第五十三伝「邪化射マギア」
第五十三伝です。みなさんは、お化けとか怖いですか。僕はすごく怖いです。夜にトイレなんていけません。それでは、ご覧ください。
永錬は、自分に疑いの目を向けていた国造りに否定的な類の考えを改めさせるように、熱心に、この地に国を創るための根拠、自分の理想と夢を語った。
今まで永錬の事を怪しげな宗教家のような存在にしか思っていなかった類だったが、永錬のひたむきな想いを感じ、次第に永錬の話に真剣に耳を傾けた。
そして、話し始めた。
「射場村原産の輝鉄を武具の材料にして、それを闘士がいる国に輸出し利益を獲得する。確かに筋が通っていますね。考えなしに国を創ろうという浅はかな方では無かったようですね。しかし、問題があります」
「問題?」
永錬は自分の考えに絶対的な自信があった。
しかし、類は自分の考えに問題があると言った。それが永錬の喉に深く引っかかったのだ。
類は、紅茶を口に含みながら、さらに続けた。
「あなたの理想である一般人とバトラの共存という考えは一理あります。しかし、物事はそんな単純ではありません。一般人は我々を化け物だと思っています。彼らの立場からしてみれば当然かもしれません。例えば、羅山のように炎を体から出す人間など力をもたない人にとっては化け物そのものです。一般人は我々を忌み嫌い、恐れてる。だから、我々のように村から離れた場所に疎外されたり、エンペラティアのようにバトラだけの国を創らざるおえない状況に追い込まれ、一般人と隔離されているのです。逆にバトラも差別のような扱いを受け、一般人を軽蔑し、嫌っていった。一般人とバトラの溝は思っている以上に大きく深いものなのです」
類のきらびやかな部屋に、鉛のように重い空気が流れた。
四人の紅茶をすする音だけが悲しげに聞こえるだけだ。
「確かに理想と現実は違う。だからと言って、いつまでも逃げていていいのか?」
類が何を言おうと永錬の心は曲がらなかった。永錬の心は千余年の歴史がある巨木のように真っ直ぐ立っていた。
この永錬の言葉は類の胸に思いの外強く突き刺さった。
類は、この豪邸からも分かるように何不自由なく暮らしていた。バトラという肩書きはあるものの、バトラらしい活動はほとんどせず、副業である神父の活動を主に行っていた。
それだけで、生活できるのだ。
わざわざバトラという危険な仕事をしなくても済むのである。
しかし、悪く言えばそれは安定を求めるだけの人生。何の挑戦もしない人生。
類は思った。
自分の人生は”逃げて”ばかりだと……。
しかし、自分の目の前にいる男はどうだ。
私と正反対の人生だ。放浪闘士として世界中を旅する、いわば明日の生死も分からぬ日々を送り、それだけではなく国の創造主になろうとしている。
礼儀もままならない生涯最悪の訪問者は、自分の人生を変える救世主だった。
こうなると、類の意志の切り替えは早かった。
「私も一般人とバトラの共存は必要不可欠だと考えます。私も国造りに協力させてください。全力でサポートします!」
これが、永錬の不思議な力。どんな偏った思想を持つ者でも、最終的には永錬の魅力に取りつかれてしまう。カリスマ性がある人とは、まさにこういう人の事を指すのだ。
「ありがとう。よろしく頼む」
永錬は類に感謝を述べながら、紅茶をごくりと飲みほした。
「メンバーはこれで全員ですか?」
類は真剣な表情で、永錬に質問した。
「いや、もう一人いる。名前は確か”邪化射マギア”」
邪化射マギア……!
