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DORAGON BATORA ―ドラゴンバトラ―  作者: 紫風 剣新
二年編
67/67

番外伝「卒業旅行」

ドラゴンバトラの番外編です。龍達のいつもと違った姿が見られます。ひとつ、肩の力を抜いて見てみるといいかもしれません。

 一月二十四日。卒業試験の発表から数日ほど経ったこの日。

 卒業試験が終われば卒業日まで戦校はお休み。生徒達が思い出づくりをする貴重な期間だ。

 そして、この日は俺、一撃龍の十七回目の誕生日だ!


 朝六時。朝にも関わらず、闇が我が物顔で居座るこの時刻。

 俺、一撃龍は起床した。

 正直、早すぎる。俺は遅刻ギリギリを生きる男。戦校でも二分前、一分前、いやゼロ分前は朝飯前。いや、朝飯はちゃんと食うのだが。

 それほどまでに、俺は睡眠という活動に重きを置いている。

 そんな睡眠ラブな俺がなぜこのような未知なる時間帯に起床したかお分かりだろうか。

 教えてあげよう。

 今日は友達と一泊二日の卒業旅行じゃいいいい!!

 いや、友達と旅行でそんな大袈裟なと思うかもしれない。ただ、俺にとってこれは俺にとって人生最高のイベントなんじゃああ!!

 考えてみよう。俺は残念ながら戦校に通うまでは友達ゼロの哀しきぼっちライフ。そんな俺が友達と一泊二日の旅行に行くというのだ。

 思えば戦校に通って二年弱、俺の人生はうねりをあげて激動した。確実に良い方向に。ありがとう戦校。みんなも戦校に通ってみよう。

 とまあ、そんな宣伝活動はどうでもよく、すっかりテンションが上がり切ってしまった俺はまともに睡眠を取れていない。この睡眠を愛する俺がだ。

 一体、どれだけテンションが上がり切っているのだろうか。それだけ友達と旅行は嬉しいのだ。


 さて、問題は服装。ファッションには全く関心のない俺だが、さすがに人生初の友達のとの旅行。

 さすがに、適当な服装では行けまい。ただ、どうするか。

 まずは今、冬であること。いくらファッションといえどしっかりと防寒しなければ凍死してしまう。

 ということでしっかりと防寒出来るアイテムにしよう。俺はおもむろに自分の部屋のクローゼットを開いた。

 それで、そんなアイテムは……。うーん……。二点しかなかった。

 少ねえよ……。こんなところで自分のファッションの無関心さの弊害が出るとは……。この一撃龍、一瞬の不覚であります!と、敬礼して言ってみた。誰もいないのにだ。

 このギャグを流行らせようとしているのは置いといて。さて、その二点を見てみよう。黒のダウンジャケットと茶色の腰まであるコート。

 さて、どちらにしようか?バックは茶色だから茶色で合わせた方が良い?いや、それだと地味になるから黒でアクセントを入れた方が良い?なるほど分からん。

 つーか、ファッションに疎い俺がああだこうだ考えても仕方がない。ここは幾多のピンチを救ってきた直感に賭ける!

 えーい、黒のダウンジャケット!!

 ということで俺の旅行ファッションは黒のダウンジャケットになった。

 着替えるか。

 部屋着を脱ぐとあらビックリ。俺の無防備な肌が部屋の気温に敏感に反応した。

 寒い……。

 俺は体を震わせながら、さっさと暖かそうな服装に着替えた。 


 さあ、一階に降りよう。部屋は真っ暗。さすがに俺とは正反対で早起きが得意な母さんも寝ている。

 一階には、俺がこの日の為に買った、その大きな口で何でも入りそうな大きな旅行用のバック。あまり主張しない落ち着いた茶色がトレードマークだ。

 実は荷造りはすでに前日に終えていた。旅行先で楽しめるようにゲームや漫画、旅行中に小腹が減った時の為のおやつ、念のため着替えもたくさん。人の体ほど大きなバッグが今にも悲鳴をあげそうなくらいありとあらゆるものを入れた。荷造りってこんなに楽しんだね。

 あと、一応鳳凰剣も持っていくか。鳳助付きでね。今日は旅行だけど念のためね……。ほら、旅先のトラブルとかよく聞くし……。

 さて行くか。剣とバックを担いで……。って重いいいい!!

 どれだけ入れたんだ俺は!?絶対無駄なもん入ってるだろ!いや、この世に無駄なものなど存在しない……。私は愛を知った。

 ということで肩にとてつもない負担が確実にかかるバックと共に俺は人生初の旅行に出発した。


 ☆ ☆ ☆


 朝七時三十分、戦校前停留所。

 集合時間の三十分と集合場所だ。バス停であるここは銅像がちょこんと立っているちょっとした広場がある停留所。待ち合わせ場所としては最適だ。

 名前の通り戦校から徒歩五分の立地で、多くの生徒がこのバス停を利用して戦校に通っている訳だ。まあ、俺は家近だから利用する必要が無いけどね。

 ともあれ、ここを停まるダイバーシティ名物、ブライトカーに乗って俺達の旅が始まるというわけだ。

 ちなみにこの旅行の計画は一週間前から入念に行われた。旅先はというと……まあ楽しみにしておいてくれ。

 俺は集合時間の三十分前に到着。まだ誰も来ていない見たいだ。この遅刻ギリギリ野郎の見違えるほどの成長。素晴らしいだろう?

 しかし、寒いっ!!雪こそ降っていないもののしっかり防寒しているのに、それを軽く貫き俺のデリケートな肌をもろに襲う寒風。

 というか遅い!一体、何分待っているんだ俺は……。と思った俺は時計をちらっと見る。ん?七時三十三分?まだ三分?

 人を待つってこんな辛いことだったのか。今まで俺をまたせてしまった方々、ごめんなさい。


「おーっす! 龍早えな!」

 来た来た、俺の今日の旅仲間の一人。その大きな図体と大きな声は待ち合わせには最適。他では不適。その名も鉄剛!

 いつも古臭い特攻服に身を包まれているその大きな体は、今回はどんなファッションに包まれているのか……。さすがに旅行で特攻服とはいかないだろうからな……。要チェックや!

 ふむふむ黒いダウンジャケットか。ん?黒いダウンジャケット?その単語どこかで……。

 あ……。

「俺と被ってんじゃねえかああ!!」

 ファッションにおいて最も回避しなければならないこと。それは”被り”!!

 くっ……。茶色のコートにするべきだった……。俺は早くも過ちを犯してしまった。

「おい龍! せっかく俺が一生懸命考えたファッションと何被ってんだよ!! これじゃあ○モカップルみたいじゃねえか!!」

 あら剛さん早くもご立腹ですか。まあ、それはそうか。服装かぶってるもんね。

 っていうか○モカップル?確かに!はたから見ればそうなる。絶対そう見える!周りからどんな目で見られるだろうか。いや、それよりももう二人の旅仲間にどう見られるだろうか。

 はあ……。先が思いやられる……。


 そう思った矢先、俺の二人目の旅仲間がやってきた。くすくす笑いながらな!

 防寒着これしかないし、一回変えてこようかな。あれ、もう七時四十分か……。時間って残酷だね。

「ププッ。お二人さん早いですのね。こんな朝早くから仲良く何をやっていたのですのやら」

 初めて人を殴ろうかと思った。ただ、そこはレディーなのでやめておこう。

 光間凛。これが今やってきた俺の旅仲間の名前だ。さて、凛の服装はっと……。わーお、エレガンス!さすがは清楚で可憐な凛様と言ったところだ。

 綺麗なベージュの毛布のような、触ったらモフモフしそうなコートを羽織り、中には暖かそうな緑のセーター。丁寧に色鮮やかなニット帽まで添えている。まさに、これがファッション!という感じだ。

 いやー、参考になります凛師匠。

「龍君、なに人のことじろじろと見てますの? 変態!」

 えっ……。俺が変態……?

 しまった!ついファッションチェックに夢中で凛のことを舐め回すように見てしまった。違うんです!誤解なんです!

「いやー、凛さんの今日のファッションが素敵過ぎてつい見入ってしまいました」

 一応、これでなんとかなったかな。

「そ、そう? 龍君がそんなこと言うなんてびっくりしましたわ。このコートはコクーンコートって言うのですわ」

 凛はまんざらでもない表情で俺に教えてくれた。あれ、これでおっけー?なんだ意外と単純なんですね凛師匠。

「おい、お前なに凛と積極的に話しかけてるんだよ。まあ、分からんでもない。今日の凛は可愛い」

 俺の彼氏……違う、違う。剛が俺の右耳に手を当て、珍しく小声で話した。

 剛が凛のことを好きなのは、多分間違いないだろう。交流戦の時にコンビを組んで急激に距離が縮まった気がする。

 でも凛が好意を寄せているのは進。俗に言う三角関係ってやつですな。同級生の複雑に絡み合う色恋。見ている分には面白いですなあ。

 あれ、俺は?主役なのに三角関係に全く絡んでいない……だと!?そんな置き去りにされた主役今までいましたかねえ?いないですよねえ、そんな哀しい主役。そらもう主人公というのはたくさんのヒロインがいて選び放題のハーレムが相場。

 コホン。俺の春はまだ先というだけです!

