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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第二話 真祖・クシャルネディア討伐編 前編
19/150

5 絶望的状況



「今頃、ギルシュとアンニーナは何をしているかな」


「もう【禁足地】で偵察を始めてるんじゃない?」


 窓際に腰を下ろしたロイクは、第四区画大通りを眺めている。大剣と三日月刀シミターをベッドの脇に立てかけ、胸と腕の鎧も脱いでいる。ロイクとミーシャは宿屋の一室にいる。実に綺麗な部屋だ。高価な家具や調度品が並び、まるで貴族の屋敷の用にしつらえてある。それもそのはず、ふたりが泊まっているのは第四区画の中でもとりわけ料金の高い、高級宿だ。十闘級【強戦士ロイク】といえばこの国では有名だ。王国ギルドや王国騎士団の信頼もあつく、貴族宅の警備や凶悪なモンスターの討伐、はては王族の護衛などの重大な依頼もロイクのパーティーには舞い込んでくる。当然報酬は一般的なクエストとは桁違いであり、ロイクたちは莫大な資金力を有している。


 ミーシャはケープを脱ぎ、短剣を枕元に置き、だらりとベッドに横たわっている。


「少し心配だな」


「あの二人は歴戦の剣士と魔術師だよ?きっと大丈夫。それより、ボクたちは真祖討伐の為に人を集めないと」


「そうだね」


「目星のパーティーには、もう接触したの?」


「ああ、協力してくれそうな所には声をかけてある。ただ真祖討伐については、まだ打ち明けてない。それはギルシュとアンニーナの報告を聞いてからにしようと思ってね」


「それがいいかもね」


 ミーシャは起き上がると、ロイクの側に歩いていく。


 ロイクはただただ窓から外を眺めている。その顔には微弱ながら暗い影がさしている。


「不安そうだね」


「いや、そんな事はないよ。ただ少し」


 彼は真剣な表情でミーシャを見る。


「少し、嫌な予感がする、それだけなんだ」


「ロイクの予感はいつも外れるじゃない。心配しすぎだよ」


 それもそうだね、とロイクは苦笑し、また窓外に視線を戻した。


 喧騒の増す第四区画。対照的に静けさが深まる第三区画。きらびやかで上品な第二区画。そして重々しい雰囲気に沈む第一区画。王都は見る角度ひとつで全く別の性質をあらわにする、多角的な街。金、欲望、名誉、憎悪、憤怒、誇り、品位・・・ここには人間の全てが渦巻いている。


 雲ひとつない夜空には、綺麗な三日月が浮かんでいる。


 あの二人も今頃この月を見ているのだろうか、彼はそう思いながら夜が深まるのを感じていた。





              *****





 ユリシール王国北西250キロ地点、【禁足地】と呼ばれる一帯。エーデル平原が終わり、起伏の激しい荒野を越え、鬱蒼とした森の中に、貴族の住まうような美しい城館じょうかんが現れる。前方に広がる大きな庭には様々な草木が植えられ、咲き乱れる極色彩が眼に痛い。周囲を囲む暗い森には似つかわしくないこの城館を、監視する人物が二人いる。二人は森から少し離れた高台から城館を見下ろしている。


 大きな三日月が夜空に浮かんでいる。吹き付ける風は生ぬるく、何か凶兆をはらんでいる。


「まずいな」


 双眼鏡を覗きながら、九闘級剣士のギルシュは苦々しい顔をする。


 彼は城館の前に広がる、広大な庭を眺めている。美しい芝生と色とりどりの草花。王都第二区画を連想させるような光景だが、その庭を徘徊するモンスターが全ての調和を壊している。剥き出される獰猛な牙、強靭な手足、赤黒い剛毛に覆われた巨体がチラチラと視界に映りこむたび、ギルシュは唸り声をあげる。


「ケルベロスがいる。それも二頭」


「本当に?」


 ギルシュの傍らで眼をつむっていた女、七等級魔術師のアンニーナが、甲高い声を出す。彼女は探知魔法を使うために、杖の先端に魔力を集めている。


 ケルベロスは危険度9に分類される凶悪なモンスターだ。全長五メートルを越える巨体。三つの頭を持ち、黒い焔を吐き、眼に映る全ての物を食い殺す。尾の変わりに長く太い大蛇が生えており、近づく生物に問答無用で襲いかかる。同じ危険度9に属する長寿人狼ヴェオウルフ死霊魔導師リッチよりは数段落ちるが、それでも人間が相手をするには危険すぎるモンスターだ。


「間違いない、ケルベロスだ・・・くそっ、過去の王国騎士団調査報告書にはケルベロスの記述は無かったはずだが」


「それって何年も前の資料でしょ?そんなのあてに出来ないわよ。だから私たちがこうして偵察に来てるんじゃない」


「それもそうだが」


「念には念を入れなきゃ。私たちは真祖を討伐しようとしているのよ」


 アンニーナは眼を開く。杖の先端の魔水晶に十分な魔力が溜まった。彼女は杖で地面を軽く叩く。魔水晶に溜まった大量の魔力が解放され、眼下の森に拡がっていく。【反響エ・ルコー】と呼ばれる中位の探知魔法だ。魔力濃度を極限まで薄め、広範囲に拡散させ、モンスターの種類や位置を特定する事ができる。


