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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第二話 真祖・クシャルネディア討伐編 前編
17/150

3 連鎖する行動






 喧騒と混沌。


 空は薄暮に染まり、エーデル平原の彼方に陽は沈もうとしている。


 ひとつの人影が、王都の人混みの中を走り抜けていく。フードつきのマントで全身を隠した、小柄な人影だ。前後左右の人々を器用に避けながら走っていく。腰に剣を差した軽装の戦士、磨き抜かれた銀色の鎧を身にまとう大柄の騎士、酒と金の臭いが染み付いた小汚ない傭兵、すらりとした肢体を惜しげもなく晒す薄着の女剣士・・・先程からすれ違うのは王国ギルドに所属する人間ばかりだ。人いきれが肌に絡み付く。だが、不思議と不快感はない。


 道の端にはズラリと露店が並んでいる。水馬ケルピー巨大蟹カルキノスの肉が焼ける旨そうな匂い、それに混じって妖しげな魔水薬ポーションの刺激臭が鼻をつく。「安いよ安いよ!」盗品の武具や魔術道具を売っている男が大声を張っている。「サービスするけど?」冒険者に声をかける、露出の多い娼婦たち。奥には宿場や飯屋などが軒を連ね、酒場からは笑いが絶えず、ときに怒号が飛び交う。何かの割れる音、殴り合う音、剣を抜く音。


 夜は王都の第四区画【無法地帯】をいっそう活気づかせる。昼前、ギルドの依頼をこなしてきた者たちが帰ってくる。彼らは命があることを喜び、金を手に、夜の王都に繰り出す。酒を飲み、女を買い、騒ぎ尽くす。熱気と騒乱の中に沈んでいくのが第四区画の夜だ。


「待てコラァ!!」


 人影の背後から怒号が上がる。振りかえると、険しい表情の男が追いかけてくる。


(うわっ、うまくまいたと思ったのに!)


 人影は走る速度をあげる。


(どうしよう、どこか路地にでも隠れてやり過ごそうかな)


 左右を見回すが、あたりには人がいるだけだ。


 考え事をしていた人影は、すぐ前方に青年がいることに気づかなかった。


(あっ!)


 気づいた時には、避けられる距離ではなかった。人影は青年とぶつかり、盛大に転んだ。フードが頭から外れる。綺麗な茶色の髪から、猫のような耳が生えている。人影は立ち上がるのも忘れ、慌ててフードをかぶり直す。


(誰にも見られてない?)


 キョロキョロと周囲を見回す。誰かが近づいてくる。


(追い付かれた!?)


 そう思い身構えたが、近づいて来たのは人影と正面衝突した青年だった。


「お前、危ないな」


 ざらついた声で青年は言った。灰色の髪と赤い瞳が特徴的な青年だった。一枚の布で作られた、民族衣装のような服を着ている。サツキだった。


「前見て歩けよ」


「す、すいません・・・」


 人影はよろよろと立ち上がると、頭を下げた。


 サツキはそれだけ言うと、立ち去ろうとする。


 その時、


「もう逃げられねぇぞ」


 険しい表情の男がゆっくりサツキの方へ歩いてきた。薄汚れた服を来た男だった。傷だらけのプレートアーマーが胸部を隠し、腰に短刀をぶら下げている。身なりからして戦士か傭兵だろう。


「ヤバッ・・・追い付かれちゃった」


 人影は咄嗟にサツキの後ろに隠れた。


「なんだおめぇ?そいつをかばうつもりか?」


 薄汚れた男は短刀を引き抜くと、刃先をサツキの方へ向けた。よく使い込まれた短刀だ。刃が鈍く輝いている。


 人混みが男、人影、サツキの三人を避けるように広がっていく。なんの興味も示さずに歩いていくものもいれば、「れ殺れ!」と騒ぎ散らす野次馬もいる。第四区画ではこういう光景はさして珍しくない。


