第四十三伝「帝国『エンペラティア』」
第四十三伝です。いよいよ始まりました新シリーズ帝国「エンペラティア」編。エンペラティアのことはちょろっとエルヴィンの過去回想で書かれています。参考に第四十一伝を読んだ方が分かりやすいかもしれません。それではどうぞ。
ここは帝国「エンペラティア」。
全世界のバトラの人口の半数以上を占める、まさにバトラの中心地と呼ばれるこの国。
この国には、実に様々なバトラがいる。
エンペラティアを象徴する瓦屋根の歴史ある建物群の一棟の中で、五人組がなにやら怪しげな密談を交わしていた。
「よいか、お主らの活躍でわしが上層部に返り咲くことができるのだ」
年季が入った口調で放し始めたのは、若者が大半を占める中、一人だけ白ひげを立派に生やした年配の男だった。
この男の名は時偶半蔵。
そして千余年の長きにわたるエンぺラティアの歴史は激動を迎えていた。エルヴィンの父親の冤罪事件をきっかけに上層部は解体され、まったく異なるメンバーでエンペラティアは再構築され、ここ数年前に解体後の新帝国が誕生したのだ。
上層部の人間だった彼は、そのあおりを受けエンペラティアに解雇処分を言い渡された。
しかし、欲深い彼は引き下がらず、新帝国の上層部の首を水面下から常に狙っていた。
そして、エンペラティアの名に恥じない屈強なバトラ集団を育成する帝国の戦校である、帝校から精鋭を極秘で引き抜き、クーデターを画策していた。
なぜプロのバトラではなく素人である帝校の生徒を引き抜いたかというと、半蔵を解雇に追いやった新帝国の息がかかっていないことが前提になるからだ。
そして半蔵は帝校生だが、優に素人レベルを逸脱し、バトラとしての資質を十二分に持っている四人を引き抜いたのであった。
「ほんまに見返りがあるんやろうな?」
目上の人に向かって関西弁で食い気味に話している、紫色の毒々しい髪形がトレードマークの彼の名は六角斬竜。
帝校の数々の不祥事を起こしてきた問題児だが、その力は折り紙つきだ。
「もし何もなかったら容赦はしないぞ」
男勝りな口調で話す有り余る髪を、トレードマークである骸骨の髪飾りで縛る彼女の名は山梅狂花。
その男勝りの口調と性格、それに加わった確かな強さで帝校では女番長と恐れられていた存在だ。
「僕達は帝校というエリート街道を踏み外そうとしてここにいるんだから、相当な見返りが無いと困るんだよね」
相手が目上にも関わらず生意気な態度で口を開いたのは、小柄ながら銀髪で決めている彼の名は白連瞬。
何を隠そう去年ナーガ達のクラスの担任を務めていた白連氷の実の息子なのだ。父譲りの能力は健在で、帝校でも一目置かれている存在だ。
「……」
一言も発することなく座談している四人の様子を立ちながら、片目で見ている男にしては長めの白い髪で右目を覆っている彼の名は新威ラギア。
帝校では全くの謎のベールに包まれて、その能力も不明だが、半蔵が潜在能力を感じ取り独断で引き抜いた男だ。
「もちろん見返りはあるぞ。この作戦が成功しわしが上層部に返り咲いた暁にはお主らをバトラにするだけではなく、特別な待遇を与えようではないか」
☆ ☆ ☆
裏闘技場でザシャドウとの死闘から早約半年、すっかり戦校を彩る木々が紅蓮色に染まった。
長いようで短かった戦校生活もあと半年ほど。
龍達はいよいよ卒業を視野に入れていた。バトラ試験に合格するには、筆記試験と実技試験、両方の試験に合格しなければならない。
しかし、合格さえすればダイバーシティの正式なバトラとして明るい未来が切り開かれるのだ。
このシーズンになると、教室の話題は闘士試験の事で持ちきりだ。
「いよいよバトラ試験だ。合格できるのかが不安だ……」
不安からかため息交じりで人という名の円を囲みながらこう漏らしたのは、我らが主人公で、人に不信感を抱いていたが、仲間と触れ合いすっかり仲間想いな男に風変りした一撃龍だった。
龍は不安な面持ちで、すっかりおなじみのメンバーとなった雷連進、光間凛、鉄剛の三人に話しかけた。
入学当初は教室で騒がしくがやがやする連中を誰よりも嫌っていた龍だったが、今ではすっかり”そっち側”の人間に様変わりしていた。
