第四十九伝「突破口」
第四十九伝です。みなさんは反撃したり、されたりすることはありますか。そんな事を思い出しながらご覧ください。
鮮やかな緑が広がる丘に生える草花に生々しい生き血がポタポタとこぼれおち、緑の草花が赤く染まった。
そこには、右腕を垂らしながら膝をつき、苦しそうな表情を浮かべる剛の姿が見て取れる。
その無様な剛の姿を冷ややかな目で見つめる瞬が口を開き始めた。
「残念だけどこれが現実だよ。エンぺラティアのバトラは本家本元、他国はエンぺラティアのまねごとをしているだけ。いつまでたってもオリジナルを超えることは不可能なのさ」
「右腕潰しただけでいい気になるなよ! 人間には親切にも二本の腕があるんだぜ! それに足もあるしな!」
剛は敵の戯言に耳を貸すようなか弱き男ではなかった。
彼はこういう時こそ強気な姿勢を貫いた。利き手ではないが、新品同様の左腕をブルンブルンと音を鳴らすように回してスタンバイを整えた。
剛は走った。
当たるかは分からないが動かなければ状況は何も変わらないこと本能的に分かっているからだ。
剛は転法を仕掛けた。
剛は瞬の真上へ移動していた。不意をつかれた瞬の反応が一瞬遅れた。
「天空落とし!」
重力を利用した空からのかかと落とし。
のどかな丘に鳴り響く打撃音。剛の一世一代をかけた新技。
ここまでくれば当たっただろう。剛はさすがにそう思った。
いよいよ回避率100%を誇っていた瞬に記念すべき初ダメージを与えることができたのか。焦点となるのはそこだが、結果から言うと瞬は避けていた。
そう、剛の攻撃は失敗した。
「これでもダメなのかよー!」
剛は当たらないいらだちからか、自分への怒りからか、天に向かって吠えた。
しかし、瞬は吠えている暇など与えなかった。
瞬は息をする暇も与えないようなスピードで反撃に出た。
瞬の必殺技、疾風の次なる標的は新技、天空落としを披露して見せた右足。
瞬は短剣で剛の右すね辺りを斬った。
単純な斬撃だが、それがとてつもないスピードで行われている。
剛はこのスピードを幾度となく体験しており、普通だったら眼が慣れてくる頃だが、慣れることはなかった。それぐらいのスピードなのだ。
瞬は徐々に剛の体をむしばんでいった。剛は勝つどころか、傷一つ負わせる事が出来ないでいる事実に自分の情けなさを感じた。
俺はまた負けるのか……。
俺は戦校に来てからというもの勝ったことがあるのか……?
進と最初に出会った時は完敗、交流戦ではチーム戦ではあるが黒星を喫し、裏闘技では無様に人質になり土俵にも立てなかった……。
そんなチームのお荷物の俺に、仲間はもう呆れているかもな……。
ああ、勝ちてえ、勝ちてえ……。
勝ちてええええ!!
剛は自分の心の中に溜めこんでいた鬱憤を吐きだした。
そして、剛はあろうことか目を閉じてしまった。諦めなのか、作戦なのか、この行動の意味はすぐに明らかになった。
剛が目を閉じた事を確認した瞬はすぐさま二撃目に入った。
狙いは右足、この斬撃で右足を封じる算段だった。瞬の短剣は剛の右ももを斬った。その時だった。
剛は散々苦しめられた瞬の右腕をついに掴んだ。
「やっと触れれた!」
「どうして……?」
「目で追うことがダメだったら、心で感じればいい! さあ破壊の時間だぜ!!」
剛は攻略不可能に見えた瞬から……。
初めて主導権を握った!
