最終伝(六十五伝)「卒業」
いよいよ最終伝です。卒業というのは哀しいものですよね。見てくださった方ありがとうございました。ですが、この話は完結ではありません。機会があったらまた会いましょう。それでは。
アリサの結果発表という言葉に、教室全体にゴクリという音が聞こえるほどに、生徒の大半が唾を飲み込んだ。
「……さん、……君、」
始まった。運命の時間が。アリサの声がまるで裁判官の判決のように聞こえてくる。
「雷連進君、光間凛さん、」
進と凛の名前が呼ばれた。
龍の仲間の中では、まずこの二人が一抜けした。勉強大好きの凛と、弱点の勉強を克服した進は妥当といえる。そもそも、この二人が落ちるようなことがあるならば、この教室にいる全員が不合格であろう。
龍は晴れて闘士となった凛と進をちらっと見た。
凛は、表情こそ凛としているが、右手で小さくガッツポーズをとっているあたり、内心では嬉しそうだ。
進は、受かるのが当然のかのように、ガッツポーズもせず、すました顔をしている。俺が教えなかったら危なかったくせに。なんて思っている場合ではない。
やはり残ったのは俺と剛。
剛はちゃんと筆記出来たのだろうか。いやいや、今は人の心配より自分の心配だ。やっぱり、最後の記述問題で空白だったのはまずかったのだろうか。いや、書けないものはしょうがない。
「鉄剛君」
剛の名前が呼ばれた。後は俺だけ……。
「よっしゃああ!」
剛はこの静寂な空気を切り裂くように、万歳をしながら立ちあがり、喜びの雄たけびを高らかに上げていた。
「以上です」
以上……?
俺の名前は?
終わった……。
俺だけ、不合格……。
「あ、もう一人忘れてた★ 一撃龍君! これで本当に以上!」
「うわああ」
出したことの無いような変な声が出た。
合格した喜びだとか、今まで味わってきた苦しい経験とかが、一気にこみ上げてきた。
龍は無事合格したみたいだ。
こうして、一撃龍、雷連進、光間凛、鉄剛の4人のバトラが誕生した。
☆ ☆ ☆
俺の名前は一撃龍。
行方不明になったバトラである父を探すため、自らバトラを志願した。そのために、戦校に通い、様々な闘いを経験し、ついに先月行われた卒業試験に無事合格した。
そして、来月よりバトラとして働くこととなった。
今日は最後の登校日。
いつも遅刻しそうなくらいのギリギリで目が覚めている俺なのだが、この日の目覚めはやけに早かった。
下に降りると、母が早めに起きていた俺を見て、びっくりした表情をしていた。
朝食は俺の好きなから揚げ。朝からヘビーだなと思ったけど、朝から大好物が頂けるのなら文句はない。
俺はこの戦校に通っている間、ヘビーローテーションで着ていた、愛用の赤と黒の服の袖を通し、歯を磨き、顔を洗い、最後に長細い収納スペースにいつもしまっている鳳凰剣を取り出し、背中に取り付け、おそらく最後になるであろう戦校に行くための身支度を済ませた。
母の「いってらっしゃい」という声を引き金に、俺は玄関の扉を開いた。
いつもより、一時間ほど早い出発だった。
最後の登校だ。一歩一歩、大事にして歩こう。
しばらく歩いていると、フェンスに囲まれて、少量の砂がまかれた、野球が余裕でできるような広大な広場にたどり着いた。子どもたちがのんきにボール遊びをしている。
ここは、銀次と初めて出会い、銀次と闘い、そして凛と初めて出会い、なんといっても俺が初めて闘った思い出の場所だ。
寄り道したから、いつもより時間がかかったけど戦校に到着した。卒業試験から一カ月。校舎を覆っていた雪は、すっかり解けていた。雪に埋もれていた青い屋根が、プハッと息を吐いたように顔を見せていた。校庭には緑色の鮮やかな草花が俺を歓迎するかのように咲いていた。