「筆記は大丈夫ですけど、実技が不安ですわね」
実技に不安を抱えていたのは、メンバーの紅一点で曲者揃いの男たちをまとめる凛であった。
「俺は逆だな! 実技は問題ねーえど筆記は苦手だぜ!」
人より大きな声で話し始めたのは、よく言えば熱血で悪く言えば暑苦しい、メンバーのムードメーカーである鉄剛だ。
「バトラ試験ごときに落ちるような劣等者はいらない」
冷え切った言葉を三人にお見舞いしたのは、敵に一切の情けをもたず、時に仲間でさえ厳しい言葉を平気で放つが、戦校の生徒の中では秀でた才を持つチームの絶対的エース雷連進だった。
「みんな、おっはよー★」
教室の扉を元気よく開き、とびっきりの笑顔で生徒達に挨拶をしたのは、若づくりをしていてお調子者の一面もあるが、その笑顔と闘士としての確かなる戦闘能力で龍達を救ってきた、龍達の担任でもあり、龍達のよき指導者でもあるアリサだ。
「龍君、進君、凛ちゃん、剛君の4人は昼休み集まって」
アリサは早速四人の名を呼んだ。
この光景はもうなにかおなじみのようになっている。
アリサのクラスの生徒達は龍、進、凛、剛の4人がクラスの中では抜けた存在というの感じ、自分たちの劣等感を感じていた。
その日の昼休み。
四人はアリサに言われたとおり教室を出てすぐの廊下に、手に腰を当てながら立っていたアリサのもとに集まった。
「突然だけどみんな”帝国「エンペラティア」”って知ってる?」
なんだそれ……?
男どもがアリサの問いクエスチョンマークを頭に浮かべる中、真っ先に答えたのはチームきっての勤勉家の一面を持つ紅一点の凛だった。
「確か全世界にいるバトラの人口の半分以上を占める闘士の中心国で、ダイバーシティの同盟国にもあたる国ですわね」
「さすが優等生の凛ちゃん、大正解★ 元、裏闘技場出場者であったエルヴィンの出身国でもあるね」
アリサは教え子の勉強の跡がうかがえることができた嬉しさのあまり、ついいらないことまで口走ってしまった。
「なんで先生がエルヴィンの出身国を知っているんですか?」
意外と勘の良い龍がまずこの獲物に食いついた。
そもそも龍はエルヴィンに一瞬のうちに倒されていたため、アリサ扮するアーリー★スターが裏闘技場に乱入した事実を知らないのだ。
「な、なんでもないよ★」
アリサとアーリー★スターは別人……。
と、いう設定にしているアリサはなんとかごまかそうとしたがさすがに粗が出始めた。
なぜ隠す必要があるのだ……?
アーリー★スターを目撃したのは四人の中ではこの男だけ。
そもそも、進は初見でアリサとアーリー★スターが同一人物と分かったあたり、正体を見破るのは人間と猿を見分けるほど容易だったようだ。
「ししょー、その帝国が俺等を呼んだこととなんの関係があるんすか!?」
剛はこういう時に意外と的確な質問をする。
それは単純な思考をもっているが故なのかもしれないが、確かにそのエンぺラティアという国と自分達が何の関係があるのかは、まだ全く見えてこない。
「実は昨年から、新しい体制に生まれ変わったエンぺラティアが同盟国同士の交流を図ろうとこのダイバーシティの戦校とエンぺラティアの戦校である帝校との交流会を実施することに決めたんだよ。第一回目の去年はみんなが去年、交流戦で闘ったナーガ君達のチームが務めたんだよ。ダイバーシティの顔になるわけだから戦校を代表する生徒が好ましい。ということで交流戦で勝利したナーガ君達が選ばれたってわけ。そして、今年選ばれたのはそのナーガ君達に善戦したあなた達!」
はあ……。また、面倒なことに巻き込まれそうだな……。
基本的に平穏な暮らしをしたい龍にとってあまりおめでたい話ではなかったが、そんな龍の気持ちなど知る由もないアリサは快調な舌回りで答えた。
エンぺラティア……。
きっと凄い奴がたくさんいるんだろうな……。
四人はアリサの言葉に気を引き締めた。
アリサは舌に乗せさらにこう続けた。
「出発は一週間後! 明日はダイバーシティのバトラ全ての管轄を行っている本部に行って、ダイバーシティのバトラのリーダーである本部長に挨拶に行くから失礼のないように! 引率として私も行くからね」
リーダー……。
それはダイバーシティ、つまり一国のトップ……!