「森の方はどうだ?危険な奴等がいそうか?」


「もう少し待って」


 アンニーナの脳裏に森の中の光景がどんどん流れ込んでくる。暗い森、数々の大樹、その幹に巻きつく長い身体の節足動物せっそくどうぶつ、地を這い回る長い虫、地面の亀裂、その中に潜む蜥蜴とかげのような影、洞窟の中に住まうぬるぬるとした爬虫類、森の至るところで蠢く節足動物と蜥蜴の影・・・断片的ではあるが次々と彼女の中に情報が流れ込んでくる。そして不意に映像が途切れる。【反響エ・ルコー】の効果が切れたのだ。


「森の中もかなり危険」


「何がいる?」


巨大百足ガデルムカデ毒霧蜥蜴バジリスクがうようよいる。それも十や二十じゃすまない。たぶん数百匹」


 ガデルムカデは危険度6に分類される巨大なムカデだ。全長七メートルはある長い身体、堅い外骨格。非常に生命力が強く身体を切断しようと単体で動き出し獲物に襲いかかる。炎魔法で一気に焼き殺す等の工夫をしなければ苦戦はまぬがれない。


 バジリスクは危険度8に分類される巨大な蜥蜴とかげだ。ギョロりと突き出した両目が特徴的で、ぬめりのある黒い鱗が全身を覆っている。湿り気のある場所を好み、洞窟に足を踏み入れた冒険者などがよく犠牲になる。


 この二体に共通する特徴は、どちらも猛毒を使うという事だ。ガデルムカデはその強力な大顎に毒を持ち、咬まれれば身動きがとれないほどの激痛が全身を襲い、皮膚が焼け爛れたような熱を持つ。その痛みに悶えている間に、ガデルムカデに食い殺される。バジリスクは咽喉いんこうで猛毒の霧を精製し、それを口から吐き出す。この霧を吸ってしまうと全身が痺れ、呼吸器官が破壊され、最後は窒息死が待っている。この毒霧は中位闇魔法【死のもや】と酷似しているためバジリスクは咽喉に何らかの魔法器官を備えているのではないか、と魔術師たちの間で囁かれているが真相はわからない。


 ギルシュは沈黙する。空を見上げる。綺麗な空だ。彼の心中からは程遠い、美しい夜空。


「率直に言うけど、絶望的よ」


 アンニーナは暗い顔をする。


「まず、森を抜けられない。あの数のガデルムカデとバジリスクを相手に無事ですむ訳がない。ロイクとミーシャは討伐のために人を集めてるらしいけど、何人いようと無理。仮に森を抜けられたとしても、今度はケルベロスが二頭待ち受けてる。それを退けて、ようやく城館にたどり着いたら次は真祖よ?自殺と変わらないわ」


「そうだな・・・確かに危険が多すぎる。真祖討伐は中止すべきだ。ふたりにそう伝えてくれ」


 アンニーナはうなずくと、懐から丸められた羊皮紙ようひしを取り出す。【共鳴皮紙きょうめいひし】と呼ばれる、魔力を練り込んで作られた高価な紙だ。文字を書き込んだ紙を炎魔法で燃やすと、数時間かかるが特定の【共鳴皮紙】に同様の文字を浮かび上がらせる事ができる。


 彼女は共鳴皮紙に文字を書き込んでいく。


 ギルシュは双眼鏡で城館を眺める。


 真祖の住まう、美しい場所。


 見ることは容易いが、近づくことの出来ない禍々しい土地。


「なんだ?」


 ギルシュの視界が城館の正面玄関をとらえた。大きな扉が左右に開いていく。ギルシュは扉の向こう側を見つめる。女がひとり、歩いてくる。


 透き通るような白い肌の女だ。幽玄ゆうげんな気配を纏い、凄艶せいえんな顔立ちの美女。豪奢な装飾のほどこされた白いドレスを完璧に着こなし、足元まで届くほど潤沢な黒髪が夜風に揺れている。女は庭に出る。二頭のケルベロスはすぐさま駆け寄り、その足元にひざまずくかのように三つの頭を下げる。彼女はその頭をひとつずつ撫でてやる。


(まさか、アレは)


 次の瞬間、女が彼の視線をとらえた。ふたりの視線が交差する。


 ギルシュは双眼鏡を放り出していた。


「どうしたの?」


 荒い呼吸のギルシュに、共鳴皮紙から顔をあげたアンニーナが心配そうに問う。彼は答えない。なんとか呼吸を整え、冷静さを取り戻す。


「まさか、アレが真祖?」


「そう、あのお方がクシャルネディア様だ」


 耳元で低い男の声が響いた瞬間、ギルシュは腰から剣を抜き、そのまま背後を切りつけていた。渾身の力を込めた剣撃であったが、何かに阻まれるように彼の剣は動きを止めた。


「ほう。私の肉に食い込むとはなかなか良い剣を持っている。それとも君の腕が良いのかな?」


 彼の背後には一人の男が立っていた。青いジュストコールを着た男だ。シワの刻まれた、彫りの深い青白い顔がギルシュを見下ろしている。ギルシュの剣は男の腹部を半分ほど切り裂いていたが、どれだけ力を込めようとそれ以上剣が進むことは無かった。


