桜の季節は、愛の力の見極めを間違える
新年度スタートです。
四月の始業式。
例年よりも少し気温も高く、昨年とは違い、春の陽気を感じる中で高校生活三年目がはじまった。
新学期初日のHRも無事に終了し、昨年同様ランチついでに喋ろうよと親友二人と学食に向かう。
「ついに高校生活最後の年がはじまったね」
春の限定ランチメニューをつつきながら、栞が感慨深げに口を開く。
「今回は、私と栞が同じクラスで、明子だけが別のクラスか」
栞と同じく限定メニューを注文した和子が、クラス分けの結果を残念そうに呟く。
「隣のクラスだし、選択教科や体育なんかは一緒に受けれるんじゃないかな。どうせ、クラスの枠なんか関係なしにお互い行き来するわけだし」
「そうはいっても、やっぱり最後だし、三人一緒がよかったんだもん!」
フォローするが、栞はやっぱりこの結果がお気に召さないらしい。
頬を膨らませているが、この決定事項ばかりはどうにもならないので、なだめるべく、私の頼んだ大盛り唐揚げ定食から唐揚げをひとつ恵んで差し上げよう。
「ありがとー」
お返しに、菜の花の天ぷらをひとつ私の皿に載せてくれる。
おおう。
実はちょっと気になってたんだよね。
さんきゅ。
「ところで、和子は今年も生徒会の役員になるわけ? 特待生でもあるわけだし、課題と生徒会の仕事を両方やるのって、時間的に厳しいんじゃないの」
見事に特待生の試験に合格した和子には、月に一回のペースで特別授業と課題が出される筈だ。
「生徒会の仕事は今まで通り……とはいかないけど、関わるつもり。だから、書記ってお役目は後輩の子に譲って、私はただの生徒会役員って形になったけどね。でも、そうはいっても新しい書記の子の補佐も兼ねる感じかな」
そうか、特待生も生徒会も頑張っちゃうか。
本当に、頑張り屋さんだな。
「それなら、和子にお願いをひとつ」
「なあに?」
「蔵人くんが、今年度から生徒会役員に引きずり込まれたから、色々とよろしくね。できる範囲でいいから、困ってたら助けてあげて」
……特に、おたくの某会長様からの理不尽な攻撃とかから。
「は?」
和子が食事の箸をとめ、私の顔を凝視してくる。
そっかー。
生徒会長ってば、まだ他の役員に新規加入の面子について何もいってなかったか。
この後の集まりで紹介するつもりなのかな?
蔵人くんから、入学式の手伝いをしなくちゃいけないって聞いてるし。
「あとね、蔵人くんの他にも私の後輩にあたる子がもう一人、生徒会に厄介になると思うので、本当に、よろしく」
「はあ?」
和子だけでなく、栞も怪訝な顔でこちらに目を向けてきたが、情報公開しようにもどこまでいっていいのか判断できないので、黙秘権を行使して唐揚げ定食の攻略に集中する。
決して面倒くさかったわけではありませんよ?
親友らとのランチを済ませ、ある約束を果たすために温室へと足を運ぶ。
穏やかな日差しと、時折散る桜の花びら、学内に漂う春の訪れを楽しむ。
ふと、今年はまだ和子を迷子ネタでからかってなかったと気づき、必ずからかってやらなければと心に決める。
今日とか明日は、警戒してるであろうから、今年は少し時間をおいて油断してるところを攻撃してやろうと、つらつら企みながら目的の場所へと進む。
「明子姉!!」
温室の前には、待ち人がすでにいた。
ぴかぴかのうちの制服に身を包んだ、かさねくんが。
「こんにちは、かさねくん。先月ぶりだね」
「こんにちは。今日から、ちゃんとここの生徒になったよ」
かさねくんは、元気よく挨拶を返すと、嬉しそうにその制服姿をくるりと一回転して見せてくれる。
デカい図体してるくせに、かわいい行動してくれるとは、なかなかのサービス精神じゃないか。
うむ。褒めてつかわす。
先月、ちゃんと入学してから会いに来いと言い含めておいたので、今日という日を待ちに待ってたに違いない。
「入学おめでとう。また、一年間だけど同じ校舎で先輩後輩としてお付き合いよろしくね」
背伸びして、かさねくんの頭を撫でると嬉しそうに目を細める。
もっと撫でてと、私が撫でやすいように背を屈めてくれる。
はいはい。
入学祝ついでのサービスということで、撫でて差し上げますよ。
「入学式の後のこと、ちゃんと覚えてる?」
「生徒会室に顔を出せってやつだろう? 覚えてるよ」
