年度末の後日談~新学期に備えまして~
年度末話、次の日のお話です。
一日体験入学の翌日。
蔵人くんを誘って、学校近くのファーストフード店に来ている。さすがに、日曜日とあって家族連れから学生など、多種多様の人で店内は溢れかえっている。
「それ、全部食べるんですか?」
蔵人くんが私のトレイに載せられているハンバーガーの数にツッコミを入れてきた。
ハンバーガー3個に、チキンナゲットに大盛りポテトと飲み物。
デートに参戦する乙女が注文する量ではないだろうが、これでも抑え目にした方なのと打ち明けたら、さすがに引くだろうか。
本当は、期間限定メニューのかぶりつき和風チキンにもときめいたのだが、さすがに自分でダメ出しして我慢したんだよー。
「今度は時間無制限食べ放題のお店に行きましょうね。いい所がないか探しておきます」
「やった! 蔵人くん、大好き!!」
うんうん。私の食欲をよく把握してるじゃないか。
ボックス席ではなく、窓際のカウンター席に並んで座っているので、蔵人くんの腕に抱きつく。
「……公共の場でのセクハラ禁止」
ぼそりと呟く冷たいことばと、赤くなって照れてる顔のギャップに思わず笑ってしまう。
「一応、私も女の子なので、人目のないとこでの接触は色々と危険だとわきまえてるので、私からの攻撃は基本的に人前だと思いたまえ」
「コメントしづらいことをいうのやめてください。……どのタイミングでどこまで手を出していいのか悩んでるんですから」
蔵人くんが耳まで赤くして、抗議する。
後半のセリフはうまく聞き取れなったのだが、なんといったのだろうか。
トレイの上の食べ物が半分程度減ったくらいで、昨日の話を持ち出した。
「昨日の件、どこら辺から話をききたい?」
「どこら辺って……。そうですね、まずは、徳井かさねと先輩の関係について、ですかね」
昨日は生徒会長の爆弾発言の後、かさねくんを生徒会に預けて、早々に仕事を仕上げて帰宅したので、ゆっくりと話せていなかったのだ。
「遠い親戚にあたるらしく、小さい頃に一緒に遊んだみたいなんだよね。私が小学校に上がる前に、遠くに引っ越していってしまったんだけど、中学校で再会したんだよ」
大雨の中、傘もささずにいたかさねくんに、思わず声をかけちゃったのが交友関係再開のきっかけになるのかな。
「再会っていっても、お互いに小さい頃に遊んだって記憶はなくて、親にきいて親戚ってことに気づいたんだよね」
「ホワイトデーのお返しがどーのいってたのは、どういう事ですか?」
ホワイトデー?
そういえば、そんな事をかさねくんがいっていたと蔵人くんがぼやいてたな。
「私、今年のバレンタインは蔵人くんにしかチョコの準備してないよ?」
悪ふざけがすぎて、用意したものは受け取って頂いていないけどね。チョコは拒否られたらが、告白は受理されたのでよいのだけど。
どちらかというと、今年に関しては、チョコを頂いた身の上だし。
「かさねくんがいってるのって、二年前のバレンタインに対するお返しの件かもね」
「二年前って、先輩が中学生だった時のですか?」
「そうそう。蔵人くんと同じように三つチョコを用意して選ばせたんだよ」
あの三つのチョコに至らない貼り紙をして、チョコを選ばせるというお遊びはかさねくん用に考えたバレンタイン対策である。それを、色んな方面でも再活用し、最近は遊んでたんだよね。
「それ、徳井はどのチョコ選んだんですか? まさか、本命って貼り紙してるチョコを渡したりなんかしてませんよね?」
「あはははは。やだなー。あの、かさねくんに渡すチョコだよ? 『赤の他人』『ただの後輩』『遠い親戚の子』って貼り紙で選ばせたよ」
にやりとほくそ笑む私を見て、蔵人くんは盛大にため息をついた。
「…………先輩って、ろくなことしませんね。ちょっとだけ徳井に同情したというか、……やめましょうね、そういう事」
「大丈夫、大丈夫。かさねくんも、貼り紙全部その場で剥いで、『オレのためにこんなに沢山チョコを用意してくれてありがとー』って言いやがったから」
「…………」
「まあ、私も剥されるのを予測していたから、袋の中のチョコのパッケージに油性ペンででかでかと『義理』って書いておいたけどね」
ちなみに、チョコレート自体にも『義理』と刻印されている物を購入してる徹底ぶりですよ。
変な期待を持たせたら、後が大変だからね。
「ん? 蔵人くん、つっぷしたりなんかして、どしたの」
この人、やっぱり色々と難易度が高すぎる……とかなんか、ブツブツいってるけど、大丈夫かな?
