第六十四伝「卒業試験」
第六十四伝です。いよいよ運命の卒業試験です。果たして、龍達は合格できるのでしょうか。それでは楽しみに飽ご覧ください。
卒業試験当日。時刻は朝九時。場所は龍達の教室。
朝を喜ぶような鳥ののどかな鳴き声が窓の隙間から心地よく聞こえてくる。
しかし、それとは対照的になごやかな教室の姿はどこにもなく、ただならぬ緊張感が包んでいた。それもそのはず、今日はバトラになれるかが決まる運命の日なのだから。
龍はというと、当日にも関わらず、毎日にも及ぶ進との勉強会で疲弊しきっていた。
龍と共に勉強会に参加していた進はというと、余裕綽々の表情だ。ここにきて、基礎体力の差が浮き彫りになっていた。
凛との壮絶と思われる指導を受けてきた剛はどうだろう。簡単に言ってしまえば剛の目は死んでいた。
一体、どれほどまでに剛は勉強が嫌いなのだろうか。ただ、あの顔を見る限り一週間の間、くじけずに通い続けていたようだ。
一方の凛は、席に着くなり、周りには一切目もくれずに、淡々と教科書を見直していた。凛の勤勉さはそこが知れない。
しかし、この一週間、一生懸命勉強を打ち込んだせいか、自信はあった。
~前日~
もう、何時かも覚えていないくらい、周りの家の電気が徐々に消え始めるような時間。龍と進は最後の追い込みをかけていた。
「龍、どうだ?」
進は、これまでの総決算として解き終わった問題集を先生である龍に見せた。龍は、一週間前にはピカピカだったが、すっかりしわくちゃになった進の問題集を添削し始める。
「す、すごい……全問正解だ」
添削し終わった龍が一言。龍は、進が成長して嬉しい感情と、生徒が先生を超えてしまった悔しい感情が複雑に絡み合った。
これで、進は勉強ができない欠点が消え、完璧な人間となってしまった。いや、やらなかっただけで進が勉強が苦手なんてことはなかったのだ。
~現在~
機械仕掛けのフクロウが静かな教室を貫くような大声を上げた。開始時間だ。
生徒達は、静かに席に着席してその時を待った。教室内は他人の息遣いまで聞こえてくるほどに静寂だった。
アリサが入ってきた。緊張感はより一層増す。アリサも教室の腑に気にのまれてか、いつもの笑顔は一切なく、能面のような顔をしている。
「これから卒業試験を始めます。午前は実技試験、午後は筆記試験となります。延長する可能性もあるのでご了承ください」
アリサは紙を手に取り、それを見ながらまるで機械のように話す。アリサがしゃべっているのか疑うほどで、いつものアリサの口調とは全く違った。
これが卒業試験といういつもとは違う非日常を分かりやすく演出させていた。
「早速、実技試験を始めます。なお、実技試験終了までお手洗い等の退出は認めません。退出が発覚した場合には即不合格となりますのでご了承ください。自分の管理もできないような人はバトラになる資格なんてありませんから」
アリサの機械のような口調はさらに続いた。アリサの普段のふるまいからは想像できないような一言一言に教室の雰囲気は凍りつく。
今までの優しいアリサは演技で、こっちが本当のアリサではないかと、そう思わせるほどに。いや、本当にこっちが本物のアリサかもしれない。
「それでは、呼ばれた人は速やかに廊下に出るように。……さん、……さん、……」
アリサの口から次々に名前が読み上げられた。
読み上げられた生徒は、恐る恐るいつもより重々しく感じる教室の扉を開け、廊下に出る。
指名された生徒達が廊下に出た、その時だった。
「ぎゃあああ!」
静寂な教室を震撼させるかの如く廊下から聞こえる金切り声に近い悲鳴。先ほど呼ばれた生徒達から発せられた悲鳴であろう。
いつもと違う厳粛なアリサの雰囲気、不意に聞こえた廊下からの悲鳴。
なんなんだ、この卒業試験は……。
試験ってこんなに恐ろしいものだっけ。思ってたのと全然違うぞ……。
勿論、龍も例外なく怯えきっていた。