「あの、これも成り行きですし、私の事助けてくれませんか?」


 フードの中から少女の声が漏れる。どうやら人影は女のようだ。サツキの服の陰に隠れ、時おり短刀に視線を向けている。


「見ればわかると思うんですけど、実は私あの傭兵に追われているんです。このままじゃ私、アイツに酷い事されちゃいます」


「助ける理由がないな」


 サツキは興味の無さそうな声を出す。面倒臭そうに頭を掻く。


「あの、お願いです。せめて私が逃げる為に一瞬隙を作ってくれるとか、気をそらしてくれるとか、何でも構いません。お願いします!お礼は絶対しますから!」


「宿と飯だ」


「はい?」


 人影は首をかしげる。


「俺はさっき王都に着いたばかりだ。何処でもいい。とりあえず宿と飯、それを用意するなら助けてやる」


「それくらいならお安いご用です」


「そうか」


 サツキは自分に刃先を突き付ける男を見る。


「なんだてめぇ。やっぱりそいつを庇うのか?馬鹿な野郎だな。おれは手加減しねぇ。お前、死ぬぞ?死にたくなきゃそいつをおれに渡して消えな」


 男は獰猛な声でサツキを威嚇する。だがサツキは冷淡な声で「お前が消えろ」と一蹴する。男の眉間に青筋がたち、短刀を握る手に力がこもる。血が沸騰していく。怒りに背筋が震える。こいつ、おれが冗談を言ってると思ってるのか?ならしかたねぇ、痛い目を見せてやる。


 男はいったん短刀を胸の辺りまで引くと、左側からサツキの首筋を狙って切りつけた。風を切るような音がする。


(死んだな)


 男がそう思ったその時、短刀が地面の石畳に落ちる音が響いた。その音につられ、下を見る。確かに今握っていた短刀が地面に落ちている。しかもその柄には血がべっとり付着している。(どうなってんだ?)疑問が浮かんだと同時に、右手が焼けるように熱いことに気づいた。この感触には覚えがある。大きな傷を負ったとき、血が大量に流れ出たときの感触だ。すぐに右手を見る。男は愕然とした。右手の人差し指、中指、薬指が根本から無くなっていた。刃物で切られたような滑らかなものではなく、力ずくでむしり取られたような荒々しい傷口から血が滴る。


「おおおおおおおおおおおおっ!!」


 突然襲ってきた激痛に男は絶叫した。右腕を押さえうずくまる。おお、おおっ、と呻きながら傷口を服に押しつけている。その男の目の前にサツキは何かを放る。血塗れの指だった。サツキは刃物を握る男の指を一瞬でえぐり取ったのだった。


「お前が消えろ。もしまだやる気なら、次は殺す」


 男は錯乱したように地面から自分の指を拾い上げると、憎悪の籠った眼をサツキと人影に向けたが、「クソッ!」と叫びながら走り出した。男はすぐに人混みに紛れ、消えて無くなった。野次馬たちは思い思いに話している。「凄い早業だな。何したのか見えなかったぜ」「何闘級だろう」「武器使ってないよな?武術家って奴か?」「それよりなんでエルフ族の服着てるんだろうな」


「お兄さん、変な服着てるわりに強いんですね」


 フードを深く被った少女はサツキの正面に回り込むと、一礼する。


「私シャルルっていいます。助けてくれてありがとうございます」


「礼はいい。それより宿と飯は用意してくれるんだろうな」


「それは勿論です。ただ・・・」


 シャルルは少し沈黙すると、意を決して話し出す。


「宿というより私の家なんですけど、それでもいいですか?あと、実はちょっと汚くて、いやすごく汚いんですけど、大丈夫ですか?」








 第四区画、大通りから外れた路地に、ふたりの人間が立っている。ひとりは淡い色調のふわりとしたケープを羽織る少女だ。腰に魔水晶を加工して作られた短剣が二本ぶら下がっている。薄緑色の髪の毛はポニーテール、色白の可愛らしい顔立ちは柔らかで、穏和な印象を与えるが、眼には強い光が宿っている。


