年度末は、大型台風犬接近の季節~後編~
「さて、蔵人くん。仕事に戻ろうか」
私の怒りの制裁から復活できていないかさねくんを放置し、蔵人くんを伴ってさっさと保健室から退出する。
「……先輩。あれ、放っといて大丈夫なんですか?」
「平気。あの子の相手は来年度からするから。正式に入学もしてないのに、そこまで構ってやることはないし」
想定以上に早い行動を起こしてくれた後輩に、こちらの予定を崩されるのはたまったものではない。
入学したら顔を見せにきてねっていう伝言をはきたがえやがって。まさかの先制攻撃に、これからどう対応しようか新学期までに対抗策を練らなければ。
「蔵人くん、色々とききたいことがあるんだろう?」
「ええ、まあ」
「その前に、ちゃっちゃと任されている仕事をやっつけてしまおうか。その後で君のために時間を作るから、ゆっくり話そう」
スマホで会長の現在地を確認し、次の指示を直接あおぐため生徒会室へと足を進める。仕事の件もあるが、他にも確認したいことがあるし。
「時間を作ってくれるのは嬉しいんですけど、身体の方は大丈夫なんですか?」
蔵人くんが目の前に立ちふさがって、道を塞いでくる。
おっと、通せんぼですか。
「僕が先輩の分もきっちり働きますから、休んでいてください。まだ、身体痛いんでしょう?」
どこか歩き方のおかしい私に違和感を覚え、まだ動く状態でないと気付いたのだろう。
心配してくれるのはありがたいが、手伝いとして呼ばれている手前、ある程度の働きをしないと申し訳ないのだけど。
「……痛み止めも効いてきてるし、大丈夫かなーと」
あと、なんといってもあの生徒会長に借りを作りたくないといいますか、複雑な想いがあるのだよ、蔵人くん。
「駄目です。少しでも痛みを感じるなら、休んでいてください」
「え、でも、このくらいなんでもな……」
「休んでください」
ぎろりと私を睨みつける蔵人くん。
「はーい。……大人しく君のいうこときくから、取りあえず会長のとこに顔を出そうか」
家族でもない人にこんなに身体を気遣ってもらえるって、なんだか新鮮だなーと場違いなことを思う。
ニヤつく口元を手で隠し、生徒会室へと向かう。
心配性な仔猫ちゃんのため、ちょっくら生徒会長と交渉しますか。
生徒会室に辿り着き、なぜか蔵人くん自ら会長と交渉をした結果、蔵人くんには午前中同様に肉体労働を、私には生徒会室で会長の補佐という形で仕事の割り振りが決まった。
最近、本当に頼りがいがでてきて、惚れ直してばっかりなんだよね。そのうちかわいいなんて、からかえなくなっちゃうのだろうか。
すぐに片付けてきますから! と息巻く蔵人くんを見送り、二人きりの室内で会長が話を切り出してきた。
「君が何でも屋に推挙した彼、まず僕のところに顔を出したよ」
「あぁ。やっぱり会長のところに行きましたか」
うちの学校の生徒で今現在、最も優秀なのは目の前のこの人だろう。
傍から見たら、何でも屋である可能性は高いとは思う。入学直後に打診はされたらしいが、この御仁は、裏でひっそり活動するというのがどうも性に合わないらしく、表舞台である生徒会をその能力の発揮場所に選んだと話にきいている。
「うん。僕は試験官ではないといっても中々信じてもらえなくてね。追い払うのに、ちょっと本気出し過ぎちゃったかな?」
「それはそれは。さすがにあの子、たじろいだんじゃないですか」
私なら、会長の本気とか見たくない。
その前に戦線離脱する。
「さて、どうだろうね。表面上は特に変化はなかったように見えたけど。……で、どうするのかきいてもいいかな?」
「どうもこうも、なるようにしかなりませんよ。私にだって、扱いきれませんから」
生徒会長といい何でも屋の面子も、私に判断任せるとかどうするのとか確認しているが、私がどうのという問題ではない。
全てはこれからのかさねくんの出方次第だ。
あの子が、何でも屋という学校の裏方仕事に興味を示すかどうかだろう。
試験に挑戦したのは、たぶん、私の目の前に堂々と現れたかっただけであって、何でも屋になりたいからという理由ではない筈だ。
「で、会長の本題ってそれじゃないですよね?」
肉体労働以外にも仕事はたくさんあるのに、わざわざここに留めて二人きりになったのだ。
何か私にききたいことがあるに違いない。
「まあね。君が声を掛けないようだから、木屋を生徒会に誘っていいのか確認したくてね」
