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DORAGON BATORA ―ドラゴンバトラ―  作者: 紫風 剣新
二年編
60/67

第五十九伝「強くなった時」

第五十九伝です。自分が強くなったなって思う瞬間って意外とありますよね。それではご覧ください。

「悪いことは言わねえ。テメエはバトラを辞めろ」

 羅山は、仕事を終え帰路を一歩一歩進む足を不意に止め、後ろを歩いていた半蔵に振りむきながらこんなセリフを吐き捨てた。

 半蔵の目には西日と羅山の顔が重なって、羅山の表情を伺うことができなかったが、心中穏やかではないことは感じることができた。

「どういうことですか? 私がバトラを辞める?」

 半蔵は羅山が言いたいことはなんとなく分かっていたが、分からないフリをして羅山が発した言葉の意味と彼の本心を探った。

「毘沙門が言ってたよな、スペシャルを持たない奴はバトラとは言わないって。まあ、あれは極論だが、100%間違っているとは言い切れねえ。勿論、スペシャルを持たない一流のバトラもいるが、それはとてつもない才能ととてつもない努力をしたほんの一握りの人間だけだ。お前には才能も努力も微塵も感じられねえんだよ!」

 やはりそのことか……。

 半蔵の予想は的中した。そのことは自分が一番わかっていること。

 だからと言って、他人が言っていいことではない……!

 半蔵は冷徹な顔を作り上げ、羅山にこう言った。

「あなたに私の人生をとやかく言う筋合いはありませんよ」

「さすがにバトラを辞めろは言いすぎかもしれねえが、サブリーダーの座は今すぐ降りろ。毘沙門程度で根を上げているような軟弱な奴に国のサブリーダーになる資格はねえよ!」