いつもより静かな戦校。そうか、まだ登校時間の40分前だ。こんな時間にきたことがないから、新鮮に見える。まだ時間があるし、戦校内の思い出の地を廻ろう。
青い水面が陽の光を受けておだやかに輝く池。それとは対照的になんの美しさも感じられない殺風景な更地。生徒達が闘士を夢見て特訓してきたのがうかがえる、傷だらけに立ち並ぶ丸太達。
生徒達の夢の跡、実戦場だ。
ここへきて一番最初に思い出すのは、黄河先輩達との交流戦に勝つために、アリサ先生との厳しい特訓。この特訓のお陰で強くなったな。そう言えば、卒業試験もここでやったんだっけ。
次に訪れたのは、もわっとした生温かい空気が立ち込める闘技館。
剛が襲撃してきたのもここだっけか。男と男の真剣勝負。あの時の剛はめちゃくちゃ怖かった。でも、あの闘いがあったお陰で男として成長したな。
そして、闘技館の端っこに意味深に設置してある階段を下ると、今にもあの交流戦の熱狂が伝わってきそうな闘技場が姿を見せる。
この闘技場、緻密に作られている。どこに座っても真ん中の闘技場がしっかり見える。俺は、すごいとこで闘ってたんだな。なぜか、変な汗が出てきた。
俺が言うのもなんだけど去年の交流戦は過去最高の交流戦だったらしい。特に、戦校創立以来の逸材であるナーガ先輩vs進の闘いは、多くのダイバーバトラの猛者達も唸った名試合だったんだって。俺の試合も誰か評価してくれよ。
俺と黄河先輩の試合もそれは壮絶な試合だった。相性が悪く辛い闘いだった。
そうだ。この闘いで鳳凰の意志の一部である鳳助と出会ったんだ。なあ鳳助。あれ、反応がない。どうやら、まだ眠っているようだ。
ん、もうこんな時間か。教室に行こう。
ガラガラっとうるさい音がする扉を開くとそこは教室。
右手には両手を広げても余裕で余るようなだだっ広い黒板。そんな黒板を一杯に使い、白いチョークで「卒業おめでとう」と書かれてある。といっても、誰しもが卒業できるわけではなく、卒業試験に落ちた人は残念ながら留年となり、またバトラになるためにもう一年ということになる。俺は合格したけどね。
左手には生徒達が学びを受けるための、木製の三人掛けの長細い机と椅子。後ろの人が見やすいように、段差になって、後ろほど地面が高くなっている。
後ろから二番目の一番窓際の席。これが俺のいつもの席だ。席は自由だけど、俺は入学時から変えることはなかった。当初、人間不信だった俺は、がやがやする教室の雰囲気から出来るだけ離れようとこの席を選んだ。
それは間違いではなかった。
教室の様子とか空気が、見渡せる最高の席だ。いつも賑やかな教室だが、静まりかえっている。
いつもより早く来たせいか、人っ子一人いなかった。開けっ放しの窓から吹き付ける風だけが俺に話しかけている。風を感じながら一足早いお昼寝でもしよう。
俺は机に頬をべったりとつけ、しばしの休息タイムに入った。
「おい龍! 龍ってば!」
俺を呼ぶ声がする。夢か。いや、夢にしたらいやに現実的な。
俺ははっと目を開けた。
そこには俺の仲間が立っていた。雷連進、光間凛、鉄剛。
全員、俺の友達だ。
そう、生まれてから友達なんて一度だってできたことのない俺にとって初めての友達だ。
俺の深い眠りを終わらせるような声で呼んだのは剛だった。朝からなんでこんな元気なのかまったくの謎だが、この元気で何度助けられたことか。
「珍しいですわね。こんなに早く来るなんて。いつも遅刻ギリギリなくせに」
凛は人をまるで子供を世話するように、お節介焼きだ。でも、その気配りがどうしようもない男達を上手にまとめてくれた。
「朝から昼寝とはのんきな奴だ」
人を逆なでするような発言をするのは進だな。最初のころはいらいらして仕方がなかったけど、今はもう話すのに言葉がいらないほどの仲だ。
そういえば、すっかり教室はいつもの活気を取り戻していた。もうすぐ、最後の授業が始まる。
