秋は、学校名物発覚の季節
夏休みも終わり、二学期の大きなイベントのひとつでもある文化祭に向けて着々と準備が進められている。
うちのクラスも、人気投票でランクインを目指そうぜ!
と、そこそこ盛り上がっている。
景品の学食のタダ券は大いにときめくので、私を含めクラスメイトの半数以上が大変乗り気なのだ。
自分の担当分の仕事をやっつけ、しばし休憩を……と校内散歩を楽しむ。
放課後でも、そこかしこかの教室から響く生徒たちの雑談の声が耳に届いてくる。こういう喧騒は嫌いではないので、思わず口元に笑みを浮かべてしまう。
と、慣れた気配がして背中に重さを感じた。
「蔵人くん?」
いつもの勢いはなく、ただひしっと背中にしがみつく後輩は無言を貫く。
これは初めてのパターンなのでどうしたもんかなーと、考え込んでいると目についたのが封鎖されている屋上へ続く階段。
一般生徒は進入禁止となっているが、とある筋から得ている特権があるので、ゆっくりとそちらに向かって踏み出す。
蔵人くんは背中に張り付いたまま、私の後に大人しく続いてきた。
……こなきじじいか、君は。
屋上への入り口まで無事に辿り着き、できるだけキレイそうな箇所を狙って床に座り込む。
背中に張り付いている子も同様に座り込む形になるが、離れる気はさらさらないらしく、体勢的には座る蔵人くんに後ろから抱きかかえられている形になってしまっている。
誰かに見られたら、何を言われるか分かったものではない状況だが、ここはいわば私の学内の秘密基地のひとつなのでそんな心配はない。
場所の移動も済んだことだし、背中の存在をどうするか悩むことにする。
様子はどうかなーと、無言で縋り付いている後輩を、肩ごしにちらりと伺う。
私が身体の向きを変えようとしたとでも思ったのか、下を向いたまま嫌々と蔵人くんは首を振る。
……向きも変えたらダメなわけですか。
はいはい。
大人しくこの姿勢のままでいますよ。
この子は平気で人にすり寄って来るくせに、私が頭をなでたり、いたずら心で抱きしめ返そうと思うと何かを察知して、するりと私の手の届く範囲から逃げていく。
ここまで懐かれると幾分慣れてきて、こちらとしても構い倒したくなる時もあるのだが、それをこの子は望んでいないのだろう。
『先輩はどんなに僕が好きって纏わりついても、僕のこと好きにならないでしょう? だから、安心して好きって言えるんです』
好意を返すな。
ただ、何も考えずに流してくれ。
追いかけるから、逃げないで。
でも、待ち構えてたりはしないで。
……ってことなんだろうなーと、最近ようやくこの後輩への接し方が理解できてきた。
この子の相手は本当に、難しい。
春先のように、素直に助けを求めてくれたら手伝いくらいしてあげるのに。
ちょうど私たちが座り込んでいる場所に窓から西日も差しこんできて、日向ぼっこを満喫できる状態になってきた。
背中のこなきじじいな美少年を取りあえず放置して、スマホで友人にとあるお願いをする。
さて、注文の品が来るまで図書室で借りた本でも優雅に読みますか。
三十分くらいして、和子が頼んでいたブツを持ってひょっこり階段を昇ってきた。
「うわお、スゴイ状況だね」
和子が空気を読んで、声のトーンを落としてくれる。
「いやー、私も少し予想外というか予定外といいますか」
先ほどまでは背中にへばりついていたこなきじじいは、今は私の膝を枕にしてぐっすりと眠りこんでいる。
背中から規則正しい寝息がきこえ、まさかと思って振り向いたらいつの間にか寝てたという。
きっと、優しく差し込む日差しがいい感じに眠気を誘ったに違いない。
それとも、疲れていたのかな?