 というか確かに今日の凛が可愛いのは否定しない。ファッションと完璧に融合しているというか……。というか凛は可愛い部類に入るからなあ。


「進様ですわ!」

 凛の嬉しそうな声が寒空を揺るがせた。来たようだな。最後の俺の旅仲間が。

 旅行にも関わらず物騒なブーメランを三丁ほど背負いながらこちらにやってきた。まあ、剣を背負っている俺は人のこと言えないんだけどね。

「早いなお前ら」

 一番遅く来たというのに、この落ち着きぶり。相変わらず気障ですねえ。

 そんな最後の俺の旅仲間、雷連進さんのファッションはっと……。こんなこと言いたくないけど、かっちょええ!ファッションに無頓着と勝手に思っていたがとてつもなくスタイリッシュだ。

 進の性格には合わない情熱という言葉がふさわしい真っ赤な膝まであるコートに、下はスタイリッシュな黒いジーンズでまとめている。

 ファッションが疎い俺でもわかる。このコートを着こなすのは難しい。それを完璧に着こなしている。しかも顔はきりっとしているときた。

 男だけど惚れてまうやろお!ついに俺にも春が来たか?いや俺には剛が……。これは三角関係!?皆さん、ついに主役が三角関係に入りましたよ。

 ってんな訳あるかああ!!何その三角関係!?登場人物全部男!誰得な話ですかそれは!

「進様、格好いいですわ。それはトレンチコートですわね」

「ああ、凛はコクーンコートか」

 なんだこの凛と進が織りなすファッショントークは。おじさんついていけません。

 しかし、こうやって完璧に服を着こなしている美男美女の会話。画になるねえ。これでは付け入る隙がありませんねえ。はたして剛に春は訪れるのだろうか。

 それでも私は鉄剛を応援します。

 しかし、心配なのは進だ。あまり、こういう旅行とかが好きではないようなイメージがある。

「おい、ブライトカーはまだか? 早く旅行がしたんだが」

 と思った矢先のこの意外な進の発言。良かった彼もまた旅行を心から愛す人間のようだ。

 時間は午前七時五十分か。集合時間より十分早く全員が揃った。これが皆がいかに楽しみにしているかという証拠だよね。

 確かブライトカーの到着時刻は午前八時十分だからまだ二十分もある。ふー、待つか。


 午前八時十分。ブライトカーの到着時刻。

 ブライトカーは心地よいエンジン音と共に、定刻通りにやってきた。

 今回のブライトカーは観光客専用で、通常のものより一回り大きい。観光用ということもあり特別料金がかかる。しかも、チケットが無いと乗車できない、プレミア感満載のブライトカー。

 しかし、俺達はこの日の為に人数分のチケットを調達。用意周到だ。

 俺達旅人四人はチケットをバスのスタッフの人に見せブライトカーの中に入った。中は予想通り広々。席は観光バスのように見るからにフカフカ。まあ観光バスなんだけどね。通路にも座席にも幅があり、通常のブライトカーとは一味違う。

 ちなみに指定席。チケットに座席番号が書いてある。勿論、四人が固まるように指定してある。これまた用意周到だろう?

 座席の配置は窓側に凛、通路側に進、そして一つ前の座席の窓側に剛、通路側に俺という具合。っていうかこれまた○モ疑惑が助長される配置じゃねえか!

 というか車内なんだし脱げばいいじゃないか!と思った俺はさっさと忌まわしき黒いジャケットを脱いだ。

 回転式ということもあり俺と剛が座っている座席をクルンと半回転させて四人が向かい合うようにセッティングした。

 いやー、これこそ旅行だよね。この友達と輪になって車内でワイワイするこの感じ。最高だね。

 俺達が座席に着いたら、それに合わせたかのようにブライトカーがゆっくりと動き出した。


 最初の目的地まで一時間半ちょいか。えーと、最初の目的地は……。

「最初の目的地は輝叡山きえいざんですわ。ダイバーシティの特産品であり、この車や多くの武具の素材にも使用されている輝鉄を生み出す、まさにダイバーシティの顔。山の頂上にはいろいろな施設やお店が充実して、観光にはうってつけですわね。それに、輝叡山の頂上でしか食べられない絶品スイーツがあるのですわ」

 凛がしっかりと解説してくれた。そう言えばここに行くの決めたのは凛だったか……。

 なんでもスイーツがあるんだとかで。まったく、こんな寒いのによく、さらに寒そうな山の頂上でスイーツなんて食べようと思うよなあ。女子のスイーツ好きは底知れないな。

 スイーツもいいけど、やっぱり旅といえば……。これでしょ!

 俺は新品の大きな旅行バックをガサゴソと漁り、大量のスナック菓子を取り出した。

「さあ、みんなこれを食おう」

 実はぼくちゃん朝ご飯食べてないんだよねえ。スナック菓子を朝ご飯代わり。確実に親に見られたら叱られるパターンだが、旅だしいいよね!

「さすが分かってるじゃん! 龍!」

 剛が明らかに俺のスナック菓子を見てテンションが上がった。同士よ、分かってらっしゃる。

「進と凛もどう?」

 さあ、ファッショナブルな美男美女よ。召し上がれ。

「太るので論外ですわ」

「だな、龍俺達は遠慮しておく」

「そうですわよね、進様」

 なんだ、こいつらむかつくな。その自分達はワンランク上をいってますよ的な振る舞い。

 いいもん。僕達で食べるから。知らないよ。後で食べたいとか言っても。

 俺は、ダイバーシティで大流行のチョコットチップスの封を思いっきり開き、手を伸ばし口に運んだ。

「うまい!」

 俺は進と凛に見せびらかすように、横目で彼らをチラチラと見ながらオーバーリアクションを取って挑発してやった。

 さて効果のほどは……。そろそろ「食べたいです龍様お願いします」って言って泣きついてくるころ……。

 っってえええ!こっちを全く見ずに二人で仲良くトランプしてやがる!くそいちゃつきやがって!おいおい、完全にカップルじゃねえか!

 こっちは……。我を忘れてスナック菓子をむさぼる男一人、いやもはや獣一体。

 くそう……。こうなったらやけだ!

 俺も剛と同じくチョコットチップスをむさぼりつくした。涙ながらに。

「っていうか龍君、見たところバックがパンパンだけど何が入ってるのですの?」

 凛がトランプしている最中に、俺のバックをまじまじ見ながら質問してきた。

 凛君、いい質問ですね。このジャーナリストである一撃龍が説明してあげよう。

「これは旅行で必要なたくさんのものが入ってるのだ。大人気漫画、ミキシマム全十五巻。業界初の三画面携帯ゲーム機スクリーズ・タッチ。大人気育成ゲーム、ユースフル・モンスター、通称ユフモンのソフトと攻略本などなど……」

「そんなのいらない!! あなたバカですの? バカですわね! 全部必要ないですわ! いるんですのよね、テンションあがって旅行に入らないものをとりあえずバックにぶち込むバカ」

 俺は暴風域真っただ中の凛のツッコミを受けた。俺も今日はいろいろツッコんできたが、さすが本家本元だ。


 ☆ ☆ ☆


 どんちゃん騒ぎをしていると、あっという間に一時間半経ったようで目的地である輝叡山のふもとに到着したようだ。

 時刻は午前九時四十五分。俺達四人がブライトカーを降りると山の新鮮な空気が喉を通過した。見上げると、視界全てに輝叡山が映し出された。輝叡山は特殊な山で、片方は輝鉄が取れる鉱山になっていて、もう片方は木々が生い茂る普通の山。

 標高は千m弱だが、その珍しい風貌が人気の一つとなっている。その人気の証拠に多くの観光客がにぎわい、それに伴い多くのお店や施設が点在している。  


 最初に俺達が訪れたのは、天然の輝鉄の原石が採れる輝鉄掘り。

 輝鉄掘りが出来る施設は子どもたちを中心に列を作っていた。待っているのはざっと三組。

 えーと一組あたり十分と看板に書いてあるから……。少なくとも三十分は待つのか……。

 どこかに書いてあった。旅行は待つことだって。なるほどそれがこれか。


 俺達は素直に列に並んだ。

 ふふっ。こういう時にこそこいつが役立つぜ!俺の旅のお供、漫画&ゲーム!早速使いますか。よーし、最初は漫画だあ!

