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DORAGON BATORA ―ドラゴンバトラ―  作者: 紫風 剣新
二年編
64/67

第六十三伝「手紙の返事」

第六十三伝です。最近、手紙は使われなくなってしまいましたが、手紙は手紙で良い所がたくさんありますよね。それではどうぞ。

 汚らしく蜘蛛の巣が張っている四畳半ほどの小さな小さな部屋。そんな粗雑な部屋にはもったいないくらいの二大巨頭が顔を合わせていた。

 ダイバーシティのナンバーワンバトラ、小門秀錬と元ダイバーシティ創世記”伝説の五英雄”の一人で、エンペラティア襲撃事件の首謀者である時偶半蔵だ。

 最初に口を開いたのは秀錬の方だった。秀錬は、一枚の写真を懐から取り出し、みすぼらしい机に置き半蔵に見せた。

「これは……」

 半蔵はその写真を見るなり口をあんぐり開けた。

 その写真とは、ダイバーシティの建国記念に、創世記のメンバーで伝説の五英雄として語り継がれている小門永錬、時偶半蔵、一撃羅山、光間類、邪化射マギア五人の写真だった。その写真は時代を感じさせる色が鈍った写真。その写真の中にいるもう一人の自分は今とは正反対の希望に満ち満ちとしている眼だ。

 半蔵は、そんな自分の姿をじっと見ながら、この写真の事を鮮明に思い出した。

 マギアが確か、せっかくだからみんなの写真を撮ろうと言って、近所の写真屋のおじさんに撮ってもらったことを。

 当時、自分が写真なんてどうでもいいと思っていたことも。

 でも、まさかこんなに意味のあるものになるなんて……。

「だから、弾さんにダイバーシティに収容するように頼んだのですね。自分はもう長くない。かなりの確率で、つかまっている間に寿命がきてしまう。最期くらい、自分の生まれた地で一生を終えたいと」

「ご名答だ」

 半蔵は写真を両手で持ち、目をそらすことなくまじまじと見ながら答えた。半蔵は、写真を通して四十年前にタイムスリップしている感覚を味わっていた。

「僕が今日この場に来た理由は、これを渡したかったからです」

 秀錬はそう言って、一通の封筒を半蔵に手渡した。

 その封筒はしわしわで、いかにも年季が入っているように見える。でも、しっかりと”時偶半蔵殿へ”という文字が刻まれていた。

 これは永錬さんの字……。

 半蔵は、またしても四十年前の世界へ誘われてしまった。

 永錬さん……。すみません……。私は永錬さんのようにはなれませんでした……。

 半蔵は今は亡き永錬に対して心の中で、たくさん懺悔した。

 半蔵はずっと永錬の側にいた。半蔵はずっと永錬に憧れていた。

 永錬さんのような強くて頼れるバトラになりたかった……。

 しかし、自分は罪を犯した。永錬のようになることは叶わぬ夢となってしまった。

「これは……わしにか……?」

 半蔵は一度現実に折り返して、手紙と秀錬を見比べるように交互に見ながら言った。

「あなた以外だれになるんですか? これは、この前自分の部屋を掃除していたら偶然見つけたものなんです。最初はよく分からなかったのですが、やっと意味が分かりましたよ。さあ、開けてみてください」

 秀錬が話している途中に半蔵は思い出した。

 そう言えば、最後にダイバーシティを去る時に永錬さんに置手紙を残して去っていったことを。その時の返事が四十年越しに帰ってきたのだと。

 確証はなかったが、半蔵は直感的に感じた。半蔵は封を切るのを躊躇した。

 勝手に出ていったから、怒りの文面かもしれない。だが、手紙を見たいという好奇心が上回った。

 半蔵は一回深呼吸をして、変な力を入れ封を切った。封は、時間が立ったせいか、簡単に裂かれてしまった。

 封の中には、三つ折りにされた手紙が一通入っていた。半蔵は、もう一回深呼吸をして手紙を開いた。

 ーー親愛なる仲間、時偶半蔵殿へ。お前がこの手紙を受け取っている頃には、私はもういないかもしれない。なぜ、急にいなくなってしまったのかは私には分からないが、なにかお前なりの理由があったのだろう。ただ、やはりお前がいないのはさみしい。お前は、ダイバーシティになくてはならない存在だったからな。皆からお前に一言あるそうだ。

