第四十五伝「いざエンぺラティアへ」
第四十五伝です。龍達はエンぺラティアへの長旅ですが、みなさんが心に残る長旅はなんですか。それではご覧ください。
朝七時。まだ肌寒さが残るこの時間。
休日にも関わらずこの日の一撃龍の動きだしは早かった。
休日なら昼前まで寝ていることなどざらにある彼だったが、今日は平日ばりに、いや平日よりも早かった。
それもそのはず、今日はエンぺラティアとの交流会の出発日。
ダイバーシティの代表としての自覚をもつようにと釘を刺されていることもあって遅刻するなど言語道断である。
休日ともあっていつも朝早く起きて朝食を用意している息子想いの母はさすがに寝ている。そう思い、龍は母の眠りを妨げまいとそっと家を出ようとしたが、龍の思惑は見事に裏切られた。
「今日、長旅なんでしょ? 朝ご飯用意してあるから」
龍の母はいつものように台所に立っていた。まるで平日の日のように。
「母さん……今日は休日のはずじゃ……」
龍はいつもと変わらない母の姿に相当驚いているようだ。口を開きながら声を漏らした。
「息子の長旅を見送らない親がどこにいるのよ」
ありがとう……。母さん……。
龍はこの言葉を聞き単純にうれしかった。自分は愛されているんだと肌で感じることができた。
「行ってきます!」
龍は心を弾ませながら意気揚々と家を後にした。この時はまだ自分に降りかかるとんでもない災厄に気づくはずもなかった。
☆ ☆ ☆
午前八時四十五分。
場所は集合場所で、センターハウスのあるダイバーパーク。
集合時間の十五分前にも関わらず、すでに龍以外の交流会招待メンバーである雷連進、光間凛、鉄剛、アリサの四人に加え、見送り役の副本部長の夢我がすでに集結していた。
龍はその光景を見るなり申し訳なさそうに集合場所に現れた。
「おっーす! 龍!」
龍の姿を確認するなり剛は龍に朝にもかかわらず大きな声で話しかけた。
「遅いですわ」
凛はのこのこやってきた龍に対し文句をたれた。
「まだ15分前じゃ……」
龍にとってはこれ以上ない早い時間に来たつもりだった。
それなのに文句を言われているので、龍は不満そうな面持ちでダイバーパークの看板に備え付けられている時計を見ながら答えた。
「こういう大事な日は30分前に集まるのが基本ですわ」
さすがに言いすぎかもしれないが、確かに凛の主張は一理ある。
集合時間に遅れると迷惑がかかるのは言うまでもないが、早い分にはだれにも迷惑はかけない。
「師匠、本部長はいないのですか?」
アリサが言うとおり肝心の本部長の姿がどこにもいなかった。
アリサは本部長がこの場にいないことが気がかりで、ついつい自分の師匠でもあり、副本部長の肩書を持つ夢我に尋ねた。
「あいつはどうせ寝ていおるぞ、そういう男だからな」
夢我がため息交じりでそう答えるのも無理はない。
秀錬は本部長という立派な役職にも関わらず、三度の飯より寝ることが好きなのだから。
午前九時。この刻になると徐々に陽の光が仕事をし始めるのだが、今日は雲に邪魔されて思うような仕事ができないでいた。。
ついに集合時間を迎えた。
集合場所には交流会に参加する五人のためにダイバーシティの名物カーとなっているブライトカーが早くもスタンバイされていた。
交流会の招待メンバーである、一撃龍、雷連進、光間凛、鉄剛、アリサの五人は早速ブライトカーに乗り込みいつでも出発できるような体制を整えた。
「それでは出発します」
運転手の声とともにダイヤモンドを削るようなブライトカー独特の音が車内はもちろん、車外にも響き渡った。
いよいよ出発の時か……。
龍は不安な面持ちでいた。それは嫌な予感とかではなく単純に人里を離れる寂しさを表していた。
「無事に帰ってくるのだぞ」
