冬は、血統書付猫奮闘の季節~前編~
新年を迎え、高校二年生の三学期が始まった。
本日の授業も終わり、放課後の教室で荷物をまとめていると、ふらふらと和子が近寄ってきた。すごく、難しそうな顔をして。
「どしたの、和子。何か厄介事?」
和子は来年度の特待生制度の試験の真っ最中でもあるし、生徒会役員でもあり、色々と忙しい身分でもある。何の件かは問いたださないと分からないが、どうにも様子がおかしい。
「和子?」
再度呼びかけてみるが、和子の反応は鈍い。
試験絡みでなにかあったのだろうか?
例の特待生の試験というものは話に聞くと、毎年希望者が多く大変難しいものだという。筆記やら、集団面接やら、きくだけでも遠慮願いたい代物なのだ。
私なら、まず希望しない。と、いうか書類審査の時点で必ず落ちる気がする。
和子ってば、結構勉強とかしっかり頑張ってるもんね。
「明子、大変大変っ!!」
どうしたもんかと悩んでいたら、栞が教室に飛び込んできた。
え、まさかの厄介事二連発?
「うん、どしたの、栞?」
「あのねっ、あのねっ、話しかけられたの!」
「……ほほう」
学校生活を普通に送っていれば、誰かに声をかけられることもありましょう。
なぜに、そんなに興奮しているのだい?
「蔵人くんにっ! あの、絶対零度の氷結キラキラ美少年に!!」
「なんか、またすごい呼び名になってませんか?」
「ツッコむとこそこじゃないし! 私が、あの子に、話しかけられたんだよ?!」
いえ、ご本人からすると、けったいなあだ名が付いてるのはかなりの苦痛みたいですよ?
「えぇっ! 栞もあの後輩君に話しかけられたの!?」
今まで、ぼへーっとしていた和子が栞のことばに反応を返す。
「和子もなの?」
「そうそう。あー……、よかった。ついに、疲れのあまり白昼堂々と幻を見てしまったのかと心配しちゃったんだよね」
「……ははは。そんなに試験って大変なんだ」
和子のボヤキに渇いた笑いが出てしまう。
そうか、我が友はそこまでお疲れなのか。今度何か差し入れしてあげよう。
「「なんでそんなに反応薄いのっ!」」
差し入れはどこの逸品にしようかなと考えてると、二人掛かりで詰め寄られる。
「ん?」
「いや、だからっ、蔵人くんが話しかけてきたんだよ?」
「うん。なんか用事があったんだろうね」
「いやいやいや。明子分かってないしっ! あの子が、明子が傍にいないのに、私たちに近寄ってきて、あまつさえ話しかけてきたんだよ?」
「春先に明子があの子をひっかけてから、はじめての事態だよ。は、じ、め、て、私、個人に、話しかけてきたんだって! しかも、挨拶程度じゃなくて会話したと報告できるくらい、そこそこの時間話をしたの!」
ひっかけてはいません。
確かに声はこちらから掛けさせていただきましたが、断じてひっかけたわけではございません。
二人して、蔵人くんに声を掛けられたことに興奮してらっしゃるが、それより、私は二人に確認したいことがある。
「で、何を蔵人くんにきかれたのさ」
質問を投げかけると、二人はぴたりと口を閉じた。
お互い何かを目線で確認して、似たような表情を浮かべる。なんだその何とも言えない笑顔は。
深く追求しようとすると、ポケットに仕舞っていたスマホが何かの着信を知らせて震える。
画面を確認すると、
『学食特製チャーシューまん、小龍包。16時』
と単語だけのそっけない内容のメール。
差出人は確認しなくても分かる。
こんなの送ってくるのはあの子しかいない。が、この内容が少々いただけない。
「お二人さんや、何か友人の個人情報をどこかに流してやいませんか?」
今まで散々私の食指の動かないラインナップしか掲示していなかった子が、今日に限って好物の品ど真ん中を狙えるのはおかしい。しかも、数量限定のチャーシューまんをゲットするのは結構な難易度である。
「しーおりちゃん?」
何かしらの入れ知恵をしたであろう張本人たちに視線を向ける。
「うっ。明子の好物をきかれたので、スイーツなんて女子っぽいものではなく、ずばり肉だとお教えしました」
「かーずこちゃん?」
「……学食での大好物と、数量限定メニュー確保のための作戦をご指導させていただきました」
ほほう。
「ちなみに、作戦内容は?」
「その美少年顔を最大限活用すれば、学食のおばさまも乙女なので多少の無理はきいてくれると」
思わず、ぷっと笑ってしまう。
無事にゲットできてるということは、使ったのだろう、その本人は好きになれないキレイな顔を。
そうそう、せっかく人よりいいもの持ってるんだから、活用すればいいんだ。これを機にもう少し開き直ってしまえばいいと願う。