☆ ☆ ☆
建物の屋上で対峙する全くタイプの違う二輪の華、凛と恐香。
凛が構えている均整の取れた美しい容姿が自慢であった聖剣エターナルの剣先が砕かれて、醜い姿に変わり果ててしまっていた。
この許されざる罪を犯したのは恐香が愛用している奇武具、恐皇スケルトンだった。
「ごめんですわ、エターナル……守れなくて……」
凛は涙を流した。
相棒にこんな醜態をさらしてしまった責任からだろう。
「甘いぜ! 甘すぎるぜ! 闘い中に涙を流すなど言語道断だ! 闘いで流していいのは血だけだ!」
恐香は凛の涙を目撃し憤りを覚えた。
バトラの世界は非情なる世界、求められるのは勝敗のみ。これがエンぺラティアの教えだからだ。
「そうは思わないですわ! 闘いを通じて芽生える友情もありましわ!」
凛は交流戦でのナギとの一戦を思い出し、恐香の主張を涙でくしゃくしゃになった顔を手でぬぐい、真っ向から否定した。
「闘いに友情だと? くだらねえ。こうも他国の教育がゆがんでいるとは思わなかった。へどが出るぜ!」
恐香は凛の言葉に吐き気がしていた。その吐き気を乗せてスケルトンを進撃させた。
スケルトンのスピードは決して速くはない。
凛の転法であれば避けるのは容易だ。凛はスケルトンの襲撃をかわし、反撃を転じる。
しかし、聖剣エターナルが使い物にならなくなった凛に決定打があるとは言えなかった。凛は右の拳に光を集め手刀で恐香の後頭部を突こうとした。
気休め程度の攻撃が恐香に効くはずもなかった。
恐香は軽々と凛の右拳を掴む。そして、恐香は凛の腕を掴みながら投げ飛ばした。
女性とは思えない非凡なパワー。凛は転落を防ぐために備え付けられていた屋上の柵に激突してしまった。
エターナルがいないとここまできついなんて……。
凛は今まで何気なく使っていたエターナルの戦闘のおける大切さを、失ってみて初めて気づいた。と、同時に自分の無力さを実感していた。
「今日の御馳走だ。喰らえ恐皇スケルトン!」
先ほど聖剣エターナルの剣先を砕いて見せた凶悪な恐皇スケルトンの次の獲物は凛の生身なる体。
柵に激突してひるんでいる凛に容赦なくスケルトンの魔の手が忍び寄った。
その時だった。
突如、凛の周りから眩しいほどの光が輝きだす。そして、その光は徐々に形を帯び、シールドのごとく凛を守るようにに包み込み、スケルトンの侵攻を防いだ。
よく見ると、剣先が砕かれみすぼらしい形をしている聖剣エターナルが今まで以上にまばゆい光を放っていた。
「エターナル、私の事を守ってくれたのですわね!」
今までやられっぱなしだった凛と聖剣エターナルは共に反撃ののろしを上げた。
☆ ☆ ☆
小さな路地で大きな戦慄が走っていた。
龍は、付着した毒を持っていた布切れで拭き、その布切れをすぐに道端に捨てた。そして、毒の発生源である斬竜から必死で出口のない路地を走りまわり逃げた。
しかし、それも限界を迎えた。まず、手始めに起こった症状は頭痛。頭痛と言っても頭がくらくらする感覚に近い。
次に起こったのは目のかゆみ。
この時点ですでに龍は、走ることはおろか歩くことさえままならなくなっていた。
「毒は全部拭きとったはずなのに……」
龍の汗腺から冷えた汗が大量に湧き出した。身体と頭のつながりが段々と薄れているからだ。
そして、膝をついてしまい、意識も段々と薄れていく。
「残念ながら毒は気化するんやで。たとえ液体を全部取り除いたとしても空気として残るんや」