「なら、よし。私も同席するから、ちゃん来るんだよ?」
念を押すために、昨日メールした内容を再確認する。
「私も、君が入学したらちゃんと歓迎するって約束を果たしたんだから、かさねくんも約束守ろうね?」
「…………はーい」
すっごく嫌そうに、かさねくんは返事をする。
返答するまでにあった微妙な間が気になる。
これは教室まで迎えに行った方がいいパターンだろうか。
「俺、あいつ嫌い」
かさねくんが、ぽつりと呟く。
「あいつって、蔵人くんのこと?」
「木屋も、生徒会長も、明子姉と俺の邪魔するヤツ、みんな」
頭を撫でていた私の手を掴み、掌にそっと頬を寄せてくる。
「だめ。甘えさせないよ」
縋るように、甘えるようにとられた手はそのままに、かさねくんの顔を覗き込む。
「一切連絡しなくても全然平気なくせに、近くにいたら自分の傍に置きたがるなんて、私のことをなんだと思ってるのかな?」
「だって、」
「秋に私が連絡しなかったら、この学校にも来なかったでしょう?」
「そんなこと、ない……と、思う」
この子は本当に頭がいい。
うちの学校よりもさらに上のレベルの高校にも余裕で合格したはずだ。中学の先生方も、他の高校を薦めたに違いない。
かさねくんの手を振りほどき、その顔の中心にある、そこそこ高い鼻をむきゅっと摘まむ。
「いって!?」
「自分から動かないと、何も変わらないよ?」
結構強めに摘まんだためか、かさねくんは若干涙目になっている。……多少のひねりも加えたから、さぞ痛かったであろう。
図体は以前に比べてでっかくなったけど、中身は二年前とあんまり変わってないのだろう。
中学校の裏庭で、傘も差さず全身を雨に濡らし、つまんなさそうに立たずんでいた小柄な少年。
声をかけると不安げにこちらをみつめてきたあの時と、同じ表情をしている。
「……俺、明子姉と同い歳ならよかった。そうしたら、一年間じゃなくて三年間同じ場所にいられるのに」
聞こえるか、聞こえないかぎりぎりの大きさで呟かれたことばは、かさねくんの本音だろう。
「同じ歳ね。……たぶん、私が同級生なら君は相手にもしてないと思うよ」
かさねくんは賢すぎる。
同じ年の相手では、物足りなくて基本的に相手にしない。
中学生の時がそうだった。
小学生気分で騒ぐクラスメイトをいつも醒めた目で見ていた。
きっと、同じ年に生まれて、同じ学年の生徒として会っていたら、私はこの子に今と同じような態度はとれていない。
たかが二歳だが、その二年という年月のおかげで、この後輩の相手をほんの少しだが余裕をもって、そして年上ぶって相手ができている。
「そろそろ時間かな。かさねくん、またね」
今のところはこれでおしまいと、鼻先をはじいてかさねくんに背を向ける。
「……うん。またね、明子姉」
また、という次を示す挨拶をして別れる意味を、かさねくんは気づいてくれてるだろうか。
気づいてくれるといい。
約束通り、この一年間、私は君と関わりを持つということに。
正面からきちんと受け止めるかどうかはその日の気分次第だが、遠慮なんかせずに寄ってきてもいいという合図に。
温室を離れて、校舎の角を曲がると、予想していた人物がふてくされて待っていた。
「盗み聞き?」
「先輩こそ、浮気現場でしょう」
生徒会のお仕事で校内を見回ってるはずの蔵人くんがじっとりとこちらを睨んでくる。
「浮気だなんて失礼な。生意気をいう大型犬を、ちょっとばかし涙目にしただけだよ。今年は泣かしたけど、昨年はこの辺で財布を落として泣いてた仔猫を助けてあげたけどね」
「その節は、どうも」
私の背丈よりも成長した蔵人くんをいつまでも仔猫よばわりするのはどうかと思うのだが、どうも本人を前にしても仔猫と評してしまう。
「で、何を拗ねてるのかな」
「拗ねますよ。見回りしてたら、先輩と徳井がこんな人気のない場所で二人きりでいるの見つけるし。なんともいえない空気出してるし」
「ごめんごめん。入学したら、お祝いをちゃんというって約束を果たしただけだよ。蔵人くんがもやもやするようなことは何一つ発生しないから安心して」
甘い雰囲気なんてひとつも出してなかったんだけど、傍から見たら何かあったように見えたのだろうか。
「不安にさせて、ごめんね。でも、君はもう少し自信を持った方がよいと思うよ」
いや、これはあれか?
