年度末は、大型台風犬接近の季節~前編~
秋の話でちらりと出てきた、とあるキャラ投入です。
卒業式が終わり、三学期の学校行事も片手で数えれるほどの数になった。
本日は、来年度の新入学生が制服のサイズを測ったり、教材を購入したりする一日体験入学の日である。
今日は土曜日なので、本来在校生は休みなのだが、生徒会役員と何でも屋の面子はお手伝い要員として登校している。
「取りあえず、お疲れさま」
「……はい、お、お疲れさまでした」
何か手伝えることありますか?
という発言をしてしまったが為に、助っ人としてお呼びがかかった蔵人くんが私の横で机に突っ伏している。
「午後もまだまだ仕事があるけど大丈夫?」
「…………頑張ります」
「うちの生徒会長って、人使いが荒いよね」
何でも屋を含め、手伝い要員として駆り出されている一般生徒たちに指示を出しているのが、中心になっている生徒会役員……というか、生徒会長様である。
生徒代表として先生方との交渉事や、学校行事での采配などで素晴らしい功績をあげている御仁なのだが、部下……自分の手駒……への扱いが鬼過ぎると各方面で有名なのだ。
今回は手伝いとして一時的に会長の下に付いているわけだが、そんな一時的な上下関係など一切関係なく仕事を割り振ってくる。
しかも、個人の技量を見極めて、できない量ではないけども手を抜いたらまずいと感じる、本当に的確な仕事量を。
生徒会書記である親友の和子は、毎回こんな風にこき使われてるのだろう。マジで尊敬ものである。
週末どこかに遊びに行きませんか? という彼氏からのデートのお誘いに、
「ごめん。明日は一日入学の手伝いがあるから」
と、断りをいれたのだが、
「何か手伝えることありますか? 先輩と一緒にお仕事できるなら、喜んで行きますよ」
という、なんともかわいい発言をしてくれた蔵人くん。
一緒にいたいだなんて、甘酸っぱいなーと思うよりも、やったね、助っ人一名確保だぜ! とほくそ笑んだのは私です。
「先輩が手伝いを申し込んだ時に、いい笑顔でお礼をいってきた真意が分かりました」
「え。そんなに私、悪い顔してた?」
おかしいな。
貴重な助っ人に逃げられたらまずいと思って、悪い顔はしてない筈なんだけど。
「……僕は、先輩も一緒にいられるから喜んでくれてるのかと思ったんですけどね」
ぶすーっと、不貞腐れて見上げてくる顔のあまりのかわいさに口元がニヤついてしまう。
「ちょっと、先輩。何、人の顏見てニヤけてるんですか」
「え? そりゃ、君がかわいくて仕方ないからでしょ」
うりうりと頬を攻撃する。
嫌がりながらも、甘んじて攻撃を受けてくれる蔵人くんに、
「君が手伝ってくれて本当に助かってるし、こんな風に一緒に仕事ができて私も嬉しいよ」
素直に感謝と、自分の気持ちを伝える。
「街中デートもいいけど、学校でこうして何か同じことに関わるのって、新鮮だよね」
学年が違う私たちが、校内で一緒に行動できる時間は思いの外短い。表だって出さないが、こうして過ごす時間は私としても本当に嬉しいのだ。
「…………先輩って、」
「うん?」
「意外と、素直ですよね」
じいっと、こちらを不思議そうに見つめてくる美少年。
なんだ、その意外って感想は。
私からすると、君の方が複雑すぎて扱いに困る時があるのだけど。
「さーて、ぷち休憩しゅーりょー。また、馬車馬のように働きますか」
スマホに次の指令が届いたのを確認し、指示された場所へと向かう。
「私は講堂に向かうけど、蔵人くんはどこに行けって?」
「僕の方は、昇降口ですね」
「そっか。途中まで一緒だね」
休憩場所として使用していた空き教室を出て、廊下を蔵人くんと並んで歩いていると、
「明子姉ちゃ――――――――――んっ!!」
背後から、雄叫びが聞こえた。
何事ですかいっと、振り向いた瞬間、
――――どすっ
――――ごつんっ
「えええええええええええええぇぇぇぇっ!!!! 先輩、大丈夫ですか!?」
こちらに勢いよく飛び着いてきた謎の物体に、廊下に勢いよく押し倒されて後頭部を強打した。
一瞬にして視界が反転し、後頭部にいきなり受けたとんでもない衝撃に、またもや私は意識を失った。
………………えと、これで二回目、ですね。
あ。
気絶してないのもカウントすれば三回目、か。
頭に鈍い痛みを感じ、目を開くと白い枕とシーツが見えた。
あ。私、この場所知ってる。保健室のベッドの上だ。
普通なら、天井が見える筈だが、後頭部を冷やすタオルがあるため、うつぶせに寝かされてるんだよね。
約一年前に、同じようにこのベッドで目覚めた時は、親友の栞がいたが、今回は……誰もいない。
「うぅっ。淋しい……。っていうか、痛い、淋しい」
「ここにいますって。タオル替えますね」
嘆いていると、逆方向から声がして、ぬるくなっていたタオルが冷たい物へと交換された。