ずり落ちるのも時間の問題なので、悩んだ末、現状の膝枕という状態に落ち着いたのが少し前だろうか。
ちゃんと、鞄から引っ張り出したジャージの上着もかけてあげてるという優しさ付きである。
「かわいい顔して眠っちゃって。写真にでも収めておけば? あとでからかっちゃいなよ」
「そんなことはしないって」
たぶん、それをしたら蔵人くんは二度と私に近寄らないであろう。最初はどうかと思ったが、せっかく懐いてくれた後輩だ。そんな些細ないたずらで縁を切るのはもったいない。
まだ幼さしか感じない美少年の可愛い寝顔は、脳内のメモリアルにちゃんと保管するからいいんです。
「ふーん? 任務も果たしたし、さっさと撤退するね。その方がいいんでしょ」
和子は、頼んでいた物を私の傍らに置いて、さっさと階段を下りる。
さんきゅと小さく呟いて、なんだかんだと空気を読むのに長けている友人を見送る。
和子の持ってきてくれた袋をがさがさと漁り、目当ての学食特製肉まんを取り出す。
蔵人くんのもあるのだが、起こすのも忍びないので、ひとまず一人で頂くことにする。
「いただきま~す」
あむっと頬張って、美味しい~と幸せを噛みしめていると下から声がした。
「それ、もしも僕の顏に何かが落下したらどうするんですか?」
「……いや、たぶん、平気かな~と。もしかして、落ちちゃった?」
「大丈夫です」
寝起きのせいなのか、いつもより少しだけ低い声で気だるげに私を見上げる蔵人くんはなんとなく新鮮だ。
「食べる? 君のも買ってきてもらってるよ」
蔵人くんは少しだけ考え込んで、再び目をつぶり私の腰を抱え込みさらに密着してきた。
「知らない合間に素敵な体勢になってるんで、もう少しだけ満喫します」
こら、スカートがめくれると注意しようと思ったが、眉間のシワが目について思わず黙ってしまう。
仮にも現役女子高生に膝枕されてるのに、眉間にシワとかどうなのさ。素敵な体勢とか言いながら、きっと彼は別の何かの方が気にかかるのだろう。
「冷めないうちに食べなよ」
致し方ないと、肉まん攻略を再開する。
「何も聞かないんですか?」
自分の分の肉まんを食べ終わり、次は何にしようかなと袋を再度漁っていたら、ようやく蔵人くんが起き上がった。
「ん? 聞いてほしいのなら、いくらでも聞くけどいいの?」
質問に質問を返すのは、いささかルール違反だと思うが、大事なことなのできいてみる。
「……聞いてほしくないです」
「うん。それなら聞かないさ。自分の力でなんとかなりそうなんだろう?」
差し出した肉まんを大人しく受け取る蔵人くんの表情を確認する。
肉まんをかじりながら、はいと頷く姿にこのくらいなら大丈夫かな? と、蔵人くんのおでこを軽くでこぴんする。
「ちょっ、何を……」
不意打ちの攻撃に抗議をする後輩に、微笑みかける。
「でも、助けてほしいのなら、素直に言ってくれるといいね。素直な子は好きだよ」
「なら僕は、素直になんてなりません。好かれなくて結構です」
かわいい顔して、かわいくない事いうなーと、苦笑いをしてしまう。
軽口を叩けるくらいには回復したのなら、よしとしましょうか。
「先輩は……」
肉まんを食べ終わった蔵人くんが、ぼそりと呟く。
「もしかして『何でも屋』ってやつですか?」
蔵人くんの発言に目をぱちぱちとしてしまう。
「いきなりどうしたの?」
「先輩って、実は神出鬼没ですよね。この場所といい、一般生徒が知らない、もしくは立ち寄れない所からふらりと姿を現したりしますよね」
「そうだっけ?」
「『困りごとはなんだい?』」
うん、それは私が蔵人くんと初めて会った時に、君に贈ったことばだね。
覚えてたかー。
思わず、言ってしまったんだよね。
「これ、なんでも屋が助けや依頼を持ちかけられた時にいう定番の台詞らしいですね」
「よく御存じで」
「毎日毎日、先輩の姿を探すのに僕が結構苦労してるの知ってますか?」
お。
苦労はしていたのか。
学内の秘密通路を自由に使える私の姿を毎日補足してるのは感動ものだったんだよね。
四月の初めの方なんかは、結構本気出してかくれんぼしてたから、逆に見つかってお姉さんビビってたのだよ。
「正直、春先はすごい執念だなーと思ってた」
「姿が見当たらなさ過ぎて、ムキになった結果です」
なるほど。その心は理解できなかった。……ってことは逃げてたのは逆効果だったわけですかい。
「先輩こそ、難易度を徐々に下げてくれましたよね」
「多少は下げたけどね」
下げたとはいえ、毎日私を捕獲できているのが不思議なレベルだよ?