 ギルシュは剣から手を離し、後方に跳躍する。


「【雷槍ブロンテー・スピル】!」


 その叫び声と同時に青白い男の胸から雷の槍が突き出る。


 アンニーナの放った中位雷魔法だ。


「ギルシュ!退くわよ!!」


 彼女は叫びながらさらに二本、雷の槍を作り出し、男の胸めがけて魔法を放つ。雷の槍は見事に男の心臓を貫き、大量の血が吹き出し、全身が雷の熱で焦げていく。


「私を貫くとは、魔術師の方もよく鍛えられている」


 男は雷の槍を掴む。掌が熱で焼け爛れていくが、全く気にする様子がない。指先に刺さった木の棘を抜くように、あっさりと心臓を貫いた雷の槍を抜いていく。


 予想外の事態に直面した場合、すぐに後退するのはギルド関係者の鉄則だ。正体のわからない敵と対峙する事ほど恐ろしい状況はない。ギルシュとアンニーナはすでに走り出している。腹部を切り裂かれ心臓に三本の槍を刺されたのに平然としている。おそらく上級吸血鬼エルダーヴァンパイアだ。十闘級のロイクならまだしも、彼ら二人でるにはキツすぎる。


「【強雷塊フォル・ブロンテー・ボム】!」


 杖の先に青白い、大きな雷の塊が作り出される。槍をすべて抜いた吸血鬼の男に狙いを定め、アンニーナは雷塊らいかいを放つ。凄まじい速度で飛んでいった雷魔法は男に直撃し、まばゆい光と共に爆発を起こす。土埃が舞い上がり、周囲の空気が濁る。


「今のうちに距離を離すわよ!」


「ああ!」


 ふたりが走る速度をさらに上げようとしたその時。


「何処に行くのかしら」


 背筋が凍りつくような、ひたすら冷たい女の声が空から聞こえた。温度を感じない、底知れぬ暗闇から響いてくるような音。そのあまりにも異様な声質せいしつに、ふたりは思わず立ち止まる。


 空から大量の蝙蝠が、ふたりの眼前に降ってくる。羽根の羽ばたきと、金属の擦れるような鳴き声が闇の中で蠢いている。蝙蝠はどんどん増えていき、不気味な鳴き声は声量を増す。混沌とした蝙蝠の群れは、徐々に人の形を作っていく。爪先、膝、腹部、胸、腕、肩、そして頭。もはや蝙蝠は蝙蝠の形をしていない。黒い、影のような女の形になっている。


「そんなに慌てて何処へ行くというの?」


 女の表面を覆う黒い蝙蝠の群れが一瞬で消え去る。そこには透き通るような白い美女が立っていた。地面に届くほど長い黒髪。装飾のあしらわれた豪奢なドレス。その顔には、酷薄な笑みが浮かんでいる。上唇から覗く二本の牙が、月光にギラリと光る。青い瞳が夜の中で輝いている。


「クソッ・・・」


「嘘でしょ・・・」


 ふたりの表情に絶望が浮かんでいく。


 対峙した瞬間、悟らざをえない圧倒的実力差。


【純血】【始まりの血】【原点】


 真祖・クシャルネディア。


「人間が私の領域で何をしているの?」


 ギルシュは脇腹に隠しておいた短剣に手を伸ばし、アンニーナは杖を構え、そしてふたりは自分の身体が岩のように動かないことに気づく。


誘惑眼チャームアイ・・・!)


 ふたりは同時に悟ると、動くことを諦めた。これが低級吸血鬼の誘惑眼ならば、まだ対処のしようがある。だが、膨大な魔力を持つ真祖の誘惑眼から逃れることなど不可能だ。もはやふたりに残された選択肢は、安らかな死を願うことだけだ。


「クシャルネディア様」


 気がつけば先程ふたりを襲った上級吸血鬼エルダーヴァンパイアがクシャルネディアのすぐ側に立っていた。


「ずいぶん個性的な服を好むようになったのね、ロートレク」


「いやはや、だいぶ雷魔法で焦がされてしまいました」


 ロートレクは楽しそうに笑うと、動きを縛られたふたりに向き合う。


「この人間たちはいかがしますか?」


「魔術師の女は私が食べるわ。魔力濃度が高い血の方が美味しいもの。そっちの男は貴方にあげる。死体はケルベロスの餌にしましょう」


「かしこまりました」


 クシャルネディアはふたりに微笑む。それは死の笑み。


 ギルシュとアンニーナは、これから死ぬ。






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