 俺は自慢げにバックの中から漫画を取りだし、仁王立ちしながら漫画を開いた。と思ったら誰かの手が俺から漫画を取り上げた。

「誰だ!? 何するんだ!?」

「せっかくみんなで旅行来たんだから、一人用の遊び用具は禁止ですわ」

 凛師匠からのきついお言葉だった。凛が俺の漫画を取り上げたようだ。

 えっ……。ていうかそれじゃあ漫画もゲームも出来ないじゃん。俺の荷物超無駄じゃん!!これから何の役に立たない荷物をずっと持ち歩いていかなければならないってこと!?

 俺は二つ目の過ちを犯した。もうこの旅行で過ちは犯さない!俺はそう心に誓った。

 俺達はしりとりをして時間を潰した。俺はしりとりを舐めていた。仲間とこうやって旅行先で暇つぶしの為にやるしりとりはなんて楽しんだ……。

 俺は生まれて初めてしりとりを考えた人を天才だと思った。


 三十五分くらいがたち、ようやく俺達に順番が回ってきた。時刻は午前十時半。ちょっと予定より遅れた?まあ、予定通りにいかないのもまた旅行の面白さではあるのではないか?

 なるほど。巨大な桶がデンと構えている。どうやら、その中に大量の砂が敷き詰められていて、その中から原石を見つけるといったものらしい。

「ルールは600geで十分間取り放題ね。まずはお金を徴収するよ」

 俺達は一人600ge、計2400geをバイトらしきスタッフのお兄さんに手渡した。それと引き換えに掘るための簡易的なスコップを一人一つ、輝鉄を入れるためのビニール袋をこれまた一人一つ手渡された。

「あと君達、パッと見バトラみたいだから妙な真似したら容赦なく強制終了させて罰金取るからね」

 なかなかスパイシーなお兄さんの目線を感じた。

 そんな神経質にならなくてもそんな野暮なことやらないって。それに、強制終了からの罰金、そこまでせんでも……。

 まあ、いいや。頑張って輝鉄の原石取るぞー!

「それでは、始め」

「よっしゃあーー! 掘るぞおお!」

 剛は気合を入れながら、素手で砂を掘り始めた。こんな客いないだろうな。剛みたいによほど自分の素手に自信がある人ではないと。

 進と凛は正攻法通りスコップを使っている。進はとにかく色々な箇所を。凛は一つの箇所を集中的に。

 俺はどうするか……。よしっ、両方使ってやる!

 俺は左手を使いスコップで掘り、右の素手でスコップで掘った箇所を拡大していった。四者四用のやり方。死角なしだ!


 五分くらいして気づいた。全く輝鉄がない……。

 くそー。ここぼったくりなんじゃねえの?でも俺達の前にやった子どもたちはちゃんと取れてたみたいしな。ちくしょー、子どもたちの方が有能なのか……。なんか悔しい……。

 俺はまだ一個も取れていない。他の人達を見てみよう。どうやら袋を見るに剛もまだ一個も取れていないらしい。ぬ……!進と凛の袋には一個ずつキラキラと光る石が入っているではないか。またあのイケてる二人。

 そして俺と剛の落ちこぼれ仲良しボーイズはまたしても損な役回り。俺、剛と進、凛。どこで差がついた?慢心、環境の違い?

 と、とにかく残り時間は少ない。頑張ろう。


 残りは二分もないだろう。未だにゼロ。せめて一個くらいはこの手に。

 しかし、俺の陣地は掘りつくした。残っている場所は、奥深くだけ。

 掘るしかない。信じよう。

 必ずあると!

 俺はがむしゃらにスコップと素手で掘りだした。

 掘り進める中、きらりと光る砂を見つけた。

 これだ!

 俺は直感した。この中にお宝(輝鉄)があると!

 俺は光っている砂を周辺の砂もろとも右手でがっちりとと掴んだ。

 そして、俺はギュッと砂を握りつぶした。すると、俺の触角は堅いものを感じ取った。

 慎重に砂を取り払うと、宝石のようにキラキラと輝く全長2cmほどの小さな石が右手に可愛らしくちょこんと座っていた。

「取ったどおお!」

 俺は大人げなく歓喜した。

 ほどなくして、ピピピピというタイマーらしき音が鳴った。

「はい終了。輝鉄はこの箱に入れてちょうだい。山頂の職人さんに頼めばイヤリングやネックレスにしてくれるから」

 お兄さんはそう説明し、一人一つ手のひらサイズの木の箱をふたつきで手渡した。

 結果は俺と剛が一個ずつ。進と凛は二個ずつ。計六個。

 結局、この二人ですかい。

「六個だから、全部私の箱に入れてもいいですわよね?」

 凛がおもむろに提案した。

 ん?凛はそんなに輝鉄が欲しいのか?まあ、イヤリングやらネックレスは女性がつけるものだしな。それにこれ以上荷物が増えたら大変だ。

 俺達は凛の提案に乗り、俺達が取った全ての輝鉄の原石を凛の箱に入れ、他の箱は全てスタッフのお兄さんに返した。


 さて、いよいよ輝叡山の山頂まで登山だ。といってもこの輝叡山には新切にも山頂までロープウェイがあるわけで、それにお世話になるということ。だよね……?さすがにこの荷物で登るのは無理よ?

「歩いて登るぞ」

 進が悪魔のささやきをした。進がそんなことを言ったら、凛と剛は俺のたくさんの荷物が詰まったバックを見てニヤニヤしている。止めてください……。

「お願いします! 進様、凛様、剛様! 勘弁してください! ほら、ロープウェイなんか素晴らしいですよ!」

 何としても徒歩は阻止せねば……。

「だって。みなさん、どうしますの?」

「ったくしゃーねーな」

 凛と剛がやれやれと言った表情で、こっちを見つめ憐れんできやがる。ちくしょー……。足元見やがって……。

 ということでロープウェイで山頂まで目指すことになった。


 時刻は十一時をちょいと回ったところ。俺達はロープウェイ乗り場に到着した。

 ロープウェイ乗り場はなかなかのにぎわいを見せていた。ロープウェイに乗る人、お土産を買う人、実に様々な人でにぎわっていた。

 このロープウェイの発車間隔は十五分置き。十一時ちょうどのロープウェイは発車してしまったから、必然的に俺達が乗るのは十一時十五分発車のロープウェイということになる。

 まだ時間があるということもあり、俺達はロープウェイの切符を買った後、ロープウェイ乗り場にあるお土産屋でお土産を買うことにした。

 そう言えば、母さんに「お土産買ってきてね」って言われたな。俺は母さんのお土産を探した。

 吟味に吟味を重ね二つのお土産に選択肢を絞った。

 まずは、伝説の魔獣・グルマンの形の焼印が刻まれた饅頭、「グルマンジュウ」。もう一つは、ダイバーシティ初代本部長、小門永錬が使っていた刀、紋章刀の形をしたクッキー、「モンショウクッキー」。

 またしても、二者択一。朝は完全に失敗したからな。今度こそ失敗はしない!

 朝はわけのわからない直感に頼ってしまったからな。今回は科学的根拠に基づいて選ぶとするか。

 クッキーの方は、刀の形ということもあり大きい。小食の母さんは食べきれない可能性がある。対して、饅頭は一口サイズ。これだと小食の母さんも食べやすい。

 よし、決めた!グルマンジュウにしよう!

 俺はグルマンジュウを購入する事に決めた。

「おい龍、これうまそうだぞ!」

 お菓子コーナーにいる剛が、嬉しそうにお菓子を持ち上げながら俺に話しかけた。

 俺は剛のもとに向かい、剛が持っているお菓子を見た。こ、これはチョコットチップス産地限定バージョン!買います!

 俺はチョコットチップス産地限定バージョンを購入する事に決めた。

「龍、こっちへ来い」

 次はお守りコーナーにいる進からのお呼びだ。早速、俺はお守りコーナーに向かうことに。

「なに進?」

「このお守り買ってみないか。凛と剛はすでに買うことにしたみたいだ」

 進が勧めたお守りは属性の文字が大きく刺繍されているお守り。

 進は「雷」と刺繍された黄色のお守りを手に持っている。なるほど、それぞれ自分の属性の文字が刺繍されたお守りを買うと。こういうの好きなんだよね。

 俺は勿論、「炎」の文字が刺繍された赤いお守りを手に取った。

 俺は「炎」お守りを購入する事に決めた。

「龍君」

 今度はストラップコーナーにいる凛が俺に手招きしてして合図を送っている。どうやら、こっちへ来てほしいということらしい。

 女の子にお呼ばれするのは気分が良いな。ということで、俺は気分よくストラップコーナーに足を運んだ。

「なに凛?」

「四人でお揃いのストラップを買うことにしましたの。それがこれですわ」

 凛が俺に見せてくれたのは、魔獣グルマンを極小サイズにしたストラップ。友達とお揃いでこういうのをゲームとかにつけて通信対戦するのに憧れてたんだよね。

 万年ソロプレイの俺はストラップに心を奪われた。ということでグルマン・ストラップを購入する事に決めた。


 俺が購入するお土産は母さんにあげる「グルマンジュウ」、剛に勧められた「チョコットチップス産地限定バージョン」、進に勧められた「属性お守り」、凛に勧められた「グルマン・ストラップ」の計四点。買いすぎかもしれないけど、今日ぐらいいいよね。

 俺が会計している時、三人がこっちを見てニヤニヤしていた。

 こいつら、また何か企んでやがるな……。

 ああーー!!俺は致命的なミスを犯していた。さらに荷物増やしてしまった。あいつら、はめやがったな!