せっかく和やかなムードが漂っていた類の部屋に、永錬の邪化射マギアというワードの投下剤により戦慄が走ってしまった。類、さらに怖いもの全く知らなそうな羅山までも表情が凍りついた。
「おい! 永錬! あいつはやめておけえ!」
羅山は、両腕を震わせながら永錬に精一杯の反逆をして見せた。邪化射マギアとはそれほどまでの存在なのだ。
「羅山の言うとおりです。彼女は危険すぎます」
類も羅山に同調し、永錬の意見を否定した。
「ダメだ。かなりの能力者と聞く。新国の戦力として必要不可欠な存在だ」
永錬は首を横に振り、二人の忠告を聞き入れようとはしなかった。
「二人がそこまで言うなんて、一体何者なんですか……?」
半蔵にとっての強者の位置付けのあるである類と羅山の青ざめた表情。
半蔵はその二者を名だけで戦慄させた邪化射マギアという者に半分恐怖を、半分興味を抱いた。半蔵はその存在を、類と羅山の二人に尋ねた。
「一度、対峙したのですが殺されかけました。彼女は理性というものがありません。ただ、本能のままに目があった人を殺すだけです」
類はゆっくりと深呼吸をし、至って真剣な表情で話し終えた。
「だそうですよ永錬さん! やめましょう! この4人で十分でしょう!?」
半蔵は会ったこともなく、見たこともない人物だが、類と羅山の反応を見て感じ取った。
邪化射マギアという人物はとてつもなくやばい……!
半蔵は永錬の袖をひっぱりながら、必死で説得した。
だが、人の意見に左右されるような男ではなかった。この強情さが永練の良いところでもあり悪いところでもある。
「あんたらが何を言おうとダメだ。その女を引き入れる」
「だーかーら、ダメです!」
類は感じていた。邪化射マギアを屈服させることはできないと。
類は珍しく声を大にして永錬の暴走ともとれる独断をやめさせようとした。
「まあいいじゃねえか。永錬ならなんとかしてくれそうだし。それに、いざとなったらオレ達がついてる」
今まで頑なにマギアの勧誘を拒んでいた羅山は、気が変わったように意見を変えた。
それは、科学的な根拠はないが、”永練ならなんとかしてくれる”という非科学的な直感が頭をよぎったからだ。
羅山は類の肩に手をポンと置いて、なだめた。
「あなたはどっちの味方なのですか。まったく……分かりましたよ。しょうがないですね。もし、何かあったら私はこの話を聞かなかったことにしますからね!」
類は半ばやけくそになって同意した。さすがに自分だけでは、永錬と羅山という超個性派の面々を説得できる気が微塵もしないからだ。
そして、類は神父らしく胸に十字を描き、両手を合わせ無事の祈りをささげた。
☆ ☆ ☆
新たに類を加えた永錬御一行が、戦力集めの為に最後に訪れたのはなぜかそこだけひときわ暗がりを見せている巨大な洋館だった。
豪邸と言えば豪邸だが、雰囲気が類の豪邸とは明らかに違う。類の家のような清楚な感じとは正反対で、こうもりやドラキュラが住みついていそうな不気味な雰囲気を醸し出し、真っ黒で昼間なのに夜のような暗さの景観だ。
巨大な館にしては、門などのようなセキュリティーのたぐいが一切なく、誰でも自由に入れるようなになっている。
永錬、半蔵、類、羅山の四人はセキュリティーが無いことを良いことに、まるで忍者のように足音を立てず、館の敷地内に忍び寄った。
洋館に近づくと、3mほどある木の扉がでんと構えている。どうやらそこが入口のようだ。
建物をよく見ると、塗装がはがれていたり、いたるところにクモの巣が張り巡らされており、人が住んでいることを疑うくらい寂れている。
「誰かいるか?」
呼び鈴の類のものも一切なく、永錬は仕方なく木の扉をノックしながら、いるかわからない家主を呼んだ。
しかし、返事はまったくない。永錬はもう一度ノックをしようとしたその時、扉がまるで自分たちを招き入れるかのようにギイッと開いた。
「開いただと……」
扉が勝手に開く。そんなオカルトチックな現象を経験していなかった四人は、その扉を物珍しそうに見つめ、唖然としていた。
「扉を開けぱなしなんておかしすぎますよ。ここは一旦引き返しましょう」
