2 ユリシール王国・王都 その2
「王国ギルドの情報に載ってない事ならいくつか知ってるけど、情報料とるよ」
「俺からか?仲間だろ」
「魔術師は金がかかるのよ。魔導書そろえたり魔術道具買ったり、魔水薬の材料だって必要だし、やりくり大変なの。あんたらみたいに女買って酒飲んでるだけじゃないんだからね」
バルガスは財布から銀貨を五枚とりだし、カルネの方に滑らせる。
「銀貨?金貨の方が嬉しいんだけど」
「中身のわからない情報に、あまり投資はできない」
「ま、そうかもね」
銀貨をローブのポケットにしまうと、カルネは話し出す。
「ドラゴンキラーに関する文献ってほとんど残ってないんだよね。全面戦争で失われたってのもあるんだろうけど、元々ドラゴンキラーは消失魔法技術の中でもかなり機密性の高い技術が使われてるらしくて、たとえ完璧な状態の文献があったとしても、アタシたちじゃ理解できないと思うよ。現在の技術じゃ皮膚に魔方陣を刻む事もできないのに、それをドラゴンキラーは筋肉はおろか血管にまで刻まれてるって言うんだから、驚愕を通り越して正直怖いよ」
わざとらしく身体を抱き締め、カルネは怖がるふりをする。
「だから技術的な面は全くわからない。そのへんは魔術学術院や王国騎士団所属の魔法探求団なんかが血眼になって探してるんじゃない?ま、だからアタシが知ってんのは間接的な事だよ」
「俺としてはそちらの方が助かる。技術面など興味がないからな」
「僕も興味ないですね」
「あんたらねぇ」カルネは呆れたように椅子にもたれる。「魔術師目の前にして魔法に興味がない興味がないって、ムカつくんだけど」
「こんな事で怒るな。短気な奴だ」
「全くですね。もしかしてカルネさん、今生理なん・・・」
リアンの目の前に短い棒が突きつけられていた。カルネ愛用の短杖だった。杖の先端には一瞬で燃え上がりそうな、小さい炎が燻っている。
「リアン、つぎ失礼なこと言ったら首から上を吹き飛ばすからね」
凄まじい剣幕のカルネに「すいません」とリアンの顔がひきつる。
カルネは先端の炎を消すと、短杖をローブの中にしまった。
「お前は相変わらずデリカシーがないな」
リアンの肩に手を置きながらバルガスは笑う。はぁ、とリアンは溜め息をつく。
「で、なんの話だっけ」
「技術面以外の話だ」
「そうだったね」カルネは記憶を探る。
「アタシが知ってるのはドラゴンキラーの外見に関することくらいかな。ドラゴンキラーって身体的な特徴が2つあるらしいんだよね。当時存在したドラゴンキラーには全ての個体に共通する特徴が現れたんだって」
「特徴?」
「そう、まず第一にドラゴンキラーは白髪だったり灰色だったり、髪の色が抜けている。ドラゴンキラーは全身の骨を人造強化骨格に差し替え、身体中あらゆる所に魔方陣を刻み込む施術をするんだけど、それに対して人体が強烈な拒否反応を起こして、被験者は想像を絶する苦痛に数週間、あるいは数ヶ月襲われるらしいの。そのあまりの激痛に髪の色が抜けるんだって。その苦痛を乗り越え人造強化骨格に適応出来た者だけが異種族殲滅用生体兵器として戦場に立てたとか」
バルガスの脳裏に、ダークエルフの村で目撃した青年の姿が浮かび上がる。その髪はくすんだ灰色ではなかったか。
「第二の特徴は、身体の一部分が赤く変色するってもの。心臓に埋め込まれた半永久魔力精製炉は超高密度の魔力を造り出す。魔力は全身に供給されるんだけど、その時流れの悪い部分に魔力が溜まっちゃうらしくてさ。魔力って薄いとまったく見えないけど濃度が高いと視認できるんだよね。リアン、あんた魔眼で魔力可視化出来るんでしょ?人間の魔力は何色?」
「赤ですね」
「つまりそういうこと。溜まった部分が赤く変色しちゃうんだって。眼とか爪なんかが多かったらしいよ。だから全面戦争初期の頃は【白い死神】【赤眼の殺戮者】なんて呼ばれてたって記述をなんかの文献で読んだよ」
特徴が一致する、とバルガスは思った。灰色の髪、赤い瞳、そして上級吸血鬼をものともしない戦闘能力・・・確信はできない、だがドラゴンキラーの可能性はぐんと上がった。
リアンもそう思っているのか、しきりにバルガスの方に視線を送ってくる。
