第五十七伝「理想郷」
第五十七伝です。みなさんが思う理想郷はどこですか。そんなことを思いながら読んでいただければ幸いです。
激闘を終えた永錬達を祝福するかのようにちっぽけな村に明るい光が差した。
朝の到来である。西日が今までの悪夢の終わりを告げるかのように、とびっきりの笑顔で山の合間から姿を見せた。
「……朝か……グルマンはどうなった!?」
朝の陽ざしを浴びて今まで深い眠りについていた村長がしわくちゃの目を開けた。
そして、村長は意識があった時のことを思い出し寝起きの第一声とは思えないくらい大きな声で尋ねた。
「大丈夫です。グルマンは我々が倒しました」
ずっと村長のそばで見守っていた半蔵が村長にやさしく声をかけた。
正確に言えば我々ではなく自分以外のバトラによってだ。半蔵は、その事実を村長にはひた隠しにしたかった。
「そうか……ありがとな……もしかしたら、わしらはバトラの認識を間違えていたようじゃな」
村長はずっと心の中に膿みたいなものを保有していた。
わしらがバトラに対して抱いている憎悪は偏見のそれに近い……。バトラはわしらに対して何もしていないではないか……。
村長は八十余年の長い人生の中で初めて自分が抱いていた認識の間違いに気づき、長年こびりついていた頑固な膿を取り除いた。
村長の願ってもみなかったこの言葉に五人は嬉しそうな表情を見合わせた。
「村の総意じゃし仕方あるまい」
そう言って村長は、遠くのほうに目を向ける。村長の目線の先を見ると、この村のほぼすべての村民が一堂に会し、こちらにやってきた。
「私たちを救ってくれてありがとう!」
「あんたたちは村の英雄だ!」
いたるところから感謝の雨あられが五人に降り注いだ。この一件で射場村の闘士に対する認識が180度変わったのは言うまでもない。
「お主らは村を救った英雄じゃ。建国を認めようではないか」
それは村長の待ちに待った言葉だった。
「やったあ! やったあああ!!」
五人はそれぞれ声に出し、ハイタッチして喜んだ。
「我々はここに建国を宣言する!」
永錬は念願だった建国をついに実現したのであった。
「やりましたね永錬さん」
「ああ」
半蔵は嬉しかった。
永錬の夢がかなったことに。
一人の放浪者の大きな夢がかなった時を立ち会えたことに……!
グルマンを救った小門永錬、時偶半蔵、一撃羅山、光間類、邪化射マギアの五名は、後に射場村の英雄として語られることとなった。
☆ ☆ ☆
グルマン襲撃事件から数週間たった。
村民たちはあの一件以来バトラに対する態度をがらりと変え、すっかり迎合するようになった。
ひどく壊れてしまい、瓦礫の山と化した家々を間近にすると、グルマンの出来事が悪夢ではなく現実なのだと改めて感じるようになった。
村民たちが復興作業に追われる中、永錬は荒れ地の真ん中であぐらをかきながら考え事をしていた。
「グルマン襲撃事件……あの事件、なにか引っかかるな……」
永錬達にとってあの事件は都合が良すぎた。
村長に建国を否認されてから、その日にグルマンが襲ってきた。まるで、自分達に倒させ、村長を認めさせ、建国に導いているように。出来過ぎた筋書きだった。
だが、グルマンはただの獣……。
我々の事を思って行動するなどありえない……。
考えすぎか……。
永錬は深く考えることを止めた。
「なんだ、ここにいたんですか。永錬さん」
永錬を探していた半蔵が、邪魔な瓦礫を手足で払いのけながら歩み寄ってきた。
「何の用だ?」
「名前ですよ、名前。国を創るんだから国の名称が必要ですよね?」
「そんなこと思ったこともなかったな……」
「もう、永錬さんはいろんなことが抜けているんですから」
「決まったのか?」
「はい、私と羅山さん達と村の方々で決めました。後は、永錬さんの許可を得るだけです」
「俺は特に国名にはこだわらないからな。よほどひどいものでなければ構わない」
「ダイバーシティです! 様々な違いを尊重して活かすという意味です。まさにバトラと一般人という違いを尊重し共存するこの国にはピッタリじゃないですか? さらに、射場村のイバと都市という意味のシティもくっついています」
