第四十一伝「一流同士の闘い」
第四十一伝です。一流の選手でオーラから違いますよね。それでは一流同士の白熱の闘いご覧ください。
綺羅星のごとく何者かが突如、灼熱を彷彿とさせる真っ赤なリングに現れた。
顔は覆面に身を包んでおり確認できない。ただ、男性を挑発するような豊満な胸と露出が多いコスチュームを身に纏ってることから、女という事は間違いないだろう。
と、正体不明の覆面女ファイター感を出したかったがおおよその見当は付いている。
「……ア……リサ……先生……」
進はすでに風前の灯となっている声でなんとかその覆面ファイターの名前と推測するのが自然な口にすることができた。
いくら覆面で顔を隠そうとも、そのいでたちと抑えきれない雰囲気で簡単に正体を見破ることができた。
そう。龍達の若作りの激しさに難を見せるも、その天真爛漫な性格で誰からも愛される龍達の頼れる担任お姉さん、アリサである。
「違う! 私はアリサではない! 私は正体不明の覆面ファイター、アーリー★スターである!」
いたって本人はアーリー★スターというキャラクターを貫くスタンスのようだが、さすがに無理がある。
「とにかく、進君を医務室に連れてきなさい。早く!」
アーリー★スターあくまでも正体を隠しながら、はスタッフをせかした。
ここでアーリー★スターは初歩的なミスを犯していた。知るはずもない進の名前を言ってしまったのだ。
「……なん……で……俺の……名を?」
意識がもうろうとしている進ですらこの重大なるミスは容易に気づくことができた。
「は! コホン、そんな事言ったかなー?」
アーリー★スターことアリサはしらを切るも、もはや限界だった。
ここでタンカを持った裏闘技のスタッフ二名がリング上に到着した。
進はアリサが呼んだスタッフによってタンカに乗せられ、医務室に急ぐこととなった。
「こ、これは雷連進選手の敗北がけってーーい! つまり勝者はザシャドウだーーー! しかし、一難去ってまた一難! 一体これはどういうことだー!? 謎の覆面ファイターが綺羅星のごとく突如乱入だ―!」
裏闘技場は揺れていた。
謎の覆面女の乱入に。
それは進行役とて同じだった。
進行役はあまりの予想外の出来事に一裏闘技ファンとして忘我していた。
「さあ絶対女王、エルヴィン選手vs謎の覆面ファイター、アーリー★スター選手の史上空前のマッチだーー! さあ賭けた、賭けたー!」
そう、ここは知る人ぞ知る世界有数の賭博施設。
観戦者の賭け金によって運営できる施設。どんな状況であれ賭博行為を怠ることはできない。
数分後、オッズが目線を斜め上45度に上げたあたりにある大型スクリーンに表示された。
エルヴィン1.7倍、アーリー★スター1.7倍。まったく同じオッズ。
はっきりいってこれは異常だ。だってそうだろう。いわば、絶対女王として裏闘技界のトップにのぼりつめようとしてるエルヴィンと裏闘技場初出場はおろか、正体さえ分からない謎の女の力が同じくらいだと裏闘技場のファンは判断したということになるからだ。
裏闘技場のファンは、覆面女の身体の節々から底知れぬ力を一瞬のうちに感じ取っていたのだ。
「さあとくとご覧あれ! 絶対女王は謎の刺客を成敗できるのだろーか!? エルヴィン選手vsアーリー★スター選手の試合、いざ開幕!」
進行役の開始の合図とともについにエルヴィンvsアリサという本物の強者同士の果たし合いが始まった。
「うおおおおお!!」
謎の覆面ファイターが突如リングに現れ、絶対王者に挑む。
裏闘技場のファンにとって、こんなに熱い展開はない。
そんな良作のアクション映画のようなワンシーンに裏闘技のファンはとびっきりの大音声で応えた。
「貴女は何者?」
どうやら、エルヴィンは闘いの最中に口をはさむ癖があるらしい。
またしても、エルヴィンは手より先に口が出てしまう。
しかし、エルヴィンからしてみれば当然と言える。
折角、雷連進の調理を終える頃現れた正体不明の覆面女。聞きたいことなど山のようにある。
「さっきから言っているでしょ。私は裏闘技界に綺羅星のごとく颯爽と現れた正体不明の覆面ファイター、アーリー★スターである!」
アーリー★スター、いやアリサは何を聞かれようがこの一点張りを貫くようだ。