 もうひとりは背の高い締まりのある体つきの男だ。肩まで伸びた金髪。彫りの深い端正な顔立ち。見た者を射抜くような鋭い眼。強者の気配を纏い、それでいて品位を感じさせる男だった。胸と腕にだけ群青色に輝く鎧を身に付けているが、それ以外の場所は薄い布で作られた、動きやすそうな服装だ。一見安物に見えるが、その実この服は裏地に簡単な魔方陣が刻まれていて、鉄と同等の強度を有している。背中に自身の身長と同等の大剣を差し、腰にはやや曲線を描いた三日月刀シミターが揺れている。


 ふたりの視線の先には先程まで灰色の髪の青年が立っていた。青年は傍らの、全身をマントで包み隠した人影と一緒に人混みの中に消えていった。あとには傭兵の流した血液だけが残った。


「ロイク、今の見た?一瞬で指をもぎ取ったよね」


 少女は隣に立つ男、ロイクに言う。


「ああ」


「あの動き、眼で追えた?」


「ミーシャ、君はどうなんだい?」


「見えなかった」


 少女、ミーシャは首を振りながら答えた。


「ボクはこれでも七等級の精霊使いだよ?それも後方支援が得意な魔術師なんかとは違う、前線で戦う近接戦闘特化の精霊使いだ。正直、精霊の力を借りなくても七闘級の戦士くらいの実力はあると思うんだ。そんなボクがあの青年の動きを追えなかったんだよ」


「そう落胆する必要はないと思うよ。あの男の動き、私もかろうじて追えたくらいだ」


 その言葉に、ミーシャは驚愕した。


(かろうじて追えた?王国に数人しかいない十闘級の近接職のひとり【強戦士バーウォークのロイク】が、あの青年の動きを何とか見ることしか出来なかった?)


「それ冗談?」


「事実だよ」


 ロイクは苦笑する。


「凄まじかったよ。あの傭兵が切りかかった瞬間には、もう指をもぎ取っていた。傭兵も何が起きたのか理解してなかったろ?あれだけ速いと痛みも遅れるんだ」


 先程の青年の動きを思いだし、ロイクは真剣な顔をする。何か重要な事柄を考えている時、彼はこういう顔をする。それをわかってるミーシャは口を開く。


「ロイクの考えてること当ててみようか」


「ああ」


「彼をボクたちのギルドに誘いたいんでしょ」


「うーん、ちょっと違うかな。確かにあの動きは只者じゃないよ。それは君もわかるだろ?」


「うん。魔力は一切感じなかったけど、纏ってる雰囲気が周りとは明らかに違うよ。凶暴っていうか、禍々しいっていうか。何より精霊が騒いだの」


「精霊が?」


「そう。彼が現れてから周辺の精霊が一斉に騒ぎ出した。だからボク、あの青年を見てたんだよ」


「そうだったんだね」


「それで、ギルドに誘う訳じゃないならどうしたいの?」


「手伝ってもらいたい」


「そういうことね」


 ミーシャは現在自分達のギルドが手を出そうと考えている、王国ギルドが発注する膨大な仕事の中で、最高難度に指定されている依頼について考えた。数多の戦士が散り、王国騎士団が匙を投げ、ユリシール王国自体が干渉しないように努めてきたある存在、その討伐。


 ロイクはミーシャの心を読んだように呟いた。


「真祖・クシャルネディアの討伐」


【純血】【始まりの血】【原点】と呼ばれる、圧倒的な魔力を有する不老不死の化け物。全ての吸血鬼の頂点に立つ超越者。


「彼がいれば、真祖討伐に一歩近づく、そんな気がするんだ」


 ロイクはそう言うと、あとは人の流れをぼんやり見やっていた。






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