第五十八伝「盗賊とバトラ」
第五十八伝です。皆さんは盗賊に出会ったことはありますか。盗賊には気をつけてくださいね。それではどうぞ。
依頼者のアクセサリー店に二人の男が入ってきた。一人は2mもある羅山と同じくらいの身長をもつヒョロヒョロの大男、もう一人は150cmくらいの食生活に難がありそうな小太りの小男の二人組。
まさにデコボココンビといった感じの二人の男は、両者とも袖が切られたボロボロの服を着ており、背には鎌を携えている。
絵にかいたような盗賊のような服装だ。
「こいつらです!」
依頼主は寝ぼけた眼をぱっちりと開き、開口一番に彼らを指さして叫んだ。
どうやら、この二人組が例の盗賊で間違いないらしい。
「よお、テメエらが悪らしている連中だな? この店から奪ったもんは全部返してもらうぜ」
羅山はオーラというオーラをまき散らしながら、一歩一歩盗賊たちに近づいた。盗賊たちにとって山がそのまま近づいてくるような錯覚に陥っていた。
「なんだ、こいつら?」
盗賊の小男は羅山をにらみつけながら勢いよく言うも、羅山の並々ならぬオーラに圧倒され後ずさりしてしまう。まったく体は正直だ。
「よお、テメエらが悪らしている連中だな? この店から奪ったもんは全部返してもらうぜ」
「おい、てめえ余計なことしやがったな!」
今度は盗賊の大男の方が依頼者である店主を指さしながら、激怒した。
「あなたたちの行為は許されるものではありません。アクセサリーは返してもらいますよ」
普段から弱腰の店主だったが、羅山と半蔵を雇えたこともあって今回ばかりは強気に言い返した。
「というわけです。この店から奪った品はどこにあるのですか?」
半蔵は盗賊の事を注意深く凝視しながら言った。
「知るかよバーカ」
とにかく威勢だけは良い小男。だが、言葉と体が釣り合っているとは限らず小男の小さな足が小刻みに震えている。
そんな浮足立っている小男の首を羅山は軽々と掴み、ひょいっと持ち上げた。やはり、バトラと一般人では速力、瞬発力、筋力共に桁違いだ。
どこの馬の骨かも分からない盗賊では、バトラの名のある一族の長である羅山には通用するはずがなかった。
「まさか、あんたらはバトラか……?」
小男は首を掴まれている状態で、ゴホッとせき込みながらもなんとか声を出した。
羅山のこの圧倒的な腕力を一般人では表現できないと感じたからだ。
「その通りだ、テメエらじゃあ朝飯にもなんねえ。んで店のもんはどこにやった?」
羅山はさらに力を加えながら首を締めつけ尋問を始めた。
小男は苦しそうな表情を浮かべ、顔も青ざめ始めた。
「ぜってえ言うんじゃねえよ!」
大男は自分がやられてないことをいいことに、小男に口止めをさせた。
しかし、この大男にも魔の手が襲いかかる。大男の首元にいつの間にか脇差が突きつけられていた。半蔵はあっさりと大男の背後をとっていた。
いくら弱い扱いを受けている半蔵とてエンペラティアの一流の教育を受けたバトラ。やはり、一般人と比べると格が違った。
「ちくしょーー! 覚えてろよ! 親分に言いつけてやるからな!」
大男は真実なのか、ただの苦し紛れの嘘か分からないが、親分という別の存在を口にし半蔵を脅して見せた。
しかし、半蔵は同様の一つも見せず脇差を大男の首に突き付け続けた。
「あーー、分かったよ。じゃあ、その親分とやらをここに呼べ。そいつがボスなんだろ? さっさと倒して店のもん返してもらって帰るぞ。半蔵、脇差をしまえ!」
羅山は半蔵に指示を送るなり、さっきまで力強く小男を締めつけていた手をパッと離した。
半蔵も羅山の指示に従い脇差を、本来脇差がいるべき場所である半蔵の腰に戻してあげた。
小男と大男は、オオカミに見つかった小動物のように足並みを揃え遠くの方へ逃げた。
よほど速かったようで、少し経ったらもう姿が見えなくなってしまった。
「ちょっと、なに逃がしてるんですか!?」
依頼者は羅山の対応に不満たらたらのようで、普段冷静さを心掛けている彼が珍しく羅山に難癖をつけてきた。