龍にとっての驚異の敵である斬竜がゆっくりと膝をつき苦しい表情を浮かべている龍に近づいてきた。
「そ……ん……な……」
龍は絶望した。代替の言葉が思い浮かばないほどの絶望だった。
「安心せい。お前が喰らった毒は少量や。死にはせん。まあ次の一撃で死ぬんやけどな」
終わった……。
斬竜の死刑宣告を受けた龍は次第に死を実感していった。
「おいしっかりしろ! 死ぬぞ!」
鳳助はこれまでにない危機感を覚えた。
相棒が死ぬ。
それはこれまでにない絶望と恐怖だった。
緊急を要する事態に、鳳助は意識が遠のき始める相棒に必死に呼び掛けた。
「……」
しかしむなしくも、龍の意識は途絶えていた。
「毒毒玉!」
斬竜は左の掌に禍々しい色をした毒を溜めた。
その毒は次第に球体にとどまっていく。斬竜は左手を一旦引き、その勢いを利用して左手を押しだした。
すると毒の球体が斬竜の左手から離れ、倒れている龍のいる方向へ放たれた。
「しゃーねーな!」
鳳助が久しぶりにすみかである鳳凰剣から外出し、自由という名の翼を得た。
鳳助のトレードマークである朱色に輝いた鳥型の物体が久々に姿を見せた。
鳳助はこちらに向かってきている毒毒玉に自ら飛び込んだ。
毒毒玉は鳳助とぶつかった衝撃で丸型を保っていた球体が破裂した。
だが、鳳助とて無事では済まされなかった。毒に直接ぶつかったのだ、いくら人ではないにしても毒の影響を受けないわけにはいかなかった。
「世話の焼けるご主人様だぜ……」
浮遊していた鳳助は力なく地面に落ちてしまった。
しかし、本当に恐ろしいのは二次災害。破裂した毒毒玉は気化し、今度は気体として龍を襲うのだ。
「鳳助えええええ!」
頼れる相棒のまさかの負傷。
龍は、自分の不甲斐なさを実感して、悲痛な叫びを出すのあった。
「まったく情けねえ相棒だぜ……」
「鳳助……ありがとう……そして、すまないこんなどうしようもないご主人で……どうやら…あんたと闘う理由が正式にできたようだ! 鳳助の仇を討つ!」
全ては相棒の仇を討つため……!
龍は毒を吸わないようにするために右手で口を覆いながら気力だけで立ちあがった。
鳳助がやられた。彼が立ちあがることができる理由には十分すぎた。
「見せてやれ、お前と俺で編み出した唯一無二の新技を……」
「ああ!」
鳳助の呼びかけに龍は力強く返事をした。
それは、凶悪すぎる敵の前に新技で抗おうとする比類なき意志の表れだった。
巨木の下に佇む美しい女性。巨木ですらも見慣れない光景に目を細くしていた。
しかし、あまりにも透明すぎる。人間ではなかった。人間の形をした人間ではない”なにか”だった。
そのなにかが進の全身全霊の雷太刀を軽くあしらったのだ。
「それはなんだ?」
突如出現した得体のしれないものに進は、これを召喚したと思われるラギアにこう言うしかなかった。
「化身だよ。化身とは人を救うために生まれた人の姿を現した神。これはその一つである女神。この防御技を僕は彼女を敬してこう呼ぶよ。女神の加護」
「神……!」
進はラギアが発した神という単語に異常な反応を示した。進の反応をしり目にラギアは話を続けた。
「僕は記憶がある時から病弱だった。そんな病弱な僕を守ってくれたのが彼女だった。彼女がいなければ僕はとうに死んでいる」
「記憶がある時からというのはどういうことだ?」
進はラギアの”記憶がある”というワードに引っかかった。
自分も幼いころの記憶が無いからだ。
「僕は幼いころの記憶がない」
こいつもだと……!