「悪くないな。よし、この国をダイバーシティとしよう!」
これがダイバーシティという国の誕生の瞬間であった。
☆ ☆ ☆
それからまた数週間たった。
その間に起きた一番の出来事は射場村の村長の死だ。村長は自分の役目を終えて、次の世代にバトンを渡したかのようにゆっくりと息を引き取った。
次に起こった重要な出来事は射場村、いやダイバーシティの小さな村に似つかわしくない大きな建物が集会所の跡地に建造されようとしていた。
これは、永錬の意向で、国の象徴となる本拠地を建てようということになった。これが、今のセンターハウスの起源となる建物である。
ただ、まだ建物の材料となるであろう材木が散らばっているだけで、完成はまだ遠そうだ。
永錬はダイバーシティに帝国の武具職人を呼んでいた。輝鉄の重要性を説き、エンペラティアとの同盟を正式に結ぶためである。
「こちらが輝鉄になります」
類が重そうに木箱を運びながら職人のもとにやってきた。
類は施錠を決め込んでいた木箱のふたを開錠しパカッと開いた。中には、ラグビーボールほどの輝鉄の塊が収容されていた。
輝鉄は職人に自分の存在をアピールするかのように輝いて見せた。
「ほう。これが輝鉄か」
何百もの材料を見てきた名のある職人達の目が、輝鉄を見るなり明らかに光った。
「はい。これで今までより良質な武具が作れるはずです」
類は体を乗り出し、熱心に説明した。
輝鉄の魅力と、類の熱意が伝わったようで、職人たちはうんうんとうなずきながら類の話しに耳を傾けた。
「しかし、実際作ってみないことには分からんな」
職人の一人がこんなことを言うと、永錬は待ってましたと言わんばかりに先ほどの木箱より一回り小さな木箱を職人に人数分配りこう言った。
「こちらはぜひお持ち帰りください。自由に武具を作ってみてください。今日はありがとうございました。何かありましたら私のところへお気軽にどうぞ」
「ほう。助かるな」
類の段取りもあってか、職人は気分よさそうに帰っていった。同盟国までの航路は実に順調だった。
「類、いつも助かる。ありがとう」
永錬は理論だてて説明するのは大の苦手。それは自分でも分かっていた。
だからこそ、自分の弱点を補ってくれる類は欠かせない存在だった。
永錬は珍しくストレートに感謝の意を示した。
類は鼻を指に置き、照れながら答えた。
「私は永錬さんの右腕と自負しております。永錬さんが困っていることがあれば、全力でサポートさせていただきます」
「おい、それは聞き捨てならねえぜ」
職人達と永錬、類のやり取りを近くで傍観していた羅山が不満げな顔で近付いてきた。
羅山は近づいてくるなり、類にこう主張した。
「いつからお前が永錬の右腕になったんだ? いいか、リーダーの右腕ってのはつえー奴がなるんだぜ」
「根本から違いますね。右腕はここが良くないとなれません。強さは二の次です」
類はそう言って人差指で自分の頭をつついた。
二人の右腕に関する考え方は真っ向から分かれていた。
「んだと!」
この類の発言と指の動きは、完全に羅山の堪忍袋の緒を刺激した。
羅山は分かりやすく怒りをあらわにした。
「ちょっと待ってくださいよ。右腕はこの土地の出身であり、永錬さんと一番長い付き合いがある僕が適任ですよ!」
その様子を静観していた半蔵までも入ってきた。ただでさえややこしい状況にも関わらず、さらに状況は混とんを極めていった。
「お前は弱すぎる! 論外だ!」
羅山は怒りで我を忘れ、ついつい心にしまっていた本音が出てしまった。
弱い……。
この単語は半蔵が今一番気にしているデリケートな部分だった。羅山は半蔵のタブーに触れてしまった。
タブーに触れられた人の感情はどう転ぶかわかるものではなかった。
「なんだと!?」
珍しく、温厚な半蔵がキレ出した。
せっかく軌道に乗ってきたときにこの内輪もめ、先行きが不安であった。
「お前ら、止めろ!」
永錬が一喝して、とりあえずこの場はしずまった。
しかし、権力争いとは人をここまで変えさせるのだと感じた瞬間だった。
その頃、権力争いに全く興味が無いマギアは、村の外れの草原で蝶と戯れていた。
☆ ☆ ☆
それから一年もの月日がった。