 久しぶり、になるのかな?邪化射マギアだよ。半蔵と一緒に遊んだことは今でも楽しい思い出だよ。また、遊ぼうよ。私は国の運営とか良く分からなかったけど、国のみんなの為を思って一生懸命働いていた姿は格好よかったよ。

 光間類です。半蔵さん。早く帰ってきてくださいよ。あなたがいないと、まともな人がいないんですから。ここまでスムーズに建国できたのは、間違いなく半蔵さんのお陰です。ずっと待ってますからね。

 一撃羅山だ。なんだ、その、悪かったな。テメエにいろいろ言い過ぎたのは反省してる。多分、オレに怒っちまって出ていったんじゃねーかって、オレは後悔の毎日だ。こいつ今さら何言ってんのって思われるかもしれねえけどよ、テメエは立派なバトラだった。

 どうだ、皆の声は届いたか。私から最後に一言だけ。ありがとう。お前がいなかったら私の夢は実現できなかったであろう。感謝している。半蔵の親愛なる仲間達、邪化射マギア、光間類、一撃羅山、小門永錬より。――

 手紙はここで終わった。半蔵は手紙がしわくちゃになるくらい力いっぱい掴んだまま、まるで氷漬けにされたように微動だにしない。それから、半蔵の目頭が熱くなり、目から透明な水滴が数滴こぼれおちる。

「……わしは家族にも、永錬さんにも、羅山さんにも、類さんにも、マギアさんにも迷惑かけてばかりだ……わしの人生は、失敗ばかりだ……」

 半蔵の涙がこぼれ落ちてしわしわだったが拍車をかけるようにしわくちゃになった永錬からの手紙を下敷きに、半蔵は情けない表情を秀錬に見られたくなかったのか机に突っ伏してしまった。

 半蔵による襲撃事件は、これにて全ての終止符が打たれた。


 ☆ ☆ ☆


 それから数カ月後。

 四季折々のダイバーシティに冬が訪れた。戦校自慢の青い屋根も、すっかり雪に埋もれてしまった。

 いよいよ、龍達に卒業の時期が迫ってきた。しかし、卒業して無事闘士になるには、一つの大きな山を乗り越えなければならない。卒業試験だ。これに合格しなければバトラへの道は堅く閉ざされるのだ。

 卒業試験を一週間後に控えているこの日。

 いつものように、教室の隅っこで円になって話し込む龍、進、凛、剛の四人。はたから見たら、完全に友達だ。いや、幾多の試練を乗り越えてきた四人には、それ以上のものがあるかもしれない。

「いよいよ、卒業試験まで一週間ですわね、みんな勉強してるのですの?」

 凛は卒業試験の話題を出した。

 ここまでくると生徒たちの頭の中は卒業試験、ただしれだけしか無い。卒業試験はこの二年間培ったものを全てぶつける、いわば総決算。

 そして、バトラになるという全ての戦校の生徒の夢が叶うかどうかの人生最大の分岐点。

「勉強なんてかったるいものはやんねーぜ!」

 剛は、まるで他人事のように言った。

 剛は今まで不良の世界で生きていた。そして、悲報なことに授業中彼は常に夢の中を生きていた。剛にとって勉強という行為は対極に位置するものだった。

「なに言ってるのですの!? 筆記試験に合格しないとバトラになれないのですのよ!」

「えっ、筆記なんてあるのかよ!?」

「ええ、今日詳しい話がアリサ先生からあると思いますけど、例年筆記試験は必ずあるみたいですわ」

「特に、俺達は秀錬さんから期待を背負われてるからね……」

 龍がそんなことを口にするにはワケがあった。


 それは、帝国の交流会から帰ってきた日のことだった。

「ごめんね、君達に怖い思いをさせて」

 ダイバーシティ創世記から引き継がれている、秀錬に自慢の畳部屋に呼び出された龍、進、凛、剛、アリサの交流会の招待メンバーである五人だった。

 五人が揃うなり秀錬はお詫びの言葉を口にした。

「本部長のせいじゃないんですから、そんな謝らなくても」

 本部長の謝っている姿を見たくなかったアリサは、必死でフォローした。

「いや、あのような危険なことを想定していなかった僕に責任がある」

 ここまで言われると、もう何も返す言葉が思いつかなかった。しばしの沈黙の後、またしても秀錬が口を開いた。

「それはそうとして、君達には是非バトラになってほしい。この経験はバトラになっても必ず活きるだろう。頑張って卒業試験を突破するんだ。君たちなら必ず合格できる。ちなみに、君達の先輩のナーガ君達はほぼ満点で合格したみたいだよ」


