第五十六伝「射場村英雄物語」
第五十六伝です。皆さんの好きな物語はなんですか。たくさん思い浮かぶものがあると思いますが、一番の物語は自分自身の物語です。それではどうぞ。
夜空を切り裂く禍々しい轟音。叫び声のようなグルマンの鳴き声だ。
でもおかしい。たった今、力を合わせて撃退した筈なのに。
「西の方向! 村長さんの家がいる方向だわ!」
村人の一人がそう叫び、指をさした。確かにその方向は村長が仕事する先ほど永錬達が門前払いを食らったあの集会場があり、村長が生活する家がある方向だった。
そして、村人が指を指した方向を見ると先ほど倒したはずのあの忌々しい風体をしたグルマンが遠くの方に見えるではないか。
それも、さっきのより大きく見える。それに、永錬が切り落とした左腕が何事もなかったかのように復活している。
この二点から言えることはただ一つ。
別の個体……!
建国のメンバーである永錬、半蔵、羅山、類、マギアの五人は頭で考えるより先に体が動いていた。
五人は全速力でグルマンがいる、村長の家がある場所へ急いだ。
人仕事を終えいつも通り自宅に帰ろうとしたその時、村長は目を疑った。
目の前の光景に……。
ビルのように高く、危険を香らせる黒色の毛むくじゃらの魔獣、グルマンの姿に……!
村長は恐怖のあまり一歩も動くことはできなかった。
そんな村長を獲物として認識したのか、漆黒のビルが一歩一歩近づいてきた。
「お主はグルマンか……あのグルマンか! 終わりじゃ……この村の終わりじゃ!」
そう、終わり……。
村長は自分の長い長い人生を振り返り、ここまで長く人生を歩んでいたことに感謝していた。
村長が断末魔の叫びを発し、死を認めたその時だった。
白い勇敢な衝撃波が巨大なグルマンの体を切り裂いた。
「ギリギリ間に合ったか」
全速力で村を駆け抜けてきた永錬がなんとか間に合った。永錬はグルマンの前に村長をかばうようにして仁王立ちしながら、村長を助けた。
「お……お主は……」
そう言い残しておとぎ話の魔獣をこの目で見てしまった驚きか、自分が忌み嫌っていたバトラが自分を助けたことに対する驚きか、そん双方の驚きどちらもによるものなのかわからないが、村長は驚愕のあまり失神してしまった。
「おいおい、なんだよこれは……!」
現場に現れた羅山が大きな口をあんぐりと開けながらこう言ったのも無理もなかった。
先ほどの個体より明らかに大きかったからだ。
違う個体と見間違うほどに……!
先ほどの個体と比べると1.5倍くらいはあるであろう。後を追うようにぞろぞろと半蔵、類も戦場にやってきた。
「さっきのよりでかい……」
半蔵は誰が見ても明らかなくらい怯えていた。先ほど一瞬のうちにやられてしまったトラウマからだろう。
半蔵は体全体を震わせながら、つぶやいた。
「さっきの個体が子ならば、これが親みたいな感じなのでしょうか」
類は平常心を保っていた。いや、強引に平常心を保たせていると言ったほうが正しい。自分が冷静さを欠いてしまったら、あの獰猛なる魔獣に殺されると感じたからだ。
類は目の前にいるグルマンをまじまじと見て、観察しながら言った。
そして、少し遅れてマギアが早足でやってきた。今回はなんとか追いついた。
「今度は間に合ったよ。ねえ、なんであなたは怒っているの?」
マギアはまるで長年の親友のような口ぶりで、心配そうにグルマンを見つめ話しかけた。
「おい、マギアどういうことだ!? 怒っているだと!」
初対面であるはずのグルマンに怒っていると発言したマギアに疑問を持った羅山は、マギアに話しかけるグルマンをさえぎってまで問いかけた。
「うん。怒ってるよ」
「私の仮説が正しければ、子どもを傷つけて怒っているのでしょうね」
ここで類は自分の仮説に基づく論を自慢げに展開したことを見せびらかしたいのか、自慢げに会話に割り込んでいた。
「グオアアア!!」
自分を棚に置いて話し始めたことに怒りをあらわにしたかのように、グルマンは天にも届きそうな咆哮を披露した。
「と……とにかく、倒しましょう!」
半蔵は意気込んでいるのか、怖がっているのかよくわからないような声で永錬、羅山、類、マギアを奮起させた。
「テメエに言われなくてもそのつもりだ! だがな、テメエは村長達の様子を見ていろ、参加するな!」
羅山は半蔵に強い調子で指示した。が、半蔵はそれを聞き入れる気が無かった。
「なんでですか? 私だって参加しますよ!」
半蔵は当然のように反論した。先ほどの失態を拭うためのリベンジもあって、半蔵の闘う気は満々にあった。
「テメエは弱い! オレたちの足手まといになるだけだ!」
そんな私は……。
私は……。
弱い……?
