秋の後日談1~秘密基地譲渡後の密談~
秋話の次の日にあたるお話です。
「報告があります」
はい、と挙手して発言をする。
月に一度は行うとある集まりのはじめに、私は昨日の一件について事後承諾という形で報告をする。
「私の管轄である第二校舎屋上入り口を期間限定ですが、一年生の木屋蔵人へ、使用許可を出しました」
どうぞーと、恰好よく蔵人くんには使っていいよと言ったものの、他の面子に相談なしに勝手にやったことなので怒られちゃうかなとヒヤヒヤしている。
「別にいいんじゃないかしら。あなたがそうした方がいいと判断したのでしょう? 事後報告という点は気になるけど、あの場所は特に重要というわけではないから大丈夫よ」
ほうっと、安堵する。
我らがリーダー様がよしとするなら、この件はもう大丈夫だ。
「あれあれー。いいの、アッキー? あの場所ってアッキーの大事なサボりポイントでしょー。よく他人に譲ったねぇ」
「例のお前と噂になってる後輩か。なんだかんだで可愛がってるな」
「うふふ。央守ってば、やっさしー。昨日何があったのか超気になるんですけど?」
他の面子も勝手をやりやがって怒るというよりは、ニヤニヤとその経緯の方に注目している。
これ以上は頼むからきいてくれるなと、渋い顔をして黙秘をする。
何をいっても冷やかされるに決まっている。
自身でも、甘いと思うのだ。
「はい。雑談もそこまでよ。本日の定例会をはじめるわね」
ぱんと、手を打ち鳴らして脱線しまくりな面子を取りまとめるリーダー様。さすがは、この色んな意味で扱いにくいと有名な面子のまとめ役を先生方から仰せつかる御仁である。
第一校舎三階の一番奥にある、生徒指導室。
日々普通に学園生活を送る一般生徒にはあまり用事のない教室に集まっているのは、学内に現在私を含め五人いる何でも屋たちである。
蔵人くんを含めて、ほとんどの生徒が何でも屋が複数人いることを知らない。依頼した場合に、依頼内容や解決方法によってはその事実に気づく生徒もいるのだが、そこはお願いをして他言無用にしてもらっている。
知ってる人は知っている、この学校の秘密のひとつである。
ちなみに、五人という人数は、いつの時代かの何でも屋を請け負った先輩が、人助けをするには某戦隊ものに倣って五人必要だと宣言したからとかいう嘘か本当かよく分からない逸話がある。
そんな何でも屋の面子が月に一度は集まって、色々な摺合せをするのが今日という日。
集まったついでに、秘密基地譲渡の件を話したわけだ。
文化祭も控えたこの時期は、いつもに比べて依頼が多い。誰がどれを担当するのか、どこまで表立つのか、と話し合いを進める。
「こんなものね。そろそろ次代の候補者を決めていく時期でもあるから、各々最低一人は候補者を挙げられるようにしといてね」
「あぁ、もうそんな時期ですね」
「どうしよっかなー。いいと思ってる子はいるけど、みんな決め手にかけるのよねー」
話し合いもひと段落し、次代の選出の前振りをリーダーがする。
毎年毎年、全員が入れ替わるわけではないが、適任者を発掘しないといけないため、全員に候補者を考える義務が発生する。
私はどうしようかな。いいなと思う人物は一人いるのだけど、少し不安材料があるんだよな。
「央守は例の後輩を推すんだろう?」
「は?」
ぼけっと、考え事にふけっていると面白いことを言われた。
「なに、その反応。違うわけ?」
「…………え、意味が分からないんだけど」
なぜに蔵人くんの名が出てくる?