 っていうかそれくらい気づこうぜ俺。どれだけ頭弱いんだ俺……。

 旅行始まってから失敗続きだな……。

 俺は自分の頭の弱さを心配した。


 午前十一時十五分。ロープウェイの発車時刻。

 俺達は無事にロープウェイに乗れた。ロープウェイは三十人は乗れるだろう巨体。輝鉄をふんだんに使ったこの巨体の特徴は、全身ガラス張り。下が丸見えなのが、なかなか怖い。

「本日はロープウェイをご利用いただきありがとうございます。それでは出発いたします」

 ロープウェイガイドのアナウンスと共に、ガコンガコンと巨体が揺れ、動き始めた。

 どんどん地上から離れていく。建物が段々と模型のように小さくなっていった。


 十分くらいロープウェイに乗り続けたくらいだろう。ロープウェイは無事、山頂にたどり着いた。

 外に出たら、ふもとよりも冷たい風が肌を伝ってきた。

 こんな寒さでスイーツ食べるの……?俺は絶対食べないからな!

「よし、山頂まで歩くぞ」

 進が変なことを言い始めた。えっ……。ここ山頂だよね?

 しかし、俺の肉眼は現実を捉えていた。登山道は上に向かってまだまだ続いていた。

 どうやら、ここはあくまでロープウェイの山頂であって、本当の山頂はもう少し距離があるらしい。

 なるほど、そういうオチね……。

 とはいってもここまできて引き返すわけにはいくまい。俺は特訓の一環だと思い覚悟を決め、徒歩で山頂まで目指すことにした。 


 十五分くらい歩いたころだろう。ついに輝叡山の山頂に到着した。

 山頂は大きな広場になっており、観光客が大勢訪れている。山頂の目玉となっているのが、ダイバーシティ創設者、小門永錬が建国を決めたブライトロックという巨大な石。その他、食事処、露店、博物館、職人工房と様々な施設が山頂に密集している。

 とりあえあず、俺の足腰は崩壊した。


 時刻は午前十一時四十五分。

 そろそろ腹減ったな……。と思ったのは全員だったようで……。

「よっしゃあ! 昼飯にしようぜ!」

 剛が威勢よく切り出した。俺達は剛の意見に激しく同意し、昼食をとることにした。

「やっとスイーツを食べれますね」

 凛が鬼のようなことを言い始めた。いやいや、凛さんこの話の流れ分かります?みんなはがっつりとした昼食を取りたいの。あなたのわがままは通用しないの。リアリー?

 とか口に乗せたらぶん殴られそうなので心の中にとどめておいた。

 しかし、さすがは凛。鬼ではなかったようだ。

 どうやら、凛が食べたいスイーツが置いてある店は、この輝叡山山頂の食事処一番人気(三店中)の「輝叡峯」。実はメインは丼もの類で、スイーツはその一環で始めたらしい。

 どうやら、俺達の胃袋は満たされそうだ。凛、疑ってごめんなさい。


 俺達は「輝叡峯」の入口の前に立った。さすが一番人気とあってなかなかボリューミーな列が作られていた。

 俺達はその列にため息をつきながら、列の最後尾に立った。これも、旅行の一つということで。

 俺達は行列のお供、しりとりで時間を潰した。


 二十分くらい経ったくらいだろう。やっと座席に案内された。

 店内は団子屋のように真っ赤な敷物で机とベンチ風の椅子を彩っていた。というか、ここは元々団子屋で、そこからいろいろなメニューを開発していったそうな。 

 ちなみに、ダイバーシティの創設者、小門永錬もよくここを訪れていたらしい。この人、よく登場するな。 

 座席の配置は椅子側に凛と進、ベンチ側に剛と俺。ってまたこの配置か!この悪意たっぷりの○モカップル配置!と、ツッコむのもつかれた。

 この店の一番人気は輝叡丼。輝叡山をモチーフとしたかつ丼であり、ふもとをご飯、中腹をとんかつ、山頂をキャベツで形作られている。

 こういう時はひねってはいけない。素直に一番人気をチョイス。時刻は軽く正午を回っていることもあり、腹ペコ。そんな精神状態ということもあり、山のようなこのどんぶりは俺の胃袋を刺激した。

 むさくるしい男三人もどうやら同じ思考だったらしく、俺と同じものをチョイスした。

 凛だけはなんとかなんとかっていうサラダを注文していた。サラダって……。女子ってみんなこんなんなの?


 十分ほどしてすべてのメニューが到着。なかなか早いと見えた。

輝叡丼は写真通りのダイナミックな料理だった。かなりの量があると見える。普通の店の大盛りよりもあるかもしれない。

 俺たちはおいしそうな料理に会話もなく、昼食にかぶりついた。十五分ほどして全員の食器が空になった。ここでしか食べることしかできない絶品だった。わがままな俺の腹も満足したみたいだ。

 時刻は一時ちょっと前。ここで凛が満を持して切り出した。

「さあ、スイーツの時間ですわ!」

 めちゃくちゃテンションが高い。この女の体はスイーツで出来ているのか。

 俺は食べないと決めたわけで……。

「よっしゃー! スイーツ食べるぞ!」

「俺も食べるわ」

 なに……!?お前たち裏切るのか……。待て待て、このままでは俺が仲間はずれみたいじゃないか。もう、俺を一人にしないでくれ!

 だが、男に二言は……。俺も食べます。

 こうして、全員がここでしか食べられない凛おすすめの絶品スイーツを食べることにした。


 また十分くらいして、噂のスイーツが到着した。

 俺はこのスイーツの名称を聞いてなるほどと思った。輝叡パフェ。その名の通り輝叡丼と同じように山の形をモチーフにしており、ふもとはこれまでかというくらいふんだんに使用したクリーム、中腹はこの店の原点でもある団子、そして山頂には団子に帽子をかぶらせるかのようにチョコクリームがかけられている。見るからに胃もたれがしそうだ。

「いただきまーす!」

 全員が手を合わせ、スイーツにしゃぶりついた。

 味はさすが絶品スイーツと言った感じ。意外と甘ったらしくなくすっきりとして食べやすい。特に団子は絶品。さすがは、もとは団子屋だけあって試行錯誤を重ねたことが手に取るようにわかる、昔ながらの味は感動を覚えるほどだ。

 頼んでよかった!めちゃくちゃ寒いけどね!


 大満足の「輝叡峰」を後にして次に訪れたのは山頂にある簡素な博物館。

 ここでは、過去の名のある武具職人達が輝鉄を使い創った武具がガラス張りで展示してある。

 俺はこういうのを見るのが大好き。展示されている昔の武具から歴史を感じることができるからね。

 俺は時間を忘れて、すっかり職人たちの魂が感じる武具たちに見入ってしまった。

 そして、俺はあることに気付いた。俺って一人で来たわけではないよね?愛すべき仲間たちと一緒に来たはずだよね?

 誰もいねえええ!進も剛も凛もどこにもいねええ!

 迷子……?十七になって迷子?そんなバカな……。

 俺はすっかり気に入った博物館に別れを告げ、さっさと三人を探した。


 時刻は午後一時四十分。かなり長い間、博物館に居座っていたのですね。そりゃあ、みんな見捨てるわけだ。えっ、見捨てたわけではないよね?

 泣いちゃうよ俺?十七歳がガチ泣きしちゃうよ?いいの?

