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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第四話 地獄に堕つ五芒星編 第三部【聖都落とし】
148/149

34 無謀






【34】

「お前等のその姿、〈獰乱の蟲騎士ホロウ・ナイト〉だろ」珍品を眺めるように、勇者はふたりの蟲竜をじっくりと眺める。「ジンライネル直属の蟲竜の騎士団。ヌルドの森でくたばったとばかり思ってたが、生き残りがいたんだな」クックと、勇者は可笑しそうに咽喉を鳴らし、「しかし、まさかヘル・ペンタグラムに蟲竜が潜んでいたとは、おどろいたよ。まったく、イビルへイムは本当に詰めが甘いな。アイツの執念とやる気は認めてやるが、肝心なところが抜けてるんだよ。例えばメンバーの精査とかな。そうは思わないか、カ・アンク、ベルゼーニグル」


「ギグ・ザ・デッド」カ・アンクは険しい眼差しで勇者を睨む。

「貴様、一体いつからそこにいた」


「お前等がマシュズの雑魚を殺した時くらいからかな」


「……我々を監視していたのか」


「そんな七面倒なこと、おれがするわけないだろ」


「我々に気づいていたのなら、合点がいく。我々が正体を顕す瞬間を、待ち構えていたのか」


「おいおい、しっかりおれの話を聞いてろよ。云っただろ、愕いてるって」ギグは小さく肩を竦め、「おれが此処にいるのは偶然だよ。〈神の代理人〉に挨拶してからこっち暇でね、適当にぶらぶらしてたんだよ。たまたまマシュズを見かけたからねぎらいの言葉のひとつでも掛けてやろうと足を止めてみれば、びっくり仰天、どこからともなくお前等が顕れ、そして」ギグはわざとらしい仕草で咽喉を掻き切るジェスチャーをし、高らかな嗤い声を上げる。「まさかお前等が蟲竜だったとはな。何でヘル・ペンタグラムに潜んでた? 目的は何だ? まあ、大方想像はつくがな」


 神鳴りが大気を震わせた。


 蒼い光が、カ・アンクの視界の端を掠める。


 傍らのベルゼーニグルが、蒼い雷を纏い始める。


「策戦は諦めろよ、アンク」闘志漲る面魂を、ベルゼーニグルはカ・アンクに向ける。「奴に見つかった以上、慎重に一匹ずつなどと悠長なことは云ってられねぇ。るしかねぇぞ」


「しかし」


「いいじゃねぇか、アンク。三百年待ったんだ、少しくらハメを外してもよ」ベルゼーニグルの手が、カ・アンクの肩に置かれる。鋭い鉤爪が、胸奥より込み上げる昂揚に震えている。闘志に、殺意に、何よりも誇りに、ベルゼーニグルの双眸が爛々と耀く。「オレたちは獰乱の蟲騎士ホロウ・ナイトだ。ここで退けばジンライネル様の名に傷がつく。それに、見ろよ。どのみちあの男にオレたちを見逃す気なんざ更々ねぇ」


 ギグの背後から、巨大な黒い塊が迫り上がる。獲物を前にした肉食獣が放つような獰猛な唸りが、幾重にも、幾重にも折り重なり、凄まじい重低音の塊となって周囲一帯を打ち震わす。


 塊の正体は、影だ。


 幾千もの影獸ガルノが蠢く、勇者の影。


 西方の凶剣デスブリンガー影獸の奴隷剣ヴラグ・ガルノ・アヴァローグ〉。 


 悍ましい光景に対抗するように、ベルゼーニグルは蒼雷をさらに烈しく纏う。「オレだって勇者を殺せるなどと思い上がるほど己惚れてるわけじゃねぇ。だが、状況が状況だ。戦るしかねぇだろ」


「……致し方ないな」暫時、重苦しい苦渋に表情を歪めていたカ・アンクだったが、「来い、我等が同胞たちよ」


 云い放ち、ゆっくりと右腕を揮った。


 蟲王の背後に魔方陣が展開される。人間や魔物のものとは異なる、複雑怪奇な記号と流線状の魔語グロクスによってえがかれた、蟲竜の魔方陣。魔方陣は空間を蚕食するように円形状に拡がり、巨大な〈ゲート〉を形成し──その門扉が、左右に開かれる。


