夏は、既婚者シスコン兄襲来の季節
以前投稿した、「親友いわく、すごい設定らしい。」をベースにしてます。
もうすぐ夏休みである。
期末テストも先日ようやく終わり、ほっと一息だ。
あとは結果がどうなるかだが、今回もヤマはそこそこ当たったし、可もなく不可もないいつも通りの結果になるであろう。
「せーんぱい」
背後から声がすると、いつもの通り腰に手が回されて、背中に額をぐりぐりと押し付けられる。
「うーん、やっぱり1日1回は、先輩にこうして抱きつかないと」
毎度のことながら、この子のスキンシップはどうかと思う。
「蔵人くん。暑いから離れて」
「嫌です。もうちょっと大好きな先輩を満喫させてください」
さらにぎゅうっと抱き着いてくる少年に、セクハラで訴えたらそろそろ勝てるんじゃないかと思案する。
いい加減にしやがれと、お腹にまきついている腕をぺしりとはたく。
「1日1回っていう回数は守ってるんだから、いいじゃないですか?」
背後に張り付いたまま、顎を人の肩に乗せてダダをこねてくる。
いや、だから、その1日1回って提案を私は承諾してないんだけど。そもそもなぜ1日に1回は抱き着いてくる?
ちらりと、目線を蔵人くんに向ける。
いつも通りの美少年っぷりを存分に発揮し、キラキラした笑顔を向けてくる。
「前から抱きつかないだけ、僕、色々わきまえてると思いません?」
身長は私よりも10センチ低い、160センチ。ふわふわの明るい亜麻色の髪に、少しつり目気味の大きな瞳。
声変わりしてるはずなのに、男にしては高い声。
その中性的な整った外見は、女子にも男子にも美少年として認識されていて、学校内に知らない人はいないと言わしめている有名人のひとりである。
「本当に遠慮しないなら、前から存分に抱き着いてますよ。そして、前にまわした腕の位置にも気をつかっているつもりですよ?」
にっこり堂々とセクハラ発言をする美少年。
「さすがに前から抱き着かれたら、殴り飛ばして逃げるし」
すでにこの子には、前から抱き着かれて散々な目に合っている。いや、あの衝撃は抱き着かれたなんて生ぬるいもんじゃなかった。
後頭部に立派なたんこぶをつくり、「あの噂の美少年に押し倒された二年生」という大変不名誉なあだ名をいただき、蔵人くん程ではないが私も有名人の一員になってしまっている。一時的であることを切に願う。
「でしょう? だから、先輩の許容範囲のぎりぎりで我慢してあげてるんです」
え? 何、その勝手な論理。
君に押し倒されてから、私の学校生活が予想外にかなり騒がしいものになってるんだが、謝罪はないのかい?
「あれ、明子ってば、まーた後輩くんに巻きつかれてるし」
「噂の美少年に纏わりつかれて、げっそりするの明子くらいじゃない?」
巻きつかれるって表現ってどうなのさ。
いつもつるんでいる栞と和子の登場をきっかけに、蔵人くんはようやく私から離れた。
「こんにちは、先輩方」
さっきまでの甘えた感じの声から一転、感情のない態度に毎度のことながら、微妙な気持ちになる。
「こんにちは。相変わらず、明子以外にはそっけない挨拶よね」
そうなのだ。この子は私と私以外では態度ががらりと違うのだ。
入学当初から、氷結の美少年や絶対零度の王子様など、冷たい印象を抱くあだ名が付けられていて、すでに学校で知らない人はいないと言われる噂の美少年、木屋蔵人。
その彼に、あの再会の日から絡まれているのが、知名度の低い私。特徴といえば女子の平均より少し高身長な私に、件の美少年が懐く姿には様々な憶測が未だに飛び交っている。
本当に、いい迷惑である。
友人たちに言わすと、決して人には懐かない孤高の血統書付猫だそうだが、私にとっては入学式にべそべそ泣いていた、ただの仔猫ちゃんである。
蔵人くんはくるりと背を向けて、挨拶もなしにその場を立ち去った。
「うわ、無視かい」
「さっき挨拶したのが、奇跡ね」
すり寄ってくる時も、去っていく時も本当にあの子は自由すぎると思う。
「明子がひとりの時じゃないと寄ってこないとか、すごいよね」
そうだね、本当にあの子は、私が独りの時を狙ってきてますな。
「遠目に見たけど、毎回毎回激しいスキンシップよね」
見てたのかよ……と心の中でツッコミを入れる。
なぜに、早々に声をかけてこないのだ。
「私の許容範囲ぎりぎりで我慢してるらしいよ?」
やめて。
生ぬるい目で私を見ないで。
「美少年に毎日あんなに激しくスキンシップされて、なんで明子はときめきを覚えないの?」
ほぼ、毎日です。
来ない日もあるんです。決して毎日ではないんですと、小さな声で訂正しとく。
「しかも、明子にしかあんな態度とってないんだよ」
確かに、特別視されてますよ?