廊下から聞こえる悲鳴にすっかり怯えきってしまった教室内の生徒達。
あの悲鳴から十分くらいが経ったころであろう。
「次」
アリサの声に教室全体がビクッとする。普段ならこんなことは絶対ないが、今日のアリサの雰囲気と先ほど聞いた廊下からの悲鳴がそうさせた。
「……さん、……さん、一撃龍さん」
ついに呼ばれた……。
遠い国の戦時中に赤紙をもらった人はこんな気持ちだったのかなあ、と思いつつ龍は重い腰を上げ、ふらふらと廊下に向かっていった。
「なんだ龍もか」
剛が声をかけてきた。さすがに空気を読み、いつもの剛の巨大ボイスよりは一段階ボリューム下げている。といっても、この空気からしてみれば声が大きいのだが。
よく見ると、剛も席を立っていた。どうやら、剛も招集されていたようだ。龍は共の招集に全く気付くことができなかった。
自分のことだけで手一杯だったみたいだ。剛の言葉を察するに、どうやら剛も同じのようだ。
「私語は慎みなさい!」
アリサ額にしわを寄せて思いっきり怒った。こんな、恐ろしいアリサは本当に見た事が無い。
龍の体は震えていた。廊下からの悲鳴を察するに、招集された人はなんかしらをされるのだろう。
今回招集された生徒は龍を含め四人。一人は剛で、他の人達は知っているけど話したこともないような人だ。
廊下には全身黒づくめの格好をした眼鏡をかけた若い女性が立っていた。
「こちらを向いてください」
黒服の女性は、そう言って廊下に駆り出された四人を廊下の進行方向に振り向かされた。廊下の幅は広く、四人が一列に並ぶにはちょうどいい幅であった。
ビクッ……!
龍は背後からの殺気を感じた。
感じた瞬間、視界が真っ暗になった。
後ろから黒い布かなんかで目隠しされたのだ。龍は恐怖で声すら出なかったが、横から悲鳴が聞こえた。悲鳴の理由は判明した。
なんなんだ、この卒業試験は……。
怖い、怖すぎる……。
龍の得体の知れない恐怖はここでピークを迎えた。
目隠しされたままどこかに連れて行かれた。
なにしろ、視界が断たれているのでどこに連れて行かれたのか分からないが、相当歩いた。いや、恐怖から相当歩いたように感じるのだろうか。
視界が晴れた。やっと黒い布が解かれた。
龍が立っていたのは林の中の開かれた空間だった。目の前に、さっき廊下に立っていた女と同じような黒づくめの服を着て、サングラスをかけている怪しげな男が立っていた。
男は短剣と呼ばれる万能性の小型ナイフを取り出した。バトラの数ある武具において最も使われるポピュラーな武具だ。
怖い……。まず、この感情が龍を支配した。
誰しもがそうなるだろう。廊下でいきなり目隠しをされ、良く分からないところに連れさられて、やっと見えるようになったと思ったら、今度は短剣を持った怪しい男が目の前に立っているのだから。
逃げる……。
脳が一旦、この行動を龍の脚に指令を出したが、龍の経験がそうはさせなかった。
銀次、進、黄河、斬竜、彼らと闘わなかったら確実に逃げていただろう。
だが、彼らは教えてくれた「闘う」ということを……!
彼らとの闘いはすべて無駄ではなかった。
「鳳・凰・斬!」
龍は闘う意志を炎に現した。
龍は左足を踏み込み、黒づくめ男を短剣もろとも切り裂いた。この二年間で着実に様にはなっていた。
怖いことは怖かったが、幾多の死線を味わってきた龍にとっては、大したことではなかった。
「やべっ、攻撃しちゃった。試験にどう影響するんだろ? とりあえず大丈夫ですか?」
龍は自分の合否を心配しつつ、とりあえず龍の斬撃に負け、尻もちをついている黒づくめの男を心配する。
男は指で矢印を作り、無言で右方向に指をさした。
「矢印の方向に向かえってことですか?」
龍の質問に黒づくめの男は無言でうなずいた。
龍はとりあえず男に一礼して、矢印の方向へ歩いていった。
龍はひたすら木々をかき分け進んでいった。
一体、ここはどこなんだ?