 ぽっかりと口を開けた異空、その中にずらりと並び立つは、ふたりと同じ姿形をした、異形の騎士団。


「出番だ、同胞たちよ」


 騎士たちは一糸乱れぬ動作で続々と門を潜り、カ・アンクとベルゼーニグルを中心に、その左右に整然と展開する。


 将たるふたりを入れ、総数二十五体に及ぶ蟲竜、その戦陣。

「出し惜しみはしない」殺意に張り詰めた声色で、カ・アンクはベルゼーニグルに向かい合う。「貴様の云うとおりだ、ベルゼーニグル。こうなってしまった以上、全身全霊、総てを賭して奴に挑み掛かるまでだ。たとえこの場で全滅することになろうとも、奴の腕の一本も奪えなくて何が獰乱の蟲騎士ホロウ・ナイトか」


「やってやろうぜアンク。腕だけとは云わず、あのクソ野郎の頸を捻り切ってやろうぜ」


 カ・アンクとベルゼーニグル、そして居並ぶ騎士たちの全身から、烈しい闘志が蒼い魔力とい雑ざり、渦を巻き、燃え盛る焰のように高々と立ち上る。獰猛にして狂乱──まさしくこの蟲竜たちこそが、獰乱の蟲騎士ホロウ・ナイト


 そんな騎士団の戦陣を前にして、しかしギグは、

「お前等、ヘル・ペンタグラムのルールを覚えてるか?」

 渦巻く闘志など物ともせず、すべてを嘲る嗤笑を口元に湛え、居並ぶ騎士団を仰ぎ見る。「まさか、覚えてないなんて云わないよな。おれは確かにお前等に……ああ、そうだった、あの時お前はいなかったんだったな」ギグは視線をカ・アンクに据え、「折角だ、あの時おれが何を云ったのか、今一度教えてやる。……”おれを裏切るな”、だ」限界まで水を湛えた水甕の口から中身がこぼれるように、膨れ上がった勇者の影から大量のケモノが連々とあふれ出す。


 同時に、ギグの周囲で異様な高音が炸裂する。咆号ではない。獸の吼え声ではない。荒目のやすりを力任せに擦り合わせているような、耳を塞ぎたくなる程に神経を逆撫でする、それは甲高い金属音。


「王を裏切った奴には裁きが下される」


 ギグの周囲で、無数の火花が散る。


「そして裏切り者に裁きを下すのは、王たるおれ自身だ」


 灼熱した鋼鉄の、眼を眩ませる眩い橙色とうしょくの火花がその数を増す。火花が爆ぜるたび金属音が増し、それに呼応するように火花がさらに爆ぜる。


 擦れているのだ。ギグの周囲一帯に何かが漂い、その何かが擦れ、ぶつかり合い、灼熱の火花を散らしているのだ。


 間違いなく、これはギグの有する能力のひとつ。


「結界の無い聖都なんてもんは、結局こんなもんだ」風の刃によって崩潰した工業区を見廻しながら、ギグは呆れたように溜め息をつき、「備えも無ければ覚悟も危機感もまるで足りていない、平和惚けした信徒の集団。こんな奴等を殺すのなんざ、赤子の手を捻るよりも容易い。……いい加減、おれも倦き倦きしてたところだ」


 ギグは腰に佩いた幾本もの剣に手を伸ばし、

「丁度いい。退屈凌ぎにお前等とあそんでやるよ」

 その内の一本を、鞘から抜き放つ。


 途端、凄まじい熱波に工業区の空気が一瞬で煮え立ち、火花と金属音が狂ったように高まり、渾然一体となってギグの周辺一帯の空気を、歪める。


 勇者が右手に握るのは、燈色に灼熱した、一振りの刃。


 南方の凶剣〈燼滅する刃ディノル・ヴァルフリード〉。

 

 金属質の火花を纏い、獸の群れを従える、白濁したひとみの男。


 神の聖者とは思えぬ凶凶まがまがしい姿に、解放された圧倒的な力の片鱗を顕顕まざまざと見せつけられ、しかしそれでもなおカ・アンクは、ベルゼーニグルは、彼等と並び立つ蟲の騎士団は、一歩も退き下がらない。


 むしろ、逆だ。


 その身はさらなる殺意に漲り、その四肢は昂奮に力強く張り詰め、その双眸が宿す闘志は、より熱く、より苛烈に燃え上がる。守護竜最強と謳われた雷竜ジンライネル、その麾下たる騎士団に、撤退の二文字など存在しない。

「やる気満々って面構えだな」小馬鹿にするように鼻を鳴らし、ギグはゆっくりと歩き出す。ただそれだけの動作で、四方を覆う獸の集団が狂瀾きょうらんのように波打ち、揺らめく熱波が工業区そのものを灼き焦がしていく。「まったく、身の程ってものを知らない蟲螻むしけらどもだ。お前等が前にしているのが誰なのか、しっかりと教えてやらないとな」