お付き合いしている間柄としては、何に対する難易度に蔵人くんが深く悩んでいるのかが知りたいのだが。
「しかし、二年の間をおいてからのホワイトデーか」
徳井かさねという人物は、頭の良さ、解決能力など、うちの生徒会長と並ぶくらい持っているのだが、いわれた事しか基本的にしない子でもある。
きっかけさえ与えれば動き出すのだが、自主的に何か思いついて行動したりしないのだ。
今回の行動にしても、私が秋にコンタクトをとったのがきっかけだ。
ホワイトデーと騒いでいるのも、何でも屋の試験結果の掲示と合わせて、私を言い包めるネタのひとつとして用意しただけだろう。
「卒業してから会う機会なかったんですか? 確かに卒業式ってホワイトデーの前に終わっちゃうとこ多いから、渡しそびれたのかもしれませんが」
「あの子、私の連絡先を知ってるよ? なのに、この二年間なーんにも連絡してこなかったよ」
「はあ? 連絡先知ってるのになんで?」
「頭いいくせに、不器用なんだ、あの子。生意気だし、扱いにくいけど、他人に甘えるのがド下手くそで空気読めない子だから、頑張ってね?」
確かにクセは強いし、憎たらしいのだが、根はいい子なのだ。すっごく分かりづらいけどね。
デカくなって、見た目のかわいさが激減してしまってるが、目の前の子と同じようにかわいい後輩のひとりなのだ。
「えーと、先輩。つかぬ事をお伺いするんですが、なんで僕にそこまで徳井の性質というか性格とかを、話してくれるんでしょうか」
「だって、これから君が面倒を見るんでしょう? ある程度の取扱い説明はしといたら、楽になるじゃない」
「はい?」
蔵人くんは盛大に驚いている。
そうか、昨日の会長のことばの意図を理解してなかったのか。余裕ぶっこいてるなーと思ったけど、分かってなかったのか。
「会長が昨日なんていったか覚えてる?」
「見習いの間、徳井のことを何でも屋の代わりに、特別に生徒会が請け負うんですよね」
その通り。
本来、かさねくんの見習い期間の監督役は推薦した私の役割なのだが、会長に喧嘩を売ってしまったがために、生徒会が何でも屋の候補者教育に口をはさむ形になった。
おおよそ二か月間ある見習い期間の半分を生徒会に預けるという話になっているが、その生徒会にてご指導を賜る時、かさねくんのお相手をするのが自分だということに気づいてないらしい。
「蔵人くん。君、生徒会に強制的に誘われたの気づいてる?」
直前までは口説こうかなとかいってたのに、色々な手順をすっ飛ばして来年度から有無をいわさずに手伝いなさいと命令しやがったのだ。
「帰り際に一筆書かされてたの、内容をちゃんと確認した?」
「え。帰り際に、これにサインしてって渡された書類の件ですか。……よく見ずに、サインだけしたような」
「そう、それ。きっと生徒会役員への任命に関する書類だよ。昨日付けで先生に承認もらっていて、来年度からは生徒会役員に名前を連ねっちゃってるね」
そうか、中身確認せずにサインしちゃったか。
「ご愁傷様」
私の生ぬるい視線を受けていた蔵人くんが、とある事実に気づいたのか、はっと身体をこわばらせる。
「あれ? 生徒会役員ってことは、え? もしかして、徳井の手綱がどうのっていってたのって、あああああぁぁっ!!」
「気づいたね」
蔵人くんは両手で顔を覆い、衝撃に身を震わせている。
そうだよー。
君が、あれの相手するんだよー。
どう考えても、君の手にはあまると思うから、私もなんだかんだで手を出す方向になるのだろうが、甘やかすのもアレなので今は黙っておこうか。
「あの会長に目を付けられた時点であきらめなさいな。大変申し訳ないが、私、あの人と喧嘩して勝つ自信はないから、会長の魔の手からは自分で頑張って逃げ出すんだよ?」
「新学期なんて来なければいいのに……」