ラギアも同じだった。
俺と同じ……。
確かにこいつと出会ったときから特別なものを感じた……。
まさか俺と他に記憶がないやつがいたとは……。
進は驚きと同時に自分と同じ境遇の人がいたことに嬉しさを覚えた。
しかし、今は敵同士。進はすぐにラギアを倒すということに頭を切り替えた。
ラギアは女神を労うようにひっこめた。
それを見た進はラギアの背後に転法した。それも、ラギアの真後ろにぴったりとだ。
進はほぼ転法をマスターしていた。自分の移動したい場所にドンピシャで移動できるまでに精度を高めていた。
進の作戦は背からの攻撃。進は太刀をラギアの背後に当たるようにして放った。
進は背後からは化身を召喚できないと踏んだ。
しかし、進の予想は外れてしまった。ラギアは背後からでも透明なる女性の化身を召喚して見せた。
「残念だったね」
「ちっ……あれをやるしかないか……」
進は一歩引いた。彼は一応こうなることも想定していた。
しかし、進のカードは残り一枚、進は最後のカードを切ることを決断した。
進は二本の太刀を同時に雷を伝える。一太刀雷を伝えるだけでも労力があいるのに、二つともあれば進にかかる負担は想像を絶するほどだ。
太刀は進の過酷な労働に応えるようにババババと音を立てた。
「ニ連双飛雷太刀!」
進は両手に一本ずつの太刀、計二本の太刀を稲光を伝えさせながら構えた。
そして、雷太刀という二羽の蝶がジェット風船のように勢いよく舞った。
☆ ☆ ☆
センターハウスの広く薄暗い地下室。
世界中のありとあらゆる武具が集結するこの部屋にあるありとあらゆる武具を物色する怪しげな二人組。
その怪しげな二人組の正体はなんとダイバーシティのナンバーワンとナンバーツーである、小門秀錬と黒猫夢我だった。なぜこの二人がここで物色しているかというと……。
~数分前~
夢我が資料室でデータベースの画面に表示された時空鏡の説明文を音読している時だ。
「この武具は世界三大武具職人の一人、これまでの武具の根底を覆した武具を創り続け、奇武具というジャンルを生み出したロワード・ジャルダンの唯一無二の一品。ジャルダンの没後、弟子はこの武具の悪用を危惧し全く同じ製法でもう一品創った。この二品はダイバーシティのセンターハウスの武具庫に収容されている」
「つまりもう1つある」
秀錬がそう呟いてからは早かった。
~現在~
「あったぞ」
夢我は武具庫の奥に無造作に置かれていた、ホコリを被った薄汚い手鏡を取り出す。
「間違いないね。早速このことを弾さんに伝えよう」
秀錬と夢我は急いで本部長室に逆戻りして、通信を駆使し弾に全てを話した。
「なるほど、そういうことだったのですね。こちらは時偶半蔵のことについて調べましたが、ほぼ彼の仕業で間違いないそうです」
この難事件は着実に解決へと向かっていった。
ダイバーシティとエンペラティアの二大巨頭が手を合わせたのだ。当然だと言える。
弾の安堵した様子が機械越しからも伝わってきた。
「ありがとうございます。こちらも増援を手配しましたので増援に時空鏡を持たせて現場に向かわせたいと思います」
「お言葉ですけど、間に合うのですか?」
「心配ご無用。こっちには便利なスペシャルを持つ者がいますから、すぐにつくはずです」
「分かりました」
通信はここで途切れた。いや、途切れさせた。
アリサ達が絶体絶命の状況、時間が一分一秒でも惜しいからだ。
「便利なスペシャルを持つ者って私のことだろ?」
やり取りを終えた秀錬に夢我は怪訝な面持ちで話しかけた。
「”あれ”をできるのは夢我しかいないんだよ」
秀錬はなんとか夢我を説得しにかかる。
「あれをやると半日は動けないんだがな。ただ今は緊急時だ。仕方あるまい」
「センターリーダー、サブリーダー、増援の方たちが到着されました。至急一階のエントランスホールに来てください」
二人の会話をかき消すように館内放送が流れた。
ついに龍たちの最後の希望となり得る増援がセンターハウスに姿を見せたのだ。
「来たようだな」
二人は増援のいる足早に一階へと急いだ。
一階ではダイバーシティのバトラの象徴であるピカピカの制服を着た四名と、それのせいかやけに年季が入っているように見える制服を着た四人のリーダーらしき男、計五名の増援が二人を待っていた。
秀錬と夢我は増援と合流した。
増援の中の一人の眼鏡をかけた男が尋ねた。
「依頼内容は聞かせて頂きました。なぜこのような大事な仕事を僕達のような新米に依頼したのでしょうか?」
その眼鏡の男は相手が国でナンバーワンとナンバーツーであろうと疑い深く話言った。秀錬はその男の質問に丁寧に答えた。
「君達は彼らと面識があるし、若者を育てるのが我が国の方針だからさ。後は夢我、任せたよ」
秀錬はそう言い残し、一人だけ自分の拠点である本部長の部屋に戻っていった。
「ついてこい」
夢我は増援五名を引き連れ、本部の外にある大きな噴水と鮮やかな緑の芝がトレードマークの公園にやってきた。
「はああああ! いでよ”時裂”!」
夢我が叫ぶと、のどかな公園には似つかわしくない、全ての善を飲み込むかのごとく巨大な黒色の裂け目が突如出現した。




