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DORAGON BATORA ―ドラゴンバトラ―  作者: 紫風 剣新
二年編
56/67

第五十五伝「魔獣・グルマン」

第五十五伝です。みなさんの街には言い伝えはありますか。ではではご覧ください。

「ダメじゃ! 認めん!」

 静かな村に響く怒号。

 眉をひそめて、声を荒げたのは白髪の婆さんだった。建国をしようとしている土地である、射場村の村長だ。

 村長と激論を交わすのは国造りのリーダーである小門永錬と、今や彼の優秀な補佐役となっている時偶半蔵、建国メンバーの随一の頭脳、光間類の三人。

 それ以外のメンバーである一撃羅山と邪化射マギアは明らかに話しあいには不向きな性格なので、半蔵と類の意向でこの席から外れている。

 ここは、射場村の集会所。帝国の高級感あふれるお屋敷とは違い、古びた茅葺屋根が特徴的な家。

 三人がいるのはその中の一室で、安っぽい机と無造作に置かれたパイプ椅子があるだけのごく普通の部屋。

「なぜですか? 決してあなた達が損をすることはないはずです!」

 類は村長のふてぶてしい態度にイラつきながらも、ぐっと我慢して説得を試みた。

「確かにお主らの言い分は分からないことはないが、わしらを巻き込まんでくれ。やるなら、余所でやってくれ。わしら一般人と関わらんでくれ」

 そんな……。

 類は心の奥底でこのことが深く刻まれた。

 一般人とバトラの間に存在する溝はあまりにも深すぎる……。

 しかし、永錬の理想は一般人とバトラの共存。互いが助け合って生活すること。

 ここで引き下がるわけにはいかない。永錬は自分の主張を展開した。

「あんたらはバトラのことを、持っている力を良いことに一般人に暴力する野蛮な集団としか思っていないようだが、それは大きな誤解だ。バトラの力は、あんたら力なきものを助けるためにある!」

「それが上から目線の態度が気に食わんのだ! そもそも自分の身は自分で守るわい!」

 長い長い人生という名の道を歩んでいた村長、長い年月を経て意志は岩石のように固まっていた。

 村長は、机をバンと叩きながら、永錬の主張を真っ二つにした。さらに、村長の怒りの矛先は同郷である半蔵の方に向いた。

「そもそも半蔵よ。お主がこの村出身にもかかわらず、バトラなぞになるからこんなややこしいことになるのだ!」

 射場村の人口は少なく、近所の人たちは家族同然の付き合いがあるのがこの村の良いとこと。

 半蔵は、幼いころから村長に可愛がってもらった。そんな村長からのこの冷たき言葉。半蔵は心が貫通するような痛みを負った。

「そんな……婆ちゃん……ひどい……」

 半蔵は泣きそうな声で言いながら、顔を机に突っ伏した。

 一体、どうしたら一般人とバトラの間に生じるこの深い深い懸隔を埋めることができるのだろうか。幾度の困難を乗り越えてきた永錬でさえも答えを見つけることができなかった。

「さあ帰りな! バトラとは話したくもないわ!」

 バトラを心から毛嫌いしている村長は、バトラである三人をまるでハエのように手で払い追い出した。

「ちょっと待ってくれ!」

 永錬の言葉むなしく、村長の付き添いの人に背中を押され、強引に部屋から追い出されてしまい、部屋に二度と入らせまいとして部屋の扉を閉ざした。

 三人の道はトボトボと集会所を後にするしか残されていなかった。


 くそう……。

 くそお……!