かなり懐かれてるとは思いますよ?
でもですね、私にも恋人には理想というものがあるのですよ。
それに、
「蔵人くんに『先輩はどんなに僕が好きって纏わりついても、僕のこと好きにならないでしょう? だから、安心して好きって言えるんです』と宣言されてますよ、私?」
「は? 何、その発言?」
いや、私の方が説明してほしいもんです。
あの子、さっきの台詞をすっごい笑顔で言いやがりましたしね。
「そんな奇怪な発言をして、纏わりついてくる後輩に、素直にときめけません」
「そ、そだね」
見た目こそは天使だと思うが、中身はなかなかのものだと推測する。
そんなやっかいな人物とは、これ以上親しくなりたくないというのが本音だったりする。
――ピロリロリン♪
「ん? 何、この音」
「ごめん、私のスマホ」
「校内ではマナーモードにしときなって」
「してる」
してるけども、この人からの着信はなぜか、音が鳴る。
空気を読み過ぎて、着信があるのは昼休みや放課後などで、必ず先生が周りにいない時だ。
千里眼でも持ってるにちがいない。
「マナーモードなのに、音が鳴るってどういうこと?」
「よく分からないけど、あの人からの着信は電源落とさないかぎり音が鳴る」
いつの間にか、そういう設定になっていた。
「……あぁ、明子のお兄さんか」
「あの人も、アレだよね」
人の兄をアレとかいうな、確かにアレだけど。
とにかく、早く内容確認して返信しなければ、面倒くさい事になる。
「確か、1時間以内に返信しないといけないんだっけ?」
「しかも、絵文字使って50文字以上の文字数ないと拗ねる」
「「うわー」」
そこ、声揃えて引かないで。
「確か、結婚してるのに一番大好きなのは妹の明子って豪語する強者でしょ」
「ばかね、栞。強者なのは、それを許してる奥さんでしょうが」
強者どころか、笑顔で「そこまで重い愛情いらないから、私は二番目でいいの」とかいう変人さんです。なんでうちの兄と結婚したのかが謎な女性です。
「血がつながってなかったら、迷わず明子と結婚するけど、無理だから別に貴女と結婚してもいいですよ?」
て、ついにプロポーズされっちゃったーって、頬染めて喜んでたな、確か。
「げ」
メールの内容を確認して、思わず唸り声をあげてしまう。
「どしたの?」
「……学校に、来てるって」
窓から確認すると、校門には確かに兄の愛車が止まっている。
そして、何やら人だかりができている。
「栞、和子、先に帰るね!」
世間話とかいいながら、私の学校での様子をうまいこと聞き出してるに違いない。
普通なら特にやましいことはないので構わないのだが、今現在は色々とまずい。
聞かれたくない話が多々ある。
主に、あの美少年絡みの件だ。
自分でいうのもなんだが、あそこまで大好きと明言されている人に、あれとかそれとか聞かれてしまったら、弁明するのが色々と面倒くさい。
奥さんできたんだから、そろそろ妹から卒業しようよって話切り出した時とか…………うん、すごく大変だった。
義姉に「明子ちゃん。もう、こじらせすぎていて矯正は不可能だからあきらめなさい」と真面目に諭されました。
なぜだ。
急いで校門まで行くと、
「早かったね、明子。もう少し時間がかかるかと思ったよ」
「いえいえ。お兄ちゃんがわざわざ来てくれてるんだし、駆け付けるに決まってるでしょう」
全力疾走したので、肩を息しながら答える。
「ふふっ。そんなに髪とか乱しちゃって、本当に急いで来てくれたんだね。お兄ちゃん、嬉しいよ」
乱れてしまった髪を指でとかしてくれる。その指先がするりと顎をとらえ、ぐいっと上を向かされる。
目を合わせると、うちの家系のDNAが何かの革命を起こしたと、親族中に騒がれているくらい整った美貌の兄が笑みを浮かべている。
いつも通りの半端ない美形ぶりだが、その微笑みからにじみ出ている黒い何かに、私はその場から走って逃げたくなる。
が、さりげなく壁際に追い詰められ、空いてるもう片方の手が壁につかれ退路を塞がれてしまっている。
え、これって壁ドン? 顎クイ?? とかまわりで囁かれているがそれを気にする余裕は私にはない。
「明子が公衆の面前でどこぞの馬の骨に押し倒されたっていう愉快な話を聞かせてもらったけど、本当かい?」
「……えーと、それはですね、」
「あと、ほぼ毎日、その馬の骨に密かに抱き着かれてるっていう噂話をしてた子もいたけど、そっちも事実かな?」
言い訳をする前に、兄の顔がさらに近づき周りに聞こえないように耳元でさらに問い詰めてくる。
バレてる!
