第六十伝「頼もしい助っ人」
第六十伝です。久々に現在に戻ってきました。みなさん現在のことを忘れていませんか。思い出しながら、是非ご覧あれ。
~現在~
海岸線がくっきり見える砂浜で、ぜえぜえと息を乱しながら対峙するアリサと半蔵。
「これがわしの全てだ。わしはこの手でダイバーシティの連中に復讐するのだ!」
「あなたの過去は分かった。でも、あなたは間違っている」
半蔵の長い長い昔話を聞かされたアリサは、半蔵の過去を頭にインプットした後、比類なき目を半蔵に見せ言った。
「わしが間違っているだと?」
「そうだよ。バカにされたからといってバカにした人に刃を向けるのは間違っている。バカにした人の為に刃を使わなきゃ」
「お主はまだ若いな。長年生きていけば綺麗事ばかりでは済まされないことは分かる」
「いいえ。あなたの考えは良く分かる。私も……」
なにか言いたげだったアリサだが、寸前で口を閉じた。
「わしが一番そう願いたいよ。だがもう遅い……」
半蔵は首を横に振り、ふーと息を吐きながら答えた。
半蔵は何を言われても揺らぐことは無かった。
もう後戻りはできない……。
「待って! 話をしましょ、あなたはそんな悪い人じゃない」
「言っているだろ。もう遅いと。わしはこの40年間、エンぺラティアそしてダイバーシティのすべてを復讐するために着実に力をつけた。わしは復讐の鬼。そして、ついにわしはお主らダイバーバトラを根絶やしにできる力を手にしたのだ!!」
半蔵は積年の思いをぶつけるために、この四十年間の間に完璧に使いこなした時空鏡の特殊能力である空間移動を駆使し、姿を消した。
すると、アリサが立っているななめ右あたりの砂浜に姿を現した。今度は、ななめアリサが立っている左方向の砂浜と海の境界に姿を見せた。
移動が速すぎる。速すぎるせいか最初に半蔵が姿を見せた位置に残像が見えている。
しかし、その残像は一向に消える気配を見せなかった。まるで実像のように。
いや、実際に半蔵が二人いた。そして、アリサの真正面にさらにもう一人の半蔵が現れた。計三人の半蔵が同時に出現した。
「これが強さを求め続けたわしの結果だ。お主レベルのバトラをこの手で葬れることを幸せに思う」
三人の半蔵は声をそろえて、計六つの目でアリサを見ながら言った。
これが、現実なのか幻なのかこの際どうでもいい。アリサはなんとかこの状況を打破しようとするが、ここにきて一番最初に半蔵の40年間愛用し続けている脇差に刺された背中の傷が痛みした。
アリサはここで足を止めてしまった。
わしの四十年越しの夢が……!
野望が!
叶う!!
永錬さん、羅山さん、類さん、マギアさん、ダイバーシティのみなよ……。
わしは強くなっただろう?
三人の半蔵が一斉にアリサの首をとるために動いた。半蔵の長きにわたって熟成された想いが乗って……。
「まずい……」
まさに絶体絶命のピンチだ。
そのときだった。砂浜に突如現れた、季節外れの透明の氷が壁となりアリサの身を守った。
「間に合ったか……」
この砂浜という綺麗な外観には不釣り合いな憎悪が詰まった忌々しい戦場に現れたのは真っ白の身のたけほどの長細い剣を担ぐ、白髪の細々とした男だった。
かつて、ナーガ達のクラスの担任であり、現在はバトラになりナーガチームをはじめ、バトラになったクラスメイトの面々の指導役および保護役を任され、バトラとして現役復帰した白連氷だった。
彼のダイバーシティの制服は長い間しまっていたせいか、妙に色が鈍い。
「氷……先生……」
アリサは予想外の来客に驚いたようで、目を丸くして言った。
「そうです。私が来たそうだから安心していいですよ」
「なぜここに?」
「本部長からの直々に依頼されましてね。アリサさん達がエンぺラティアでトラブルに巻き込まれていると。それで私たちに白羽の矢が立って増援にきた次第ですよ」
「そうでしたか。助かりました。ナーガ君達がバトラになった関係で一緒にバトラに戻られたそうですね。でも、良かった……」
アリサは全身の緊張がとかれたように、安心した表情で力なく尻もちをついた。
本当に良かった……。
アリサは持ち前の戦闘経験の豊富さで分かっていた。氷が来ていなかったら確実にこの闘いは負けていたと……!