そんな五人を車越しに心配そうに見つめる見送り役の夢我が見送る中、五人を乗せたブライトカーはゆっくりと動き始めた。
「ちょっと待ってー」
一足遅くセンターハウスがある方角から情けない声が聞こえてくた。
そして、たった今ブライトカーが出発してしまった集合場所にやってきたのは、ろくに髪も整えていない不格好な姿でやってきたダイバーバトラのリーダーである本部長こと小門秀錬であった。
「貴様はいつも遅いのだ」
そんな無様な国のナンバーワンに対して夢我は冷たく声をかけた。
「一足遅かったかー」
本部長だろうがなんだろうが行ってしまったものは戻ってこない。
がっかりしたような調子で秀錬は言った。
「しかし、珍しいな。休日にも関わらずこんな早い時間に起きているとはな」
「未来の後輩になる子達だからね、心配なのさ」
「まだあの子らが闘士になれるとはわからないぞ」
「まあね。後、なにか嫌な予感がするんだよ……」
そう嫌な予感。
あの雲のように……。
秀錬は一雨降りそうな鈍色の曇り空に向かってつぶやいた。
秀錬の予感が的中するなど夢我はこの時夢にも思わなかった。
当然、交流会御一行たちも嫌な予感のイの字もなく、車内はまるで遠足に行く小学生のように浮かれきっていた。
「この時のために、おやつ持ってきたぜー!」
ひときわ浮かれているこの男。鉄剛は、ダイバーシティで今流行りに流行っているスナック菓子。ポテトチップスにチョコレートをコーティングさせたチョコットチップスの袋を開封させる。
「剛、気が利くじゃん。いただきまーす!」
スナック菓子に目がない龍は袋が開いた瞬間に手を突っ込ませ、欲張りにも二枚一気に取り出し、口の中に放り込んだ。
「太るから私は遠慮しておきますわ」
凛は一人の乙女。体型には人一倍注意している。
炭水化物の塊のようなこんな食べ物はご法度だ。
「ずいぶん浮かれているな。遠足かなんかと勘違いするな」
進は浮かれている車内を一歩下がった目線で一括した。
すげえ、仲間と一緒に旅に出るってこんなにも楽しいものなんだ……。
今の一度も友と旅行はもとより、遊んだ経験も乏しい龍にとってはこんなに楽しく刺激的な時はない。
龍の不安は空の彼方に吹き飛んでいた。
「本部の指示で、みんなにこれを渡さないといけないから、受け取ってね」
後部座席に座っているアリサがそう言って四人に手渡したのは、最新式の無線機だった。
なんだこれは……?
アリサは四人の心を読み取ったかのように説明を始めた。
「この無線機の使い方を教えるね。この無線機は無線機を持っているほかの四人と通信するだけではなく、中央にある赤いボタンを押せば本部にも通信できる機能を持っているんだよ。やり方は……」
アリサは四人にデモを交え無線機の使い方を教えた。
午後五時。いつの間にか夕暮れに染まっていた。
約半日にも及ぶ長旅を終えたブライトカーは目的地である帝国に通ずる港でダイバーシティの唯一の港、ダイバーポートにたどり着いた。
半日に及ぶ長旅のせいか、車内ではしゃぎすぎたせいか、五人は早くもお疲れモードのようでぐったりしている。
バスを後にし、五人は半日ぶりに半日ぶりに外に出た。
「はー疲れた、遠すぎ……」
龍は両手を空に伸ばしながら、つい本音を漏らしてしまった。
港だけあって、辺り一面海が見えた。それも、夕暮れという絵具が海というキャンパスを染めた橙の海が幻想的な風景を五人に見せていた。
「すげー、これが海か……」
幻想的な海の風景を見て、つい心の声が漏れてしまったのは剛だった。
剛は幼少期から貧乏生活を送っており、ろくに遠出をしていなかったのもあり海を見るのが十六になって生涯初なのである。剛は今までに見たことのない大パノラマについ圧倒されてしまった。