四人の背筋はリーダーという言葉に思わずぴんと張った。
「明日は休日だけど、いつも戦校に行く時と同じ時間に実戦場に来るように」
☆ ☆ ☆
翌日、朝九時。
鳥のさえずりが心地よく聞こえる朝の刻。この時間いつもの始業時刻だ。
しかし、今日は休日。にも関わらず四人のがん首は綺麗にそろっていた。
今日はダイバーシティのトップに挨拶に行く日だからだ。
なんで休日にこんな早く起きなきゃならないんだ……。
基本的に寝起きが良くない龍にとって休日の早起きは相当こたえているようで、誰も聞こえないような声で愚痴を垂らした。
とは言いつつ、変にまじめなところがある四人はアリサの言いつけを守り、いつもの登校時間である九時に、今まで苦楽を共にしてきた実戦場にやってきた。
来ねえ……。
しかし、四人は朝っぱらからいら立っていた。
保護者役のアリサが来ていないのだから。
「みんなーごめーん★ 待った―?」
アリサは十分ほど遅れた辺りで、ようやっと実戦場に姿を見せた。
「十分の遅刻ですわ」
時間厳守をモットーに生きてきた凛は時間を守らないアリサに生徒と先生の立場を忘れ責めた。
「ゴメンね★ テヘッ」
アリサはなぜか手でピースサインを作り、それをでこにおいてキャピキャピした態度で謝った。
「ししょー、俺は大丈夫っす! 人間だから遅れることもあるっすよね!」
ここまでくると、もはや剛のフォローも痛々しい。
「ありがとう剛君! 頼れるのかあなただけ!」
はあ……。こんなんで大丈夫なのか……。
龍と凛と進はおバカ師弟に頭を悩ませていた。
「じゃあしゅっぱーつ★」
交流会招待者、一撃龍、雷連進、光間凛、鉄剛、アリサの五人はアリサ先導で今日の目的地である本部へ向かって歩を進めた。
途中、ダイバーシティの名産である輝鉄を燃料にした六輪で走る屋根のないバスのような乗り物、ブライトカーに乗車し、ダイバーシティを象徴とするダイバ・ヒルを横目で見ながらダイバーシティの市街地を縦断した。
途中二度乗換えて、合計で丸一時間ちょいくらい走ると巨大な公園が五人の眼前を捉えた。
五人は公園の前で降車する。
この公園はダイバーシティを象徴する国立公園で、客をお出迎えするように構えている巨大な噴水がこの公園の顔となっている。
この公園の中心にそびえたつ七階建ての近未来的な鉄製の建物こそがダイバーシティのバトラの窓口、センターハウス通称本部なのだ。
五人は公園の芝生に足を置きながら、センターハウスの入り口に到着した。
五人はセンターハウスの目の前に立つと感じた。センターハウスからあふれ出るプロバトラが拠点にしているだけある荘厳なるオーラを。
「やっと着きましたの?」
「はー、疲れたー」
顔を下げ、膝に手に置き、息を乱し疲労が表に出ている凛と龍。
普段、家と戦校の行き来しか歩くことのない凛と龍にはこの一時間超にも及ぶ長旅には相当こたえたようだ。
「お前らこれくらいでなにへばってんだよ!」
「この程度で疲れるとはバトラになる人間としては話にならんな」
日々ストイックにロードワークをかかせない剛と、そもそもの身体能力が秀でている進にはなんの影響もないようだ。
「本部に入るよ。みんな良い子にね」
アリサはこれが初のセンターハウスとなる龍、進、凛、剛に念を押し、いよいよダイバーシティの牙城に踏み入れる。
本部だけあって警備は頑丈。3m超にも及ぶ固く閉ざされた門は、侵入者をにらむかのようにそびえたっていた。
アリサは内ポケットに潜ませていたカードのようなものを取り出し、門の脇に備え付けられている機械にカードをかざした。
すると、今まで侵入者を険しい表情で拒み続けていた門が表情を一変させ、来客を歓迎するかのように穏やかに門という番犬の口がゆっくり開いた。
門を過ぎると、門と本部を一直線に結ぶ舗装された道が姿を見せる。道の周りには、来客を祝福するように色鮮やかな花が添えられていた。
五人は色鮮やかな花を堪能しながら本部の扉の前にたどりついた。
本部のドアは最近この国で実用化に成功した自動ドアをいち早く導入している。
立っただけで勝手に扉が開く魔法の扉に四人は感動を覚えながらいよいよ中に入った。
なんだよこれは……!?