「おいコラ龍!」

 進でも凛でも剛でもないドスのきいた声が鳳凰剣から脳に伝わってきた。

 俺の相棒であり、人を襲った化け鳥の一部、鳳助だ。

「なんだよ、急に話しかけこないでよ」

「貴様立場わかってるのか! 俺は化け鳥だぞ! その気になれば貴様など瞬殺だ!」

「へいへい」

「んだその態度は!」

「というか、今までなんで静かだったの?」

「今起きたんだ!」

 えー。鳳凰ってどんだけおねむちゃんなのー。

「それで、何の用?」

「前を見てみろ」

 俺は鳳助の言う通り前を見た。すると、あまりよろしくない光景が俺の視界を捉えた。

 悲しいかな、こういう時に限って事件って起きるんだよね。

 見るからに怪しい、昔ながらの盗賊のような藁でできた安っぽい身なりをした盗賊、四人組が女性に絡んでいた。周りの観光客は怖がって見て見ぬふり。

 こういう時こそバトラの出番。俺は四月からバトラの仲間入り。女性を救わねば……。

 ただ、昔の俺は真っ先に見て見ぬふりをしていただろう。トラブルに巻き込まれることが大嫌いだったからだ。それに、こういう時に限って頼もしい仲間達がいない。

 どうしよう……。相手は四人。もし、全員がバトラだったとしたら勝ち目はない。

 どうする?とりあえず仲間を探す?

「おい、そうやってまた逃げるのか?」

 鳳助は俺の痛いところを突いてくるのが大得意。

 確かに鳳助の言うとおりだ。彼女は一秒でも早く助けを欲している。行かないと!

 一歩を踏み出さないと……! 

 俺は重苦しいバックを置き、一人で女性を助けることに決めた。


「おい、そこのお前ら女性が嫌がっているだろ。やめるんだ」

 言っちゃったー。こういう正義のヒーローが言うセリフ一度は言ってみたかったんだよねー。

「んだテメエは!」

「兄貴、やっちまおうよ―」

「いいところだったのに、邪魔しないでもらえる?」

「なんだよ、男かよつまんねー」

 やばいよやばいよ。言ったは良いけどどうしよー。四人って普通に考えればやべーよ。

 ダメダメ、俺は四月から正式なバトラ。こんなことで怯えてては命がいくつあっても足りない。

 逃げるな!俺!

 初めてこのセリフ言うかも。

「俺の名は一撃龍、職業はバトラだ!」

 俺は鳳凰剣を構えた。同時に女性はびくびくと震えながら俺の背中に隠れる。

「バトラだあ?」

「っていうか僕達もバトラだけど?」

「そういうこと。ドンマイ坊や」

「そっちに可愛い女流バトラいないの?」

 なに!?バトラだと?こんなふざけた奴らが同業者だと!?

 いかん、いかん。本当にバトラであれば本気でやらないと。

 えーと、敵と遭遇したらまずは冷静に状況判断っと。

 敵は四人。一般人の女性を金銭狙いなのか絡んでいた。一人目は小太りの大男、かなり五月蠅い。二人目はがりがりのメガネ、大男を慕っているように見える。三人目は女、ヤンママみたいな見た目。四人目は金髪のちゃらい感じの男、女好きっぽい。

「助けてくれてありがとうございます」

 背中から絡まれていて怖い思いをしたと思われる女性の優しい声。いやー、いいことするって気持ちが良いね。 

 っていうか、俺達を囲うようにギャラリーが集まっているぞ。なんかの見世物と勘違いしてない?

「長男毘沙寺!」

「次男毘沙吉!」

「長女毘沙美!」

「三男毘沙丸!」

『合わせて毘沙門四兄弟だ!』

 敵の四人は声を合わせて奇妙なポーズを繰り出した。

 こいつらの歳は三十代後半あたり。よく、こんな恥ずかしいこと出来るな。

 なに?この悪者のテンプレ?こう言う奴ってわりと序盤で噛ませられるよね?

 いやいや、油断は禁物。そもそも俺、正確に言えばバトラではないし。


「まずは俺が相手だ」

 そう威勢よく前線に立ったのは毘沙寺とかいう長男。リーダー格の小太りメンだ。背中には大柄の鎌。おそらくあれで攻撃するのだろう。

 しかし、これはあくまで四人が相手。四人の様子を見ないとな。というか全員大きさは違えど鎌をもっている。四人は小太りメンの陰に隠れている。ただ、まずは前線に立っている小太りメンを中心に……。

 だが、俺の思惑は外れた。

「なに!?」

 四人が一斉に別方向にお散り、四方向から一斉に襲いかかってきた。俺はどこかでこいつらを舐めていた。

 バカ言っちゃいけない……。こいつらはバトラだ。それも息の合った兄弟。陽動を織り交ぜた完璧な連携だ……!

 仕方ない……。

「鳳凰……」

 くっ……。ギャラリーが……。

「面白そうなことやってますわね」

「破壊しがいがありそうな奴らだな!」

「劣等者の処理は好きになれん」

 キターーー!!俺の仲間達!!

 凛と剛と進が間一髪で割って入ってきてくれた。これで四対四。勝てる!

「んだテメエらは」

 小太りメンがさっきと全く同じセリフを吐いた。なんなのこいつ、テンプレなの?

「なんだかんだと言われれば!」

 答えてあげるが……。じゃなくて!

 ここでいの一番に剛が小太りメンに反応した。五月蠅い者同士気が合うらしい。

「そうだな簡単に言えば」

「私たちは」

『バトラだ!』

 さっきの四人組の決め台詞みたいに、進と凛と剛が口を揃えて言った。

 っていうかまた俺仲間外れ……。確かに俺ソロで一回言っちゃったし……。でもそういうの打ち合わせとかしようよ……。

「ちっ、増援か」

「兄貴、こいつらは僕が片付けるぜ」

「へー、イケメン君がいるじゃない」

「可愛い子みっけ」

 とりあえず、俺と小太りメン、剛とガリ眼鏡、凛とチャラ男、進とヤンママが対面した。

「おいみんな! 新技を披露して、誰が一番華麗に決めたか勝負しようぜ!」

 剛が急に突拍子もないことを言い始めた。なんじゃそれ。そんなゲーム感覚で闘ってはバトラ倫理に反するぞ。

 そうだよね、みんな?

「いいですわね」

「賛成だ」

 ってえー。君達、いいのかそれで。俺、知らないからね!なんかバトラ倫理協会みたいなところから叱られても!


「まずは俺からな」

 どうやら最初は剛からお披露目するようで、ファイティングポーズをとった。

 すると、空気が変わった……。剛の奴、どんどん強く……。

 消えた!

 剛の姿が消えた。一瞬完全に見失った。俺が気づくと、早くも敵の背後を取っていた!

「な、なんだ!?」 

 敵なんて全く対応できていない。

「スピードの重要性はあいつから教えてもらったからな」

 剛はガリ眼鏡の股下を強烈にキックした。ひやー、見てるだけでも痛い!

「ぐぎゃあああ!」

 ガリ眼鏡は金的を押さえて悲鳴とともに悶絶した。あんなの喰らったらひとたまりもない。

「名付けて剛拳・男殺だんさつ! 男を殺すと書いて男殺だ!」

 確かに男だったら死ぬわこれ。とんでもない技を編み出しやがったなこいつ……。


「なんか汚らしい新技ですわね。次は私が行きますわ」

 次は凛がエントリーした。そう言えば、凛の相棒、聖剣エターナル壊れてるんだっけ……。どういう技を使うのやら……。

「可愛い子ちゃん、名前なんて言うんだい?」

 チャラ男が下心丸出しで凛に話しかけてきた。いい年してナンパとか恥ずかしくないの?

「私の技を喰らって意識があるようだったら、質問にお答えしますわ。聖縛エターナルチェイン!」

 凛が右手をかざすと、活動的な蛇のようなものすごい勢いで、光の鎖が飛び出して、あっという間にチャラ男の体を縛り上げた。

「うぎゃあああ!」

 チャラ男は縛りの強度からか、凄い悲鳴を出している。

 そして、凛はチャラ男を縛りあげている光の鎖を握り、振り回した。

 光の鎖によって捕らわれているチャラ男は連動して、同じように振り回され無防備に頭から地面に激突。チャラ男はその衝撃で、即座に気を失った。まさに瞬殺だ。

 捕縛系の技か……。連携で使うとものすごい強そうだな……。凛もとんでもない技を生み出したな……。しかし、聖剣エターナルなしでここまでとは……。


「次は俺だ」

 さあ、真打の登場だ。雷連進。一体、彼はどんな新技を披露してくれるのだろうか。想像するだけでも恐ろしい。

「さあイケメン君、私が相手よ」

 ヤンママがそんなことを言っていたら、進の姿はどこにもなかった。

 どこだ……。と思ったら空中に進の体が出現した。

 進は二刀の太刀を上空、下空に一刀ずつ放った。そして進はまた姿を消した。

 正直、ここまで目で追うのがやっと。ヤンママなんて何が起こっているのか分かっていない状況だ。

 次に進が出現したポイントはヤンママの頭の真上の上空。

 そして、投手に戻るという性質上、下空に放たれた太刀が、ガリ眼鏡を巻き込みながら上空に進路変更した。そして、ヤンママに待ちうけるさらなる災難は進が上空に放ったもう一つの太刀。

 進を上下から挟み込むようにして滑空する二刀の太刀。進は当たる直前で転法し地上に着地。そして。二刀の太刀は進の代わりに、上昇している太刀に巻き込まれているヤンママの図体を挟み込んだ。

 ヤンママは衝撃と痛みで、地面に叩きつけられた後に意識を飛ばした。

「二連双飛太刀・空中挟撃」

 まさに挟みギロチンだ……。さすが進、恐ろしい技を思いつくな……。


 っていうことは最後に残ったのは俺か……。

「くそー、何なんだテメエら!」

 しかし、強面だったリーダー格の小太りメンも、言葉とは裏腹にすっかり貧弱な顔になっている。今にも「覚えてろよー!」とか言って逃げ出しそうだ。

「覚えてろよー!」

 そうそう、こんな風に背を向けて一目散に逃げ……。ってえーー!マジでテンプレ通りの言葉を残して逃げてるじゃねーか!俺だけ新技お披露目なしとかやめてよ!