羅山の対応は半蔵にとってはありえなかった。みすみす敵を逃がすなどシビアなエンペラティアの教育を受けてきた半蔵にとって笑止千万。
しかし、羅山はやれやれといった表情で、頭をぽりぽり掻きながら半蔵の主張を軽くあしらった。
「あーいう連中は、やられたら仕返しに来るんだよ。プライドだけは一丁前だからな」
羅山はそう言って店の奥の店主の居住スペースである畳の部屋へまるで自分の部屋に行くように入っていき、そのまま仰向けに寝そべり仮眠を取り始めた。
昨晩の徹夜と今のひと悶着で疲労はピークが迎えてしまったようだ。
「半蔵さんはお休みにならなくて大丈夫なのですか?」
店主は半蔵に心配そうに問うたが、半蔵は手を横に振り「大丈夫です。誰かが見張っていないといけませんからね」と強がりを言って見せた。とは言ったものの、半蔵も相当疲れがたまっていたようで、頭が無意識に上下に動き、うとうとし始めた。
お昼時、半蔵は完全に眠りについてしまった。
そして、店主までも緊張状態が解放されて、落ち着いたのか眠ってしまった。これで、店にいる人は全員眠ってしまった。店の中に意識のある者がいない。極めて危険な状態だ。
そういう時に限って、災厄は訪れるものだ。
平穏な時間を切り裂くように、パリインという輝鉄製の店自慢のアクセサリーを守る透明なガラスが割れる音が店中を響かせた。それは半蔵の耳にも伝わったが、脳が夢だと勝手に判断してしまい意識が現実世界に戻ることはなかった。
先に目を覚ましたのは依頼者である店主だった。店主は目の前の様子を見るなり、急いで心地よさそうに寝ている半蔵を強引に起こした。
「……なんですか……? せっかく眠ってたのに……」
半分夢の中に誘われている半蔵は目をぱちくりさせて寝ぼけながら言った。
しかし、目の前の状況を見るとすぐに、完全に目を覚ました。
盗賊たちが早くもご丁寧にスタンバイしていたからだ。
しかし、さっきと違うのは三人いる。二人は、朝来た大男と小男なのだが、後の一人は初見だ。身長は大男と小男の中間くらいで普通なのだが、鳥の羽が差してある帽子を被っている。そして、他の二人とは明らかにオーラというものが違う。
「随分と子分たちが世話になったみたいだな。俺の名は桐生毘沙門だ。一応、バトラだ」
バトラ……!
半蔵はその新たなる男のこの発言を聞き唾をのんだ。
同業者との一騎打ち。今度は先ほどの茶番とは違い、命を取り合う”本物”の闘いがそこに待っているからだ。
言葉の一つ一つに威圧感が混ざり込んでいる。永錬や羅山と同じような感じだ。半蔵はこの男の言葉がはったりではないということは即座に分かった。
「あなたが、親分ですね?」
半蔵は腹をくくりった。彼は近づきながら毘沙門と名乗る男に話しかけた。
「お前ら、この男一人にやられたのか?」
毘沙門は半ば脅しながら子分たちに聞いた。子分たちは親分から放たれるオーラにおびえながら答えた。
「い、いえ、もう一人大きな剣を持っている男にやられました」
「そうか、もう一人いるのか。まずは、こいつを倒せばそいつもやってくるだろう。そこの男、名前は?」
毘沙門は子分たちのそれぞれの武器である大鎌、小鎌を取り上げ、まるで我がもののように背にしまい半蔵に名を聞いた。
半蔵は脇差がある位置を確認しながら自分の名を言った。
「時偶半蔵です」
「ここじゃあ、闘いにくいだろう。半蔵、表へ来い」
毘沙門は不良の決まり文句のように半蔵を手招きして誘った。
半蔵はごくりと息をのみながら毘沙門の要求通りに動いた。
白昼の寂れた商店街のど真ん中でバトラ同士の戦闘が行われようとしていた。
手始めに半蔵の対戦相手である毘沙門はとんでもない行動に出た。何を血迷ったか毘沙門は突然自分の腕に、今さっき子分から頂戴した大鎌をぶっ刺して見せた。
毘沙門の血は鎌や地面に飛び散った。
相手の奇想天外すぎる行動に驚嘆した半蔵は大事なファーストコンタクトを素通りするという致命的なミスを犯してしまった。
一方、毘沙門の鎌に付着した血がとんでもない変化を起こしていた。血が凝固し、蛇のように棒状に伸び始めた。
