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DORAGON BATORA ―ドラゴンバトラ―  作者: 紫風 剣新
二年編
47/67

第四十六伝「手痛い洗礼」

第四十六伝です。みなさんが過去に体験した洗礼はなんですか。そんなことを思い出しつつお楽しみください。

 午後一時。

「来たんじゃなーい?」

 帝校の生徒で、半蔵の協力者である白連瞬が、こちらへ向かってくる天地両方から来る水を羽織っている一隻の船を指さしながら、こう言った。

 本来なら太陽が照りつける時間のはずだが、不意に降り注いだ天からのシャワーによって太陽はすっかり息を潜めてしまった。

 交流会の招待客である龍達五人のエンぺラティアが呼んだ招待客を乗せる船のエンジン音という鳴き声と共にエンぺラティアの地に姿を見せた。


 ほどなくして船はエンぺラティアの陸地と顔を突き合わせた。

 船の停車後、五人は一歩一歩踏みしめるようにして帝国の地に上陸した。

「やっと着いたぜー! ここがエンぺラティアかー! ダイバーシティと全然違うぜ! 楽しみだな!」

 乗り慣れていない乗り物、行きなれていない土地、滅多にすることの無い長旅。

 これらの事象が組み合わさり、剛はすっかり舞い上がってしまい、上陸して開口一番に饒舌に話しだした。

 すごい……。ここがエンぺラティアか……。

 それは、剛だけが例外ではなく他の四人も同じような状態だった。

 五人は落ち着きなく、ダイバーシティではなかなかお目にかかれない風景をキョロキョロ見渡してた。

 しかし、ここは楽園ではなく鬼が島。油断は禁物である。

「なんや、随分おめでたい連中やな。こら練習にもなれへんで」

 斬竜にとって拍子抜けもいいところだった。

 どんな精鋭が来るかと思えば、目の前にいる五人は見知らぬ土地に舞い上がるそこらへんにいる観光客と変わらないリアクションを取るおめでたい連中だったからだ。

「わしが案内人の時偶半蔵だ」

 半蔵はここでうそをついた。

 これも作戦通りの行動だった。

 自分達の素性が分からない段階では、出来るだけ味方を装う。隠密活動の基本中の基本だ。

 その甲斐あって龍、進、凛、剛の素人たちは半蔵が案内人だということに疑いもなく駆け寄った。

「待って!」

 ここでアリサが大声を張り上げた。

 唯一プロのバトラであるアリサだけは彼の嘘を見破っていた。

 帝国から命を受けた案内人にも関わらず全身ジャージというみすぼらしい風貌をしていたからだ。

「もう少し泳がせたかったがばれては仕方あるまい。早速処理するといくか。鏡よ、鏡よ、時空に誘へ」

 少し予定よりは早い行動だった。

 半蔵は例のもよってあの合言葉を唱えた。

 そして時空はゆがんだ――。

「なんだよ、これは!? 景色がゆがんでる!?」

 龍にとって奇奇怪怪な状況だった。

 どんなことでも動じない景色達が、急にたこ焼きの上に乗る鰹節のように激しく動き出したのだ。

 龍は意味が分からない状況に驚嘆の声を張りながら、本能的に頭を抱えた。

 半蔵は着実に一人一殺を遂行できるように、丁寧にも龍、進、凛、剛、アリサを完全に分断した。

 それに対応して、自分を含む、斬竜、ラギア、恐香、瞬の五人も分断させた。時空鏡は人を自由自在に場所を指定する事が出来るのだ。

 この規格外なスペックが、使用禁止となった所以であろう。