「授業が始まります。着席してください」
廊下側のちょっとした物置きにちょこんと座っていたフクロウの人形が、騒がしく鳴った。これを聞くのも今日で最後だ。ありとあらゆるものが今日で最後。
「みんなー、おはよー★」
剛に負けないくらいの音量でアリサが教室に入り、いつものように教壇に立った。
結局、俺はこの先生に頭が上がることはないだろう。交流戦の時も、裏闘技場の時も、エンぺラティアの時も全部この人のおかげで助かった。でも、アリサ先生はこの戦校の教員。会うのはこれで最後かもしれない。でも、氷先生みたいにバトラとして現職復帰するかもしれない。
「みんな分かってると思うけど、今日が最後の日。辛いことも苦しいこともたくさんあったけど、みんなと過ごしたこの二年間は最高の思い出になりました!」
先生は涙ながらに話していた。
俺も義務教育の時に卒業を経験した。
だが、なんの思い出もない。
泣いてる連中を俺は内心見下していた。友の別れくらいで流す安い涙などばかばかしい。本当に泣いていいのは俺のように父親がいないくらい壮絶な過去を味わっている奴だけだ。
でも、なんで?
なんで俺は今泣きそうなんだ?
ちくしょー……。
先生の涙の演説と、書類の返還等いろいろな手続きを終え、最後の登校日は、本当に早く、あっさりと終わった。
いつもは、「早く終われ」と思っていたが、今日ばかりは「終わらないでくれ」と思った。
その後、外に出てクラス皆で記念撮影をした。
記念撮影をし終わると、本当に戦校生活は終わってしまった。でも、生徒達は帰ろうとせず、和気あいあいと語りあいながら別れをしのんでいた。
卒業の日によくある光景。
昔の俺だったら、そんな人達を疎ましく思いながら、そそくさと帰っていただろう。
でも今は違う。今は友達がいる。仲間がいる。
社交的な凛は他の友達と話していたので、俺は進と剛のもとに駆け寄った。進も剛もクラスでは俺と同じでこのメンバーにしか友達はいないみたいだ。
そんな空気の中、一人だけ昔の俺みたいに孤独な人がいた。
アリサ先生だ。
先生は白いボストンバックを背負い、哀しげな顔をしてこれまた昔の俺みたいにそそくさと帰ろうとしていた。
「ししょー、一人で帰るなんて水臭いですよー!」
さすが自称アリサ先生の弟子である剛だ。
師匠の行動には気づいていたようだ。
「ゴメンね、剛君。ありがとね。もうみんなとはニ度と会うことはない。さようなら」
先生はそう言い残し、悲しげな背中を見せながら戦校を去っていった。剛はわんわんと泣き始め、「待ってくださいよ」と叫んでいた。先生は、剛にとっての恩人だから。
「出会いがあれば必ず別れがあるんだ、受け止めろ」
進が珍しく他人を励ましてる。あいつも成長したな。俺もなんか剛にいわないと。
「大丈夫、必ずまた先生と会える日がくるよ」
なんで、こんなこと言ったんだろう。なんの確証もないのに。
でも、おかしさは感じていた。
アリサ先生なら「きっとまた会えるよー★」みたいな別れが”らしい”のだが、「もうみんなとニ度と会うことはない」なんて”らしく”ない。
もう何時間たっただろう。とっくに戦校の校舎は夕焼けに染まっていた。 でも、何人かの生徒はまだ残っている。俺達も含めてだ。まだ、ここを離れたくはなかった。
「おい」
聞き覚えのある声がした。振り返ると、銀次が立っていた。
「よう、銀次か」
すっかり泣きやんだ剛は、今度は自分が師匠になったような口ぶりで銀次に声をかける。
「ご無沙汰しております剛さん。お前らに言っておかなければいけないことがある。俺はなんと、今年、進級することができた!」
なんだそんなことか。
いや、そう言えば銀次はもう何年も留年し続けてたんだっけ。サボりまくっているのだから自業自得だが。
でも、なんでまた進級できたんだ?