「あら剛君は海、初めてですの? 私は毎年お母様と海辺でバカンスしてますわ」
凛は剛に自慢げにこう言った。残念なことに、こういうところで貧富の格差が出るのが現実なのだ。
「今日は港の隣の建物にある旅館で泊っていただきます。エンぺラティア行きの便は明日の朝九時出航になりますのでよろしくお願いします」
そう言って五人に声をかけたのは、すらっとしたスーツ姿の案内役の女性だった。
どうやら今日は泊るらしい。
五人はブライトカーに半日も乗って疲れたのか、夕飯と風呂を終えるとすぐに布団に吸い込まれていった。
翌日。朝九時。
今日の空も相変わらず渋った顔を見せていた。
五人はなんとか目を覚まし、着替えと朝食を終え、寝ぼけながら旅館の入口に集合していた。
「お待ちしておりました、船の準備はできておりますのでこちらへどうぞ」
朝からはっきりとした口調で話しかけてきたのは、昨日の案内役の女性だった。
女性は手招きしながら港に入っていった。
五人はそれについていく。港の建物内は出航を待つための待合室があり、長旅に備えるためか弁当が売られていた。
「ここからエンぺラティアまで四時間の船旅になります。船内には食事は用意していないませんので、ここで弁当を買うようにお願いいたします。代金のほうはこちらで払いますので安心してください」
案内役は港内に入るなり、台本でもあるのかというようにスラスラと行って見せた。
五人は弁当屋に吸い込まれていき、それぞれ好きな弁当を買った。
奥には、水に浮かんだ要塞が待ち構えていた。
そして、五人はその要塞に乗り込んだ。
船は小型船ながら作りがしっかりしており、座席やデッキも備わっておりとても五人だけにはもったいない船だ。
ブオオオオと、動物の鳴き声のような大きな汽笛とともに確かに鉄塊が動き始めた。
船が出航へのい舵を取ったあたりから天から水滴がこぼれ始めた。
これが彼らにふりかかる災難の予兆になるとは、この時の五人には夢にも思わなかった。
☆ ☆ ☆
正午。エンぺラティア、第三帝港。
屋根もなく、人っ子ひとりいない、海と陸をつなぐ停泊場が三つほどある寂れた港が、龍たちを乗せている船の目的地となっていた。
ここで、これからおこる大事件の余興ともいうべき事案が発生した。
ダイバーシティと同じくエンぺラティアも少しだが雨が降り始めていた。その影響で、真昼間にも関わらず空の機嫌がずいぶん悪い。
空に影響されてか、港のベンチに座っている、これから来るダイバーシティからの客人達の案内役と思われる女性の機嫌も心なしか悪いように見える。
「なんでこの日に限って、雨降ってくるのよ。それになんでこの港屋根ないのよ」
空に文句を言い始めるあたり機嫌が悪いのは間違いなさそうだ。
それに、この女性いつもの高級感あふれる毛皮のコートを着ていなかったので気付かなかったが、この女性をこれから来るダイバーシティの客人たちは知っている。
元、裏闘技場のクイーンとして散々龍達を苦しめてきたあのエルヴィン・スタージャだ。
実は彼女、裏闘技場での闘いの後、父親を苦しめてきた上層部が解体したというのもあってエンぺラティアのバトラに戻ることを決意した。
新上層部に懇願し、再びバトラとして返り咲くことができたのだ。
しかし、エルヴィンの希望であった戦闘員の役職は与えられず、だれでもできそうな客人の案内役に任命されたのだ。
不本意ではあったが、一度エンぺラティアを裏切った身、贅沢は言ってられない。それに、もちろん昇進もある。
エルヴィンは、今与えられた仕事を全力でこなすことが昇進への近道と考えた。
そして、今日のこの仕事が復帰してからの記念すべき初仕事。
エルヴィンは全力でをダイバーシティからの客人をもてなすことを意気込んでいた。