半蔵は羅山の言葉に心当たりがあった。
私は永錬さんの役に立ったのだろうか?
羅山さんを仲間に引き入れるため闘ったときも、類さんを説得したときにも、マギアさんと遊んだときも、エンペラティアの総帥に建国の承認を得るときも……。
何の役にも立っていないではないか……!
羅山の言葉を引き金に半蔵は自分の弱さを想起してしまい強く落ち込んだ。半蔵は生気を失ったように膝から崩れ落ちた。
自分でもうすうす気づいていた。しかし、それを他人に改めて言われるほど辛いものはなかった。
「羅山! そんな言い方はダメです!」
類は知っていた。半蔵の心の葛藤を。
だからこそ羅山を強く注意した。が、必死のフォローが当の半蔵の耳に届くことはなかった。
「グワアアアオオ!!」
グルマンは待ちきれんとばかりに、しびれを切らして襲いかかってきた。丸太のような巨大な脚を前後に激しく揺らしながら。
「私と……遊ぼ……!」
マギアは先ほど遊べなかたことで戦闘欲が溜まっていた。
マギアはその欲求を放出させるために、チームプレーというリミッターを取り付けないまま、欲望のままに凶悪なグルマンに恐れることなく突っ込んでしまった。
「マギア! 一人で突っ走んじゃねえ!」
羅山がマギアの暴走ともとれる行動を止めようとするも、闘いのことになると周りが見えず、聞こえないマギアには羅山の言葉は意味をもたなかった。
「幻想……速いッ!」
それは、マギアですら幻想を中断せざるおえないほどのスピードだった。
マギアは得意の幻想で自分のペースに持ち込もうとするも、グルマンはここで人間離れなスピードで、大木が根元から切られて地面に落ちるような勢いで腕を振り下ろした。
華奢なマギアの体に重厚な腕が直撃しそうになった瞬間、夜空に照らすようにした円柱の光の柱が突如出現した。その光の柱はグルマンが振りおろそうとしている腕を支え、動きを止めた。
「ギリギリ間に合いましたね。聖柱成功です」
類が手で額の汗をぬぐいながら言った。どうやら、光の柱の正体は類の光属性のスペシャルを用いた技のようだ。
「ありがとう……」
類の手助けが無ければマギアは無事では済まされなかっただろう。
それは本人が一番よくわかっていた。普段感謝を口にしないマギアだが、この時ばかりは感謝を言う他なかった。
「そんな性に合わないこと言っている暇があったらグルマンと遊んでくださいよ。奴のパワーで柱も限界のようです」
類の言うとおりグルマンの底知れぬパワーのせいで、堅牢な防御力を誇る光の柱ですらヒビが入っていた。
「……幻想……縛幻!」
この時マギアの中に一抹の不安があった。
これまで人間には幾度となく使い苦しめてきた幻想だが、こと人間以外の動物には使ったことが無い。
はたして効くのであろうか……?