これが初センターハウスとなる四人は内観を見て、唖然としていた。
外観の広さを考慮すると明らかに広い。
中は吹き抜となっていて錯覚的に開放感を演じていた。さらに、白を基調とした超一流ホテルのような清潔感を醸し出していた。
このとびっきりの開放感と清潔感が田舎者の四人の度肝を抜いたのだ。
真ん前にはセンターハウスの顔となりえる立派な受付が備え付けられていた。
「いらっしゃいませ。どちらさまでしょうか?」
そんな受付から綺麗な透き通るような声で五人に話しかけたのは、制服をきっちり身にまとい清潔感あふれる本部にマッチしている清楚な受付嬢だった。
「今日、本部長に挨拶させていただく予定となっている戦校の教員のアリサと申します」
これがセンターハウスが持つ魔力なのだろうか、アリサの女子高生のような軽い口調を、就活生のようなかしこまった口調に変化させた。
「アリサ様ですね。お待ちしておりました、センターリーダーは最上階でお待ちです」
受付嬢は同じく洗練された丁寧な口調で応対した。ちなみにセンターリーダーとは本部長の正式名称だ。
「それではこちらへどうぞ」
受付嬢は受付から奥に数m離れたエレベーターに五人を案内した。
エレベーターが開くとエレベーターガールがお出迎え。
人、設備の一つ一つに一切の手を抜いていないことがうかがえる。
なんだよここ……。
すげー……。
龍は誰かに聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。
彼は今一度驚いていた。
今まで貧相とまでは言わないがいたって平凡な家に住んでいた龍にとってみれば、こんな壮観な光景はまるで別世界に来たようであったからだ。
しばらくするとエレベーターは目的地である最上階である七階を告げた。
「到着しました」
エレベーターが5階に通ずる道を開くと、日焼けしているような健康的な肌色にも関わらず、マフラーで首と口を覆っている季節感が合わない出で立ちをした背が大きいがスリムな女性が、五人を歓迎するかのようにちょうどエレベーターの出口に立っていた。
「おはようございます。サブリーダー」
エレベーターガールは彼女の事をサブリーダーと呼んだ。
彼女の名は黒猫夢我。主にセンターリーダー、つまり本部長を補佐する役職に辺るセンターサブリーダー、通称副本部長。
ダイバーシティのバトラの中で本部長に次ぐナンバーツーの存在だ。
なんだ……こいつは……?
龍、進、凛、剛の四人は夢我を見るなり硬直していた。
夢我の闘争本能の電源を完全にオフにしていた。それでも、猫のように重く深く鋭い目と、溢れんばかりの絶対的なオーラは四人の心臓のド真ん中を貫いてしまっていた。
それほどまでに国のナンバーツーバトラとなれば圧倒的な力があるのだ。
「久しぶりだな、アリサ」
夢我はアリサの名を口にした。
どうやら知り合いのようだ。
「お久しぶりです。師匠」
師匠。
確かにアリサはそう言った。
あのアリサの師匠。四人は言葉でも瞬時に今目の前にいる女が相当な実力者ということを本能で感じ取った。
ししょーのししょー……!
特に自称アリサの弟子である剛がこのアリサの言葉にいの一番に反応した。
「おはようございます! 大ししょー!」
剛は咄嗟に頭をコマのように回し夢我のことをこう呼んだ。
頭を45度にきっちり下げ、声を張りながら。
「なんだお前?」
夢我にとって剛は失礼極まりない存在だった。
だってそうだろう。初対面の奴にわけのわからない呼び名で挨拶されたのだから。
夢我は怪訝そうな顔で剛に言った。
「自分はアリサししょーも一番弟子、鉄剛です! 以後お見知りおきを!」
剛に遠慮というものは存在しない。
ここがバトラの本拠地であろうと、相手が国のナンバーツーだろうと、お構いなく自信満々にこう答えた。
「アリサ、お前弟子とったのか?」
夢我は、今度はアリサに鋭い眼光を向けながら問うた。
「いえ、彼が勝手に言っているだけで……」
アリサは剛に聞こえないように、小声で師匠である夢我に弁明した。
「みんな、副本部長にあいさつ!」
目の前には国のナンバーツー。そして、ここにいるのは素人集団。
この状況でやるべきことは一つしかなかった。
アリサは思い出したかのように四人に指示出した。
「おはようございます!」
龍、進、凛、剛はしっかりとお辞儀をして副本部長である夢我に挨拶した。
「礼儀はしっかり教え込まれているようだな。それでは本部長の所へ案内する」