不気味すぎる扉を間近で見て類は再度思った。
これはまずい……。
そもそも私はなぜ邪化射マギアという化け物に再度会おうとしているのだ……。
やはり来るべきではなかった……。
類はこの場に及んで、まだ国造りのメンバーの最後の一人と接触する事を拒んでいた。
「神父なんだから、こういう場所は平気なはずだろお?」
羅山は弱腰の類を呆れるように見ながら、ごもっともなことを言った。
「神父はこういう所が一番苦手なんですよ」
しかし、実情は違うらしい。類は情けない言葉で羅山の問いを返してしまった。
扉は依然として、まるで来客を誘うかのようにして口をぱっくりと開いている。
「……入りませんか……?」
入らないと先に進まない……。
気がする……。
今まで息をひそめていた半蔵が恐る恐る口を開いた。
半蔵は洋館の敷地内に入ってからただならぬオーラを感じ取っていた。だから、この言葉を発する事に勇気がいった。
ただ、半蔵は同時にここは避けて通れないとも本能で感じた。だから、この言葉を発する事が出来たのだ。
四人は半蔵の言葉通り、まるで扉という名の胃袋に吸い込まれていくかのように入った。
四人が入り終えた瞬間だった。
今まで大きな口を開けていた扉が、まるで自分の役目を終えたかのように閉ざした。
これは本当にやばいぞ……。
類はこの瞬間、入ったことを激しく後悔した。それは今まで貫いていた美しい言葉を、心の中で廃棄するほどの後悔だった。
そんな事をつゆ知らない三人は、すっかり恐怖が無くなってしまったのかずかずかと奥に進んだ。
中はとにかく暗く、周りの状況がよく分からない。かろうじてランプが点在しているのが救いだった。
四人が迷い込んだ洋館のとある一室。
昼間だというのにカーテンが頑なに光を拒み、光の発生源である電気も消えている真っ暗な部屋。
誰かいるのか、真っ暗な部屋から薄気味悪い声が聞こえてくる。
「……久しぶりに……”お友達”が入ってきた……二人、三人、いや四人だ……私の……遊び相手になってくれるかな……」
しばらく洋館内を目的地も分からないままさ迷っていると、次第に四人の目が闇に慣れてきた。
中は意外と殺風景。類の家のものと同じようなカーペットが足元にひかれており、黒いアンティークもののようなランプが壁に取り付けてあるくらいだった。
そんな中、半蔵はらせん階段を見つけた。
そのらせん階段こそ目立った特徴は無いものの、階段の奥は、さらに真っ暗で階段の先が見えない。
「多分、階段の先にいます」
半蔵がそう言ったのにはわけがあった。
階段の先から、言葉では表現できないなにか嫌なものを感じたのだ。
半蔵は両腕に違和感を感じた。両腕を見ると鳥肌が立っていた。
半蔵の感と正直な体が階段の先に目的の人物がいると結論付けた。
永錬を先頭とし、四人は一段一段踏みしめるようにらせん階段を上っていった。
「殺気を感じるな。近いようだ」
永錬は階段を上り終わると、半蔵と同じものを感じ取ったようだ。
二階は予想通り、一階よりはるかに暗く、ランプすら備え付けられていない。まるで、宇宙が誕生する以前のような光の類が一切ない無の空間。
四人は壁に手をつけ、背を丸めながら、永錬と半蔵、いやすでに全員が感じている表現できないような嫌なオーラに導かれるかのように歩いていった。
光が遮断された真っ暗な部屋。
薄気味悪い声がまたしても聞こえてくる。
「”お友達”が近づいてきた……私と遊んでくれるんだね……うれしい……」
気のせいだろうか。先ほどよりも、声に生気が満ちている。
久しく音という存在がいなくなっていた部屋に、久しぶりに音という存在が姿を現した。そのものの名はドアの開場音というらしい。
「キ……タ……!」
部屋の主が声を発した瞬間、人の気配が突然、消えた。
永錬は一つのドアを見つけた。
このドアの先から嫌なオーラが発せられていることは手に取るように分かった。
「入るぞ……」
永錬は呼吸を二回ほどしながら言い、ドアに手を伸ばした。
三人は唾を飲むなり、手のひらに人という文字を書いてみたり、神に祈ってみたりと三者三様の気を落ち着かせる方法をやり、永錬に勇気の一歩を踏み出して続いた。
