせてるでしょ。餌くらいにはなるわ」


 クシャルネディアはそう言うと、眼下に広がる毒虫たちの森を青い瞳で眺めた。






             *****






 翌日、サツキは王国ギルドのクエスト案内所へ向かった。ダークエルフの服は脱ぎ捨て、冒険者や戦士が好む、動きやすさを重視した布製の服を着ている。「王都でその服装は目立ちすぎますよ」とシャルルが娼館に残された衣類をかき集め、その中から見繕ってくれた。おそらく客が火事の際、着るものも着ずに逃げ出したのだろう。娼館の中には様々な物が捨てられていた。


「武器なんかもありますよ」


 シャルルはふらつきながら剣やメイスを抱えて持ってきた。サツキはそれを一つ一つ手に取り状態を確かめたが、彼のお眼鏡にかなうような物品は無かった。そもそもドラゴンキラーはその存在自体が一個の強力な兵器であり、その全身は何者にもまさる凶器である。もしサツキが武器を欲するとすれば、それは325年前、異種族殲滅用生体兵器ドラゴンキラーの為に造られた超高密度魔力圧縮形状固定武器、通称【魔剣】だけである。現在では消失魔法技術ロストテクノロジーに指定されるその武器の行方は、ようとして掴めていない。


 現在サツキは無一文だ。とりあえず金を稼がなければならない。


「ここから一番近いクエスト案内所は、たぶん東部の娼館通りを抜けた所だと思います」


 サツキの質問に、シャルルは朝食の果物を食べながら答えた。


「この近くにもあったらしいですけど、火事で焼けちゃいましたから」


「クエストってのは誰でも受けられるのか?」


「うーん、たぶん王国ギルドに登録した人だけだと思いますけど、私もよくわからないです」


 サツキは正午過ぎに、焼けた娼館を後にした。昼日中ひるひなかの第四区画に、昨夜のような喧騒はない。依然人は多いが、娼婦の客引きや酒場の騒がしさが無いので街は比較的穏やかだ。すれ違う人々は二日酔いに倒れそうな剣士や装備を固めこれからクエストに出発する戦士など、やはりギルド関係者が多い。時たま胸に紋章のあしらわれた紺色のローブを羽織った魔術師のような、少年少女の集団を見かけた。 物珍しそうにキョロキョロと周りを見渡し、ボソボソと何かを囁きあっている。おそらく魔術学術院の生徒が怖いもの見たさに第四区画に降りてきているのだろう。彼らは怪しげな魔術道具を扱う店に入ったり、非合法の魔水薬ポーションを売る露店を見て回ったりしている。


 頭上には抜けるような青空が広がっている。乾燥した風が吹き抜けていく。昨夜、黒く染まっていたユリシール城が太陽に照らされ輝いている。眼を凝らすと王城を守るように結界魔法が張られているのがわかる。円形状に広がる王都、その中心の高台にそびえ立つ王城は、王都の何処にいようと眼に入ってくる。ユリシール王国のシンボルであり、その頂点に立つ王族の存在、それらを誇示するかのように王城は街を睥睨へいげいしている。


 サツキはシャルルに言われたとおり東部に向かい、閑散とした娼館通りを抜け、宿屋と飯屋の密集する区画に到着した。あたりを見回すと『王国ギルド・案内所』という看板を見つけた。二階建ての、木造の建物だった。先ほどから鎧を身に付けた男たちが出入りしている。比較的静な街のなかで、その店だけ活気に溢れている。


「オーク族が王国領に棲み着いてるらしいぜ」「一匹殺すと銀貨五枚らしいが、いくらなんでも安すぎねぇか?」「あいつら危険度の割りに金にならないし、他の仕事にしようよ」「巨大蟹カルキノスでも捕まえて売りに出すか?」「それより単眼鬼サイクロプスでも殺せば結構な額が手に入るだろ」「お前がサイクロプスを?返り討ちにされて終わりだぜ」「違いねぇ」


 案内所の入り口付近でたむろする男たちが、各々喋り散らしている。全員薄汚れた服を着、なまくらな武器を装備している。二、三闘級の人間たちだろう。もっとも服装だけを見ればサツキもこの男たちとたいした違いはないのだが。近づくと男たちはサツキに視線を向けたが、すぐに興味を失ったように自分たちの話に戻った。薄汚い身なりのサツキを、自分たちの同類だと思ったのだろう。金目の物でも身に付けていれば違ったかもしれない。男たちはサツキに絡み、金品を巻き上げようと脅したかもしれない。そうなればサツキは男たちを皆殺しにしていただろう。彼が何も持ってないことに、男たちは感謝するべきだ。


 案内所の中から熱気が伝わってくる。命と報酬を天秤にかけて危険に飛び込む人間たちの熱量で、この建物は満たされている。


 サツキは案内所の中に足を踏み入れた。






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