 半蔵は心の中で悲痛な叫びを披露した。彼は改めて実感してしまった。

 自分の村の圧倒的なバトラ差別を。

「覚悟はしていましたが、ここまで毛嫌いされているとは思いませんでした……」

 類は重い足取りの帰路に影響されたかのように、重い口を開いた。

「明日も行く。認められるまで通い続ける」

 永錬の心はダイヤモンドよりも堅い。村長の罵詈雑言という凶器にも耐えうる強度をもっていた。

「あの態度では、もう取り合ってくれないでしょう」

 類は頭をがっくりと落としながら言った。それは、現実を突きつけるような言葉だった。

「この村は特にバトラを嫌っていますからね。この村にこだわる必要ないんじゃないですか? バトラを迎合している村も探せばあるでしょう」

 自分の村を愛していた半蔵だったが、村長のさっきの一言で村への愛情が冷却スプレーを全身に浴びたかのようにだいぶ冷めていた。

 自分がバトラになったのが原因なのか、家族が村から孤立状態になっているという噂を耳にしたのも理由の一つである。

「ダメだ。この村だからこそ意味がある。他の土地に創ることは考えられない」

 一昔前の親父のような頑固なまでの永錬の信念。

 永錬とそこそこ長い付き合いになる半蔵は、彼の意志を変えさせることは不可能だと悟っている。


 三人が気を取り直して向かった先は、ひとまず拠点として滞在している観光客用の民宿だった。

 村の中でも三本の指に入るような質の高い宿。永錬の紋章刀のような橙色に光ったのきらびやかな外観が特徴だ。

 内観も橙色のきらびやかな明かりが上質な雰囲気を醸し出している。建国メンバーである永錬、半蔵、羅山、類、マギアの五人は全員が泊まれるように、民宿の中でもひときわ大きな部屋を借りていた。

 部屋には留守番を頼まれた羅山とマギアがいる。

 永錬達はロビーから鍵をもらい、彼らが待つ部屋に向かった。途中、宿泊客の冷たい目線がバトラを毛嫌いしていることを痛感させる。


 永錬は自分の部屋の鍵をガチャリと開けた。部屋は帝国邸で総帥と密談した一室を彷彿とさせる美しい和の部屋だった。

「おかえりー。永錬遊ぼー」

 マギアは永錬を見るなり、永錬の恥ずかしいそぶりを一切見せず、胸に飛び込んだ。

 あの一戦以来、マギアはすっかり永錬の虜となってしまった。

「んで、どうだった?」

 羅山は畳の上で気持ちよさそうに寝転びながら、永錬に今日の成果を聞いた。

「散々だった。明日も行くことになるだろう」

 永錬は今日の成果を嘘偽りなく羅山に話した。

 ”散々”。永錬のこの言葉が表すように、今日の話し合いでは国創りという光明は全く見えてこなかった。

「そうか、だったら明日はオレも連れてってくれ!」

 羅山どこからわいてくるかも分からないが、大きな自信を持っていた。彼は寝ていた体を起こしながら宣言した。

「あなたはダメです。村長のバトラのイメージまんまなのですから!」

 類の的確かつ激しいツッコミはこの村でも健在だ。類の言うとおり羅山が言ったとしても逆効果以外の何物でもない。

「だったら私が遊びに行きたい」

 今度はマギアが自信満々に立候補した。この二人の問題児っぷりはとどまることを知らない。

「あなたは絶対だめです!」

 当然類はこれを却下した。もし、マギアが話しあいの場にいたら……想像したくもない。

 

 ☆ ☆ ☆


 村にはある言い伝えがあった。

 ――村の象徴である輝叡山には魔獣が住んでいる。曰く、その魔獣は体長4mほどで、全身毛むくじゃらで、ウサギのようなとがった耳、サメのような鋭い牙がある。曰く、その魔獣は山に迷い込んでしまった人を喰らう。曰く、その魔獣の名はグルマン――。