「ナーガ達にとってはこれが初の大きい仕事ですから気合が入っていますよ」
「ってことはナーガ君達も来てるんですか?」
「ええ、今頃は進君達の助太刀に入ってるんじゃないですかな」
「でもどうして一年目のあなた達が選ばれたのですか?」
「本部長と副本部長の意向で、君達と親交がある方が連携が取りやすいということで私達が選ばれたのです」
☆ ☆ ☆
ここはのどかな丘の上。
草花が青々と生い茂るなか、それを彩るかのような、剛の真っ赤な鮮血と美しい自然と一体化している瞬の氷の剣。
しかし、そんな幻想的な風景を台無しにするかのような人工的な鉄の壁が氷の剣の侵攻をかたくなに拒んでいた。
「誰だ……?」
瞬にボロボロにされ意識がもうろうとしている剛は、かすれるような声で、かすかに見えた人の影に向かって話しかけた。
「嫌だな、もう僕のことを忘れたんですか?」
その人の影は憎たらしい声で返答した。
「そのむかつく声は太郎か!」
剛はかすかな意識のなか声だけですぐに答えを言い当てた。
それほどまでに剛が交流戦で太郎に受けた衝撃はそれほどまでに強い。そう、ナーガチームの頭脳と呼ぶにふさわしい日向太郎、その人が剛の助太刀に来たのだ。
ピッカピカの制服に身を包んでおり、外見からはずる賢い彼の内面とは想像できないりりしい姿だ。
「なんでお前が……?」
「剛君が敵を全然倒せないと聞いたので助けに来たんですよ」
「やっぱむかつくなお前は! 残念だったなお前の助けなんていらねえよ!」
「そんなボロボロの体で何言ってるんですか?」
「あー、くそー! こんなこと言いたくねえが、正直助かったぜ―!」
「僕がやりますよ。剛君は指をくわえながら見といてください」
「いちいちむかつくな! あいつは氷使いだ。それと、とにかくあいつはむちゃくちゃ速い、気をつけろよ!」
剛は意識がもうろうとしていた先ほどが嘘のように、漫才のようにテンポよく太郎に相手の特徴を端的に話した。剛と太郎はなんだかんだ言っていいコンビのようだ。
「ねー、なんなの君? せっかく倒せそうだったのに台無しだよ」
瞬は新たなる刺客にいらいらしていた。勝利という名の芸術を壊されたからだ。
瞬は腕を組み、指で腕をパチパチと叩きながら、表情をゆがませ新たに現れた敵に言った。
「日向太郎です。以後よろしくお願いします」
太郎は相手にぺこりとお辞儀をしながら、丁寧な口調で瞬に挨拶をした。
「なんだかやりにくいなー、僕の名前は白連瞬ね」
「白連……氷先生の子供ですか?」
白連という名には覚えがあった。それは師の姓だから。
太郎は今まで見せたことのない真剣な表情で伺った。
「父のことを知ってるみたいだね。ダイバーシティに派遣されたみたいからまさかとは思ったけど」
「白連氷先生は戦校時代には担任としてお世話になり、バトラになったら新人の間だけ指導役となってお世話になっている恩師ですよ」
「じゃあ、あの人も来てるの?」
「ええ、来てますよ。何か訳ありですか?」
「いや、僕たちは面白くないくらい平穏な家庭だったよ。優しい父親だたしね。でも、そんな父さんが強いエンぺラバトラでは無く、弱いダイバーバトラになることは嫌だったけどねー」
「そうで……」
穏やかな草原にガキンという金属音が伝わった。
太郎の話しが終わる前に早くも太郎のビームサーベルと瞬の氷の剣が交わっていた。
瞬は得意の速さを駆使して、太郎が話しているすきを見て奇襲したのだ。それを太郎はしっかり反応して、隠し持っていたビームサーベルで防いだ。
「会話している最中に奇襲ですか、さすがエンぺラバトラですね、抜かりがない。それに、剛君が言っていた通りむちゃくちゃな速さですね」
「正確に言えばバトラじゃないけどね。それに反応する君も大慨だけどねー。さすが新人ではあるけどちゃんとしたバトラだけあるなー」
そんな二人の一つ次元が高い攻防を目の当たりにして、剛は悔しそうな表情を浮かべた。
あいつ、初見で瞬のスピードに対応できるのかよ……。
去年より格段に強くなってやがる……。
それは改めて自分の弱さを教えさせられる光景だった。
「剛君、今去年より強くなった僕を見て驚いてますね。当然ですよ、去年の僕は素人で今年の僕はプロ。天と地ほどの差がありますよ」
この野郎……。
俺の心の中まで……。
こいつはやっぱり嫌いだ!