「実はもうひとつ特徴があるんだけど、聞きたい?」
「なんだ」
「追加料金」
バルガスは金貨を一枚カルネに投げて寄越す。彼女はそれをキャッチする。ニヤリと笑う。
「ありがと。ドラゴンキラーは右腕に数字が刻印されてる」
「数字?何のために」
「製造時期を表してるらしいよ。この数字が結構重要で、特に1から15までの数字を持つ、最初期に造られたドラゴンキラーは異種族からもっとも恐れられた」
「なぜだ?」
「知らない」
カルネは肩をすくめる。
「そのへんはいくら調べてもわかんなかったんだよね。ただひとつだけ言えるのはその最初期に造られた15体のうち、11の番号を持つ個体がドラゴンキラー最強と呼ばれていたってこと。そいつが黒竜に致命傷を負わせ、戦争を終結に導いた。ま、だからアタシたち人間からすれば英雄よね」
「でもドラゴンキラーって異種族を虐殺しまくってたんですよね?ずいぶん血生臭いですね。なんか英雄って言い方は違和感がありますけど」
「英雄など、血と死の中にしか存在しないよ」
バルガスは幼少の頃から経験してきた幾多の戦場を思い出す。あの場所に道徳や良心は存在しない。ただ多くを殺した者だけが生き残り、称賛され、明日を迎えられる。血生臭い英雄、結構なことだ。理想や綺麗事を並べる偽りの英雄なんかより、よっぽど信頼できる。
「ま、こんなもんかな。料金分は喋ったと思うけど」
「十分だ」
おまけでバルガスはもう一枚金貨をカルネに差し出した。「気前がいいね」とカルネは嬉しそうにする。
その時、クエスト案内所の方で男の悲鳴が上がった。次いで人の倒れる音がする。裏の仕事を請け負うような人間は血の気が多い。この場所では喧嘩など日常茶飯事だし、殺傷沙汰も珍しくない。悲鳴が聞こえても、酒場にいる人間は眉ひとつ動かさない。誰が何処で死のうと、それは当事者の責任だ。バルガスは視線さえ向けなかった。
「ゆ、許してくれ。おれがわ、悪かったよ」
その声には聞き覚えがあった。三闘級傭兵のアズレトだ。家出娘を娼館に売り飛ばしたり、新米冒険者から金と装備を巻き上げるくらいしか能のない三流の小悪党だ。たいした実力もないくせに自分の力を過信しているタイプで、いつもデカい口を叩きながら酒を飲んでいる。ああいうタイプはやがて自滅する、常々バルガスは思っていた。その自滅の日が今日訪れたのだろう。
「うわ、アズレトの奴漏らしてるよ」
カルネは顔をしかめる。
「いつも生意気な口きいてるくせに、アレだもんね。笑っちゃうよ」
「遅かれ早かれああいう奴は死ぬさ。放っておけ」
「そうだね。あ、でも見てよ。アズレトの前に立ってる奴。ドラゴンキラーが生きてるとしたら、あんな感じの容姿なんじゃない?」
その言葉が気になり、バルガスは顔を上げた。そして身体が硬直するのを感じた。心臓の鼓動が速まる。額に汗が浮かぶ。気がつけば拳を固く握りしめていた。
「バルガスさん、あれって・・・」
リアンは緊張した声を出し、アズレトの方を凝視している。
「あんたたちどうしたの?」
ふたりの不穏な気配にカルネは首をかしげる。
(なぜここにいる?)
バルガスは考える。理解の範疇を越えた出来事に遭遇すると、考え込む悪い癖がバルガスにはある。
(なぜ?ダークエルフの村を監視している事がバレていた?それで俺たちを追ってきた?しかし俺たちを追う必要があるか?上級吸血鬼を殺した所を見られたから?アレは見られたらまずい場面だったのか?だとしたら奴は俺たちを殺そうとしている?その為に王都まで?そんなことが?ありえるのか?)
不意にバルガスは我にかえると、深呼吸をする。今、俺は冷静さを欠いていた。それでは駄目だ。それでは生き残れない。ひとつ大きく息を吐くと、バルガスは冷静さを取り戻していた。
(普通に考えれば、偶然だ)
そう思いながらバルガスはアズレトの前に立つ青年を見る。そこには灰色の髪と赤い瞳を持つ青年が佇んでいた。
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時は少し遡る。
その日、サツキは王都に到着した。