その意気込みが外からでも伝わるように、帝国の帝の文字が刺繍で刻まれてる制帽を深くかぶり、緑がかった黒の海軍の軍服のような制服を身にまとう、エンぺラバトラの正装をしている。
そんな矢先のこの雨。テンションが下がるのも無理はない。
そんなエルヴィンに黒い影が怪しげに近づていた。
特徴的な白ひげを雨に濡らしながらやってきたのは、帝国へのクーデターを起こそうと画策する張本人、時偶半蔵だ。
「まさかこちらの案内役がエルヴィンだったとはな。これも運命のいたずらかもしれぬな」
半蔵はエルヴィンにこんなことを言いながらエルヴィンとの距離をゆっくりとした歩法で、着実に近づいてきた。
エルヴィンはこの声には聞きおぼえがあった。それも嫌な記憶としてこの声がエルヴィンの頭に残っていた。
「貴方は……!」
エルヴィンは半蔵をみるなり忌々しい記憶が頭を一瞬のうちに駆け巡った。
実はこの半蔵という男、エルヴィンの父を犯罪者として仕立て上げた張本人なのだ。
「あの一件以来か……久しぶりの再会に杯でもかわしたいところだが、お主にはエンぺラティアの未来のために消えてもらおう」
半蔵はそう言い残して、持っていた時空を自在に操るという驚異の武具で使用自体を禁止されている禁武具である時空鏡を取り出した。
「私はこの日を待ちわびていたのよ。貴方をつぶす日をね」
雨がしんしんと降る静かな帝国三港で一触即発ムードが漂った。
「気道波壊掌!」
許さない……!
宿敵を目の前にしたエルヴィンに様子見という発想はこの時頭から消え去っていた。
エルヴィンは、感情のままに人差し指と中指の二本の指に身体全ての力を注ぎこみ、宿敵の首だけを貪欲に狙った。
「鏡よ、鏡よ、時空に誘へ」
半蔵は呪文のような合言葉のようなものを口に乗せ唱えた。
そして、何の変哲もなかった鏡に写っている景色がらせん状に回り始めた。すると、半蔵とエルヴィンがいる空間自体もらせん状にゆがみ始めた。
「なんだこれは……!?」
エルヴィンはすぐに自分がいる世界の違和感に気付いた。
一見すると何も変わっていないようだが、自分から見て右側にあった海が左側に、よく見ると看板の文字もさかさまになっている。
「ここは時空鏡の中の、”反世界”だ。この世界は現実の世界とすべてにおいてさかさまの世界。そして、この時空鏡を持つ者は現実世界と反世界を自由に行き来することができる。お主はしばらくここにいてもらう」
まずい……!
エルヴィンはブランクがあるとはいえ、元々は一流のバトラだった。半蔵の言葉の恐ろしさを容易に気づくことができた。
「待てえ! 気道波壊掌!!」
ここでエルヴィンはおそらく生涯で一番であろう瞬発力を見せた。
二本の指で仕事を終え元の世界に戻ろうとするために、無防備な背中をさらしている半蔵をしとめにかかった。
一瞬の差が明暗を分けた。
エルヴィンの技のスピードを半蔵の時空鏡が一枚上回った。
エルヴィンの追撃むなしく、半蔵の逃避は成功してしまった。
「意外と危なかったな。あの女も案外やるようになったな」
獰猛なるエルヴィンの追撃振り切り、半蔵は現実の世界に無事戻りほっと肩をなでおろした。
これにより、エルヴィンは一方通行の別世界に完全に閉じ込められてしまった。
「案内役は無事処理したみたいやな」
そう言って、半蔵のもとに近づくのはこのクーデターの協力者である帝校の生徒である六角斬竜であった。
斬竜だけではなく、同じく帝校の生徒であり協力者の山梅恐香、白連氷、新威ラギアの三人もぞろぞろとこのサード・エンぺラポートやってきた。
お呼びではない役者はそろってしまった。
何も知らない龍たちを乗せる船は着々と鬼達の巣窟と化したサード・エンぺラポートに近づくのであった。