龍は歩きながら不安感に襲われていた。体感的には、かなり歩いたように思えた。
疲れた龍はとりあえず自然にできた木のベンチに腰をかけて、休息をとった。
ふうっと深呼吸をして、龍は木のベンチにお別れをして、再び歩きだした。
先ほどのような開けた空間にたどりついた。
よく見ると、三人の人がこちらに手を振りながら立っていた。それも見覚えがある。今まで苦楽を共にしてきた雷連進、光間凛、鉄剛の三人だ。
「みんな!」
龍は三人の姿を確認するなり、ほっとしたのか、嬉しくなったのか、一目散に駆け寄った。
孤独という名のけもの道を歩いていた龍にとって、仲間の姿を目認できたのはどれだけ嬉しかったのだろうか。それは、容易に想像できる。
「龍、お前もか?」
剛が駆け寄ってきて龍に話しかけた。
「なにが?」
龍は剛の意味の分からない質問に、すかさず聞き返した。
「俺は、廊下に立たされて、目隠しをされて、目隠しが取れたと思ったら、急にサングラスかけた奴に襲われて、そいつをブッ倒して、そいつが指示した方向に進んで行ったら、ここにたどりついた。凛も進も全く同じ体験をしているんだが、お前もか?」
「うん、全部同じ」
どうやら試験の内容は全員が同じだったようだ。
おそらくさっきの試験はバトラにとって必要不可欠な”闘う意志”みたいなものを確かめる試験だったという推測が立つ。むこうの意図としては、目隠しさせ、見知らぬ場所に連れていかせ、恐怖をあおり、そんな中で、ナイフを持った怪しい男と闘う意志があるのかどうかみたいなものだったのではないか。
「キャアアア!」
林に鳴り響く超音波のような悲鳴。凛の声だ。
凛の真後ろには、また例にもよって全身黒づくめの男か女かすらわからない人が立っていた。なぜ分からないかというと、頭をこれまた黒のフードでかぶせ、口周りをシュノーケルのようなもので隠している。
そいつは、凛の腕を固定させ、ナイフを凛の首元に突き出した。
龍、進、は反射的に武器を構え、剛はボクサーのようにファイティングポーズをとった。
そいつは、そんな龍、進、剛の足もとに人数分のナイフを放り投げた。
「ソレデジブンノシンゾウヲサセ、サモナクバコノオンナヲコロス」
口の周りを隠しているシュノーケルのようなものは機械だったようで、そいつはその機械で声を変えているようだ。その声がより一層恐怖を引き立てる。
「今何て言った?」
龍は今、奴が言った言葉が何かの間違いであるかと願うのように問うた。
「モウイチドイウ。ソレデジブンノシンゾウヲサセ、サモナクバコノオンナヲコロス」
「待って待って、これは試験ですよね?」
龍の目は泳いでいた。明らかに動揺している。
「しかし速いな、凛が捕まるまで全く気付かなかった……」
進は悠長にそんなことを呟いている。
「シケン? ナンダソレハ」
機械で声を変えている何者かは、微動だにせず答えた。
いや演技だ。これは試験だ。しかし、その確証が無いのも事実。
もしかしたら、先ほどのサングラスの男だって、目隠しをした何者かだって、試験じゃないかもしれない。
四人は考えれば、考えるほど、嫌な想像が膨らんでいった。
「オマエタチ二カンガエルユウヨハナイ、ワタシガジュウカゾエオワッタラソノナイフデジブンノシンゾウヲサセ。イチ、ニ……」
謎の人物は数を数え始めた。地獄のカウントダウンが始まってしまった。
おい待てよ……!
なに数えてんだよ……!?
俺が何もしなければ凛は死ぬ……。凛を助けようと思ったら俺が死ぬ……。
龍は葛藤していた。頭では試験だと分かっているけど、どうしても”死”がよぎってしまう。
「シ、ゴ……」
機械で声を変えている何者かのカウントダウンは、龍達を更に焦らせた。
とりあえず、これが実戦だと想定しよう。俺は仲間の為に自分の命を張ることができるのだろうか? 昔の俺だったら絶対張ることはできなかっただろう。でも、今はどうだ? 俺は仲間と出会ったからこそ今の自分に出会うことができた。仲間がいなかったら死んでいるも同然だろう……。
仲間を救うためなら自分の命をも犠牲にする……!