「ねえ、私らにわざわざ声掛けるってことは、よっぽど打つ手がなかったことだよね。好きな物とか教えてあげてないの?」
「ん? いや、だって、きいてこないし」
何かの矜持か、それとも単に恥ずかしくてきけないのか、あの子は自分から私のことをそんなにきいてこない。
ケーキやら、クッキー。
普通の女子なら喜びそうな食べ物では、私が例の秘密基地へなかなか立ち寄らないから、周りに探りを入れてきたんだろう。
秋に副生徒会長から譲渡されたメアドは残念ながら、そこまで活用されていない。返事がほしいとか一言もいってこないので、返したことないし。
一方通行でも何ひとつ不満を言わないものだから、ただ受け取るだけだ。
「蔵人くんって、本当、かわいいよねー」
本人に探りを入れれず、周りから攻めてみたり、メールの文章は必要最低限だったり、色々とひっくるめた感想をぽつりと呟く。
「ちょっ、明子……。今の顏、なんかすっごく悪い顔だったよ!」
「かわいい女の子だまくらかしてる悪い男の顔してた」
「失礼な」
だましてないし。
懐いてくる後輩を私なりに愛でさせていただいてますって。
秋くらいからちょっとずつ変化してきている関係を、心から楽しんでいる。
「では、そろそろ時間なので、そのかわい子ちゃんに会いに行ってくるねー」
色々と聞きたそうな親友らを振り切って、蔵人くんの元へと向かう。
進入禁止の看板が掛けられているロープをまたぎ、かわいい後輩に譲った秘密基地へと顔を出す。
「やほー、チャーシューまんをひとつ頼む」
爽やかに挨拶をしたら、氷結の王子様とか呼ばれている蔵人くんは、その呼び名の通りの冷たい眼差しを私に向けた。
「その挨拶はどうなんですか。しかも、時間通りにきっちり来るし」
「え、そう? 何回かは時間通りに来てたと思うけど」
「そうですね。今思えば、先輩は肉関係の時は時間厳守で、スイーツ系の時は遅刻かそもそもここまで来ませんでしたね」
本日、栞たちにリサーチした内容と、今までの私の行動を示し合せ、蔵人くんは苦い顔をする。
ははは。
女子という生き物が、全員スイーツ大好きと思うなよ。
私は、甘い物も多少は好きだが、断然好きのは肉関係なのである。ケーキとハンバーガーなら、迷わずハンバーガーを選ぶ女なのだ。
秋にこの場所を蔵人くんに譲った次の日、恰好よく「今度は私が君を探して抱き着いてあげよう」と宣言した私だが、すっかり忘れていたという事件があった。
下校間際に蔵人くんが抗議しに来たのが懐かしい記憶である。その日は思いの外忙しくて、君との約束を失念していたのですよ。
数日そのような感じで時間が過ぎて、待っていても埒が明かないと悟ったのか、副会長のアドバイス通りに食べ物で釣るという高度なことをするようになったのである。
「追いかけるんじゃなくて、追いかけられたい気持ちがちょっとだけ理解できました」
と、報告してきた美少年は、最近では背後から抱き着くという定番行為を取りやめて、私の方から寄ってくるように仕組むようになった。
心が向いた時にしか引っかかってはあげないが、春から比べるとこの後輩との関係も本当、面白いものに変わったものである。
用意してくれたチャーシューまんと小龍包を美味しく頂きながら、なんてことはない雑談をする。
過剰なスキンシップはなくなり、代わりにお互いのなんてことない話をするようになった。
私の方は、シスコンという病を持つ兄の話や、そんな兄と結婚した鋼の心臓の持ち主である義姉の話。クセのある親友たちとの何気ない日常話を。
蔵人くんは、どこの昼ドラですか? という少々込み入った家庭環境の話を……いえ、すみません、嘘です。普通にクラスメイトの話や、授業中あった面白い話をしてくれてます。家庭環境もごくごく普通で問題なんてないそうな。
入学当初、私を含めて少数の人としか仲良くしてなかったのは、顔のせいで注目され過ぎてちょっと色々……と呟いてたな。
中学校の時は、ほとんどが小学校からの持ち上がりでほぼ同じ面子だったので、そこまで注目されなかったらしい。
学年も違いクラス内での細かい事情を全く知らない私という存在は、色んな意味で都合のいい逃げ場所だったのだろう。
「そういえば、学食のおばちゃんに色目使ったんだって?」
数量限定のチャーシューまんにかぶりついていた蔵人くんが、ぶほっとむせた。
「…………それ、言葉が悪すぎます」
「えー。だって、チャーシューまん4個とか普通ないよ」
本日用意してくれたチャーシューまんの数は普通では用意できない数である。だって、これ一人ひとつと制限のある商品ですよ?