「待て! 鳳助、地面に潜れ!」

「あれか。分かった」

 俺は鳳助に指示を送った。鳳凰剣から飛び出て、野球ボールサイズの鳥型浮遊物になった鳳助は俺の指示を素直に聞き、地中に潜った。

「古代エンシェントの流血シャワー!」

 俺が技名を唱えると、地中から無数の巨大な炎の針が飛び出し、シャワーのように一斉に小太りメンの体のいたるところに降り注いだ。

「あちゃちゃちゃ!」

 小太りメンはあまりの熱さにたこ焼きの上に乗った鰹節のように踊り狂いながら、そのまま逃げ去ってしまった。

 どう?俺の技、結構凄いでしょ?


「ブラボー!」

「凄い! 凄い!」

 ずっと観覧していたギャラリーから拍手喝采とねぎらいの言葉。

「本当にありがとうございます」

 そして、絡まれて辛い思いをした女性からも感謝の言葉。そして、何度も頭を下げられた。

 いやー、いいことすると気分が良いね。

「やっぱり俺が一番だな!」

「私ですわ」

「どう考えても俺だ」

 せっかくいい雰囲気なのに、なんだこの醜い言い争いは……。別に全員が一位でいいじゃないか。みんな違ってみんないい。それでいいじゃない。

 まあ俺が一番だけどね。間違いないね。ってみんなに言ってみよう。

「俺が一番だよ」

『それはない!』

 三人が謎のタイミングで口を揃って俺に言った。

 なんでや?わいはなんでないんや?

「なんで俺はないの?」

「だって敵を逃がしてるじゃないですの! 捕獲任務だったら大失敗ですわ!」

 凛の現実を突きつけるきつい一言。

 確かに、三人とも敵を意識不能にしている。そして、凛の聖縛エターナルチェインでガリ眼鏡、ヤンママ、チャラ男はがちがちに縛られている。対する俺の相手小太りメンはどこかに逃亡してしまった。

 確かにこの差はでかいな……。はいはい、完敗ですよ。

「っていうか、みんなどこに行ってたの?」

 とりあえず、気になってたことを皆に聞いたが、なぜか適当にはぐらかされた。

 時刻は午後二時ちょうど。少しばかりケツカッチンな俺達は、早足で下山し、ブライトカーで次なる目的地に向かった。


 ☆ ☆ ☆


 時刻は太陽が夕暮れに衣替えを始めた、午後四時を少し回ったところ。ブライトカーを走らせ、輝叡山から一時間半ちょい。俺達は次の目的地に到着した。

 俺達は朝からお世話になったブライトカーに別れを告げた。外に出ると、陽が落ち初めてなのか、さらなる寒さが針のように肌をちくちく襲い始める。

 そして、これのせいでもあるだろう。俺達の眼前には湖が広がっていた。

 水竜湖。水面はこれでもかというくらい鮮やかな水色。六平方キロメートルくらいの立派な面積。

 この湖の名前でもある水竜。なぜこんな名前かというと、この湖にはある逸話がある。

 なんでも、この湖には鳳凰のように人々を襲う化け物、水竜、文字通り水の竜が住んでいるという。一度、溺れてしまえば最後。水竜の巨大な胃袋に吸い込まれる。

 まあ、あくまでネッシーなみの噂話なので普通にダイバーシティの観光地の一つとなっているのだが。

 そこで、俺達はこの湖の名物、遊覧船に乗ることにした。

「すげー! これが湖か!」

 と、ナイスリアクションしたのは剛。遊覧船に乗ることを発案したのも剛。なんでもエンぺラティアに行った時に、海を生まれて初めて見て感動したから、湖も見てみたいんだとか。

 まあ、いいんだけどさ……。もうちょい、暖かい時に行こうぜ!

 この寒さで遊覧船とか拷問かよ……。剛だけに!って俺は氷先生か……。


 とりあえず、何でもいいから屋内に入りたい!ということで俺達は遊覧船乗り場の建物に体を丸めながら入った。

 中は暖房がガンガンときいていて肌に優しく温もりが伝わってきた。もう、ここでいいよ……。

 建物の中にいる人は輝叡山とは違い、まばら。この寒さだしな……。まあ、輝叡山と比べるとあまり知られていない観光スポットということもあるかもしれない。

 遊覧船の発車時刻は午後四時十五分。現在の時刻は午後四時十分。ちょうどいい時間。ということで、俺達は遊覧船にチケットを買い、待つことにした。

 待ち時間は五分ということもあり、ほぼ待たずして遊覧船の乗車時間が来た。遊覧船に乗るためには外に出なくてはならない。これが辛い……。

 俺達は外に出た。湖を味方につけた外の寒風が、暖房がきいた屋内という理想から、現実に引き戻すように容赦なく吹き付けてきた。

 遊覧船は三十人乗りくらいの、まあ並のサイズ。特徴は白い船体に、この湖の水面と同化するような鮮やかな水色のライン。そして、なんといっても船首には水竜を元にして作られたと思われる、今にも襲いかかってきそうなドラゴンの顔が我が物顔で鎮座している。

「こいつは……」

 それを見るなり、鳳助がなんか言った気がするけどまあいいや。

 この遊覧船に乗車するのは、俺達を除くと十名ほど。三十人乗りのこの遊覧船には勿体ない人数だ。

 座席の場所は二か所。窓が全面ガラス張りの屋内の一階の船内と、その景色が一望できる二階の屋外のデッキ。

 無論、この寒さでは屋内だよねー。しかし、微風なのが不幸中の幸いだ。まあ、強風だったら遊覧船なんて走りませんし。


 俺達は寒いのでそそくさと乗船し、一階の木彫りの味のある座席に座った。遊覧船の乗り場よりは暖かくないものの、屋内というだけあって幾分まし。

 配置は、窓側に凛、通路側に進、一つ後ろの窓側に剛、通路側に俺。ってまたこの○モカップルの……!もういいや。

 そして、ボーーと遠吠えをあげながら、船体はゆっくりとゆっくりと動き始めた。

「おー! すげえ!」

 剛はガラス張りの窓にべったり顔をつきながら、子どものように外の景色をまじまじと見ていた。さすがに、剛の反応は大袈裟だが、水面が綺麗なだけあって確かに外を見入ってしまう。それは、凛と進も例外ではなく、俺達はすっかり幻想的な湖の景色に心を奪われていた。


「よし! 二階のデッキに行こうぜ!」

 出航してから五分くらい経ったあたりだろう。剛が子どものように無邪気に言い出した。

 この寒さで行くか!っと思ったが、おそらく遊覧船の醍醐味はデッキだろう。もしかしたら、もう二度といけないかもしれない。ここで、行かないのはもったいない気がする。とも思った。

 それは、進と凛も同じのようで、俺達は覚悟を決め二階のデッキに向かった。


 二階のデッキから吹き付ける風は尋常じゃなかった。船の速度、湖の真上、真冬。このスリーコンボで俺は完全にノックアウトした。

 だが、展望デッキから見えた絶景が残りスリーカウントで俺をなんとか持ち直せた。

「なんだこれは! 凄すぎるぜ!!」

 この剛の一言に集約されていた。鮮やかな湖の水面と、橙に輝く夕暮れの風景の美男美女の夢のコラボレーション。水色の水面に輝く、一筋の橙の夕暮れの光が俺達の肉眼を誘惑するように写しだされた。