龍は意を決して、ナイフを持ち、刃先を自分の心臓に向けた。
「ク、ジュウ。キメタナ? ワタシガアイズシタラサセ イッセイノ―セ!」
「くっ……」
「ちくしょーー! 刺せばいいんだろう、刺せば!」
「ふん」
グサッという痛々しい音が聞こえた。三人は一斉にナイフを自分の心臓に突き刺していた。
「あれ、痛くない?」
確かにナイフは三人の心臓を射ぬいている。だが、血はおろか痛みすら感ない。
「ソレハ”ヒールナイフ”トイッテカラダノナイブカライタミヲトルブグダ。ナガタビデハチョウホウスルカラオボエテオケ」
自分をナイフを突き刺してもなんともなかったり、機械の奴はわけのわからないことを言い始めるしで、全員が困惑していた。
そして、機械の奴は、凛を腕を離し、口の周りを覆っている機械を取り、頭を覆っていたフードを取った。
フードの中から現れたのは、茶髪の綺麗な綺麗な髪だった。
「お疲れ-★ みんな、手荒なまねしてゴメンね」
この軽々しい口調、アリサであった。
それを見るなり、四人は安堵の息を漏らし、全身の力が抜けたように座り込んでしまった。
「ししょー、驚かせないでくださいよー!」
剛は精魂尽き果てたように言った。
「ごめんごめん。でも、これが戦校が代々やってる卒業試験だから許して。私だって、心が痛いんだから。とりあえず実技試験はこれで終了、お疲れ様。午後からは筆記試験だから頑張ってね★ それと、今朝の対応は臨場感出すためだから、私の本性じゃないからね★」
そう言い残し、アリサは転法を駆使してどこかへ去ってしまった。
「それでここはどこなんだよ?」
龍は剣を片付けながら言った。
「ああー!」
剛がそう叫んで、指をさした。剛が指さした方向には「←出口」と書かれた看板がぽつんと置いてあった。
四人は、とにかく矢印の方向へ進んだ。木々をかき分けながら。
しばらく歩くと、見覚えのある茶色い建物が見えてきた。龍達が二年間通い続けてきた戦校だ。どうやら、戦校の敷地内だったようだ。
「はー、こんなんだろうと思った。それに、戦校ってあんな土地も所有してるんだな」
龍はすっかり疲れ果てながら教室に戻り、午後の筆記試験に臨んだ。
午後。昼食を取り、とりあえず元気を半分くらい取り戻した龍。それは他の生徒も同じだった。
いよいよ午後の試験に挑んだ。筆記試験は、先ほどの実技試験もあって、拍子抜けするほど普通だった。
解答用紙と問題用紙が配られ、それを答えるだけ、問題もしっかり勉強すれば解けるような問題だった。何か起こるんじゃないかと勘繰ったが、結局何もないまま残り十分を迎えた。
終わったのか、諦めたのか、ほとんどの生徒達は机に突っ伏して夢の中に入っていた。そんな中、龍は頭をかしげていた。
最終問題。どんなバトラになりたいか……?
なんだよ、これ。俺は漠然としている問題が一番嫌いなんだよ。
分からねえ、分からねえ……。
龍が脳にできものを生み出しながら考えているうちに試験時間は終わってしまった。
結局、空白のまま提出することになってしまった。
龍にとっては心残りのある卒業試験となってしまった。
☆ ☆ ☆
その二日後。
この日はバトラになれるかなれないかが決まる運命の合格発表の日。教室は一昨日の卒業試験と同様の異様な緊張感に包まれていた。
いつものように友達と談笑する者、寝ているのか泣いているのか机に突っ伏している者、神に祈りを捧げる者。実に様々だった。
しかし、全ての者の願いは同じ。
合格したい……!
ガラガラっと教室の扉が開く。
プリントを持ったアリサが固い表情で入ってきた。おそらく、あのプリントに合格者の名前が載っているのだろう。
教室内の緊張感は最高潮に達した。
「一昨日の卒業試験の結果を発表します」
全ての者の願いを乗せた結果発表が始まった。