深層心理をえぐられ寒気がしている剛に、それをえぐった当の本人である太郎は戦闘中にも関わらず、剛の方にそっぽを向き言った。
「なによそ見してるの?」
瞬は闘いの最中によそ見している太郎に、いら立ちが増し、その気持ちを剣に乗せて、素早い横振りをした。
それを太郎は後方に飛躍してかわすと、さっさと5mほどの距離をとった。
「ちっ、闘い慣れてるなー」
太郎の巧みな戦闘を見せられ、瞬のいら立ちは増す一方だ。瞬は舌打ちしながら言った。
「スピード自慢にはこれが一番ですね」
太郎は何かを確信したのか、自信満々に内ポケットに大事にしまっていた携帯端末を取り出した。対剛戦の時に散々剛を苦しませたあの自由自在にありとあらゆる武具に変貌をとげるあの端末だ。
太郎はその端末に設置されているボタンに、あの時と同じようにピピッと打ち込んだ。
すると携帯端末は野球ボールくらいの真っ黒い玉に変形した。
「剛君、これをつけてください」
太郎はそう言って剛にレンズが真っ黒なゴーグルを手渡し、自身も剛に手渡したものと同じものをかける。
「お、おう」
剛は何の意味があるのかさっぱり分からず、太郎の言われるがままにゴーグルをかけた。
太郎は剛がゴーグルをかけ終わったことを確認すると、黒い玉をひょいっと瞬がいる辺りに投下した。
玉が着弾した瞬間、のどかな丘の風景が真っ黄色の世界に切り替わった。
閃光弾だ。ゴーグルをかけていた剛と太郎は無事だったが、ゴーグルをかけていない瞬は目に直撃してしまった。
すげえ……。
まさかこいつがこんなに頼りになるとは……。
相手の特徴に合わせて武具を使い分ける対応力と柔軟性。剛は心の中で、思い切り太郎をほめたたえた。
「これではスピードは関係ありませんからね。止めを刺しますか」
ゴーグルをかけていかした恰好をしている太郎は、自慢げに話した。
「待て、最後は俺がやる」
剛は太郎にこう志願した。
己の決闘は己で決着をつけるという剛の不良時代に培った精神が、剛にこの言葉を発しさせたのだ。
「しょうがないですね」
太郎はやれやれといった感じで、剛にメインディッシュを譲った。
閃光の光をもろに受けて、一時的に目がおかしくなってしまった瞬は、視界を絶たれてしまい、自慢のスピードも見る影が無く見当外れの方向にさ迷うことしかできなくなった。
チャンスだ。剛は、閃光の光が収まったことを確認しゴーグルを外し、草花を踏みしめながら、全速力で駆けていった。
「破壊だ! 左・丸・打!!」
俺はもう……。
負けたくねえんだ!!