 一本一本が超越魔物トランシュデ・モンストルに匹敵する破壊力を秘めた凶剣、その力を二本も解放し──しかし、これが彼の総てというわけではない。


 その腰にはまだ二振り、鞘に収められた魔神の邪遺物がある。


 東方の凶剣〈無羅獅鬼鷹ナラシキダカ〉。

 北方の凶剣〈巨神の脊柱タイタン・アァク〉。


 そして、彼の懐には、それ・・がある。神へと到る鍵〈聖剣ゴッドブリンガー〉が。


 ギグは獲物を前にした魔獣のように、ゆっくりと舌舐めずりをする。よこしまな嗤いに口端を吊り上げ、長い舌をべろりと顎先に垂らす。


 白日の下に顕顕と晒されるのは、魔の象徴たる逆様の五芒星。〈地獄に堕つ五芒星ヘル・ペンタグラム〉。


 飄々と、嘲るように、ギグは雷竜の騎士団を左手で差し招く。


「来いよ。勇者に挑む無謀を教えてやる」






     *****






 どこまでも重々しい深海のような闇の中に、竜は一筋の光を見る。


 長い頸をゆっくりと下ろし、巨大な翼を丁寧に折り畳み、両膝を地面に付き、〈濃血の飛竜カイト・ワイバーン〉カラミットは鄭重にこうべを垂れる。背後には、彼と同じように跪く、無数の飛竜の姿。僅かに顔を上げ、カラミットは眼前に顕れた主、〈白竜〉ミル・カムイの耀く顔貌を見つめる。


「出撃ですか」


「……黒竜様にまみえていた」ミル・カムイはそう云って、彼方の闇に、最果ての地の中心地に、〈回生〉の結界の中に横たわる君主の御体に、思いを馳せる。十重二十重に張り渡された〈回生〉の結界は、黒竜様から漏れ出る黒き瘴気と混ざり合い、さながら孵化を待つ漆黒の繭の如き様相を呈している。分厚い結界はすべての事象を完璧に遮断し、ゆえに此処に足を運んだからといって、黒竜様に覲えることなど叶わない。


 それでも、ミル・カムイは来た。来ざるを得なかった。


 僕として、臣下として、何より五統守護竜ガルゾディ・ドラゴンズの一柱として、主君の前に立ち、一言、自らの口から告げたかった。


『私は貴方を護り抜く、忠実なる盾』ゆっくりと右腕を上げ、ミル・カムイは漆黒の繭に掌を当てる。『同時に、私は貴方の敵を討ち滅ぼす忠実なる矛』白竜の眸に、熱狂的な想いが滲む。かつてミル・カムイがこの言葉を違えたことは、一度たりとも無い。


 あの日から、あの刻から。〈神〉の奴隷として虐げられてきたドラゴンが、神の家畜として鞭打たれてきた飛竜ワイバーンが、神が戯れの実験から生み出した竜人リザードマン蟲竜ドラグ・ホロウが──神と云う名の軛に繋がれていた総ての竜血族ドラグレイドが黒竜様によって解放されたあの瞬間から、ミル・カムイの忠誠心が揺らいだことなど、その身に燃え上がった狂気的な信仰心が揺らいだことなど、ただの一度たりとも無い。『貴方がねむりから眼を醒まされる前に、私が道を整えておきます』強く、ただ強く、ミル・カムイは漆黒の繭に掌を押し当てる。『御安心ください。貴方の覇道の邪魔は、何人なんぴとにもさせません』


 己の言葉を反芻しながら、ミル・カムイは臣下の飛竜を見瞰ろし、

「〈ゲート〉の権限は」


「すでに、カ・アンクより譲渡されております」


「ならば、始めるぞ」


 その言葉に、飛竜たちが一斉に鎌首をもたげる。一際高く頭を持ち上げたカラミットは、昂奮に双眸をぎらつかせ、ミル・カムイを見つめる。


くぞ」


 己が麾下を一瞥し、ミル・カムイは力強くカラミットに命じる。


「さあ、〈門〉を開け」






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― 新着の感想 ―
カ・アンク達早速負けそうで竜サイドで落ちかと思いきや、ミル・カムイが動き出して三つ巴の戦いに。ここに更にサツキが本格的に参戦する訳で、結局聖都は灰塵とかしそう。
イビルへイムが生きてることに絶望して地獄の底に叩き落とされる回をずっと待ってます
三つ巴のこの状況に更にサツキが出てきたらどうなっちゃうのよw
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