会長が書類仕事をする手を止めて、こちらに顔を向けてくる。
蔵人くんにではなく、その前に私に確認するのがこの人のやらしいところだろう。
「どうぞ、ご自由に」
かさねくんの件もそうだが、蔵人くんのこの件にしても、なぜに私にきいてくる。
こういうのは本人次第だろうに。
「…………へえ。その返答だと、生徒会が声掛けるって分かってたみたいだね。もう一度きくけど、いいのかい? 傍においておきたいのなら、何でも屋の候補者に挙げるのが手っ取り早いだろう?」
「生徒会の仕事で会う時間が減るって心配してくれるんですか? 余計なお世話ですね」
傍にいられる時間が減るのは淋しいが、蔵人くんがその選択肢を選ぶのなら応援するに決まってる。
それに、会いたい時は会いたいと伝えて、どうにか時間を作ればいい。あと一年は同じ学校の生徒なのだ。ある程度の融通は利くだろう。
「おや、失礼」
たいして悪いと思ってない口ぶりがムカつくが、喧嘩を売って勝てる相手ではないので大人しく話の続きを促す。
「文化祭の時に、ちょっとした絡みがあってね。気になってその後も様子見してたら、中々いい感じになったから狙ってたんだよ。では、遠慮なく口説きにかかろうか」
にやりと笑う生徒会長様は、どう見ても悪の組織の総司令でしかない。
蔵人くんってば、めんどくさい人に目をつけられちゃったなー。
まあ、いい経験にはなるであろう。
頑張れよ、とエールを贈る。
生徒会から蔵人くんに何かしらのお誘いがという話は、生徒会長の恋人であり、副会長を務める何でも屋のリーダー様からきいていたのだ。
今日、助っ人として参戦した蔵人くんの力量を実際に確認し、会長の中での何かのジャッジがくだったのだろう。
本当にご愁傷様である。
この人に目を付けられたのなら、九割の確率で蔵人くんの生徒会入りは確定であろう。
私としては、文化祭の時に会長と蔵人くんの間に何があったのかが大いに気になるところでもある。
「ほら、さっさと入れって!!」
会長と何ともいえない腹の探り合いをしていたら、乱暴に扉が開き、何かが転がり込んできた。
「痛いって、なんでお前に足蹴にされなきゃいけないんだ!?」
「はああああああああ? そんなの、お前がバカな発言して副会長を困らせたからに決まってるだろうが!」
えーと、あれだな。
ついさっきお別れした筈の大型犬が、仔猫と共に乱入してきたんだけど、何事ですかい。
「あらあら。駄目よ、木屋くん。……攻撃を仕掛けるのなら、服で痣とかが見えないところにしなくちゃ。こういうのはバレないように痛めつけるのが鉄板でしょう?」
二人に続いて、生徒会室に顔を出したのは、珍しく氷点下までご機嫌が墜落している副生徒会長様だし。
おーい。
ここまでご機嫌ななめなのって、滅多にない事態なんだが、本当に何があったんだ?
「あ。明子姉ちゃんがいるっ!」
床に転がされて、蔵人くんに背中を踏まれている愉快な体勢ながらも、かさねくんは私の存在に気付いたらしい。
「副会長、この子、なにかやらかしやがりましたか?」
「それ、央守さんが飼い主にあたるのよね?」
「違います」
副会長のあまりの声の低さに、光の速度で返答する。
「しつけは飼い主の仕事よね?」
「だから、これは私の飼い犬ではありませんって!?」
確かに中学生の時は、飼い主みたいなポジションにいましたが、現時点ではそんな関係ではございません。中学卒業とともにその関係は解消されてます。
「えー!!? 明子姉、オレのご主人様になってくれるっていってくれたじゃん」
「いってないし! 勝手にかさねくんがそう認識してるだけだよね!? っていか、その設定継続させるの本気でやめようね?!」
「やだ。オレ、明子姉のいうことしかきく気ないし……って、お前、いい加減足どけろよ!?」
蔵人くんが途中で体重をさらにかけたのだろう。かさねくんが蔵人くんへ抗議している。
ちっと舌打ちし、蔵人くんは足をどける。
「かさねくん。君、副会長に何をしでかしたのかな?」
副会長の不機嫌の元凶であろう、ご本人に確認をしてみる。
「明子姉を捜してたら、見たことある顔がふたつも並んでたからさ、」
「そこの何でも屋のお姉さーんと、廊下で呼びかけられたのよ」
うーわー、なんてことしてくれるのかな、この駄犬は。
「まあ、途中で木屋くんが叫びながら飛び掛かってくれたから、たぶん大丈夫とは思うけど」
蔵人くん、ナイスフォロー!