「この際、貴女が何者でもいいわ。バトラなら言葉で語るより、闘いで語る方が分かることもあるのよ」
「そうそう、あなた分かってるじゃん」
一流同士がひとたび拳を交えればすぐに全てが分かってしまう。
この二人はそれをやる気のようだ。
しかし、会話の結論とは裏腹に二人はなにも動こうとはしなかった。裏闘技の雰囲気と正反対の沈黙だけが裏闘技場を滞った。
ただ、両者沈黙を決め込んでいるはずなのに空気が痛い。
一流同士が相対せば空気すら時に鋭利な凶器となりえるのである。
実際にはあまり時間が経っていないようだが、体感では相当経っているように感じた。
それにしても動かない。
実は、バトラの基本戦法の一つとして”仕掛けさせる”という戦法がある。
バトラの闘いは仕掛け、仕掛けられのターン制と言ってもあながち間違いではない。一流のバトラならばよほどの事がない限り、二度同じ攻撃は通用しない。
つまり、攻撃のネタが尽きれば、それは敗北を意味すると言っても過言ではないのだ。
仮に相手と同じネタ数ならば先に仕掛けた側のネタが早く尽きてしまう。
だからこそ、”先に相手に仕掛けさせたい”のだ。
しかし、先に仕掛けた側のメリットもある。
初手で決める。これだとネタどうこうの話では無くなる。
いよいよ沈黙に耐えきれず最初に動き始めたのはエルヴィンだった。
先に仕掛けるということは、それは初手で決めるという覚悟を決めたということだ。
「波壊乱気空掌!」
エルヴィンは一歩も動くことなく、右手を前に構えながら開き、左手を右手に添えて空掌を放った。
空掌の軌道上の空気が、まるで空掌の通り路を譲るようにして逃げた。
これはまずいね……。
本気を出さないとね……。
「四柱壁!」
アリサが技名のような単語を唱えるや、地中から戦樹が使う材木のような樹、いや材木よりも自然に近い、つまり生命力がみなぎっている状態の樹の柱が四本そびえ立った。
そして四本の樹が何者の侵入も阻むように壁のように変形した。
肉弾戦専門だと思っていたアリサには似つかないトリッキーなスペシャルだ。
その”生”をひしひしと感じる樹の壁で、難攻不落のエルヴィン攻撃を防ぎきった。
これにより今まで、百発百中の制度を誇っていた波壊乱気が初めて破られた。
ここで闘いには関係なく戦樹のパートナーである材木が、アリサの四柱に反応するように激しいアクションを見せた。
相棒のこれまで見た事のない奇怪な行動に、今までリング脇に狸寝入りしていた戦樹も気づいた。
なんだ……?
相棒よどうしたんだ……?
まさか……。
戦樹はアリサが生み出した四柱を察知し、なにかを特別なものを感じ取っていた。
「まさか、波壊乱気が初見で破られるなんてね、裏闘技の器じゃないわね」
この女……。
強い……!!
一流同士の闘い。
エルヴィンは一太刀で気づくことができた。
目の前にいる相手の底知れぬ強さに!
「そう、いいこと言ってくれるじゃん」
アリサはつい相手の口車に乗り、上機嫌になった。
頭は単純……。
それがエルヴィンの狙いだった。
エルヴィンは隙をつき、アリサとの間合いを転法に限りなく近いスピードで一気に詰めた。
「気道波壊掌!」
エルヴィンはニ本の指を突き立た。あの進を一瞬で葬った凶悪なる技で今度はアリサの首を狙った。
「十字守!」
アリサは龍に伝授した腕を十字に構え身を守る独自の防御法でエルヴィンの追撃をかわした。
さすがに技を伝授した師だけあって、龍の数十倍ものスピードと精度を誇っていた。
まさに、洗練された技の応酬。一アクションごとに会場全体の息が詰まる。
上に気を取られようもんなら次は下。
エルヴィンは攻撃を止めようとはせず下段蹴りを仕掛けた。
アリサは反射的に膝を上げ、エルヴィンの下段蹴りを膝で受け身への侵入を防いだ。
アリサの卓越した防御は突破するにはあまりにも労力がいる。
それがたとえ裏闘技界の絶対女王だろうと……。
「残念だけど、あなたの気は掴ませてもらった」
なに……!?
このエルヴィンの一言には、さすがの百戦錬磨のアリサですら動揺を覚えた。
これがいかに重要な情報かは、エルヴィンをよく知る裏闘技場の連中なら容易に想像できた。
エルヴィンが相手の気を掴む、すなわちそれは相手にとって……。
攻略不可能な無間地獄と同じこと!