 俺達は寒さを忘れた。

「綺麗ですわね」

「そうだな」

 まるで映画のワンシーンみたいな場所で進と凛、美男美女のこのセリフ。青春だね。

 っていうかなんか涙が出そう。こんな幻想的な風景を仲間と共有する。おそらく、これが俺が目から涙が出そうになった原因だろう。

 俺達は寒空の下、時間を忘れ、最後まで二階のデッキで十五分間のクルージングを楽しんだ。


 ☆ ☆ ☆


 時刻は四時五十分。俺達は水竜湖が一望できる旅館にやってきた。ここが、今日の旅の終着点だ。

 宿泊。それは旅行の最大の醍醐味。仲間と宿泊する。これが、どれだけ楽しいことか。

 エンぺラティアの時も一泊したが、あれは学校行事の一環ということもあったのでノーカウント。それでも、まあまあ楽しめたし。


 俺達が泊まる宿泊施設は旅館「水ノ宿」。外観はシンプルな湖と同じ水色を基調とした五階建ての建物。湖沿いにあるこの宿の特徴は何と言っても全室から湖が見える絶景。

 中に入ると清楚で広々としたロビーが旅人達をいやしてくれる。床の寝転がれそうなくらいふかふかなカーペットが疲れた足に心地よい。

 俺達はフロントでルームキーをもらい、部屋に向かうことにした。


 部屋番号は四○五。ということで、俺達は四階に向かった。

 さすが、旅館。足腰に優しいエレベーターが備え付けられている。俺達は旅館側のご厚意に甘えて、エレベーターで向かった。

 四階は客室だけの階のようで、長い廊下に永遠に同じドアが同じ間隔で続いている。

 俺達は看板を頼りに四○五号室へ向かった。

 そして、四○五号室のドアの前にたどりついた。ルームキーをガチャリと開けて俺達が一晩お世話になる部屋へと足を踏み入れた。

 す、凄い……。

 客室は俺の想像を軽く超えるものだった。

 客室の広さは十畳。四人が泊まるには十分な広さ。床は繊細で美しい畳。真ん中にはちょこんとヒノキの香りがほのかにしそうな木製のテーブルと四つの椅子。

 そして、窓側にも机と二つの椅子。そして、窓に備え付けられている純白のカーテンを開くと……。

 キター!

 すっかり夕暮れに染まった水竜湖が一望できるではないか。さっき見たばかりなのに、また感動しそうだ。

 とりあえず俺は肩を崩壊させたバックと鳳凰剣を下ろした。

 ここで、全てのプレッシャーから解放されたかのように、俺は力なく座り込んだ。

「はあー。つかれたー」

 つい心の声が漏れてしまった。それくらい今の俺のセキュリティはガバガバってことだ。今まで封じ込めてきた旅の疲れもここで出てきた。

 皆も同じのようで、へたり込んで口数も少ない。

 みんなー、今なら俺達を簡単に倒せるよー。という冗談は置いといて、少しばかり部屋で体をいやそう。

 俺達は部屋でしばしの休息を挟んだ。


 しばらく旅行という名の針を止めていた俺達だったが、剛の一声でまた針は動き始めた。

「風呂、いこーぜ!」

 風呂か……。確かに風呂は旅行の醍醐味の一つ。特に、旅館の大浴場はこういう旅行の時でしか味わえない。

 時刻は午後五時二十五分。確かに風呂へ行くにはちょうどいい時間だ。

「オッケーですわ」

「そうだな」

 凛と進も剛の提案の乗り、風呂の用意をしている。

 まずはフロントで渡された浴衣。いやー、旅館で仲間と一緒に浴衣を着るのが憧れだったんだよね……。

 後は、下着とハンドタオルとバスタオル……。

「ああーー! タオル忘れたーー!!」

 俺はまたまた致命的なミスを犯してしまった。こんなに無駄なものが入っているのに、なんで必要なものを忘れるかね……。

 この旅行で俺は何度ミスを犯せば気が済むんだ。

 もう、皆もツッコむのもめんどくさがって、ただただ憐みの目を向けてくる。やめて!その目!せめて、ツッコんで!


 結果から言うと、俺はフロントでハンドタオル、バスタオルのセットを六百geで購入した。痛い出費だぜ。

 さて、俺と進と剛は凛と別れを告げ、男風呂に入った。

 更衣室で服を脱ぎ、全裸になる。こういう時の話題は、やっぱり……。

「お前の”アレ”は小さいな!」

 と剛が俺の下半身付近にあるもう一つの鳳凰剣に向かって一言。あー、やだやだ……。

 俺はハンドタオルで下半身の鳳凰剣をオブラートに包み、そそくさと大浴場へ向かった。

 大浴場は十人くらいがのびのびと入れる浴槽が一つ。周りには体を洗うためのシャワーが十台ほど。まあ、旅館にありがちなサイズの大浴場だ。

 俺達、男三人はかけ湯で体の汚れを浄化しつつ、浴槽にイン!

「気持ちいい!」

 と、俺が素直な感想を一言。旅行で付着した疲労という名のばい菌が一瞬で取り除かれていく。そして、一番ばい菌が付着している、肩と足腰には特に効くー!


 あまりの気持ちよさに俺達はしばらく浴槽でボーっとしてしまった。

 そして、各自で体を洗い、それを終え上がろうとした時、剛が一言。

「露天風呂行こうぜ!」

 そう。ここの大浴場の目玉は湖が見れる絶景の露天風呂。

 是非行きたいけど、みなさんご存じ今は極寒。ただ、ここの目玉を素通りするのは忍びない……。

 どうすれば……。

「よし行こう」

 と、俺が頭の中に天使と悪魔を招集させて万全な態勢で葛藤していたら、進が即決した。はいはい、行けばいいんでしょ!


 外はすっかり陽が落ちて、いつの間にか闇の世界に様変わりしていた。

 防寒着なしのノーガード状態からの真冬の夜風は寒いというより、もはや痛いという感覚に近かった。

 露天風呂は輝鉄の岩で作られた岩風呂。当然、眼前には湖が広がっている……。はずだけど、真っ暗なので良く分からない。

 とりあえず、俺達は寒いので最短距離で露天風呂にダイブインした。

「ふー、温かい」

 露天風呂は真冬の容赦ない夜風に対抗できるように、温度は気持ち高め。

 冬の露天風呂も悪くない。下半身はアツアツ、上半身は極寒というギャップがなかなか面白い。こたつに入りながらアイスを食べるみたいな……。まあ、そんな感じ。


 しばらくこの新感覚を味わっていたら、剛がまた変なことを言い始めた。

「おい、お前ら! 分かってるな! これから女風呂を覗くぞ!」

 出た出た……。このお決まりのパターン……。こんなの成功するはずないだろ……。

 まあ確かに、男風呂と女風呂を仕切る柵は普通の所よりは低いし、この寒さということもあり俺たち以外客はいないし……。条件的には絶好だが……。

「くだらない」

 と、進が久しぶりに剛の意見を却下。

 ま、まあ普通そうだよね……。

「そうだよ剛。くだらないことはやめよう」

 まあ、そういうことをやるのも少し憧れてたけど……。

「お前ら自分に素直になろうぜ」

 くっ……。これは今までの剛のセリフの中で一番重くのしかかったかも。

「く、くだらん」

 進が頭をブンブン振りながら言った。というか進も剛の言葉もろに食らってるだろ……。

「お前ら凛の裸を見たくないのか?」

 剛がさらにたたみかけてきた。剛ってこんなに話術がお上手だったっけ?今の剛ならナーガ先輩に話術で勝てるんじゃないの?

 しかし、この言葉はクリーンヒット……!確かに同級生の女子の裸なんて見れたら、もうね……。男の夢だからね、それは……。

 いやいや冷静に考えてみろ!凛が露天風呂に入っている保障なんてどこにあるんだ!

「剛、凛が露天風呂に入っているとは限らないだろ」

「龍、いいことを聞いてくれたな。凛は部屋でずっとパンフレットの大浴場のページの露天風呂の写真を見ていたぞ!」

 なに……!?それはまことですか、剛老師!?ということは高確率で壁の一枚向こうに裸の凛が……。

 こ・れ・は……。いやいや、ダメだダメだ。ここで賢者の進を……。

 ってえー!進は頭をブンブンまわしながら凄く苦しい表情をしている……!おそらく、彼はおそらく”なにか”と闘っているんだろう。

「はー、露天風呂いいですわ!」

 壁越しから確かに凛の声が……。ビンゴ!!

 俺達に言葉はいらなかった。

 一つの目的を敢行するために三人一緒に戦場に立つ!!

「この任務のぞきは最高難度だ。生きて帰れないかもしれない」

「そんな……。隊長……」

「だが、俺達は必ずこの任務のぞきを成功して見せる!」

「ああ」

「はい隊長! 一生ついていきます!」

 そして剛隊長から、この最高難度の任務のぞきの作戦が話された。

「まず俺が土台になって進を肩車する。そして、進が土台になって龍を肩車する三段肩車作戦だ。そうすれば、ちょうどが覗ける高さになると思う。そして、土台役を交互に行い、順番に覗く」

 まずは俺が……。

「いいんですか? 俺が最初に覗いても?」

「ああ、下っ端にいい所を譲るのも隊長の役目だ」

「た、隊長!」

 俺は隊長の為にも、この任務のぞきを必ず遂行させることを心に誓った。

 まずは剛が進を肩車した。これは見事に成功。進の頭のちょっと先には柵のてっぺんがある。確実に俺が進に肩車すれば”視れる”!