「あたしも央守は木屋を推すと思ったんだけど? 春先に戦々恐々してたじゃない。央守を必ず見つけ出すあの嗅覚がマジで恐いって」
「あの時期ってさ、アッキーてば、ガチで本気出して隠れてたもんねー。それを見つけ出す根性とか結構スゴイことだよね。候補に挙げてみたら?」
確かに私を探し出すセンサーは素晴らしかったが、自分が落とした財布を捜し出すのに、そのセンサーは一切役に立ってなかった。
そんなムラのあるセンサーごときで、候補者に名前なんて挙げれません。それに、
「あんな自分自身のことで精一杯な子に、こんなお仕事させられませんて。他人になんてかまけてないで、自身をしっかり幸せにしてほしいもの」
昨日のことがふと思い出されて、ちょっと真面目に答えてしまう。
私の発言に他の面子が黙り込む。
ん? なんで、そんなハトが豆鉄砲くらったような顔で私を見つめるのだろう。
「おいおいおい。これはあれだろう」
「ちょっと~。央守ってば、そんな雰囲気出してないけど実はあれじゃない」
「うっわー、アッキーてば実は無自覚ちゃんなわけー?」
……あれってなんだ?
「ちょっと、リーダー。こいつらが何を言ってるのか理解できないんですが、なんですか、これ」
男三人が固まって鼻息荒く肩を叩きあってて、かなりキモい。
蔵人くんみたいな美少年が集まってきゃっきゃっしてるのは目にして微笑ましいが、お前らはガタイがよすぎて駄目だ。
視界の暴力だから、とっとと散れ。
「そうね。そこの気持ち悪いのは、そのうち早とちりだと気づくだろうから放置していいわ。でも、」
じーっと、リーダーにもなにやら見つめられる。
ちょ、居心地悪いんですけど、どうしたんですか。美少女と名高いリーダーに熱い眼差しをそこまで向けられると、さすがにドキドキしてしまうんですが。
「もしかしたら、そのうち咲いちゃうかもね」
ふふっと口元に可憐な笑みを浮かべて、意味深な発言をして席を立つ。
「さ、今回は解散よ。それぞれいつものように退室してちょうだい」
全員が一斉に扉から出ると、目撃した生徒に何の集まりかと不振がられてしまうので時間差で退出するようにしているのだ。
結構、色々気遣ってるんだよ、何でも屋って。
廊下の先にいるリーダーの姿を確認し、個人的に聞きたいこともあるので駆け寄る。
リーダーと呼んでは問題なので、彼女の表向きの役職で呼びとめる。
「副生徒会長~!!」
「あら、央守さん。どうしたの?」
「ちょっと、聞きたいことがありまして」
副生徒会長兼リーダーは誰にも聞きとめられないくらいの小声で「さっきの続きかしら?」と囁いてくる。
無言で頷くと、
「これは、本当に咲いちゃうのかしら」
と、すごく驚いた顔をした。なぜにそんなに驚く。
内容が内容なだけに、周りに人がいないか軽くチェックして質問を切り出す。
「例の候補者なんですが、入学決まってない子はやっぱりまずいですか?」
私の推したい子って今度うちの学校を受験する、現在中学三年生の子なのだ。そんな人物を候補に挙げていいのか個人では判断できないので、一度リーダーにお伺いをしてみようと思っていたのだけど、何やらリーダーは渋い顔をしている。
「…………あぁ。そっちの続きね」
麗しの我らがリーダー様は額に手を当てて呻いている。ぶつぶつと「これは当分咲きそうにない」とか言っている。
「そうね。取りあえず簡単でいいわ、その情報を書類にまとめて提出して。どんな子なのか確認をさせてちょうだい」
「はい、分かり…」
――どすっ
ました……と続けようした瞬間、背中に慣れた気配といつも以上の衝撃を受けた。
目の前にいるのは、中身はともかく見た目だけは可憐な副会長である。彼女を押し潰すわけにもいかないので、倒れないように踏ん張る。
「く、蔵人くん? なにやら本日はいつも以上の激しさを感じるのだが」
「これが噂の……」
と、背中に抱き着いてきた例の美少年をそれぞれ眺める。
蔵人くんは無言でぎゅうぅ~っと、腰にまわす手に力を込めてくる。
「ちょっと、蔵人くん! く、苦しいんだけどっ、ぐぇっ」
これ以上締められたら、内臓が出るっと抗議したい。本当にどうしたんだ。
「……先輩」
いつものように呼びかけてくれるが、その声はいつもより数段低い声だ。こんな低音ボイス出せたんだね。
「昨日、ご自身がなんて言ったか覚えてますか?」
はて、昨日。
……昨日。
あ。
『今度は私が君を探して抱き着いてあげよう』
別れ際に自分が言った台詞を思い出す。
「僕、今日、先輩が来てくれるのすっごく楽しみにしてたんですけど?」
腕時計をちら見すると、すでに下校時刻間際の18時半。
「それはそれは、申し訳ないというか……。で、でも、今度っていったわけだし、昨日の今日ということになるとは限らないというか……」
「あの言い方で、まさか放置プレイするとか思いませんよ」
ですよねー。
私も今日の定例会がはじまるまでは覚えてました。
「意味深な発言の連続ね」
気配を消していた副生徒会長は、ふふっと私の背中に張り付く蔵人くんを面白そうに眺めている。
高身長の私の陰になっていて、もう一人その場にいるとは思ってなかったのか蔵人くんは慌てて私から離れる。
「こんにちは。今の時間だとこんばんは、かしら」
「…………こんばんは」
「ごめんなさいね、央守さんには今日私の用事を色々と手伝ってもらっていたのよ。何の約束をしていたかは知らないけども、許してあげてね?」
ナイスフォロー! あざっす、副会長!!