「かさねくん、わざとやったよね?」
未だに床に座り込んでいる大型犬の傍に行き、顔を覘きこむ。
この子は賢い。
何でも屋が裏方仕事だと知っていて、わざと副会長に対してそんな呼びかけをしたに違いない。
「さあ? 何のこと? いったよね。オレ、明子姉ちゃんのいうことしかきくが気がないって」
「え?」
「昔みたいにオレのご主人様やってくれるのなら、大人しくしとくけど」
いたずらをしかけた子供の様に、かさねくんはニヤリと笑う。
あー……。
そういう、事か。
私が相手をしないのなら、問題児として活躍されるということですか。
この子が本気出したら、大型台風が直撃するくらいのダメージが来るな。
押さえつけるにしても、この2年間でさらにやんちゃさが上がってる大型犬を相手にするのは一苦労だろう。
「入学したら、来いっていう約束を早々に破るような飼い犬なんて欲しくないんだけど」
「今日は仮入学の日でしょ。今日、この場にいる間は、仮でも新入学生って扱いだよね」
そうか。
だから、今日という日に、私の目の前に現れたわけか。油断している私に、先制攻撃を仕掛けるために。
「それに、二年間の沈黙を破って連絡寄こしたの、明子姉ちゃんの方だよね」
確かに。
何でも屋という役割を任せてもいいと思う能力の持ち主で浮かんだのが徳井かさねという人物だった。その性格や、性質を考えずに安易に連絡したのがまずかったか。
あの時は、いい人選だと思ったんだけど、こんな事態になろうとは……。
まだまだ私も読みとか詰めが甘かったかなー。
「よし。かさねくんに連絡したという事実を今からなかったにしよう。というわけで、高校生活では絡まない方向でいこうか」
ダメ元で、試しに前言撤回を試みる。
「はっはっはっ。何、明子姉ってばボケたこといってんの?」
がしっと、二の腕を掴まれて引き寄せられる。
「オレがせっかく見つけたチャンス、逃すと思う?」
「……っ」
急に体勢を動かす形になって、打ちつけた箇所に思わず痛みが奔る。
痛みを堪えるべく、顔をしかめると同時に、
――――ぱしっ
と、掴まれていた筈の腕が自由になっていた。
「怪我させた張本人が、気安く先輩に触れるな。大丈夫ですか、先輩?」
かさねくんの拘束を振り払い、蔵人くんは私を後ろから引き寄せる。
「大丈夫。……ありがとう」
蔵人くんにしか聞こえないような小さな声で礼を伝える。
腕を振り払ってくれたことと、会話の流れを打ち切ってくれたこと、二重の意味合いをかねて。
あのままの流れだと、かさねくんのペースに持ってかれて色々と無理難題をいわれていた。
「なあ。お前って、バカなの?」
蔵人くんが、かさねくんをじっと見据える。
「はあ?」
「自分で床に引き倒してるんだ、打ち身とかで先輩の身体が本調子じゃないの分かってるだろう? それに、副会長に対してもあんな公の場所で、あの呼びかけはまずいって分からないわけ?」
「そんなのわざとに決まってんだろうが」
でーすーよーねー。
かさねくんはそういう子だよねー。
私、なんでこんな面倒くさい子を呼び寄せてしまったのだろう。
いやいや、しかしこの子にも多少はいいところはあるのだ。
「あっそ。やっぱりバカなんだな、お前」
蔵人くんは、かさねくんとやり取りをしながらも、椅子を引き寄せてどうぞと私を座らせてくれる。
「……木屋蔵人だっけ。お前程度の人間にバカっていわれる筋合いはないんだけど?」
「木屋先輩、だろ。礼儀も知らないのか、お前」
「礼を示す相手かどうかは、オレが決めるっての」
えーと、そのお話だと、私も礼を示す相手としては不十分ということだろうか。
姉ちゃん呼びだし、押し倒されるし。
「ちょっと、いいかな?」
蔵人くんとかさねくんギリギリと睨み合っていると、生徒会長が割り込んできた。
目を向けた先にあった、生徒会長の浮かべている表情に私は凍りついた。
「徳井……だっけ? さっきといい、今といい、生徒会のツートップに喧嘩を売るなんていい度胸してるじゃないか」
「はあ? 喧嘩なんて売ってないだろう? あんたはそもそも何でも屋じゃなかったし、そこのお姉さんに関しては呼びかけただけじゃん。オレが用事があるは、明子姉にだけ。つーわけで、とっととそこで吠えてるちびっ子をどうにかしてくれない?」
ひいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃっ。
かさねくん、君、なんて物言いを生徒会長にしちゃってるのっ!!
「へえ。ここまで真正面から喧嘩売られたの、久し振りだよ。僕が直接手をだすのもいいけど、君の場合、他のやり方の方がダメージ大きいだろうから、」
怒ってる!
果てしなくお怒りじゃないか!!
早く誰か、この怒りを鎮めてー!!!
「そこにいる木屋に君の手綱をしめてもらおうか」
「「「は?」」」
私、蔵人くん、かさねくんが一斉に生徒会長のことばに反応する。
「木屋。央守くんには話を通してある。君は来年度から生徒会の手伝いをするように」
「はい? え、はあ?」
「央守くん、悪いけど木屋と徳井を一時的に生徒会預かりにさせてもらうね」
「ちょ、ちょっと、会長? それってどういう事ですか?」
生徒会長様は、にやり笑う。
「この問題児のしつけ、何でも屋の代わりに生徒会が請け負ってあげるよ」