毘沙門は棒状の血がくっついている鎌を振り、血を鞭のようにしならせ半蔵の頬をビンタした。
半蔵は何も反応できずに頬を赤く腫らし、半蔵は手で叩かれた箇所を押さえた。
「俺のスペシャルは”血”だ。半蔵もバトラだろ? だったら、半蔵のスペシャルを教えてくれよ」
半蔵はバトラになってからというもの常にこの言葉の対処に困っていた。特に敵だとなおさら。
自分はスペシャルを持っていない。そのことを敵に教えるなど、そんな恥さらしはしたくない。
だからと言って、隠すのもおかしい。半蔵は冷や汗をかき始めた。
そんな様子をまるであざ笑うかのように、羅山は窓越しで部屋から肘枕をしながら半蔵と毘沙門の戦闘を平和ボケしながら見つめていた。いつの間にか起きていたようだ。
毘沙門は冷や汗をかいている半蔵を見るなりこう言った。
「半蔵、お前まさかスペシャルを持っていないのか?」
くっ……。
見事なまでに図星をつかれた。半蔵の冷や汗はどんどんと額から流れ始め、とどまることを知らなかった。
「図星のようだな。拍子抜けだな、久しぶりに良い闘いができると思ったのだがな。さっさとこいつとの闘いを終わらせて、もう一人の奴と闘うとするか」
「なめないでくださいよ!」
ここまでこけにされて、さすがの半蔵も黙っていなかった。
エンペラティアで培った経験を活かす……!
脇差を抜き、左右にステップを踏み、カウンターを警戒しながら毘沙門を斬りかかろうとした。
しかしそんな小細工は毘沙門には通用しなかった。鎌に付着した毘沙門の血は、今度は針のように鋭利な形状に変形しステップを踏んで的が絞りずらいなかで、半蔵のももを見事にとらえ突き刺した。
く……そ……。
手も足も出ないとはこのこと。半蔵は何も抵抗できないまま、商店街の汚い地面に膝をつきながら、無残に座り込んでしまった。
毘沙門はそんな半蔵に今度は言葉で攻めてやった。
「スペシャルを持たないバトラはバトラとは言わない。ただ、人より少し運動神経が良く、人より少し武器の扱いに慣れているただの人だ」
そんな……!
私はバトラではないというのか……!?
半蔵の心は、ももの傷よりも強く突き刺さった。バトラとして生きた自分の人生を全て否定されたようだったからだ。
いや、自分だけではない。バトラになるといった自分を反対もせずに応援してくれた家族、自分を大事な国造りのメンバーに引き入れてくれた永錬。それらすらも否定されたようにも思えた。
しかし、半蔵はそれと並行して不安を抱いていた。
バトラにも関わらずスペシャルを持っていないことに……。
それは、半蔵が一日も忘れた事が無いほどに一番気にしていることであった。それを人にはっきりと言われたのは相当こたえた。
「こいつが弱いってのは同意だが、スペシャルを持たないバトラはバトラとは言わないってのは同意できねえな」
半蔵の不甲斐ない闘いを見かねた羅山は、堂々と半蔵と毘沙門の間に割って入りながら、満を持して商店街という特殊な戦場に登場した。
「こいつです!」
毘沙門の子分は羅山を見るなり、反射的に指をさし叫んだ。
子分たちにとってはこの男こそ自分たちに屈辱を味わされた張本人……!
「そのようだな。並々ならぬオーラだ。待ちわびたぞ、名は毘沙門だ」
毘沙門の心は高鳴っていた。
”本物のバトラ”の登場に……!
毘沙門は興奮気味に自己紹介をした。
「一撃羅山だ。スペシャルを持たなくても闘えるってことをテメエに教えてやる」
羅山はそう言うと、半蔵を安全な場所に投げ飛ばし、拳を胸の前に構えボクシングのようなポーズをとった。本当にスペシャル抜きでやるようだ。
「あまりなめない方が良いぞ」
羅山のなめた対応にカチンときたのか、毘沙門は額にしわを寄せて血をまた鞭のようにしならせた。
先ほどは半蔵の小細工をまるで問題にしなかった毘沙門。今度は羅山が小細工をまるで問題にしなかった。
羅山は不規則に動く鞭をいともたやすく掴んでしまったのだ。
これが羅山の圧倒的な戦闘力……!