 龍は斬竜、進はラギア、剛は瞬、凛は恐香、アリサは半蔵とそれぞれ対峙することとなった。

 総勢十名の精鋭が別空間に放りこまれた。


 ☆ ☆ ☆


「どういうことだ!? 勝手に場所が変わったぞ!」

 剛は急変した景色に慌てふためいていた。

 剛が飛ばされた場所は、芝が密集しおしくらまんじゅうをしているのかの如く、辺り一面を覆っている丘のような場所だ。

「なんだー、一番うるさそうなやつが相手かー。斬竜もだけどうるさい人は苦手なんだよねー」

 瞬は剛を見るなり、まるで自分が貧乏くじを引かされたかのような口ぶりで話し始めた。

「お前が案内してくれるのか?」

 剛は瞬のことを味方だと信じて疑わず、無防備にも瞬に近づいてしまった。

 この不用意な行動が命取りとなってしまった。

 ビシュッという風を斬る音がした。

 何が起こったのか分からなかった。瞬が一瞬のうちに消えたのだけは分かった。

 剛の前に立っていたはずの瞬がいつの間にか剛の背後に立っていた。これでも何が起こっているか分からなかった。

 次に起きた現象でやっと何が起こっているか分かった。鍛え上げられている剛の右上腕が斬られ、出血が起こっていた。

 いつの間にか瞬の左手に鋭利な短剣がにらみを利かせていた。

 この二つから推測できる瞬の行動はこうだ。とんでもないスピードで剛の上腕を短剣で斬った。

「ぐわあああ!」

 痛えええ……!何が起こっているんだ……?

 剛が痛みで声を張り上げたのはだいぶ後だった。

 いや、瞬が速すぎて剛の反応が遅く見えただけだ。

 そして、剛は自分が何をされたか全く分からないでいた。

「これがスピードだよ」

 スピード。直訳すると速度。

 瞬はそれを極めし男である。

 瞬は決め台詞を残し、自身の短剣が刈り取った剛の生々しい血をぺろりと舐めた。

「俺とお前は闘うってことでいいのか!?」

 終始浮かれまくっていた剛がこの時初めて、闘争本能をむきだした。


 ☆ ☆ ☆


 風というサーカス団を間近で見れる特等席であるどこかの建物の屋上。

 屋上には長い髪を風でなびかせながら、まるで修羅場のような張り詰めた空気を出しながら二人の女性が向き合っていた。

「あなたは誰ですの?」

 ここの場所、女性の正体、なにもかもが分からないが、凛はなんとか平静心を保ちつつ初対面の自分と向き合っている女性に話しかけた。

「オレの一番嫌いなタイプな女だぜ。オレは隠し事が嫌いだから正直に話すぜ。お前を殺す」

 恐香は前振りというものを知らない。闘うと言えばすぐに闘うし、殺すとあれば躊躇なく殺す。

 それがモットーの恐香は、男性でも言わないような恐ろしいことを平然と口にした。

「どういうことですの!?」

 平然さが売りの凛でさえ、目の前にいる女の恐るべき一言に、さすがにその売りを保てなくなってしまった。

「食い散らせ、恐皇・スケルトン!」

 恐香は凛の問いかけを無視しながら、技名のような、武具名のような得体のしれない単語を口にした。

 その単語の正体はすぐに分かった。

 恐香は背負っていたケースから鎖を取り出す。鎖の先に繋がれているサメの頭蓋骨のような不気味な物体が姿を現した。

 このいびつな武具こそ恐皇スケルトンなのだ。

 なんなんですのあれは……?

 そのおぞましい風貌の武具を見て、凛の平常心はさらに揺れていた。


 ☆ ☆ ☆

 