剛の渾身のボディーブローが綺麗に捉えた。
本当は利き手の右腕でいきたいところだったが、右腕は使い物にならなくなってしまっているので致し方あるまい。
瞬は剛の拳をもろに受け、力なく無防備に地面に倒れ込んでしまった。
すかさず、太郎は瞬に馬乗りをして、ビームサーベルを得意のスピードを封じるように瞬の首元に突き立てた。
瞬は参ったという感じで両手を挙げる。
「参った、参ったよ。最後の一撃だけは認めてあげるよ。それに、僕はダイバーバトラを見誤っていたようだね」
「そうだぜ、あんまりダイバーシティを舐めてちゃ痛い目見るってことだ!」
☆ ☆ ☆
こちらは凛と恐香の女の闘いが繰り広げられている、とある建物の屋上。
突如、天から舞い降りてきた隕石のような鋭い蹴りが、獰猛なるスケルトンを弾き飛ばした。
「ナギちゃん……」
凛ははっとした。
「凛ちゃん、怪我はない?」
隕石のごとく天空から参上し、スケルトンに手痛い一撃を喰らわせたのは、交流戦で凛と闘った、ナーガの妹である邪化射ナギだ。
去年まで真っ黒のマントで身を包んで、なにやら怪しげな雰囲気を醸し出していたが、ピカピカの制服を身に付け、すっかり明るい見た目になった。
「おい、なんだよその女は!?」
恐香はスケルトンを上下左右に乱雑に振り、自分の獲物を邪魔された怒りを表現している。ナギは恐香の圧にひるみながらも、答えた。
「ダイバーバトラ、邪化射ナギです」
ナギはとんでもない形相でこちらを睨んでいる恐香に自分の素性を親切に教えてあげた。
「ふん、いけすかねえ奴だな」
恐香は自分の怒りを表現するようにスケルトンをさらに激しく振った。
「凛ちゃん、決めちゃって」
ナギは余裕だった。すでに、恐香に幻想をかけていたからだ。
ナギは交流戦時に幻想を習得してからこの約一年間で、通常幻想をマスターしていた。
しばしの沈黙の後、恐香は周りをきょろきょろと見渡しながら右往左往している。
「幻想に入った」
ナギの言うとおり恐香はすでに幻想の術中。
三眼幻想のように別世界に誘うことができない。つまり幻想の真骨頂である完全なる闇を見せることはできない。通常幻想はあくまで現実の世界の中で起こさせる幻覚だから。
だからナギは工夫を凝らし、現実の中で最も闇に近い”夜”を演出させていた。
「すごいですわ。幻想をもうここまで使いこなせるなんて……」
凛が驚くのも無理はない。ナギが去年の交流戦で幻想を偶発的に修得したばかりなのだから。
「あの人は闇の中、凛ちゃんの光で明るく照らしてあげて」
分かった。ありがとうですわナギちゃん!
ナギの言葉を凛はかみしめ、こくりうなずいた。
凛は先が欠けてしまいみすぼらしくなってしまった聖剣エターナルを両手で持ち、剣を正面につきだした。剣先に凛と共鳴するようにまばゆい光が凝縮される。
「これで終わりですわ! 聖路!!」
かつては敵同士だった私とナギちゃんの想いが……。
一つに!!
凛が技名を唱えると、エターナルはそれに反応して剣先に凝縮されていた光が線状に放たれた。
「ぐわあああ!」
エターナルから放出されたあまりの光量に眩しくなり周りの様子が見えなくなる。ただただ恐香の叫び声だけが無情にも響き渡った。
しばらくすると、光が晴れ辺りの様子が分かるようになる。恐香はいつの間にか無防備にも、仰向けになって倒れていた。
「これが闘いで芽生えた友情の力ですわ」
凛は恐香が主張していた論を、行動で示して覆して見せた。
友情だと……。
下らねえ……。
恐香は心の中で友情を必死で否定するものの、その力で自分は負けたという事実が恐香の心に張り巡らせた回線を混乱させていた。
「ふん、オレはまだ認めねーよ! ただ、その妙な力で負けたのは事実だしな……」
恐香は仰向けになったまま、フフッと笑いながら言った。
「ありがとうですわ。ナギちゃんが味方になるとこんなに頼りになるなんて……」
凛は助けてくれたナギに礼を言った。
かつての敵は今日の友。凛は改めて友情の無限の可能性を知った。
「光と闇のコンビネーション、上手くいった」
「上手く行きましたわね。ナギちゃん、他のみんなも来てるの?」
「うん、そろそろ全員着いたんじゃないかな」
他の戦場にも頼もしい助っ人が到着していた。戦場は終わりに向けて動き始めていた。