その不安をなんとか頭でかき消して、幻想を発動した。
すると、グルマンの動きが止まった。と、同時に発動者のマギアの動きも止まった。どうやら、両者とも幻想の世界に行ったらしい。
「チャンスだ! オレ達も行くぞ!」
「ああ」
仲間が作ってくれた隙。チームの決め役である羅山と永錬にはステイという選択肢はなかった。
「来ちゃダメ――!!」
羅山と永錬が決めにかかろうとしたその時、気を幻想の世界に移動させてたはずのマギアから二人の意思と行動を急ブレーキさせるように耳を貫くような叫び声が響き渡った。
「グオオアアギャアア!!」
グルマンの怒号がまるでマギアの叫び声と輪唱するようにして響いた。
グルマンはちょこまかと動く敵に対して相当苛立っているようで、頭を前後に振り、地団太を踏んだ。
グルマンは怒りを行動に移すかのように、腕を憎き対戦相手に当たるように大きく横振りをした。
まるで、敵という屑ごみを掃除するかのように。
グルマンがただ腕を振っただけで、バコオンという耳に穴を開けるようなけたたましい音と、視界が全く見えないような大きな砂嵐が吹き荒れた。
はたして前線に立っていた永錬、羅山、類、マギアの四人は無事なのであろうか。次第に砂嵐が晴れて状況が分かるようになってくる。
小さな岩の壁と、光の壁が見えてきた。類と永錬の防御技だ。どうやら二人は間一髪で防いだようだ。
しかし、有効な防御技をもたない羅山とマギアの運命はどうなったのであろうか。どうやら、大丈夫のようだ。
永錬はマギアを類は羅山を、それぞれ自分を盾にする形でかくまっていたのだ。
「マギア何があった?」
永錬は自身で守ることができたマギアに、相手の力を図るために、幻想の世界へグルマンを招待した、いわば的の事を一番よく知る人に尋ねた。
「……幻想が破られた……怖い……」
マギアはすっかり青ざめた唇を震わせながら答えた。
幻想が破られた。つまりそれはマギアの完全敗北を示す言葉だった。
だからこそマギアのこの青ざめた表情だった。こんなにおびえるマギアを見た事がなかった。
~約二分前~
マギアはなんとかグルマンを幻想の世界に引き込むことに成功した。何にもない世界にいるのは一人の女性と一匹の魔獣といういびつな組み合わせ。
マギアは幻想の世界に出現させた鎖をグルマンの両手両足に縛りつけた。しかし、この世界ではそれもリアルに感じてしまう。
それはまさに脱出不可能の闇の監獄。普通のバトラならば、これで精神は簡単に崩壊してしまうだろう。
しかし、相手は人間ではない。おとぎ話上の魔獣。人間より精神が疎い獣に精神が崩壊する事はなかった。
鎖を力づくでぶち壊したのだ。
永錬の時のように幻想を攻略されたのではない、強引に破られたのだ。
これには、さすがのマギアにも効いたようで、ナーガが交流戦の時に起こってしまった症状である逆精神崩壊を初めて引き起こしそうになってしまった。
「来ちゃダメ――!」
マギアはなんとか自我を保とうと、幻想を解除させ自分と仲間に言い聞かせるようにこう叫んだのだ。
永錬はマギアの話を聞くなり、何を思ったのかリーダーにもかかわらずメンバーと相談もせずに、先ほどのマギアのようにすぐさまグルマンに飛び込んでいった。
虎の紋章を輝かせながら、先ほどのグルマンのように右腕を斬り落とし、勝負を終わらせようとした。
しかし、先ほどのようにはいかなかった。先ほどの個体より明らかに太い腕。傷はつけたものの、斬り落とすまでには至らなかった。
むしろ、逆効果だったのかもしれない。これで、グルマンの怒りは頂点に達してしまった。
グルマンは所構わず暴れ始めた。周りにある丹誠込めて作られたであろう家、そして村の歴史が集約されている集会所までも壊してしまった。
さすがの永錬も危険を感じ一目散に退いた。
前線に立っていた羅山、類、マギアもグルマンとの距離を十分にとった。半蔵も気を失っている村長を抱えながら逃げた。
「永錬さん! 何してくれちゃってるんですか!」
類は今のグルマンのようにいら立っていた。
リーダーとは本来皆をまとめ上げて、力を合わせ勝利に導く役回り、それがどうだ今取った永錬の行動はメンバーを無視して勝手に突っ込むというリーダーがやるべきこととは正反対の行動。
類はリーダーの行動に腹を立てながら怒った。チームワークとはなかなか難しいものだ。
「すまない。隙があったから体が勝手に動いてしまった。ただ、これだけは分かった。先ほどの個体とはレベルが違う。力を合わせないと無理のようだ」
永錬は謝りながらも、今の斬撃で分かったことを的確に伝えた。永錬は次に、羅山に指示を出した。
これこそが類のリーダー像のまんまであった。
さすがは永練といったところ。勝手な行動を無駄にはしなかった。
「羅山、奴の全方位に玉熱砲汰を放て」
「おーけー! 玉熱砲汰!!」
羅山は常に自分を中心に置き生きていきた。そんな羅山はリーダーである永錬の指示に気持ち悪いほどに素直に従った。
それが永錬の圧倒的なカリスマ性……!