 これぞ連携!昼間の盗賊たちよりもはるかに卓越した連係プレーだ!

 俺は慎重に仲間の背中という名の険しい山をクライミングした。

「気をつけろよ」

 進隊員からのありがたい一言。俺、やるよ!

 そして、進の言葉のお陰もあってか進の肩という名の山頂に無事に登頂した。

 後は進の肩をまたげば……。これ、マジで行けるんじゃねえの……!?

 凛の裸が文字通り目と鼻の先に……。ごめんなさい、凛。あなたの裸を拝ませていただきます!

 俺が任務のぞき成功を確信したその時だった……。

 足もとからツルンという情けない音が聞こえたと同時に、夢を乗せた大きな山が崩落した。

「たいちょー!」

 隊長が足を滑らせてしまったのだ。

 ガチャアンという水に叩きつけられた音やら、地面に叩きつけられた音やらが含まれている、とにかくよく分からない大きな音が静かな露天風呂に思いっきり響かせてしまった。

「キャアアアーー!」

 壁越しからまるで死体を見つけたかのような悲鳴と、ダダダという露天風呂の床をせわしなく叩く足音と、ピシャンという露天風呂に入るための扉を開く音が聞こえた。

 この音から察するに、標的りんが逃走してしまったのは明白だった。

 任務のぞき失敗!!

 俺の初任務はつのぞきは何とも苦い経験となってしまった。


 風呂上がりにて。

「お化けが出たんですわ!」

 と凛が俺達にマジな顔で話していたので、そういうことにしておこう。


 時刻は午後六時をちょいと回ったところ。

 さあ、俺のテンションが上がってまいりました。

 なぜって?そう!俺がこの旅行で一番楽しみにしていた晩御飯の時間!

 晩御飯くらいで大袈裟だって思ったそこの君!なんと、今日の晩御飯は俺の大好物の焼き肉なのだ!

 実は、この旅館にしようと提案したのは俺。この旅館には焼き肉専門店があるからだ!だからこそ、俺はこの旅館を強くプッシュしたというわけさ!


 浴衣に衣替えしてすっかりリラックス状態の俺達は、旅館内にある焼き肉専門店である「ゴーゴーファイト」に入った。

 中に入ると、まずは俺の嗅覚が誘惑された。焼き肉の思わずよだれが出てしまいそうな香りが充満していたからだ。

 次に視覚。前も見えないくらいの鉄板からやってきた煙がこれまた食欲をそそる。

 どれをとっても素晴らしい!焼き肉は世界を救う!

 俺達は四人用の座席に着いた。テーブルの真ん中には来るものを拒まない炭火焼の鉄板がデンと構えている。鉄板の中にはまだかまだかと肉を待ち続ける炭が準備万端で鎮座している。

 待ってろよ!今からお前に燃料を投下してやるからな!

「いやー、腹減ったぜ!」

「カロリーが高そうですわね」

「ああ」

 なんて皆が朗らかな会話をしているが、なにか勘違いしてないか?

 ここは戦場。これは戦争。

 喰うか喰われるかの真剣勝負!

「お前達! 分かってるのか!」

 俺は彼らに今一度覚悟を問うた。

「龍、うるせえぞ!」

「なんなんですの、龍君?」

「訳がわからん」

 ふっ……。そうやって俺をあしらうのも今のうちだ。

 お前たちはこの戦争でこの俺に恐れおののくであろう!

「戦争の開始だ!」

 俺の高らかな開始宣言で、この戦争(焼肉パーティー)が始まった。


「まずは野菜ですわね」

 凛が素っ頓狂なことを言いだした。

 野菜?ここをどこだと思ってるんだ?ここは戦場(焼き肉屋)だぞ?核弾頭が飛んでくるところに槍で闘うバカはいないだろう?野菜のような異端者は即刻処刑だ!

「凛、それはダメだ。注文するのはカルビ! カルビ! カルビ! タン! カルビ! ロース! だ!」

 我ながら完璧な布陣。主力隊をカルビに任せて、サポートにタン、ロースに当てる。

 この布陣には名のある参謀ですら白旗を上げるだろう。

「凛、ここは折れよう。今のあいつを刺激するのはまずい」

 と、進が珍しく謙虚な発言。凛も「進様がそう言うなら」って感じでここを引く。

 君達、なかなかの英断だ。


 俺は完璧な布陣を注文して数分がたったあたり、やっとソルジャー(焼き肉)達が到着した。

 待ちわびたぜ……。

 なかなか肉付きが良いソルジャー(焼き肉)達だ。さあ、彼らを戦場(鉄板)に投下しようではないか。

 俺は完璧な采配でソルジャー(焼き肉)を、戦場(鉄板)に配置した。俺隊長の作戦は人海戦術。網が肉の海に染まるほどたっぷりと敷き詰める。それでいて、綺麗な陣形。

 ここからは我慢の時間。彼ら(焼き肉)を完璧な状態で食す。焦がしてもダメ、半焼けでもダメ。完璧なタイミングが問われる。俺のセンスが問われるというわけだ。

 俺は磨き抜かれたソルジャー(焼き肉)を見つけた。見とれるほどの美しい茶色の焼き目。もはや、見るだけでも美味しい。

 そして、彼(焼き肉)は一回裏返している!全ての隊員(焼き肉)を管理している俺の目はごまかせない!

 俺はついに完璧な状態に仕上がったソルジャー(焼き肉)とのファーストコンタクトをとった。コツはスピーディーにそして繊細にだ。

「おい! それは俺の陣地の肉だ! 勝手に取るな龍!」

 剛が俺に不満げな顔でクレームを言った。

 はて?陣地とは?君のルールかい?残念だ、剛君。この戦場(焼き肉屋)は治外法権だ!!

 そんなこんなで、俺達(俺だけかも)は最高の夕飯を過ごした。


 時刻は七時半を回ったあたり。

 風呂と食事を済ませ後は寝るだけとなった俺達は、客室で理由もなくのんびりとしていた。

「龍君に渡したいものがあるのですの」

 美しい正座をしてお茶をたしなんでいた凛が、珍しく俺を単独指名して話しかけてくれた。

 渡したいものってなんだろう?また、俺の荷物を増やすって魂胆じゃないだろうな……。もう入らないよ?マジで。

「なに渡したいものって」

「これですわ」

 凛がそう言って俺とは違いスリムなバックの中から取り出したものは、一つのネックレスだった。

 よく見ると、昼俺達が血眼になってとった輝鉄の原石が飾ってある。そう言えば、山頂で輝鉄の原石でネックレスを作る職人がいるって……。

「そのネックレスいつ作ってくれたの?」

 そう、輝鉄の原石でネックレス作ってもらうなんて俺は一言も聞いてない。

「お前が博物館にずっといた時だぜ!」

 と剛がふんぞり返っていた体を、よっと起こしながらネタばらしをしてくれた。

 そうか……。確かにあの時、俺は数十分くらい、皆を見失っていた。

「で、なんでこれを俺に?」

 そう。なんでわざわざ俺に内緒で作ったネックレスを俺にあげるんだ?本日俺に敢行した悪事のお詫び?

「お前は自分の誕生日も忘れたのか? わざわざお前の為に皆が輝叡山で輝鉄掘りをして誕生日プレゼントを渡す計画をした俺達の身にもなれ」

 窓側の席に座り、外の景色を見ている進からの一言で俺ははっとした。

 そうか、今日は俺の十七回目の誕生日……。

 もしかして、これは俺の為に……。

「龍君」

『お誕生日おめでとう』

 俺は誕生日プレゼントを親以外から貰ったことが無かった。初めての友達からの誕生日プレゼントだ……。しかも、こんなサプライズで……。

「うわああああ!」

 俺は十七歳にもなて号泣してしまった。皆がいる前で……。

 だって仕方がないよ……。

 嬉しいんだもん!

「ったく大袈裟だな」

「泣かなくてもいいですのよ?」

「おい! 龍! 外を見てみろ! 外もお前を祝福してるぜ!」

 俺はすっかり濡れてしまった目を、手で強引にこすりながら剛の言われたとおり外を見た。

 外を見てみると、夜を明るく照らす大きな花が、大きな音を立てて空に咲いていた。

 ありがとう、俺の為にプレゼントをくれて……。ありがとう、俺の仲間になってくれて……。ありがとう、俺と出会ってくれて……。

 俺の十七回目の誕生日は、俺の最高の仲間たちのお陰で最高の誕生日になった。


 ドラゴンバトラ番外編・完結

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