私がもっと態度で示さねばならないことなのだろうか?
「自信って、何にです?」
蔵人くんは、本当に分かってないらしい。
ふむ。いっちょ頑張るか。
「……って、待った! 待ってください!!」
行動に移そうと思った矢先に、何かを察した蔵人くんが静止をかけてきた。
ちっ。気付きやがったか。
「何か物騒なことしでかそうとしてたのを早急に諦めてください!!」
勘がいいのも困りものである。
蔵人くんは、じりじりと私との間に距離をとる。
「……やだ、蔵人くん。私が本当に何をしようとしてたか分かってる?」
蔵人くんとの距離を一歩縮めると、仔猫は一歩下がる。
「よく分からないけど、なんか嫌な予感がするので、本気で勘弁してください!」
ふるふると首を振って、拒否を示してくる。
ちぇー。つまんないのー。
ここなら人気もないし、うってつけだと思ったんだけど。
「分かった。今回は諦める」
仕方がない。次回に回すか。
覚悟しとけよ。
「いえ。その作戦自体、永遠に遂行しない方向でお願いします。先輩の事、信じますから。ね? ね?!」
そして、蔵人くんは仕事がありますから! と、私の返事も聞かずに足早に去って行った。
入学式も無事に終わり、生徒会長からの呼び出しに応じ、先月と同じ面子が生徒会室に集まる。
「さて、徳井の研修の件だが、まずは央守くん」
「はい、なんでしょうか」
生徒会長に、早々に名指しされるが、大体いわれることは予想してるので素直に返事をする。
「明日から一か月、極力徳井と接触しないように」
「はあっ!?」
別方向から、大型犬の声がしたが生徒会長は無視して話を進める。
「君の特権を最大限使用して、雲隠れしてくれ」
「何でも屋の仕事も、裏方メインで活動できるように調整するから、全力出していいわよ」
「全力ってことは、隠密最高レベルの雲隠れですか」
再度確認するも、生徒会長も副会長も頷くのみである。
特殊な依頼でもない限り、そこまでのレベルは要求されないんだけど、今回はしちゃうわけですか。
かさねくん、君、本当に大変な人たちに喧嘩を売っちゃったね。
全力か。
あれって、結構する側もしんどいのだけど。しかも一か月。
「全力でも雲隠れって、去年、僕から逃げ回ってたくらいのやつですか?」
横からこっそり、蔵人くんが確認してくる。
「いや、あれなんて目じゃないくらいの、隠れっぷりになるね」
「……あれ以上」
蔵人くんが遠い目をする。
蔵人くんとかくれんぼをしていた頃、私の姿を探すのに苦労していたといっていたが、あれより、さらに気配消すことになりますな。
「必然的に木屋くんと央守さんの接触も校内では最低限にしてもらう形になるわね」
「えぇっ!!?」
今度は、仔猫の方が叫んだ。……まあ、そうなるよね。
「ほら、徳井君の面倒をあなたがみるわけじゃない。そのあなたが央守さんと接触したら、元も子もないでしょう?」
「全く会うなとはいってないさ。徳井が央守くんと接触してしまわないように、うまく立ち回るのなら、何もいわないよ」
会長が不敵に笑う。
君にそんな器用なことできるのかい? できるわけないだろう? って無言でプレッシャーを与えてるし。
――――あぁ、いじめてる、すごく楽しそうにいじめてるよ。
生徒会のトップ二人に圧力をかけられて、蔵人くんが固まっている。
そのくらいで根をあげてたら、生徒会長の部下なんて勤まんないぞー。
もっと逞しくならないと。
仕方ない。
ここは、かわいい後輩たちへ助け船を出しますか。
「会長、ひとつ提案が」
「なんだい?」
「研修期間に関わりが少ないと、次代の候補者としての資質の見極めが難しくなってくるので、徳井かさねにレポートの提出を義務付けしたいのですが、いいですか?」
「レポート!? やだ! なにそれ、すっげー面倒くさそうっ!!」
かさねくんが、これ以上何かを強要されるのが嫌なのか、盛大に反対してくる。
おいこら。文句言う前に、ちょっと考えなさいな。
「言い方を変えようか。私と交換日記をしよう」
ほら、その賢い頭を使って、私のことばの裏の意図をくみ取れ。
普段の君なら、さっさと正解を掴み取ってるはずなのに、さすがに生徒会長の前だと萎縮とかしちゃってるのだろうか。
「え」
「かさねくんはその日あったことを書く。私はそれを読んで、返事を書く。レポートっていったら堅苦しいけど、交換日記っていったら気軽な感じがするでしょ?」
レポートを交換日記と言い換えるだけで、ほら、甘くなるだろう?