 しかし、こんなものは単なる言い伝えに過ぎず、時が経つにつれ信じるものなどいなかった。

 その夜。不気味な風が村を強く吹き付けていた。

 神が五人に与えたチャンスなのか、村にある天災とも言うべき事件が起きた。


「ウオオアアア!!」

 おぞましいほどの巨大な咆哮が、静かな村に辺り一面轟いた。

 その大音声は民宿の部屋でくつろいでいた永錬達の耳にも届いた。

「なんですか! 今の声は!」

 今まで平穏に過ごしていた類に不穏を感じさせる声だった。

 まず、類が大きな声で反応した。

「それにしても凄い殺気だな、人ではないようだが」

 永錬はここにきても精神を崩すことはなかった。冷静に声の主を分析した。

「遊ぼう……遊ぼう……!」

 マギアは皮膚は鳥肌を立てていた。それは、分かりやすいほどの衝動だった。

 マギアはガバっと立ち上がり、白目をむきながら声の主の殺気に誘われて、一目散に部屋から飛び出してしまった。

「俺等も行くぞ!」

 永錬は残ったメンバーにそう言うと、マギアの後を追った。




 その日の夜はいつにもまして暗かった。

 この時間の村人は家の中で、家族団欒で食卓を囲んだり、温かい風呂で一日の疲れをいやしたり、それぞれ憩いの時間を過ごす――そんな時間のはずだった。

 しかし、そんな時間は一瞬のうちに切り裂かれたのであった。

 平和な村に轟く異様なる咆哮。村人は恐る恐る窓を覘いた。

 村人が目にしたのは、あの村に伝わる言い伝えと、全く同じ姿をした獣であった。

 4mくらいの巨大な全長、毛むくじゃらの体、ウサギみたいなピンと張った耳、なんでも食いちぎりそうな牙、どれをとっても言い伝えの獣と合致している。

 昔からおとぎ話を耳にたこができるほど聞いていた村人たちは、容易にこの正体不明の訪問者の正体を見破ることができた。

 魔獣・グルマン……!

 おとぎ話とされていたグルマンが現実にいたのだ。

 村の終わり――。

 村人の誰もがそう感じた。

 こういう非常時は理性より先に本能がしゃしゃり出る。

 村人達は今まで苦楽を共にしてきた大事な家を飛び出した。本能は命を最優先とするのだ。

 半蔵の両親とて例外ではなかった。半蔵の両親は気づくと家の外に立っていた。

 外には、夜なのでかすかにしか姿を見ることができないが、はっきりと肌で感じるおとぎ話上の魔獣を、絶望した表情で見つめる数名の村人が震えながら立ちすくんでいた。

「一体あれは何なんですか?」

 半蔵の母は震えた声で村人の一人に尋ねた。

「おそらくだ……村の言い伝えに出てくるグルマンだ……私たちは終わりだ……」

 村人の一人は手を震わせながら答えた。

「そんな……」

 それは自分の命の終わり、村の終わり、この世の終わり、全ての終わりを明瞭に示す言葉だった。

 半蔵の母親はそれを聞いて呆然としてしまった。

「あんたの息子はバトラなのに、こういう時にいないなんてね。やっぱり、バトラなんてろくなもんじゃないわ」

 村人の一人が突然、今まで味方だったものに刃物をむけるようにして半蔵の母親に向かって嫌味なことを言った。

「息子を、バトラを悪く言わないでください!」

 母親は息子のことを悪く言われ、ついカッとなってしまった。息子のことを悪く言われて平常心を保てる親なんていないだろう。

 半蔵の両親はエンぺラティアにもよく旅行にいく、この村には珍しいバトラ肯定派だ。それをよく思っていない村人も少なからず存在していた。

 ただ、当然そんなことを言い争っている暇などなかった。

 グルマンはゆっくりではあるが、その丸太のような野太い脚を引き下げながら、着実にこっちに近づいてくる。村人が大事に育てていた苗が植えてある畑を踏みつぶしながら。


 建国メンバーであるバトラの五人は、グルマンがいる方向へ向かって村を疾走していた。

「あっちは父さんと母さんの家だ! 急がないと!」

 半蔵はそう叫び、五人の隊列を乱すようなスピードで駆けていく。

 半蔵は両親に大事に育てられた。バトラになると言った時も、止めることは一切なく自分の夢を応援してくれた。

 半蔵はそんな両親が大好きだった。

 助けたい……!

 その気持ちが半蔵の足を速くさせた。

「焦るな! 焦ってもいいことなんてないぞ!」

 ここで永錬は半蔵の心を落ち着かせようとした。しかし、永錬の言葉ですら今の半蔵の耳には届かなかった。

 半蔵は猛者である四人を置いてけぼりにして両親のもとに急いだ。


 村人は獣から少しでも離れようと必死で逃げていた。

 村人たちは悲鳴か、どよめきかよくわからない声を発しながら逃げていた。

 あの獣は人間よりずっと速いかもしれない。逃げることなんて無駄かもしれない。

 でも、今は逃げることしかできなかった。

 私達に力はないから……。

 この時、村人達は今まで毛嫌いしていたバトラを本能的に欲していた。

 助けて……助けて……。

 当てもない心の叫び。

 でも、その心の叫びは……。

 届いた!!