何のセンサーを君は搭載しているのか本気でききたいと思ってるんです。
「で、先輩の正体を改めておききしてもいいですか」
「いや、バレてるでしょ、もう。私が今期の何でも屋だよ。先代みたいに表だって活動はしてないけどね」
この学校の伝統名物に、「何でも屋」というのがある。
校内の秘密通路、立入禁止場所などの使用が生徒で唯一認められている特殊な存在。
その代わり、学校や生徒会が表だって動けない困りごとを解決する役割がある。
依頼の仕方は、その代によって変わってくるが、基本的に頼まれてから動くのがお約束事項。
どんなに困っていても、助けを求められない限り手出しはしないのだけど、まあ、臨機応変な対応はオッケーという何だかんだでゆるいお役目なのです。
ちなみに、今現在何でも屋と繋ぎをとりたい場合は、生徒会室前の意見箱に真っ白な封筒に内容を書いて入れるという形になっている。
「えーと、何代目になるかはちょっとすぐに思い出せないんだけど、学内の困りごとを解決する『何でも屋』やってます」
バレたものはしょうがない。
別に知ってる人は知ってる情報なので、堂々と公開する。
ついでとばかりに、いい機会なのでちょっとだけ踏み込んできいてみる。
「さて、悩める少年よ。困りごとはなんだい?」
「……先輩。さっき、理由は聞かないっていいませんでしたっけ」
蔵人くんは眉間にしわを寄せてこちらを睨みつける。
「ん? わざわざ私の正体を確認してきたからさ、何でも屋としての私には頼りたいのかなと思ったんだけど、違った?」
「違います。単に、今日なら先輩ははぐらかさずに教えてくれるような気がしたから、きいてみただけです」
私が差し出したピザまんを素直にかじりながらも、つーんとそっぽを向く姿は可愛いの一言に尽きる。
今日はこの子の色んな表情を見れてる気がする。いつものキラキラした笑顔ももちろんいいけど、拗ねたり睨んだり、ころころ変わるのが面白い。
「ちょっと、先輩。なんでそんなにニヤついてるんですか」
「気のせいじゃない?」
無言で縋り付いて来た時はどうしようかと思ったけど、ここまで元気になったのなら大丈夫なんだろう。
「じゃあ、何があったかは聞かない方向にするね」
よいしょと立ち上がったついでに、見上げてきた可愛い後輩の頭を撫でくりまわしておく。
「ちょ、先輩、何するんですか!?」
「今日のお代だよ。たまにはこちらからもお触りしないとね」
心配かけたんだ、これくらいいいだろう。
多少は愛でさせていただかないとね。
はっはっはっと高笑いしながら、手荷物をまとめて階下へ向かう。
踊り場手前でくるりと振り返り、後輩を見上げる。
「何でも屋の正体に気づいたご褒美に、私の秘密基地のひとつを君に進呈しよう」
「え?」
蔵人くんは、目を真ん丸にして固まっている。
「君には、ひとりでひっそりと落ち着きたい秘密の場所が必要だろう? 特別にそこを貸出ししてあげる。好きに使っていいよ」
その整った風貌のせいで、いつでも注目される存在とはそれなりにストレスであろう。
開き直るにはまだまだこの子には時間が必要だと思う。今日みたいに何かに潰されそうになった時、どこかに逃げる場所があるのとないのでは心づもりも違うはずだ。
「私がこの役割を降りるまでの期間限定のものだけど、しかと活用するといい」
蔵人くんの返事を待たずに、その場をさくっと去ろうとしたのだが、
「先輩!!」
声が聞こえたと思ったと同時に、
――――どすっ
――――ごつんっ