羅山はシャワーのように、大量の燃え盛る鉛弾を撃ちまくる。その、鉛弾はグルマンの頭、体、脚、様々な部位に命中した。
「グオアアア!!」
この攻撃には、今まで無双を続けていたさすがのグルマンも苦痛な声をあげた。
グルマンの体には鉛弾の火傷のあとがいくつも浮かび上がってきた。しかし、体の部位によって時間差はあるもののみるみる回復し始めてしまう。
「分かった」
永錬はグルマンの様子をじっくり見たのちに、不敵な笑みを浮かべてこう呟いた。
「羅山、類、マギア来てくれ。作戦を話す」
永錬は羅山、類、マギアの三人を招集した。永錬にはグルマンを倒すビジョンが見えたのだ。
三人は永錬の作戦を聞くために、永練を円で囲むようにして集まった。
四人は作戦をこそこそと話しあったのち、作戦通りの配置についた。
マギアを前線に立たせ、他の三人はマギアの後ろに立った。
この摩訶不思議な陣形こそが永錬が思い描いた勝利のビジョン!
「少しだけ……少しだけでいいから……もう一度、私と遊んで! 幻想・縛幻!」
マギアは破られてほやほやの縛幻を再度唱えた。
当然、マギアの脳内には先ほど力づくで破られたトラウマがこびりついてた。
しかし、マギアは震える体に鞭打って、仲間の為、勝利の為の一歩を踏み出した。
この作戦を成功させるためには、隙を作ることは不可欠……。
今までの闘いで一番隙を生んだのはマギアの幻想……。
マギアには辛いかも知れないが、マギアに託す……!
永錬はそう心の中で復唱し、マギアの無事と成功を願った。
永錬は強すぎるあまり仲間に頼ったことがなかった。自分一人で事足りたからだ。
しかし、今回の相手である魔獣グルマン。
それは初めて出会った自分より強い敵。
仲間の協力なしでは決して倒すことのできない相手。
永錬はこの時初めて仲間を頼った……!
永錬の願いどおり、無事にグルマンの動きは止まった。
「今だああ!」
永錬が叫んだ。グルマンの強さを考えれば、ここしか、この一点しか勝利という光明を見ることができないと永錬は悟ったからだ。
永錬の額には血管を浮き上がらせていた。常に感情を心にしまっていた永錬が珍しく感情を表に出したのだ。
永錬の合図を受け、類と羅山は永錬の刀、紋章刀を掴んだ。
類と羅山は自分が持ち合わせているありったけの力を紋章刀に送った。
類の光、羅山の炎を受け紋章刀は今までに出したことのない、銅色の光を発色させて、輝き出した。
「これが、俺たちの力の結晶だ! 絆魂!!」
永錬は剣先で全員の全員の力を球体に凝縮させ、グルマンめがけて放った。
永錬の力に類の光と羅山の炎を加えた、サッカーボールほどの超密度の球体が全員の想いを乗せ、グルマンとのタイマンに挑んだ。
全員の強き想いが、玉に一つの凝縮されグルマンに届いた。
その玉はグルマンの右胸辺りを正確にとらえた。
「グギャアアオオアアア!!!」
グルマンは今までに出したことの無い、村一つなら声だけで壊滅させれるような悲痛な大音声を雄たけびを上げた。
「あんたの弱点は右胸だ。羅山の弾で負った傷の治りが右胸だけ遅かった」
永錬はグルマンの弱点を見つけるために、羅山に指示を出したのであった。
グルマンは観念したかのように、強襲を受けた右胸を押さえ、歯切れの悪い不規則な足音を立て山に去っていった。
永錬達は力を合わせて親玉のグルマンを撃退したのである。
やったあーーー!!
討伐に導いた永錬、羅山、類、マギアの四人は抱き合って、喜びを表現した。
それは、グルマンを討伐したからではない。みんなで力を合わせることができたからだ。
ここに射場村に新たに語り継がれることとなる天災、グルマンを撃退した英雄物語は完結した。
もし、私が参加していたら……。
私は確実に足手まといとなっていただろう……。
羅山さんの言う通り私は……。
弱い……!!
半蔵は喜びあう四人の様子を悔しそうに見つめながら、この想いを心の闇なる部分にしまい込んだ。