「皆さん! 大丈夫ですか!? 私はバトラ、時偶半蔵です! もう安心です! じきに仲間も来ます!」

 火事場の馬鹿力ともとれる、とんでもないスピードでやってきた半蔵はなんとか追いついた。

 絶体絶命の村人にとって半蔵の声は神の声と錯覚するほどだった。

「半蔵! 助けてきてくれたのね!」

 半蔵の母は涙を流しながら自分の息子に向かって叫んだ。

 息子がバトラとなり、バトラらしくこうして助けてくれたのだから……。

 村人たちも例外ではなかった。

 今まで毛嫌いしてきたバトラだったが、今こうして自分たちの命の危機を救った恩人でもあることは確かだったからだ。

「ウオオアアああ!!」

 グルマンは半蔵が目の前に現れるや、獲物を見つけたように、興奮気味に咆哮した。その咆哮を至近距離で聞いた半蔵の鼓膜はまともではいられなかった。

 永錬さん達が来るまで、私がやらないと……!

 半蔵は覚悟を決めた。

 言い伝え上の伝説の魔獣、グルマンとのタイマン。不安はあった。いや、不安しかなかった。

 だが、村人たちを守るという使命感が打ち勝った。

 しかし、半蔵にはスペシャルが無い。あるのは、エンぺラティアから支給された脇差一本。

 半蔵は脇差一本で立ち向かうことに決めた。いや、そうせざるおえなかった。


 しかし、そんなものが目の前の伝説の魔獣に通用するはずがなかった。

 グルマンの大木のような太い脚によって、半蔵の軽い体はあっさり吹き飛ばされてしまう。

 たったこれだけの一撃で半蔵の体の至るところから出血していた。しかし、半蔵は立ち上がりグルマンの行く手に立ちふさがった。

 そんな、懸命な姿に村人は次第に心を惹かれていった。しかし、人の情を一切知らないグルマンは猛然と半蔵に襲いかかる。

「ウギャアアア!!」

 その時だった。

 グルマンの毛むくじゃらの体をバッサリと斬る斬撃音とグルマンの悲鳴が同時に鳴り響いた。

 そして、大きなグルマンに立ち向かう黒い人影がかすかだが見えた。

「半蔵さん。大丈夫ですか? 今、助けますからね」

 傷だらけの半蔵に語りかけるのは、真っ白い司祭服で夜でも目立つ類だ。

 類は半蔵の傷口に手を置いた。すると、半蔵の傷は浄化されたようにみるみると癒えていく。

「うおりゃああ!」 

 今度は袖が切ってあるワイルドな服を着た筋肉質の男が奇襲を受けたグルマンの目の前に立つ。羅山である。

 羅山は叫びながら、炎の弾をグルマンの体めがけて数発撃った。

 炎の弾は真夜中の村をまるで花火のように明るく照らした。羅山の弾は見事全弾命中。グルマンの動きは明らかに鈍った。

「永錬! こいつはそろそろ倒れる! 止めを頼むぞ!」

 羅山は早くも勝利を確信していた。彼はひるんでいるグルマンの方に向かって叫んだ。

 突如、橙の光が村の夜をお祭りのように明るく照らした。

 今まで聞いたことの無い鋭い斬撃音が鳴り響いた。

 すると、グルマンの丸太のような巨大な腕がきれいさっぱり切り落とされた。

 グルマンは逃げるようにして、山の奥へ去っていった。

「ちょっとー、遊べなかったじゃなーい!」

 一足遅く現れたのは、夜なので赤髪がより目立つマギアだった。マギアは意外と足が遅かった。

 一目散に出たはいいが、永錬達の先を取られてしまった。そのせいか、マギアは口を膨らませて怒り顔を演出していた。

「大丈夫ですか?」

 半蔵は自身の痛手を顧みず、まずは村人を心配した。力をもたない村人のことが心配でたまらなかったからだ。

「その、だな。助けてくれてありがとう」

 村人は毛嫌いしていたバトラに頭をぺこっと下げながらお礼をした。

 一般人とバトラの共存に一歩近づいた瞬間であった。

「グオオアア!!」

 しかし、災厄は第二章を迎えることになってしまった。

 さきほど撃退したはずのグルマンの忌まわしき鳴き声がまたしても村に轟いた。

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