 背の高い建物が周りに軒並み連なり、陽の光が遮断されてしまっている暗色の路地。

 龍はここに迷い込んでしまった。いや誘われた。

「進、剛、凛、先生ー! みんなどこー?」

 龍はとにかく怖かった。

 見知らぬ土地で一人ぼっち。

 父親がいなくなった時と同じくらいの恐怖に見舞われていた。

 龍は見失ってしまった仲間を必死で呼びかけながら、出口の見えない路地を右往左往さ迷っていた。

「なんやねん、あいつ」

 そんな龍の行動が斬竜には新鮮に見えた。

 奇妙な行動をする対戦相手を目にし、斬竜は物珍しいものを見るような感じで龍の事を凝視した。

「あのー、すみません。ちょっといいですか? 僕の仲間を見かけませんでしたか? うるさい人と生意気な人と上から目線の人と若づくりしている人なんですけど……」

 龍は自分の対戦相手とはつゆ知らず、斬竜にまるで通りすがりの人に道を尋ねるような調子で話しかけてしまった。

「すまんなー、知らへんのやー」

 斬竜はノリがいいのか、龍に合わせて悠長に答えた。

「ありがとうございます」

「おおきにー、って待てや」

 斬竜は関西人ばりのノリツッコミをしながら、腰に差していた剣先がギザギザでみすぼらしい剣を抜き、無防備な龍の首元に突き立てた。


 ☆ ☆ ☆


 剛と瞬が対峙している丘とはまた違う丘。こちらには巨大な大木が自分を主張するかのごとくそびえたっている。

 そんなのどかな雰囲気には似つかないこの男が威風堂々と立っていた。雷連進だ。

 進は自分の目の前に立っている男をにらみつけながら、口を開いた。

「俺の邪魔をするのなら容赦はしない」

 進の挑発。

 大抵の者はこれに乗ってしまう。

 しかし、今回の進の対戦相手であるラギアは微動だにしなかった。

「ゴホン、ゴホン。僕と君は似ているかもしれない」

 似ている……?

 確か龍もそんなことを言っていてが……。

 進はラギアの謎の発言をうのみにすることができなかった。

「病持ちか、弱い者いじめをする趣味はないんでな」

 進はラギアがせき込んでいたのを見逃さなかった。

 進はラギアを病弱だと判断し、素通りしようとした。

「僕を甘く見ない方が良いよ」

 その時だった。

 対戦相手である進も、周りで観戦している草花達も全く気付かないスピードで、ラギアは進の背後に立った。

 転法……!

 それにかなり精度が高い……!

 こいつ……。

 できる!!

 この時、進の体には鳥肌が立っていた。


 ☆ ☆ ☆


 灰色の雪が風によって舞い踊る海岸線の美しい砂浜に、手練二人は顔を突き合わせていた。

 アリサと半蔵だ。

 まずい……。

 本部に知らせないと……!

 アリサの頭は明らかな異常事態と判断した。彼女は本部から手渡された最新式の無線機を手に取り本部へ通信を図ろうとした。

「……こち……本……だ。何……あ……?」

 機械の向こうから聞こえてきたのは夢我の声のようだが、別空間の影響か、幾分電波が悪くほとんど聞き取れない。

「無事エンぺラティアに着いたのですが、正体不明の敵に襲われています! 五人組で一人は白ひげを生やした年配の男です! 妙な鏡を使います!」

 アリサは通信障害が起きている無線機に、今起こっている状況を必死で伝える。

「……て……お……」

 しかし、帰ってきたのはむなしいかな、ノイズのみだった。

「残念だったな、この空間は外部と疎外している。外部への通信はほぼ不可能だ」

 半蔵は苦い顔を見せているアリサを見て、にやけながら自慢げに言った。

「あなたを倒すしかないのかー★」

 アリサのモットーはできるだけポジティヴでいること。

 アリサは口に笑みを残しながら、指を鳴らし始めた。

 プロバトラ、アリサが戦闘態勢に入った。

「アリサ拳撃★ 順回!」

 早かった。

 アリサは一般人が見たら仰天するようなスピードの転法を駆使しつつ、得意のとび蹴りで半蔵の首を捉えた――はずだった。

 しかし、そこにいたはずの半蔵の姿はどこにもいなかった。

「これまた残念だったな」

 さっきまで砂浜に立っていたはずの半蔵は、靴を濡らしながら砂浜に限りなく近い海面に立っているではないか。

 この時、アリサはある違和感を感じた。

 おかしい……。

 転法で移動したのなら海面に立った時に音が生じるはず……。

 でも音はしなかった……。

 つまり、空間ごと移動した……!