「どうやって、この数ゲットしたの?」
今後の参考までにぜひとも、教えて頂きたい。
「秘密です」
つーんと、そっぽを向く蔵人くんの耳は少しばかり赤くなっている。
……おいおい、そこまで恥ずかしがるようなことしたのか? っていうか、和子の奴、どんなアドバイスをしたんだよ。
気になるが、本人が黙秘をするのなら仕方ない。後日、他の方面から探りを入れようか。
「ちぇっ、おばちゃんの攻略法知りたかったのに。肉関係のメニューは数量限定物が多くて、ゲットするのが中々至難の技なんだよねー」
ぼやく私を横目で見た蔵人くんは、素敵な提案をしてきた。
「……何が欲しいのか教えてくれたら、ゲットしてきますよ」
「え! マジで!?」
なんて頼もしい。そうか、その手があったか。
「うん、よろしく!!」
「本当に、肉、好きなんですね」
蔵人くんは、苦笑いをしながら、さりげなく質問してきた。
「肉以外では、何が好きなのかきいてもいいですか?」
お?
「ついに私に直接きいてきたか」
うっと、蔵人くんは口ごもる。
「栞と和子に探りを入れたんだってね。二人して、君に声をかけてもらったってはしゃいでたよ」
「……あの二人、最初呼びかけた時、あまりの反応の悪さにどうしようかと思ったんです」
「あぁ。きっと、君に声掛けられるなんて予想外過ぎて頭の処理が追いつかなかったんだろう。希少な体験をしたといっていたからね」
話を聞いた時、栞や和子の手前落ちついていたけど、実はすっごく驚いたのだ。
「人見知りなのに、頑張ったじゃない」
その成長っぷりに微笑んでしまう。
未だに親しくない人の前ではなかなか表情筋を動かさない子だが、最近は色んな人に関わろうと頑張っているのが分かる。
栞や和子とかとも、たかが話しかけられたくらいで驚かれるような関係じゃなくて、普通に校内ですれ違った時、自然に挨拶を交わすような関係になればいい。
「もっと色んな人と関わって、自分の世界を広げるといいよ。経験した分、それは君の糧になるからね」
「それは……誰かの、受け売りですか」
真面目に諭す私に、蔵人くんは何かを感じ取ったのか質問してくる。
「ご明察。先代の何でも屋の先輩にいただいたことばだよ。何でも屋っていう役柄は、いい人生経験になるよっていわれて誘われたんだよね」
懐かしい記憶でもある。何でも屋なんて面倒くさいとぼやいていた私に先輩がいってきたのだ。
「さーて、そろそろお暇するね」
腕時計を確認し、ちょうどいい時間なので立ち上がる。
「ありがとうね」
私をここに呼び出したいがために、今までしなかったことに挑戦した、いじらしい後輩に心からの感謝を伝える。
「それ、何に対するお礼ですか?」
「……さあ、なんだろうね」
普通に受け取ればいいのに、変に深読みしたのか蔵人くんが硬い表情で見つめてくる。これはあれか、素直に受け取ってくれないのは普段の私の行いのせいなのか。
ふむ。
そろそろこちらから仕掛けてもいいかなーと思うのだが、今のなんともいえない関係も心地がよいので様子見をさせてもらっている。
でも、まあ、いっか。
「ねえ、蔵人くん。君のあのことばはまだ有効かい?」
「え?」
「『先輩はどんなに僕が好きって纏わりついても、僕のこと好きにならないでしょう? だから、安心して好きって言えるんです』」
せーんぱいと、甘く無邪気に纏わりつかれていた時によく聞いた彼のことばをそのまま復唱する。
秋に縋りつかれた時も、何もしないでください……と呟いたのは記憶に新しい。
私からは何も返してくれるなという拒絶。最近は、反応を見ながらも多少の反撃を行っているが、基本的に私からは何も反応しないように努めている。
「君のタイミングでいいよ。有効か無効か、返事をきかせてくれる?」
蔵人くんは無言で私のことばをきいている。
その表情からは、何を考えているのかは分からない。しかし、私はずるいので、何も言ってこないのを了承と受け取る。
「ただし、一か月待っても返答がなかった場合、私の好きにさせてもらうからね」
きっと、親友らがその時の私の表情を目撃していたのであれば、とても凶悪な微笑みを浮かべていたと騒いでいたであろう。
一か月後。それは奇しくもバレンタインの時期。
乙女が勝負を仕掛けるには最も適したイベント。
さて、蔵人くん。覚悟はいいかい?