少し前、輝鉄が武具を作るための良質な材料と認められ、輝鉄の定期的な輸入を条件にエンペラティアから同盟国の要請があった。当然ダイバーシティはこれを受理し、ダイバーシティとエンペラティアは正式に同盟を結んだ。
そしてこの日、ついにダイバーシティの本拠地、センターハウスが完成した。
この国の特産である輝鉄をふんだんに使った自慢の建物。見た目は輝鉄のお陰できらびやか、また強度も輝鉄のお陰で頑丈だ。
ただ、エンペラティアからの資金はごくわずかなもので、外観に資金のほとんどを使ってしまい、内観にお金を使うことはあまりできなかった。
建物は二階建てで、一階には依頼者と契約するために設けられたロビー、二階には闘士達の待機所及び、センターリーダーである永錬の部屋がある。
今の七階建てあるセンターハウスと比べれば、こじんまりとしたものだった。
永錬は自分の部屋にこだわり、前にお世話になった射場村の民宿をモチーフにした和のテイストに仕立て上げた。これは、今でも本部長室として現存されている。
エンペラティアのご厚意もあって、エンペラバトラが何名か派遣され、一応最低限機能するまでに至った。
ひと悶着あった永錬の右腕争いだが、永錬の右腕、つまりサブリーダーは土地に精通していることもあり半蔵が選ばれた。そして、永錬の計らいにより、持ち前の知識とコミュニケーション能力を生かすために類を外交官に、羅山は持ち前の闘争本能と戦闘能力を生かすためにダイバーシティのバトラで編成された部隊を直接管轄する部隊長に、それぞれ任命しなんとか二人の機嫌をとった。
「私をサブリーダーに任命してくれてありがとうございます」
半蔵は永錬が居座る、ピカピカの畳が目を見張る永錬の部屋に入っていた。
永錬はそんなピカピカの畳に胡坐をかいて、国のリーダーらしく堂々と座っていた。
永錬は熟考の末、半蔵をサブリーダーに任命した。
能力的なことを考えれば半蔵はサブリーダーの器ではなかった。しかし、今まで自分と苦楽を共にしてきた情というものが永錬にはあったのかもしれない。
「浮かれるなよ。これからが勝負なのだからな」
永錬はサブリーダーに任命され舞い上がっている半蔵に釘をさした。
地位に満足して堕落する恐れがあるからだ。
ここで半蔵は永錬の思惑通り気を引き締めた。
「その辺は任せてください。永錬さんの為、ダイバーシティの為に尽力させていただきます」
「その意気だ。このままいけばセンターリーダーになれる日は近いかもな」
「ありがとうございます!」
センターリーダー……。
つまり国の頂点……。
永錬のセンターリーダーという言葉に、半蔵は再び舞い上がってしまった。永錬はアメと鞭の使い分けが抜群にうまかった。
「なんで永錬は奴を選んだ……!?」
この会話を部屋の外から盗み聞きしていた羅山は、持っていた缶ジュースの空をを握りつぶした。
二週間後。
センターハウスが出来たことが周辺地域を中心に広く知れ渡ったこともあって、数多くの依頼者がここを訪れたいた。
依頼の多くは、畑の手伝いや犬の捜索、旧射場村の復興の手伝いといった雑用が多かったが、一つ骨のある依頼が舞い込んだ。
「盗賊?」
依頼の件で一階のロビーに呼び出された永錬は手であごを触りながら、依頼主と話していた半蔵に聞いた。
半蔵は次のように答えた。
「はい。ダイバーシティの辺境にある輝鉄のアクセサリーを扱うお店にたびたび押し入り、アクセサリーを奪っていくそうです。店主は手に負えないようで、わざわざ遠い所から足を伸ばして我々に助けを求めてくださったということです。盗賊の中にはバトラも紛れているとか、なんとか」
「これは是非我々で解決したい問題だな。よし、サブリーダーとして半蔵、お前が直接現地に向かえ」
「わ、私がですか? 分かりました! 全力でこの依頼を取り組んでいきます!」
半蔵は少し驚いた。サブリーダーという立場上、センターハウスに待機するものだと思っていたからだ。
しかし、半蔵にとってこれが初仕事。これからのダイバーシティのバトラ、ダイバーバトラの信頼を勝ち取るためにも何が何でも成功したい案件。
半蔵は拳を握りながら、力強く答えた。