「なんで私に対してだけ風当たりが強いんですか?」

「なんか気に入らねえんだよ、テメエは。弱いくせに強い奴に寄生虫のようにべたべたくっついて、弱さを隠してるスタンスがよ」

「私は……私は……」

 半蔵は何かを言おうとしたが途中でやめた。

 半蔵は下を向き、腕で顔を抑えつけながら、羅山を置いてけぼりにして駆けていった。

 羅山は目をつむり、その場を動こうとはしなかった。

「くそー! くそー! 私に力があれば! 力が……欲しい……! 強くなりたい……!」

 そんなことを空に吐き出しながら、半蔵は西日に向かって駆けていった。

 それはかつての銀次と全く同じ心情だった。

 何回も留年するようなダメ人間でも、国を救った五英雄の一人でも、考えることは変わらない。


 ☆ ☆ ☆


「依頼は成功したか。ご苦労だった」

 良い報告を持ってきた羅山を、センターハウスの部屋で書類整理に追われていた永錬は、うんうんとうなずきながら上機嫌で迎えた。

「しかしよー、永錬よー。やっぱり半蔵はダメだ。国のサブリーダーに任せられるような人材じゃねえよ」

 羅山は、永錬の部屋である畳部屋にずかずかと足を踏み入れ、半蔵の事について文句を言った。

 羅山は半蔵と共に仕事をしたことで確信した。

 半蔵はサブリーダーの器ではない……。

「その調子だと仲は直っていないようだな」

 永錬はため息をつきながら言った。

 永錬の狙いは半蔵と羅山に生じた亀裂を埋めること。それが失敗したのだ。むしろ、その亀裂は広がってしまった。

 永錬は自分の愚策を深く悔やんだ。

「そもそもオレは弱い奴と根本が合わねえ。あんたの事は認めたけど、半蔵の事を認めた事は一日たりともねえよ」

「バトラは強さがすべてではない。お前は少し頭を冷やせ。後、今のところ半蔵をサブリーダーから降ろす気はない」

「はー、そうかよ。リーダー様の言うことには従いますよっと。そういや半蔵はどこ行った?」

「俺はてっきり一緒に来ると思ったんだが。まだ見てないぞ」

「あいつは途中で帰っちまったよ。なんだ、ここに来てないのか」

 羅山は機嫌を損ねながら、永錬の和を基調とした部屋を飛び出しどこかへ行ってしまった。




 半蔵は拠点に戻ることなく、その足で別の人物のもとを尋ねていた。その人物は、永錬でも羅山でも類でもマギアでもなかった。

 半蔵が訪ねた人物は輝鉄に興味を持ったエンペラティアの武具職人の為に作られたプレハブ小屋に居た。 

 半蔵が尋ねた人物であろう男性は、小屋の外でしゃがみながら輝鉄を虫眼鏡でまじまじと見ていた。

「お久しぶりです。ロワード・ジャルダン先生」

 半蔵が声をかけると、男はゆっくりと振り返った。

「半蔵か。久しぶりじゃな」

 その男は声だけで半蔵だと判断した。その男の格好は何の用途でつけているか分からないゴーグルをかけており、顔はしわだらけ。しわから推測するに70歳は超えているだろう大爺だ。

「エンペラバトラ時代はお世話になりました」

「そうか? 儂はその脇差をあげただけじゃが」

 そういって半蔵の脇座をしわしわの指でさしたこの爺の名はロワード・ジャルダン。常識にとらわれない武具を創り続けており、後に世界三大武具職人の一人として数えられるほどの人物だ。

 以前から半蔵もお世話になっており、半蔵が愛用する脇差もジャルダンから譲り受けたものだった。

「今はこのダイバーシティでバトラをやらせていただいております」

「それは、噂で聞いていったぞ。君達には感謝しなければならないな。輝鉄という武具を創る上でこんな奇跡の素材をもたらしてくれたのだからな」

「ありがとうございます」

「で、何の用じゃ?」

 ジャルダンはピリッとした表情に変化した。

「私はスペシャルがありません。ですが、私は強くなりたい。力が欲しい。力を得て見返したい」

 それが今の半蔵の嘘偽りない率直な気持ちだった。

 半蔵は自分の想いをぶつけるようにジャルダンを力強く見つめた。

「なるほどな。ついて参れ」

 ジャルダンは半蔵のことをすべて悟ったように言って、ジャルダンが武具に相性の良い輝鉄を研究するために滞在しているプレハブの小屋に半蔵を連れ込んだ。

 

 半蔵はジャルダンに連れられ、プレハブ小屋の中の一室に入った。

 部屋の中はプレハブなので実にシンプル。10畳ほどのリビングにトイレと風呂が備え付けられているだけだった。

 しかし、そんなシンプルさを微塵も感じさせないように、ありとあらゆる武具が散乱していた。

 武具の中には剣や刀といったシンプルなものはあるが、ほとんどが歪な形状をしておりどうやって使うか見当もつかないような武具ばっかりだった。

 これが奇武具という言葉を作りだしたジャルダンの武具の特徴なのだろう。

 ジャルダンは引き出しに手を伸ばし、引き出しを開けた。

 そして、引き出しから何の変哲もない手鏡を、ごみを振り払いながら取り出した。

「それは?」

 半蔵にとっては、いやだれがどう見てもただの手鏡。しかし、大事そうに持っているジャルダンを見るとそれはとんでもないパワーを秘めているような気がした。

 半蔵はジャルダンにその何の変哲もない手鏡のことについて尋ねた。

「いいか、これから言うことは誰にも言ってはならんぞ。それを約束できるのなら、君はとてつもない力を手に入れることができるぞ」

 ジャルダンの目の色が変わった。

 部屋の中はなにやら重々しい空気となった。その空気を感じ取り半蔵は、原因不明の緊張感に襲われた。

「分かりました」

 正直恐かったが、力という甘い蜜に誘われた半蔵はジャルダンの言われるがままに答えた。

「これは儂の弟子にしか知らないことじゃが、儂はとんでもない武具を創った。それがこれだ」

 ジャルダンはそう言って持っていた手鏡を半蔵の目の前に置いた。

「これが、そのとんでもない武具?」

 半蔵は首をかしげた。その手鏡をまじまじ見ても、普通の手鏡にしか見えなかった。

 ジャルダンはうなずきさらに話し続けた。

「ただの手鏡にしか見えんと思うが、この武具は”時空鏡”という儂の数ある武具の中でも最強の最高傑作の武具じゃ。いや、この世界の全ての武具の中でも最強の武具かもしれん。この武具はどんなつわものでも一撃で葬ることができる」