全部バレてるし!
誰だ、そこまでちゃんとした情報を提供しやがった奴は!?
「オレですら、明子に毎日触れれないのにね。そいつ、しめてもいいよね」
「しなくていいから! 大丈夫だから! 押し倒されたというか、昏倒させられたというか、全っ然色気のある話じゃないから! お兄ちゃんの心配するようなことは一切ないから! ねっ?」
がしっと、兄の肩を掴み少しでも距離をとるべく腕を突っ張る。妹の必死の抵抗に、仕方がないなと拘束をといてくれる。
「明子がそういうなら、ここはひいてあげよう」
兄は周りでこちらを伺っている生徒たちに目を向ける。
「素敵な情報ありがとう。でも、今、ここで見たことは他言無用だよ。もし、今日の件でうちの妹に何か肩身狭い思いさせたら…………だからね?」
最後なんていったか聞き取れなかったけど、なんか物騒なこと言ったんだろう、生徒たちは皆一様に頷き、速やかにその場を去って行った。
「で、お兄ちゃん。何の用事で来たの?」
家まで送ってくれるという兄の言葉に甘えて、車に乗り込んで改めて質問してみる。
妹に対してはアレだが、有能なこの兄は仕事が忙しく、こんなところで遊んでいる暇はないはずだ。
「電話やメールじゃ、そろそろ限界だったから会いに来たんだよ」
「…………へえ」
何に限界がきたのかは、あえて聞くまい。
確かに結婚を機に家を出てからは、メールなどでは頻繁にやり取りをしているが、実際に会うのは久し振りだったりする。
「それに、オレの情報網に例の馬の骨の件が引っ掛かったから、その事実確認」
「……………………へえ」
どういった情報網ですか、兄よ。学校生活はまさかの筒抜けですか。
「お兄ちゃん」
シスコンという病を大いにこじらせている兄だが、兄妹という一線を越えることは絶対にしない。それに、他人から見れば激しい妹ラブ攻撃も、私の許容範囲のぎりぎりで収まっているのが現状だ。
兄に好かれ過ぎていてツラいの。
そんな風に笑い話にできるくらいの関係である。禁断の何かの扉が開かれるような気配は一切ないと明言しよう。
だが、某美少年という新たな問題を抱えた私に、兄のうざ……いや、言い過ぎた……重たい愛情を今まで通り受け止めてあげるのは正直ツラい。
ついに蔵人くんの存在に気づいてしまった兄は、今後も根掘り葉掘り状況を確認して来るに違いない。
ここまで秘密にできていたのは奇跡ともいえる。
結婚を機に、兄には妹離れをしてほしいと考えてたのだ。
少しだ、ほんの少しでいい。あれだけかわいいお嫁さんをもらったのだ、そろそろいいだろう。
一度、提案してこじれまくったが、いい機会なので再び、兄にお伺いをしてみる。
「ちょっと本気で妹離れしよっか? 学校での私の問題に口出しは一切しない方向にしようよ」
義姉には一度窘められているが、いい加減、妹よりも嫁を優先させてもいい時期であろう。
というか、新婚で一番甘い時期ですよね、今って。
私の発言に思わず急ブレーキを踏んでしまった兄に笑顔を向ける。
……後ろに車がいなくてよかったと冷や汗をかいたが、その全開の笑顔をキープしたまま、兄に宣言する。
「いう事きいてくれないのなら、お兄ちゃんって二十歳までは呼んであげるっていう約束を、今すぐ取り消して兄貴って呼ぶことにするけど、私のお願いもちろんきいてくれるよね?」
数年前に熱く語ってくれたのだが、兄はどうしても妹という存在からはいくつになっても「お兄ちゃん」と呼ばれたい嗜好らしい。
私のキャラ的に、兄の事を人様の前で「お兄ちゃん」と呼ぶのはどうにも恥ずかしいので、二十歳までという取り決めを一時的にしている。
私の善意で成り立っているこの取り決めを盾に、兄に圧力をかけてみる。
「お兄ちゃん? それとも、兄貴? 今度からなんて呼んだらいいのかな? お願いをきいてくれたら、もしかしたら、二十歳過ぎてもお兄ちゃんって呼んじゃうかも?」
兄は、運転しながらとてもとても渋い顔をしている。今、この人の中ではどこを優先するべきか悩みに悩んでいるに違いない。
「…………お兄ちゃんで、お願いします」
――よし、勝った。というか、そんなに兄貴と呼ばれるの嫌なの?「お兄ちゃん」ってそんなに甘い響きなのか?
……長い付き合いだが、この人の嗜好は理解できない。
何はともあれ、このまま妹より嫁を優先するようにちょっとずつ画策していこう。
待ってて、義姉さん!
あなたがいらないといっていた重たい愛情、熨斗付けて全部あげるからね!!
目指せ、脱シスコン!