闇への入り口ともとれるドアが開いた。
開いたとたん、今まで瓶の中に閉じ込められていた闇のオーラが、瓶のふたを開封したかのように解き放たれた。
それでも、嫌なオーラの正体は分からなかったが、とにかくそのオーラはいとも簡単に”死”を感じさるものだった。
部屋の中に誰かがいて、その誰かがこっちに近づいてくるのだけは分かった。
それからのことを、四人もの人がいたのに誰一人として覚えていなかった。
気づくと、四人は明らかに先ほどとは違う世界にいた。
四方八方を見渡しても何も無い。無の空間だ。こんなことは、現実の世界ではありえない。
四人は違う世界へ飛ばされたていたのだ。オーラの主によって。
「……私のお部屋へようこそ……」
半分意識を失っている四人に一人の女が近づいてきた。
声は真っ暗な部屋で聞こえた声と全く一緒。同一人物のようだ。その女は、暗い部屋だと同化しそうな全身黒いマントを着ており、服とは対照的な真っ赤な髪の毛が特徴的だ。
そんな明らかに怪しげな女がホラー映画のワンシーンのように有り余る恐怖感を撒き散らしながら近付いきた。
「……邪化射……マギア……!」
類は口を小刻みに震わしながら、その名を発した。
そう、この黒マントと赤い髪の女こそ邪化射マギアだ。邪化射の名を持つ者は、恐怖というスパイスをふんだんに使う性癖は、今も昔も変わらなかった。
「私の名前を……あなた私と遊んだことがあるの?」
マギアは首をかしげた。
マギアはこれまでに多くの人と遊んだ。マギアはその遊び相手にもれなく精神的な”死”をプレゼントしていた。それは、肉親であろうと例外ではなく。
そんな遊び相手という名の使い捨ての名前をマギアがいちいち覚えているはずが無かった。
「あれが、遊びですと。私は、あなたに殺されかけたのですよ」
「今度は殺してあげるよ」
死ぬ……!
この時、類は世界最速でこの言葉を連想してしまったという。
マギアは恐怖で相手を支配するかのように、目を見開きながら言った。
「三眼幻想……!」
マギアが幻想を唱えた瞬間、類は音をたてて膝から崩れ落ちた。
「類! おい、どうした……!」
無防備に倒れた類を間近で目撃し、羅山は声を荒げた。
怖いものと無縁の羅山でさえ、この時ばかりは恐怖を感じずにはいられなかった。
羅山は、マギアの遊び相手には選ばれていないものの、マギアの”お遊び”を目撃したことはあった。
その時、羅山は思った。
バトラにはこんなやつもいるのだと……!
「なんだ、全然遊べないじゃん……つまんない……」
マギアは拍子抜けしたように言った。遊び時間があまりにも少ないからだ。
「てめえ! 熱中斬下!」
マギアに対する怒りなのか、マギアに対する恐怖なのか、はたまた闘いたいという本能なのか、羅山は無意識にも巨大な剣を振り下ろしていた。
剣はマギアの体を斬った。しかし、羅山にはまるで空を切ったように手ごたえがなかった。
それもそのはず、本当に空を切っていた。先ほどまで、立っていたマギアの姿がどこにもない。
「ぐわあああ!!」
すると、羅山が突然怪獣のような雄たけびをあげて倒れてしまった。
心強い仲間たちが次々やられていく姿を目の当たりにして、半蔵は恐怖で一歩も動けなかった。
私は何をしている……?
私はなぜこの場にいる……?
半蔵の自我という名の城は崩壊寸前だった。
「ねえ? あなたは私と遊んでくれる?」
突然、半蔵の視界にマギアの逆さまの顔が写り込む。今の半蔵にはその程度の驚きだけで十分だった。
半蔵は失神し、力なく真後ろに倒れた。
「久しぶりに友達が来てくれたのに、全然遊べないじゃん!」
久しぶりに来た遊び相手。クリスマスイヴの子供のように無邪気に楽しみにしていた。
しかし、実際はどうだ。マシュマロのようにまるで歯ごたえの無い遊び相手。
マギアはまるで怒った子どものように、口をプクっと膨らませながら言った。
「大丈夫だ。俺なら遊べる」
永錬の比類なき心は、別空間に飛ばされようがまるで苦にしていなかった。
永錬は無残にやられてしまった三人とは正反対の平常心でマギアに話しかけた。