「でも、央守さんに追いかけてもらいたいなら、ただ待ってるだけじゃだめよ。なんとなく察してるでしょうけど、この子は捕まえるのが中々難しいでしょう?」
蔵人くんは無言で頷く。
「ちゃーんとエサを用意しないと。そうね、食べ物がいいわ。意外と食いしん坊さんだから」
「ちょっと、何をいってくれてるんですか!」
そこまで食い意地ははってませんよ。
「あとは、」
ペンを取り出し、さらさらっとメモに何かを記し蔵人くんに差し出す。
「央守さんの携帯の番号とメアドよ。今日の約束を破らせてしまった私なりのお詫び。受け取りなさいな」
ひとの個人情報を堂々と横流しする現場を目の前にして固まる私を、二人は華麗にスルーしている。
「あなたが今後どこを目指すかは知らないけども、あって損はしないでしょう? しっかり活用して、この風来坊に何もしなくても寄ってきてもらえるような存在になってごらんなさい」
「……ありがとう、ございます」
「花が咲くような展開を楽しみにしておくわね」
じゃあね、と副会長は颯爽と立ち去る。
彼女の姿が完全に消えた後も、メモを片手に蔵人くんは、何事かを思案している。
大丈夫かなーと顔を覘きこむと、ぎろりっと睨みつけてくる。
なんだろうと黙ってその視線を受け止めていると、眉間にさらにシワを寄せた。
「先輩って、難易度高そうですね」
「は?」
難易度とはなんですかい。
「ちょっと、頑張ってみます」
「お、おう。何を頑張るのか分かんないけど、取りあえず頑張れ?」
いきなりの発言に、前向きな感じだったので深く考えずに軽く応援しといた。その適当な返事が気に入らなかったのか、蔵人くんはちっと舌打ちをした。
うっわ、美少年に舌打ちされちゃったよ。
「先輩」
呼びかけられて、ふわりと前から抱きしめられる。
以前なら、殴り飛ばして逃げたかもしれないが悲しいことに慣れてしまった私は、珍しく前から抱き着いて来たなーという感想をただ抱いた。そして、春に出会った時よりも蔵人くんとの身長差がなくなってる事実に改めて気づき、密かに驚いた。
前は10センチくらいあったのに、5センチくらいになってる。
「背、伸びたんだね」
小さく呟くと、肩口に埋めていた顔をあげて剣呑な目つきで睨んでくる。
「……結構前から伸びてますけど」
「そうだっけ?」
なんとなく目線が……とは思ってたけど、こんなに伸びてるとは思ってなかったのですよ。
再び舌打ちをされる。
おおう、昨日はあんなに仔猫な感じで可愛かったのに、今日はなんだかブラックさんだね。
「そのうち、先輩を見下ろしてやりますから」
と、捨て台詞を吐いて蔵人くんは去って行った。
ふむっと、その背中を見送って、
「私、私服の時は必ず踵の高い靴履くから、その分もカウントしとかないと、まだまだ対象外なんだよねー」
と、鬼のような独り言を呟いておいた。
さっきはすっ呆けておいたけど、そんなわけだから頑張れ美少年。私の好みは、取りあえず自分より背が高い人なのです。