エルヴィンが手をかざした。相手の敗北への第一歩が歩まれた。
エルヴィンの気には、アリサですらあらがうことができず、地面に顔面から叩きつけられてしまった。
「波動属性使いとは何度も手合わせしたことがるけど、人の波動まで干渉してくる波動使いは初めて。まさか、こんなに厄介なものなんて……」
手練であるアリサでさえ、エルヴィンの特殊なスペシャルは相当こたえた。
「なぜあなたほどの人がなぜこんなところに……?」
エルヴィンの力を十二分に理解したアリサは、この疑問を感じずにはいられなかった。
現役のバトラであるアリサには分かった。
エルヴィンクラスのバトラなら正式なバトラとして十分やっていけると。
「私はバトラとして一生食っていけるはずだった。あの忌まわしき事件がなければ……」
☆ ☆ ☆
~二年前~
帝国「エンぺラティア」。
そこは千五百年前のバトラの発祥の地とも呼ばれるバトラの聖地であり、バトラの中心地。
四方が海に囲まれてる島国で、面積はダイバーシティの約十倍。バトラに必要不可欠な武具やバトラ服はほとんどエンぺラティア製のものだ。
バトラの人口も相当なもので、バトラの人口の約六割を帝国が占めている。
ダイバーシティはエンぺラティアと同盟を組んでおり、ダーバーシティの特産品である剣などに用いられる輝く鉄、輝鉄を安価で輸出することと引き換えに軍資や戦力の支援で非常にお世話になっている。
エンぺラティアは昔から伝わる伝統的な教育法を用い、バトラの質も非常に高い。英雄とうたわれるバトラのほとんどはここの出身だ。
そんな国で私、エルヴィン・スタージャは生まれ育った。
家柄は父母、祖父母にいたるまでバトラ出身という由緒正しき闘士の家系。バトラの父母から生まれた私は早くからバトラとして期待されていた。
私は恵まれた環境下ですくすくとバトラに必要な能力を身につけていった。波動もその中の一つだ。そして、18となり親から与えられたレール通りにバトラとなった。
私は親の地位が高いこともあって初年度から優遇された。私はこのまま順風満帆なバトラライフが永遠に続くとそう思っていた。
しかし、そんな私の期待をあざ笑うかのような事件が発覚した。
そう、あれは今から二年前の桜が散る頃のことだった。
大帝国、エンぺラティアの地位が揺るぎかねない事件が起こった。
後に国の汚点として歴史に残ってしまった帝国金流出事件だ。
エンぺラティアは人口をほぼバトラとその家族が占め、一般人はほとんどいない。従って、国の政治や運営などは全てバトラが行っている。
もちろん国の金の管理とて例外ではない。そんなバトラの象徴となっているエンぺラティアの基盤を支える国の金が外部に流出してしまったのだ。この事実は当初国の上層部しか知りえなかった。
もし、このような事実が他国に流出すれば、敵国からはこれを機に攻められ、同盟国との信頼関係もがた落ちだ。
上層部は帝国の堅固なセキュリティーを念頭に置き、内部の裏切りという線に絞った。
この上層部の判断が私の人生を大きく狂わすこととなった。
なんと真っ先に疑われたのが私の父だったのだ。父の役職は帝国の莫大な金を一手に引き受ける帝国経理局の局長であった。
夜な夜な父が一人でパソコンをいじっていた姿が防犯カメラに写っていたという不確かな状況証拠と、父が国の機密情報の書類を所持していたことからクーデターを画策しているという上層部の身勝手な推論で父を犯人に仕立て上げたのだ。
私はこの時点で上層部、いやエンぺラティアのバトラ全てに嫌悪感を抱いた。
そんな中、上層部が私に出した指令が思わず頭を抱えるような指令だった。
その指令とは、父が犯した罪の決定的な証拠を掴むことだった。
私は知っていた。父が夜遅くまで職場に残っていたことも、機密情報の書類をもっていたことも全部国の将来の為を思ってのことだって。
私は上層部に父はシロだと訴えたが聞き入れてはもらえなかった。
それどころか反論したらクビを切るとまで脅される始末。
私はその指令を断ったが、ほどなくして父は逮捕された。
これを機に平和だった一家も暗雲が立ち込めることとなった。
この時、こんな無能な上層部の下で働けば自分が腐るとそう私の本能が悟った。私はこの時はじめて親からしかれたレールを踏み外した。
二十五になる秋、私はバトラを辞め、家を出た。
行くあてもなくさまよいたどりついたのは当時、エンぺラティアで一大ブームとなていた裏闘技だった。
ここの裏闘技はエンぺラティアから輸入してきたものだ。
裏闘技の出場者は上層部に疑問を抱いて辞めていた人も多く、共感することが多かった。
バトラを辞めたのにも関わらず絶望の淵に立たされている私とは違いこの人たちの”眼”は生き生きしている。
彼らの眼を見て私の迷いはなかった。裏闘技で生きる。これが私が導き出した答えだった。
その後、父のパソコンの履歴などを改めて調査し父の無罪が証明された。
そして、上層部の杜撰な操作が浮き彫りとなり上層部は解体。
新しい体制のもとで帝国が再構築されることとなったということを聞いたのは最近のことだった。
だからといって私の意志が揺らぐことはなかった。
数々の裏闘技場で私の力は猛威をふるった。親から施された英才教育が生きた。
私は初めて生きがいを感じた。今までの人生、不自由こそなかったが親が作ったレールの上をただバカ正直に歩んできただけだった。
ただ、今回は違う。裏闘技は私の意志で、私が決めた道。自分の道しるべを作ってくれた裏闘技に一生ささげると誓ったのだ。