羅山はそのまま気味悪くビクンビクンと動く棒状の血をグイッと引っ張る。すると、それに連動して毘沙門自体も羅山の腕に引き込まれてしまった。
のこのこと自分のもとにやってきた毘沙門の顔面に、羅山は左フックをお見舞いさせてやった。
羅山の強大な拳は重すぎた。毘沙門の自慢の鳥の羽付きの帽子は宙を舞い、毘沙門の鼻から大量の血が流れた。
「親分!」
その光景を見た子分たちは悲しみの声をあげ、近づいてきた。
子分にとって親分がやられる姿はこれ以上ない目に毒だった。
「来るな!」
毘沙門は手でだらだら流れる鼻血を止めながら、叫んだ。
子分たちを傷つけさせないという彼なりの配慮だった。
その願いが通じたのか、子分たちはその場で足をピタッと止めた。
しかし、羅山の猛攻は止まらなかった。羅山は右手で毘沙門の胸ぐらをむと、そのまま持ち上げ宙づり状態にして見せた。
そして、左手の手のひらをパッと開き、高速で毘沙門の頬に往復ビンタをお見舞いした。
しばらくビンタをお見舞いし続けると、毘沙門は子守歌を聞かされた子供のようにスッと目を閉じた。
羅山は、気を失ったと判断し手を離し、攻撃するのを止めた。
しかし、それを待っていたかのように毘沙門は目を開け、血を刃物のように鋭くさせてとっさに羅山の首元を刺そうとする。
毘沙門は精一杯の演技を見せ、これまで何もさせてもらえなかった羅山に一矢報いようとしたのだ。
羅山はギリギリででっかい剣を抜き、血の刀を防いだ。
「剣を抜くつもりはなかったが、さすがにそんな簡単にはいかねえようだな。スペシャルを使えなくても倒せることを証明したかったが仕方ねえな。ただ、毘沙門よ、終わらせるぜ! 業火断剣!」
羅山は巨大な剣を紅き業火で燃やし、地を断つように思いっきり地面に振りおろした。
剣の周りの大地が即座に業炎と化した。その炎は軽々と子分物とも毘沙門を飲み込んでしまった。
「強いやつと闘えるのはバトラにとって本望だ。ありがとう、一撃羅山」
誰が見ても圧倒的な力量差がそこにはあった。
毘沙門にとってそれでもよかった。いや、それがよかった。
強敵と戦えたから……。
毘沙門は丸こげになり、自分を倒した敵にも関わらず礼を言った。
「その通りだな」
闘いを通じて両者は、互いに相手と自分は似ていることを感じとった。似ていることが分かれば、言葉を通じずとも距離は縮まる。
毘沙門と羅山は男の固い握手を交わした。
結論から言えば、この後毘沙門から店から奪った品を全て返してもらい、記念すべき初仕事は見事成功という形で幕を閉じた。
毘沙門達はエンペラティアの刑務所に収監された。懲役は何年かあるそうだが、詳しくは分からなかった。
「お二人方。大事なネックレスを取り戻して頂きありがとうございました。これで、また妻と一緒に過ごせます」
依頼主は取り戻したキラキラのネックレスを首にかけ、半蔵と羅山に礼を言った。
「妻ってどういうことですか? 住んでいるのは、あなた一人ですよね?」
半蔵は依頼者から初めて発せられた妻という単語に疑問を持った。
確かに、一人で切り盛りしていることに最初から疑問を抱いていた。
しかし、それは野暮な質問だった。
「実は、このネックレスは妻の形見なのです。妻は昨年、病気のため無くなりました。そんな妻が私の誕生日に作ってくれた大切なものなのです」
店主は涙を浮かべながら話してくれた。
「そうでしたか、変なことを聞いてすみませんでした」
とんだ藪蛇をしてしまった半蔵は申し訳なさそうな顔を浮かべた。
翌日。羅山と半蔵は昨日の徹夜からの戦闘がよほど応えたようで、十時間も眠ってしまった。
二人は依頼者である店主から報酬をもらい、がっちりと握手を交わし別れを告げた。
二人は拠点であるセンターハウスに戻るために、心地よい朝日を浴びながら帰っていった。
しかし、その道中。直りかけていた二人の亀裂がまたしても開いてしまう。
「悪いことは言わねえ。テメエはバトラを辞めろ」