「なんて言われたらなあ」

 龍は頭を抱えてしまった。プレッシャーに押しつぶされるとはまさにこのことである。それもダイバーシティ、ナンバーワンからのお言葉。これ以上ないプレッシャーが龍を押しつぶそうとしていた。

 そんな龍を見かねて進が言った。

「情けない奴だな。俺達が乗り越えてきた試練に比べれば卒業試験なんて屁みたいなもんだろ」

 確かにそうかもしれないけど、それとこれとは話が違うだろ……。

 龍はワケあって声に出さず、心の中で密かに反論した。理由は、反論したところで皆から「そんな弱気でどうする!」とかなんとか言われて総スカンを喰らうことが目に見えているからだ。それは、龍が二年間で得た教訓だった。

「さすが進様ですわ」

 凛が進の言葉に感心していると、教室にアリサが入ってきた。アリサは、いつものように教壇の上に立ち、口を開いた。

「はーい、みんな席ついてー。今日はみんなが知りたい、卒業試験のことについて話すから、よーく聞くように」 

「はいししょー!」

 剛の大きな返事だけが教室中に響き渡った。もはやこのパターンは、クラスのお決まりとなっていた。

「剛君、ありがとね。まず、卒業試験は大きく分けて実技試験と筆記試験があるよ。さらに二つの試験の中でも小さく分かれていて、実技試験はチーム試験と個人試験の二つ、筆記試験は選択式問題と記述問題の二つに分かれているよ。配点は実技、筆記それぞれ五十点の計百点満点、七十五点以上、つまり四分の三以上点数を取れば合格、無事にバトラになれるってわけ」

 アリサは黒板にチョークで書き記しながら、説明した。

 

 放課後。4人は降り積もる雪をかき分けながら帰り路を歩いていた。

「剛君、今日から私の家に来て試験勉強して頂きますわ!」

 凛は剛を凝視しながら言った。

「はああ!? なんで、俺がお前の家で勉強しなきゃいけねーんだよ! 第一、俺は勉強というイベントがこの世で一番嫌いなんだよ!」

 剛は辺り一帯を響かせるような声で返した。剛の声で、近くにいた鳥がどこかへ飛んでしまった。

「だからこそですわ。バトラになるためなんだから我慢しなさい」

 勤勉家の凛ははっきりと分かってしまっていた。今の学力だと剛は確実に試験に落ちると。

「凛はさ、なんで剛にそんな肩入れするの? 別に、剛が落ちようと自分には関係ないんじゃない?」

 龍は、降り積もる雪を手に持ち、ギュウッと握り固めながら雪玉を作り、不意に口を開いた。

「なんか悔しいですわ。せっかくここまで、四人一緒にいろんな苦難を乗り越えてきたのに、だれか一人でも試験に落ちたから、四人の絆がこうなる気がして」

 凛はそう言って、龍が持っていた雪玉を奪って地面に叩きつけた。雪玉は地面に当たった衝撃で粉々に砕けてしまった。

 その様子をなぜか三人はまじまじと見つめていた。三人とも凛と同じ想いがあったようだ。

 そう……。

 俺たちは最初バラバラだった。だが、幾多もの試練、葛藤、苦難、激闘を乗り越えていつの間にか仲間になった。それと同時に絆という決して壊れることのない堅固な雪玉が誕生した。

 そんな大事な雪玉を最後の最後で粉々にするわけにはいかない……。

 そういう想いが確かに四人の中にあった。

「それでなんで剛なの?」

「それは、あなたは良く分からないですけど、進様は優秀だから心配いらないし、やっぱり一番心配なのは剛君ですわ」

 いやいや、俺は良く分からないって……。

 龍は自分が無関心であることに落胆した。そんなこととはつゆ知らない凛と剛は、龍と進に別れを告げ凛の家に向かっていった。

 龍と進は雪がしんしんと降り積もる雪の路のど真ん中に取り残された形になってしまった。

「おい」

 今まで理由なき黙秘権を貫いていた進が、ここで口を開いた。

「えっ」

 不意な進の発言に、龍はびっくりして立ち止まってしまった。この時、雪に足を取られ転びそうになったのは隠しておく。

「俺に勉強を教えてくれ」

 ここで二人の間に沈黙が流れた。耳を澄ませれば雪が降りしきる微かな音が聞こえるかもしれないような静かな沈黙だった。

 ファッ……!?