「後、羅山お前もだ」
永錬は次に、一階で呑気にタバコをふかしていた羅山を指名した。
「えっ、俺かよ!? リーダーの命令とあっちゃしゃーねーな」
思わぬサプライズ指名に驚く羅山、快く承諾した半蔵に対し彼ははいやいやといった感じの表情をした。
半蔵も永錬が羅山を指名した瞬間、顔を曇らせた。この二人はサブリーダーを決める際に亀裂が生まれていた。
永錬はこの二人のそれを感じていた。だから、これを機に信頼関係を結ばせたいと思い、こういった特殊なメンバー構成にしたのだ。
「羅山さん、依頼者の方はこちらです」
半蔵は羅山のことに苦手意識を感じていたが、そこはぐっとこらえ、笑顔を意識して羅山に依頼主のことを紹介した。
「で、助けていただけるのでしょうか?」
出来立てほやほやのセンターハウスにこれまた出来立てほやほやの椅子に座り心配そうな顔で話しかけてきたのは、依頼者であるぽっちゃり体型の中年男性だった。
「はい。私と、ここにいる一撃羅山で依頼を受けさせていただきます」
まずは、依頼者を安心させること。
半蔵はそのエンぺラティア時代に習った教訓を活かし、半蔵は胸に拳を置いて、依頼者に安心させるように答えた。
「頼みました」
半蔵の言葉を聞き、依頼者はほっと肩をなでおろした。半蔵がエンぺラティア時代に培った経験はこういう小さなところで着実に活きていた。
☆ ☆ ☆
依頼主に連れられてやってきたのは羅山の家近くの、山のふもとにある冷たい風の音がしっかり聞こえるくらいの、閑散とした商店街だった。
依頼主のお店はその商店街の中に存在した。
「ここです」
依頼主のお店は、ガラス張りで輝鉄で輝くアクセサリーの様子が良く見える。
通行人の興味を引き付け購買意欲を高めるのに有効だが、これが運悪く盗賊の目に止まってしまったようだ。店内には盗賊が襲った跡とみられる割れたショーケースが痛々しく写っていた。
「過去に何回ほど襲われたのですか?」
半蔵は店内の様子を観察しながら質問した。
ここでも半蔵はエンぺラティア時代の経験が活きた。依頼主の周囲の状況を聞くのは基本といえる。
「ニ度です。一度目は二週間前、私が眠りについている真夜中です。朝起きたら何点が売り物のアクセサリーが無くなっていました。残っているのは無残な割れたショーケースだけでした。二度目は一週間前、これは私が店番をしている時でした。武器を持った二人の男が入ってきて、「金とアクセサリーを頂く。従わなければ殺す」と脅され、私は恐怖におびえ何もできませんでした。男は店の売り上げ金と、私自身が首にかけていたアクセサリーを奪われました。このアクセサリーは私が父から貰った大事なものなのです。どうかお願いします」
依頼主は涙目になりながら半蔵と羅山に懇願した。
半蔵はこの時、依頼主の期待に何が何でも応えることを心に誓った。
依頼者のアクセサリーは自分と家族を繋ぐもの。半蔵にとってのそれはバトラだ。自分にバトラが無くなったら自分ではいられなくなるだろう。それを無くしてしまった依頼主の心中が半蔵の心をえぐるように伝わってきたからだ。
そして、依頼主は涙を手でぬぐいながら続けた。
「盗賊は先々週の明日、先週の明日と襲ってきました。つまり奴らが襲ってくるのは明日だと思われます」
「この依頼、必ず成功して見せます!」
半蔵は生気に満ち溢れた声で宣言し、依頼主と男の熱い握手を交わした。
その夜。半蔵と羅山は夜襲を警戒し、寝る間も惜しんで二時間おきに交代制で見張りをした。自分が見張っていない時に寝ることができるが、二時間経てば自分の番が回ってくることもあり、両者とも満足に睡眠をとることができなかった。
二人はそんな辛い夜を過ごしたが、その努力空しく盗賊は現れることはなかった。
「おはようございます。夜を徹して見張っていただきありがとうございます。盗賊は現れましたか」
依頼者がだらしない寝癖をつけながら、母屋である二階からパジャマ姿で店がある一階に降りてきた。
「全然きやしねえ、おっさんそんな都合よく来ねえって」
羅山が大あくびして答えたその時だった。
武器を携えたいかにも怪しい二人組の男が店に入ってきた。