「さよならだ」

 そんなことを考えている暇さえなかった。

 この時すでに半蔵はアリサの背後を取っていた。アリサの無防備な背中を半蔵は所持していた脇座で刺してしまった。


 ☆ ☆ ☆


「応答しろ!」

 アリサからの無線を受け、ダイバーシティのセンターハウスは混乱していた。

 ほとんど聞き取れなかったがアリサ達の身になにかが起きているのは容易に想像がついた。

 夢我は通じなくなった無線機に向かって声を張り上げながら、急いで自分の部屋にいるであろう本部長、秀錬のもとへ急いだ。

 ふすまをものすごい勢いで開ける音が静寂な本部長の部屋に響き渡った。

「開けるときはノックを……」

 秀錬は布団を敷いていた。

 どうやら、気持ち良い時間に入る寸前だったようだ。

 気楽なことを言っている秀錬に夢我は声を張り上げ事の重大さを教えた。

「アリサ達が危ない!」

 寝ぼけていた秀錬の目の色が、夢我の言葉を受け急に変わった。

 夢我の短絡なこの言葉だけで事の重大さは秀錬に十分伝わった。

「嫌な予感はしてたんだよ……」

 秀錬は髪の毛をむしりながらつぶやいた。


 ☆ ☆ ☆


 一方、エンぺラティア側も嫌な予感を感じ取っていた。

「総帥! 案内役のエルヴィンとの連絡が午後一時前後より途絶えました!」

 エンぺラタワー。

 エンぺラティアの中心地にそびえる三十階建てもある、天にも届く勢いのエンぺラティア最大の超高層ビルだ。

 膨大な数を有するエンぺラバトラのデータを全て管理するこの建物は、まさにエンぺラティアの中枢だ。

 そんな建物の最上階にあるエンぺラティアの景色が一望できる巨大な一室。その一室に拠点を置く男こそエンぺラティアの旧上層部解体を主導した中心メンバーとなり、三十八歳の若さで新上層部のトップに君臨する男。

 そして、おびただしいほどの人員を保有するエンぺラバトラの実質的なリーダーである、火雷弾からいだん

 総帥と呼ばれる彼は、人柄の良さで曲者揃いのエンぺラバトラから信頼が厚い。

「事件のにおいだね。合流場所に指定されている念のためにサード・エンぺラポートの近くに待機しているバトラを現場に向かわせてちょうだい。私はダイバーシティに連絡を取るから」

 弾は緊急事態にも関わらず冷静に秘書に指示をした。

 この冷静かつ迅速な対応もこの男に多くの信頼が寄せられる理由の一つである。

 弾は”スクリーズ”と呼ばれるこの世界に定着しているコンピューターでダイバーシティの本部に映像付きの交信を試みた。


 ☆ ☆ ☆


 この弾の通信要請はすぐにダイバーシティに届いた。

「帝国の総帥である火雷弾様より通信要請です!」

 スクリーンから聞こえるコンピュータの声。

 エンぺラティアのリーダーの通信要請とあらば、秀錬は急いでスクリーズの画面に目を預けた。

「はいこちらダイバーシティ、センターリーダー小門秀錬です」

 秀錬は敬語で応対した。

 秀錬三十五歳、弾よりは三歳年下だ。さらに、向こうは大帝国の長。かしこまるのも致し方あるまい。

「うちが用意した案内役との通信が途絶えました。どうやらなんらかの異常が発生したらしいのですが、そちらに心当たりはありますか?」

 弾は流暢な口調で画面越しの秀錬に語りかけた。

 やはりか……。

 秀錬は今回の弾の通信要請と、夢我の報告を照らし合わせ、事の重大さを理解した。

「実はこちらも交流会の参加者であるアリサ君から無線機で連絡がありまして、ほとんど聞き取れなかったようなのですが、おそらく救援要請だと思われます」

「そちらもですか、今増援を合流地点に向かわせています。彼らからの連絡を待ちたいと思います」

「さすが、行動がお早い。ありがとうございます」

「しかし、聞き取れないというのは妙ですね。予定では通信状況が悪いところは通らないはずなのですが……」

「やはりなんらかのトラブルに巻き込まれたということは確かのようですね」

「そのようですね……」

 帝国とダイバーシティのツートップが雨が降り続く空のように暗い会話をしているとき、無線機を通して弾の耳に追い打ちをかけるような非報が届いた。

「こちらサード・エンぺラポート。ダイバーシティの船は確かに着岸しており、ダイバーシティからの客人は無事到着した模様。しかし、サード・エンぺラポートはもぬけの殻です!」

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