「一体、どんな効果なんですか?」

 半蔵はすっかりジャルダンの話術にはまり説明に引き込まれていった。

「この時空鏡の能力とは、空間移動じゃ」

「空間移動?」

「そうじゃ。この武具を使って別空間に人を誘うことができる」

「別空間? すいません、言ってる意味が分かりません」

 半蔵はジャルダンの突拍子もない話しについていくことができなかった。

 無理もないだろう。別空間なんて単語をなんの脈絡もなく言われれば誰しもが簡単に咀嚼することはできない。

「この世界には二つの空間がある。一つは今儂達がいる空間、もう一つはこの空間とそっくりな別の空間。そこには人はいない。この空間は、空間移動のスペシャルをもつごく一部の闘士しか行くことができない、いわば未知の空間なのじゃ。しかし、こいつを使えばだれでも自由自在にもう一つの空間に移動できるのじゃ」

「確かに凄いですけど、空間を移動するだけじゃ倒せなくないですか?」

「その通り。確かにこの武具自体では倒せない。だが、考えてみてご覧なさい。空間移動を使えない奴を別空間に誘えば、その空間に閉じ込めることができるじゃろう?」

「そうか……」

 半蔵は初めてこの手鏡の恐ろしさに気付いた。

 まさに、今自分の目の前に置かれている手鏡は、自分の欲望をかなえる最強、最恐のアイテムなのだ。

「ただ残念なことに1日経てば元の世界に戻ってしまう。ただ、並のやつなら丸一日も閉じ込められたら気が狂うじゃろう。そして、その空間内では時空鏡をもつ者は自由自在に空間を移動できる。こっちの方が重要かもしれんのう。つまり、別空間内ならば一瞬で1km先の場所に移動できるというわけじゃ。慣れてくれば、ミリ単位で移動できるかもしれんのう」

「これを私に……ですか……?」

「そうじゃ、儂は武具職人であってバトラではないからのう。儂自身が使うことはないからな。部屋の片隅にほこりだらけでしまっておくのは宝の持ち腐れじゃからな。いずれ誰かに託さんといかんかった。それに、実際に使用者の声を聞きたいからの」

「なぜ私なのですか?」

「よいか、武具とはな、力なき者が力を補うための道具なのじゃ。儂ら武具職人は力なきものに力を与えるために武具を作っている。力なき者は武具に頼るしかないからの。だから、力なき君は儂の武具を使ってくれる確信があるから、こうして託しているのじゃ」

「それは、私が弱いということですか?」

 半蔵の目の色が急変した。

 今の半蔵には力がないなどという言葉にはだれよりも早く反応するくらい敏感なのだ。

「君は昔からプライドが高いからの。よいか、はっきりという。君は弱い。だから儂は昔から君に目をつけ、武具を授けたのじゃ」

「そうですか……」

「よいか、これから時空鏡の使用方法を説明するぞ。これは口外禁止じゃ」

 ジャルダンは時空鏡の発動方法や効果を事細かく説明した。

 これを聞いていた半蔵の眼からは自分の危険を顧みず村人を救うような正義感はみじんも感じることができなかった。

 ”力”という名の欲望……!

 それが半蔵の脳を支配していた。

「最後にもう一つ。これを使ってしまえば大事なものを失うかもしれんぞ。それでもいいか?」

「大丈夫です」

 半蔵は少しためらったが、今の半蔵の脳に歯止めはきかなかった。

 これで……。

 私に……。

 力が!

 強さが!!