「ありがとう、蔵人くん。私、どのくらい気を失ってた?」
「30分くらいですね。先生に診てもらったら、一年前と同様に問題なしとのことでしたよ」
「……よくないけど、よかった」
そうか。また、たんこぶができただけか。
本当に丈夫だな、私の頭。
「今回は、僕じゃないですよ」
蔵人くんが、ベッドをまわり込み、姿が見える位置に座りなおしてくれる。
うん。
やっぱり、姿が確認できると安心するなぁ。
「で、犯人は?」
「何か、ホワイトデーのお返しがあるとか、試験結果の提出がどうの……とかいってましたけど、取りあえずうるさいので追い出しました」
「追い出したんだ?」
その時のことを思い出したのか、蔵人くんは顔を顰めている。
「追い出しますよ。先輩を気絶させたくせに、意味不明なこといって、ここに居座ろうとしたんですから」
それ、まんま昨年の君と同じ行動だね……と思ったが、黙っておく。
今回の犯人に心当たりのある私としては、よく追い出せたなと実は感心している。
あの子が大人しく引き下がるとは、蔵人くんは何をいって追い出したのだろう。
「先輩は、僕がここにいるの、嫌ですか?」
私が難しい顔をしていたのが気になったのか、蔵人くんはなぜか弱気な発言をしてくる。
「え? なんでそんなこときくかなぁ。嬉しいよ。会長を説き伏せて、私に付き添ってくれてるんだろう?」
あの会長なら、保健の先生に任せて君はさっさと仕事に戻りなさいといってきたに違いない。それなのに、私が安心できるように、目を覚ますまで付いていてくれたのだ。
そんな優しさを嫌だなんて思うわけないのに、どうしてこの子はこんなに自信がないのだろう。
「ありがとう」
にっこりと笑ってお礼を伝えておく。
全身強打してるため、身体全体が痛くて思うように身動きとれないのが悔しい。こんな満身創痍な状態でなければ、感謝の想いを蔵人くんがドン引くくらい撫でくりまわして伝えてやるのに……。
痛み止めよ、早く効果を現せ。
「……先輩。目が、怖いんですが」
ちっ。私の不穏な考えに気づいたか。なぜにこういう気配には敏いのだろうか。
「で、さっきのはお知り合いか何かですか?」
「んー。ちゃんと姿を確認する前に突撃されたからあれだけど、たぶん、知り合いというか、中学の時の後輩兼遠い親戚」
「は?」
蔵人くんにどういうことか問われる前に、がらりと保健室の入り口が開かれる。
「あっ! 明子姉ちゃんが起きてる!!」
登場した人物を確認して、首をかしげてしまう。 あれ?
予想していた人物となんか違うな。
「ごめん。どちら様?」
入り口に佇む人物を上から下まで観察する。
短く刈り込んだ髪に、少したれ目がちな目元。着ているのは私の母校である森波中学校の制服である。すらりとした体躯はスポーツか何かしてるに違いない。身長も190センチくらいあるんじゃないだろうか。
「え、オレだって。マジで分からないの?」
「オレオレ詐欺の一種なら、とっとと失せろ」
蔵人くんがドスの利いた声で、闖入者を威嚇する。
お、おう。
久々のブラックさん降臨ですか?
「お前っ、さっきの。お前こそ明子姉のなんなんだよ、さっきから纏わりついて、お前こそオレと明子姉の邪魔すんなよ」
「はあ? いきなり飛びついて気絶させておいて、謝罪のひとつもできない野郎が何いってやがる」
蔵人くーん、あんまりいうと、昨年の君も同じようなもんだったよねって、そろそろツッコミ入れなきゃならなくなるから程ほどにねー。
こんなガタイのいい男の子、知り合いにいないんだけど、呼び方といい、この馴れ馴れしさといい、やっぱり最初に思っていた人物で間違いはないのだろうが、一応確認してみよう。
「えっと、まさか、身長が伸びまくって面影が一切ないけど、かさねくん?」
どうやら私の予想は正解だったようで、デカブツ改めかさねくんは、ぱあっと顔を輝かせた。
「そうそう。うん、徳井かさねだよ。久し振り!」
ようやく私に名前を呼ばれたのが嬉しいのか、満面の笑顔でこちらに寄ってきた。
徳井かさね。
私よりも二つ下にあたる、春から新入学生としてうちの高校にやってくる後輩である。遠い親戚でもあるらしく、私はあまり覚えてないのだが、小さい頃はよく遊んでいたらしい。
で、中学校で再会したわけだが、あの時はここまでデカくかった。
出会った当初の蔵人くんよりもさらに小柄で、蔵人くんが仔猫なら、かさねくんは仔犬って感じだったろうか。
毎日きゃんきゃん懐かれて、適当にあしらっていたのはいい思い出である。色々と優秀な子なのだが、どんなに冷たくしても寄ってくる暑苦しさが某兄を彷彿させたものだ。
「本当に、大きくなったね」
間近で姿を確認して、その成長っぷりに驚く。これでは仔犬でなく大型犬である。
そりゃ、こんなのに飛び掛かられたら気絶もするわ。