まだ、三学期も終わってないのに何をいうか。
「はいはい。なっちゃったものは仕方ないんだから、あきらめなさいな」
テーブルに頬をくっ付けて、涙目でこちらを見上げてくる姿に笑ってしまう。
「生徒会に、君を確保されて悔しいのは私も一緒。何でも屋に誘ってほしかった?」
「……先輩のお眼鏡に僕はかなわなかったから、お誘いがなかったんですよね?」
「そういうこと。昨日、さりげなく副会長が何でも屋って事実にびっくりしてたでしょう?」
蔵人くん以外、当たり前のように副会長=何でも屋という会話をしていて、蔵人くんが無言で驚いてたのだ。
「生徒会に参加する君にネタばらしをしようか。何でも屋って、複数人いるんだよ。私や副会長を含めて、合計で五人。生徒会で仕事するのなら、その内他の面子にも会えると思うよ。なんだかんだで、生徒会とタッグを組む機会は多いからね」
「それ、教えてもいい情報ですか?」
「他言無用の内容だね。生徒会役員の中にも知らない人がいるから、黙っててくれると助かるかな。君に教えたのは、私の勝手な判断」
いまだにテーブルと仲良くくっついている蔵人くんの頭を軽く撫でる。
「……今後はもう少し、周りに目を向けてみます」
「うん。かなねくんに負けないように、頑張りなさいな。私としては君の方を贔屓したいんだけど、会長がきっと邪魔しやがると思うから、私の助けはあんまり期待しない方向でよろしく」
新学期に会長から何かしらの牽制があるのは予想はつくので、その前にできる限りのバックアップをして、蔵人くんが、かさねくんや生徒会長とやり合えるように仕込みをしとこうと思う。
「蔵人くん、少し遅くなったけど、ホワイトデーのお返しね」
鞄から用意していた封筒を差し出す。
「お返しなんて。あれは僕が勝手に用意したものなのに……」
「受け取り拒否はできません。せっかく用意してきたんだから、とっとと受け取りやがりなさい?」
蔵人くんは少しだけ葛藤して、封筒の中身を確認する。
「…………先輩。これ、まずいでしょ」
「コピーだから平気。絶対に他人に見せたらダメだから、頭に叩き込んだら自宅に閉まっておくように。それかシュレッダーにかけてね」
ぷるぷると震えながら蔵人くんが広げているのは、うちの学校の図面。
何でも屋の、隠密担当にしか引き継がれない隠し通路や隠し部屋が全て書かれている機密文書である。
鍵が必要な通路も多々あるが、この情報を頭に入れていたら、逃げるにしても追っかけるにしても優位な形になる筈だ。
「ちなみに、赤く印をつけてるところが、誰も知らない私の活動本拠地ね」
各種データベースの管理を行うために、PCを何台か持ち込んでいる、私の本当の意味での秘密基地である。
「矢印の通りに進んだら、誰にも気づかれずにそこにたどり着けるから、どうぞご自由に。で、これが鍵」
蔵人くんの掌に、銀色の小さな鍵を載せる。
「え?」
「たぶん、いつもの屋上入口だと、かさねくんに早々に嗅ぎつかれると思うので、来年度からの密会場所はそこに変更ね」
「み、密会って……」
かあああっと、顔を赤くする青少年が何を想像してるのか大いに気になるところだが、軽くスルーさせていただきます。
これは、あれだろうか。
彼氏が彼女に「これがおれの部屋の鍵。好きな時に来てもらって構わないから」とかいってる場面と同じなのか? でも、立場が逆転してるし、どうなんだろう。
あの場所に私が頻繁に出入りしてたら、かさねくんはあの場所に行ったら私に会えると思ってしまうだろう。それは私の望むとこではない。
「せっかく君にあげた秘密の場所なんだし、君以外が利用するなんて気に入らないからね」
頬杖をついて、隣に座る大好きな恋人に柔らかく微笑む。
「色々と新学期は騒がしそうだけど、二人で乗り切ろうじゃない」
次話から新年度突入です。