「お前らと出会ったお陰かもな。なんか知らないけど、お前達に負けたくないって心の底から思ってきた。だから、裏闘技の一件以来、毎日欠かさず戦校に通い続けることができた。今度はバトラとして会おうぜ! じゃあな!」
銀次はそう言い残して、風のように去っていった。銀次の背中は活き活きしていた。
「さよなら」
「さよならですわ」
凛は、笑顔で友達に別れを告げた。
「まだいたのですの?」
凛が俺達に話しかけてきた。周りを見渡すと、もう俺と進と凛と剛の4人しかいなかった。
「あそこに行ってみないか?」
俺は3人にそう言った。
あそこと言うのは、言うならば俺達4人の思い出の場所だ。
俺達はついに二年間通っていた戦校に別れを告げた。建物にこんなに執着したのは初めてだ。敷地内の境界線に足を踏み入れた瞬間、建物から「行かないで」という声が聞こえたような気がした。ちらっと校舎の方を見ると、鮮やかな茶色いレンガと、青い屋根がいつもより淡く見えた。
俺達はいつもの帰り路から少しだけ道を外した。
コンクリートの塗装が無い獣道。脚に絡みつく茂みをかき分けながら進んでいった。
すると、背の高い木々が俺にあいさつをするかのようにビシッと立っている木が姿が見える。
このあたりでは珍しい草原地帯。
「ここが初めて俺達4人が揃った場所だ」
俺がそのことを言ったら、みんな「そんなことよく覚えてるな」と言いたそうに俺の顔をじろじろ見ている。意外とみんなこういうこと覚えてないんだ。
「しかし、あの時の進の強さにはビビったぜ」
剛がポロっといった。そうだった、今でも進の強さに衝撃を受けたのを覚えている。
「ここは、あんまりいい思い出がありませんわね」
凛がこんなことを口にした。そう言えば、こんなこともあった。進が無関係だった凛をぶっ飛ばして、それで俺がぶち切れたんだっけ。
「あの時はすまなかった」
ふふっ。進が申し訳なさそうな顔をして謝ってる。凛は「し、進様は悪くないですわ」なんてあわてて言ってる。微笑ましいな。
でも、みんなのこんな姿が見れるのも今日が最後。バトラとして登録されるのはチームではなくあくまで個人。だから、意外とみんなと会う機会は少ない。黄河先輩達みたいに戦校時代から全く同じチームで仕事できるのは珍しい。黄河先輩達も単独での仕事が多いと言っていた。
そんなの嫌だよ……。
俺はみんなしか友達がいないんだ。また一人ぼっちなんて嫌だよ。昔の一人ぼっちとはわけが違う。友達の大切さを知ってしまった今の一人ぼっちは昔よりはるかに辛い。
必死で涙をこらえた。
だって、別れの時くらい笑顔でいたいから。
「そろそろだな……」
「ああ……」
「ですわね……」
三人とも顔を斜め下にやって、なんだか哀しそう。
やっぱり、みんなも同じなんだ。でも、それからみんなは笑顔になった。
無理やりなのかもしれないけど、みんな精一杯の笑顔をした。俺もそれを見て笑顔になった。
「さようなら」
さようなら進。さようなら凛。さようなら剛。さようならみんな。
ありがとうみんな。
そして、バトラという新しい世界……。
こんにちは。
ドラゴンバトラ・完結