 進が俺に頼みごとだと!?

 というか人に頼みごとなんてするんだ。勉強?確かに、進が勉強してるイメージなんてないな。

 なんでもできるイメージがあったから意外だ……。

 龍は心の中で驚きを叫んだ。

 まさか、進にこんな欠点があるなんて……。

「というか、俺もそんな出来る方じゃないし、剛と一緒に凛に教えてもらった方が良かったんじゃ……」

「いや、凛に俺のイメージを崩させたくはない」

 マジか……!?

 龍はさらに驚いた。進がそんなことを思っているなんて。

 とりあえず龍は自分の家に進を呼ぶことにした。

 

 無頓着な外観を彩るために、雪という名の塗料が全身ぬ塗られた龍の家に入ると、母が笑顔で出迎えた。

 気を遣ってくれたのか、友達を見るなり「こんにちわ、ゆっくりしていってね」と言って、そそくさと一階にある自分の部屋に入っていった。

 龍は進を連れ、二階にある自分の部屋に入った。

 最近、掃除するのを忘れたせいか教科書や玩具やらがいたるところに散らかっている。友達が来ているので、それらを少しだけ片付けて、龍は普段使わない折り畳み式の机を取り出し、部屋の真ん中に置いた。

 部屋には龍と進の二人。むさくるしい男二人だけの空間。

 なかなかお目にかかることができない光景だ。

「俺の持論だけど、試験っていうのは問題を解きまくることが近道なんだ。ということで問題をやってみよう」

 龍はそう言って、かばんから60ページほどの薄めの問題集を机に置き、1ページ目を開いた。進も龍に習って問題集を取り出し、ページを開いた。

 すげー、家庭教師みたいだー……。

 人に教えることなんてやったことがなかった龍は、いちいちこんなことにも感動を覚えていた。

「まず、第一問。ダイバーシティは『』と『』の共存を国の理念とした。これは基本中の基本だから簡単だよね」

「分からん」

 進は早くもペンを置いた。進は勉強という存在を知らなかった。

「えー、これも分かんないのー!? これは思ったより重症だ」

 龍は、進のあまりのできなさに失望すると同時に、長丁場になることを覚悟した。

 龍の予想は見事に的中し、勉強会は夜深くまで行われた。苦しい夜となったが、途中の龍の母の差し入れで何とか救われた。

 だが乏しすぎる人間関係ゆえ、友達と共に勉強なんてしたことが今までなかった龍は、友達と一緒に勉強したことに対し少し楽しさを感じていた。


 翌日、剛のげっそりとした顔が印象に残った。 

 剛は明らかに凛を見るなり顔が引きつっていた。

 いったい、向こうはどんなことをやっていたのだろう……。

 どっちの教え方が上手いのか、おそらく進と剛の学力は同じくらいだろうから、これは俺と凛の教え方の差で決まる。凛にも教えたいところだが、進の意向でここはぐっと我慢……。

 龍は凛にひそかに対抗心を燃やしていた。

「龍、今日もよろしく頼むな」

 進は剛とは違い、何食わぬ顔で龍に話しかけてきた。

 しめた……。進は剛とは違い勉強自体は嫌いではないんだ。よし、勝てるぞ……。

 いやいや、俺は何を考えているんだ。これは勝負じゃない。全員が合格すればそれでいいじゃないか。

 というか、俺もそんな合格する自信ないし……。

 龍はそんなことを考えつつ、龍と進との男二人のむさくるしい勉強会は今宵も始まった。


 剛は凛先生のもと、進は龍先生のもとで一週間みっちり指導を受けた。

 そして、運命の卒業試験当日の朝を迎えた。

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