「明子姉が卒業してからじわじわ伸びて、さらにこの一年で20センチくらい一気に伸びたんだ。成長痛で寝れなかった時期もあるんだぜ」
「ほほう」
横で蔵人くんが、成長痛……と切なそうに呟くのをきくかぎり、仔猫の方は成長痛というものとは今のところご縁がないのだろう。
うん、あとで慰めておこうか。
「で、こいつは明子姉の何?」
蔵人くんが言い返そうとするのを手で静止して、よっと上体だけ身体を起こす。
さりげなく補佐してくれる蔵人くんの頭を軽く撫で、目の前の大型犬にうちの仔猫ちゃんを紹介する。
「この子は、木屋蔵人くん。バレンタインに私が告白して、正式にお付き合いするようになった彼氏さん」
「え?」
「だから、私の彼氏。かわいいでしょう?」
蔵人くんがストレートな私のことばに固まってるののをいいことに、撫でなでしまくる。
そして、抵抗されないのいいことに腰をぐいっと引き寄せて、熱々なアピールもしておいた。さらなるセクハ……いや、スキンシップに励もうとしたら、さすがに蔵人くんが我に返り、睨みつけてきた。
はい、調子こきました、すんません。
……くうっ、どこまでが許されてどこからがセクハラ判定されるのかがイマイチ読みきれない。
「……ふーん」
かさねくんは、蔵人くんの方を改めて観察し、私の方へと目線を向けてきた。
「でも、例の候補者はコイツにしなかったんだ?」
「そだね。それに関しては、かさねくんのが適してると思ったからね。合格発表の日に先生から概要をきいてるよね?」
秋くらいにリーダーからいわれていた、次代の何でも屋の候補者の件。
私は、この中学校の時の後輩である徳井かさねを挙げている。リーダー経由で学校に提出された報告書で、候補者として扱ってもいいと判定を受けた。
そして、他の候補者たちに遅れる形になったが、合格発表の日に学校から打診を受け、今現在候補者試験の真っ最中のはずだ。この試験に合格して、ようやく何でも屋見習いになる。
試験内容は、自身を推挙した何でも屋以外の面子に、候補者に足りうる能力を持つ人物であると認めさせること。ただし、試験開始時に示されるのは、他にも何でも屋がいるという情報だけで、その人数や性別、学年など、誰が他の何でも屋なのかは一切分からない状態だ。
試験官を自ら探し出し、さらに自身を認めさせる。
昨年、私もこの試験を受けさせて頂いたが、結構しんどかった。高校受験の時よりも、自分の持ってるもの全部出し切って試験官に喧嘩を売りに行ったものだ。
「はい、これ」
かさねくんが、私の目の前に白い封筒を四つ出してくる。
……うわぁ、マジか。
「中身、確認して」
封筒を手に固まる私に、かさねくんが早く開けてと催促してくる。
封を切って、中身をそれぞれ確認する。
央守さんへ。
合格。この子、色々反則ものね。というか扱い切れるか不安だわ。
アッキーへ。
合格。できれば前情報欲しかったよー。準備もないのに、こんなの相手にできないっつーの。
央守へ。
合格よ。ただし、首輪が必要ね。アンタが首輪になるのかしら?
央守明子へ。
合格……にしたくないが、合格にしないとまずいレベルだな、これは。試用期間後のお前の判断に任せる。
私以外の何でも屋の面子からの合格通知。
そうか、全て集めてるか。
入試の合格発表から今日まで二週間も経っていない。この短期間に必要な情報を集めて精査し、あの曲者揃いの面子に喧嘩を売って勝ちを得る、か。
「やっぱり、かさねくんはできる子だね」
「そうそう。オレってできる子だろ?」
褒められて素直に破顔する姿を見ると、年下のやんちゃな男の子なのだが、この子はただの従順なお犬様ではない。
私をご主人様か何かだと自ら設定して、わざわざこんな態度をとっている曲者でもある。
二年ぶりに会ってもそういう態度をとるということは、かさねくんの中ではこの遊びをまだ継続させる方向なのだろう。
それならば、私の方も遠慮なく徹底対抗してあげようじゃないか。
よいしょっと、ベッドを降りて大型犬を見上げ、
「で、私に何かいうべきことがあるよね?」
もっと褒めてっと尻尾を振る大型犬を無視して、不敵に笑う。
蔵人くんが私のその黒い微笑みを見て、何かを察しご愁傷様と小さく呟いた。
そう。
人様に突進し、昏倒させたにもかかかわらず、謝罪の一言や身体を気遣うことばを一切いってこないこの駄犬に、教育的指導をしてやろう!
右足を振り上げ、かさねくんの向う脛を力いっぱい蹴り上げる。
――――がつっ
クリティカルヒットしたと同時に、かさねくんはうめき声をあげて蹲った。
蔵人くんは自分が攻撃を受けたわけでもないのに、痛そうに顔をゆがめている。
この痛み、十分理解できるであろう。
だって、同じように謝罪よりも先に、見つけたんだから名前教えてくださいと息巻いた君も、一年前にこの制裁くらったもんね?