 今の半蔵には永錬を慕い、家族を愛す好青年の彼をみじんも感じることができなかった。

 力という欲望を本能のままに欲するただの獣と化してしまった。 


 ☆ ☆ ☆


 それから数ヶ月が経った。

 ダイバーシティは拠点であるセンターハウスの完成から、徐々に存在が知られ始め、依頼は順調に増加し軌道に乗り始めていた。

 この数ヶ月の間、半蔵は強さを求めるために暇さえあれば、時空鏡を使い別空間での戦闘訓練していた。

 そのため、永錬達とも疎遠になっていた。

 この日、半蔵は役職を持たない平バトラの一人と仕事に出かけていた。この日の仕事は金持ちの護衛の依頼だった。

 仕事自体は事なきを得て終わったのだが、とある事件が起こった。

 依頼を終えた帰り道、その事件はこんな会話から始まった。

「半蔵さんのスペシャルってなんですか?」

 平バトラはいやらしくニヤニヤした表情を浮かべながら半蔵に尋ねた。

 この手の会話はバトラ同士の会話ではおなじみの会話なのだが、半蔵はこの会話がすこぶる嫌だった。持ってないと言えば馬鹿にされるからだ。

「それは……」

 半蔵はそのことが脳裏をよぎり、言葉が詰まってしまう。

「僕、聞いちゃったんですよ。半蔵さん、スペシャル持ってないんですよね?」

「なっ……」

 思わぬタイミングで図星を言われ、半蔵は喉元をつかまれたような感覚に襲われた。

「ダイバーバトラの間で噂になってるんですよ。スペシャルを持っていない弱い弱いサブリーダーってね。みんな馬鹿にしているんですよ、あなたを」

 なに……!?

 そんな馬鹿な……!?

 永錬さんたちも私を……!?

 半蔵は胸が締め付けられるような強烈な痛みを覚えた。と同時に、半蔵の国を想う清き心は決壊した。

「私はダイバーシティのみんなの為を思って頑張ってきたのに……奴らはそんな私をそんな風にバカにしていたのか……永錬さん……羅山さん……マギアさん……類さん……許さん……許さん!」

 復讐してやる!!

 永錬との出会い、羅山との言い争い、マギアや類との思い出……。

 半蔵はその思い出を今一度思い出し、そして記憶から消した。

 気づくと半蔵はジャルダンから教わった時空鏡を発動するための呪文を唱えていた。

 時空鏡は半蔵と仕事を共にした平バトラを巻き込み、時空をゆがませた。

 

 しばらくすると二人はもといた世界とは全てが反対の世界にいた。

 半蔵の初の実戦での時空鏡は成功した。数カ月の間で自分のものにした空間移動で、仲間の平闘士の真正面に瞬間移動した。

 その勢いで、半蔵は同じダイバーシティのバトラ、いわば仕事仲間の首を思いっきりつかんだ。

 自分の強さを証明する。ただ、それだけの理由で。

「これが力か……これが強さか……気持ちい……気持ちいぞ!」

 半蔵は気が付くと、力という麻薬に陶酔していた。

 半蔵はまるで狂ったように叫び始めた。

「お前……正気か……」

 首をつかまれ、気道をふさがれた平バトラは、呼吸を確保できなくなり、この言葉を言い残して彼は意識を失った。

 命に別条はなかったが、平バトラである彼はトラウマでニ度と仲間と共に仕事に行くことができなかった。


 ☆ ☆ ☆


 私、時偶半蔵はダイバーシティ去る決意をした。

 さらに力をつけ、さらに強くなり私を影でさげすんでいたダイバーバトラにいつか復讐するために。

 それ以降、永錬さんですら信じることができなくなった私は、永錬さんに会うことなく、置手紙だけをセンターハウスに置いてダイバーシティから姿を消した。

 ただ、私をずっと応援してくれた親だけには別れの挨拶をした。

「行かないでよ! 行かないでよ半蔵! あなたのお陰でバトラと私達が共存できるようになったのよ! ずっと見守っててよ!」

 母は涙ながらにして私を止めようとした。

 すまない母さん。ここは理想郷でもなんでもなかった。

 ここは腐敗しきった土地にすぎない……!

「ごめん母さん。必ず戻ってくる」

 しかし、これ以降私は故郷であるダイバーシティに今日まで戻ることはなかった。

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