「明子姉と交換日記? なにそれ、すっごいおいしい響き。やる、やりたい!!!!! オレ、明子姉ちゃんと交換日記する! 毎日ちゃんと書く!!」
――――よし、一匹釣れた。
「でも、その日記を交換するには徳井くんと接触する必要が出てしまうけど、どうするのかしら?」
副生徒会長がすかさず問題点を指摘してくる。
「はい。ノートの受け渡しは木屋くんに協力してもらおうと思います」
「え? なんで、僕がそんな仲介業者みたいなことをしなくちゃいけないんですか。徳井と先輩が交換日記するってだけでイラつくのに」
おいおいおいおいおい。
気付けよ、私からの助け舟ですよ、これ。
さっきの私のセクハラオーラには敏感だったのに、なんでこういう大事なところで察することができないのかい?
「……堂々と会える口実を作ったのに、無視しやがるのかな?」
低く、蔵人くんだけに聞こえるように呟く。
……ただし、思い切りドスを効かせた声で。
「……っ!! あ、今のなし。はい、よろこんで受け渡し業務の仲介という大事な役目をさせていただきます!!!」
私の意図にようやく気付いた蔵人くんが、慌てて私の企みに乗ってきた。
遅い、遅すぎる!! 打ち合わせなしとはいえ、もう少し何かを察知して、合わせれるようになってほしいとか思うのは、気が早いのかな。……早く、会長と副会長みたくツーカーの仲になりたいよう。
取りあえず、これで二匹目も無事に釣れた。
「交換日記という名のレポート。木屋の仲介。どちらもいいけど、本気を出した君の雲隠れっぷりを、木屋は察知できるのかい?」
会長が、蔵人くんをじっと見つめる。
そうですね、本来であれば蔵人くんには無理、であろう。
「……ん? 無理……ですよね? 昨年なんか目じゃないレベルの隠れっぷりになるんですよね?」
蔵人くんが、ふと我に返り、私にお伺いを立ててくる。
「ちょっと、君こそ何をいってるの? この中で唯一私を捕捉できるくせに」
何のために、君にアレを渡したと思っている。
間違いなく目を通して、頭に叩き込んでおけと渡した機密情報。
アレは、会長や副生徒会長すら知らない情報なのだけど。あの情報の価値にまだ気づけてないのだろうか。
本当のことをいったら、副会長に怒られるのは目に見えて分かっていたので、ことばを濁してみた。
「愛の力でどうとでもできるでしょ?」
が、ことばのチョイスがまずかったのか、
「「「「………………はあ??」」」」
私以外の面子から、すごく冷たい視線をいただいた。
しーんって、静まり返るよりマシだけど、そこまで冷たいものを向けられるとさすがに凹むんですけどー?
「……会長、この案件どうします?」
「あぁ、その件は書記の子に再提出を頼んでるから、」
「さーて、オレは購買部にノートでも買いに行ってこよーっと」
さくっと、スルーして他の話題にうつってるし!?
え、ちょっと、ひどくない?
「先輩。ちょっと、それは、さずがにフォローできないっていうか、もう少し他の言い方考えてくれないと、僕もさすがに……」
さらに、蔵人くんからもかわいそうな子を見るような目で見られた。
……愛の力って、意外と通用しないもんだと学習した、春うららかな日、でした。
この後、春の後日談をふたつ挟んで、次の季節の話になります。