と、確か、春先に感じたであろう衝撃と激痛が再び私を襲った。
…………ちなみに、今度は後頭部ではなく、額である。絶対に赤くなってる。
「く、蔵人くん? 階段上からのタックルとは結構危ない行為だと思うのだけど」
今回は幸いなことに、意識を飛ばすまでの衝撃ではなかったので痛みに耐え、取りあえず抗議をしておく。
「前回の教訓から、先輩は意外と丈夫だと分かったので問題ないです」
「まずは、謝罪をしようか。かなり痛いんだけど……」
額は痛いというか熱いんですが。
ついでに高校生男子に押しつぶされてるわけで、苦しいんですが。
自分、一応かよわい女性なんですが。
「ありがとうございます」
いえ、今ききたいのは謝罪の方。
頂けるのなら、お礼も受け取っとくけどさ。
「おーい、人を押しつぶしたまま泣かないの」
顔は見えないが、雰囲気で分かるぞ、こら。なんで人の背中にへばりついて泣いちゃってるかなぁ。
「もしもーし。そろそろ本当に時間がやばいから、解放してほしいんだけど」
「先輩が泣かせたんだから、責任もって涙が止まるで我慢してください」
「意味が分かりません!!」
喜んでくれるかなーとか思ってプレゼントしただけだし。
泣くなんて全く予想外です。
どんだけ泣き虫なんだ、君は。
「先輩は、何もしなくていいんです。何もしてくれなくていいんです……」
背中の重しをなんとか剥いで、その泣き顔を真正面から見据える。
「ごめん、無理」
春先と同じように、その鼻先にハンカチを押し付ける。
毎日毎日、あんなに可愛い後輩に抱き着かれてみなさいな。しかも、自分だけに笑顔を振りまいてくれるというオプション付。
ダメダメ、本能のままに撫でくりまわしたら、せっかく懐いた猫が逃げてしまう。そう自分に言いきかせてきたけども、
ここまで懐かれちゃったら恋愛感情には至りませんが、それなりの好意は抱くに決まってるだろう!!
「かわいい後輩が困ってたら、助けてしまうのが先輩の宿命だと思って君こそ諦めて、多少のお返しは素直に受け取りなさいな」
と、ここまで我慢してたが、この際やってしまえと、私より少しだけ小柄な身体をぎゅっと抱きしめてやる。
「うっわ、何してくれるんですか!?」
じたばた暴れて抵抗するのを上手いこと抑え込んで、美少年への抱擁を満喫する。
「あれ、もしかして、照れてる? 自分からは散々抱き着いてきてるのにね」
「僕からはいいんです! それなりに心の準備をして臨んでるんですから! ってそろそろ離してくださいっ!!」
「ははは。こりゃいつもと立場が逆だね」
まだまだ物足りないが、抵抗が凄まじいので仕方なく解放してやる。
「これに懲りて、もう私には近寄らなくなっちゃうかな?」
赤くなって照れる顔を見るかぎり、大丈夫とは思うが、この子は複雑な生き物でもあるので一応お伺いをしておく。
「そんな余裕な顏できいてるってことは、分かってますよね!」
「いえいえ、せっかく懐いてくれた後輩を、ついに怒らしてしまったかもと不安に駆られてますよ?」
「どの口がいうんですか!」
これ以上からかうとますます収集がつかなくなるので、最後にぽすんと頭を撫でておく。
「まあ、もしも明日、君が私のところに来なくても構わないさ」
「え」
私の発言に、動揺する姿に微かに口元に笑みを浮かべる。
そんな反応するってことはまだ、好かれてるってことだよね。
「今度は私が君を探して抱き着いてあげよう」
ふふんと笑って、今度こそその場から立ち去る。
さーて、明日が楽しみだな。