第三十九伝「拳と拳の対話」
第三十九伝です。よく拳を交えると友情が生まれるという言葉を聞きますが、本当なのでしょうか。殴り合いのケンカをしたことのない私には遠い話ですが。ということでご覧ください。
野蛮なる刀男は俺の事に気づき、まるでゴミを見るかのような残虐な目つきでにらんできた。
かつての俺なら恐れおなして土下座でも何でもして許しを請うところだが今の俺、いやこれからの俺は違う。
”強さ”を手に入れたのだ。今の俺の辞書に恐怖という二文字はいつの間にか削除されていた。
「お前は3日前、俺に喧嘩を吹っ掛けてきた男だな、まさかお前みたいな雑魚が同業者だったとはな」
刀男は明らかに俺をなめていることがこの発言から分かった。
だが俺今日の俺は一昨日の俺とは違う。今からこいつに目に物を言わせてやる。
「さあ試合スタートだあ!」
試合開始の合図と同時に刀男がたいそうにぶら下げている刀を大きく振りかぶり斬りかかってきた。
三日前の闘いではこの一振りで勝負が決してしまった。今日は決めさせない。
ただあの豪傑なるひと振りをどうやって止める?素手か、いやいくら力を得た俺とてそれは危険。
思い出した。戦闘館で出会った俺の相棒、ヌンチャクを使う時だ。
ガキンという音を引き下げ、三日前には歯が立たなかった獰猛な刀を止めた。
武具の力を借りたのだから当然かもしれないが、従来の俺ならそれでも止められなかっただろう。
間違いなく俺は強くなっている。
向こうの攻撃が終わったのなら次は俺が攻撃する番……!
俺と言ったらやはり地中から奇襲する唯一無二の必殺技、アナグラだ。
さあ潜ったぞ。
自分で言うのもなんだが、この技を初見で攻略するのは難しい。
この技を初見で攻略してきたのは邪化射ナーガ、雷連進といった天才と称される者だけだ。
とてもこの野蛮な男にその才があるとは思えない。
「下だな」
満を持して地上に現れたが、俺の予想は虚しくも崩れてしまった。
俺のアナグラがあっさり防がれた……。
初見で見抜かれただと……。
この男ただものではない。
いや、ここにいる連中はこの程度の事を見破るのは造作もないのかもしれない。
井の中の蛙大海を知らずとはまさにこのこと。戦校という井の中に居座り続けていても俺は世間という大海を知ることができなかった。
やはり、俺の行動に間違いはなかった。
ただどうする?俺のアナグラが一瞬のうちにして攻略された。ただ俺にはアナグラしかない。
再度地中には潜ってみたものの先ほど防がれた技が再度通じる道理はない。普段より楽に地中が掘れる。これが強さの証拠か。
だとしたら時間がかかるうえ使う労力が尋常ではないという理由で白紙になっていた、俺が昔から企てていた新技を実戦できるかもしれない。俺は怠惰に毎日を過ごしていたわけではない。一応、強くなる努力はしたつもりだ。
そうと分かれば早速実行に移った。
俺が編み出した新技は”落としアナグラ”と言い、相手の足場に全長10mほどの落とし穴を作り、落とす。
単純明快かつ完全無欠の新技。
俺はがむしゃらに相手の足場を掘り続けた。強さの表れか、実に簡単に短時間で作ることができた。
これなら実戦でも使える……!
大男が自ら作った落とし穴に何の抵抗もできず落ちていく姿は想像以上に爽快なものだった。
それに、なにが起こったのか分かないと言わんばかりの唖然な顔は実に愉快であった。
俺は強さのお陰であの憎き男にリベンジすることができた。
”強い”とは”楽しい”。
この力があれば剛さんや一撃龍はともかく雷連進や邪化射ナーガにだって勝てるかもしれない。
夜にエルヴィンさんと戦樹さんは俺の初勝利を祝し、祝勝会を開いてくれた。嬉しかった。
これが俺の居場所なんだとそう実感する事が出来た。
そして、エルヴィンさんから今日訪れた裏闘技場のシステムについて詳しく聞かされた。なんだ、戦校に通いバトラになるという道だけではないんだ。
人生という名の道は無数に存在するんだ。
俺はこっちの道が合っている。
戦校の長ったらしくて面倒くさい授業なんて受けなくていいんだ。
闘いに勝ちさえすれば金がもらえる。最高ではないか。
たった今俺の夢は決まった。
裏闘技場で荒稼ぎし裏闘技場のマスターになるそれが俺の夢となった。
~二日前~
この日、俺はある男に接触した。
それはエルヴィンさんから使いを頼まれた時だった。裏闘技場のカモフラージュの役割を果たしているカフェテリア「カフェ・リバーシブル」。
リバーシブルは裏闘技場の隠語、一般人がそんなことに気づくはずもない。
そもそも、このカフェ・リバーシブルは普通にカフェテリアとして機能しており名物はサンドイッチだそうだ。
俺はそのサンドイッチをテイクアウトする用事でカフェ・リバーシブルに訪れた。
カフェ・リバーシブルに訪れると俺の目線はある男に向くこととなった。
☆ ☆ ☆
~現在~
「それがお前だ! 一撃龍!」
偶然かもしれない。必然かもしれない。
銀次はいろんな思いを指の先端にのせ、リング上で相対する龍に向かいビシッと指さした。
「お前の言い分は分かった。ただ、だからと言って俺たちの友情の”絆”をそんな簡単に断ち切ることができるのか? 俺には無理だ。俺は今まで友はいなかった。でも戦校に入りやっと凛や剛、進、アリサ先生、黄河先輩、そして銀次、お前との友情の絆でつながることができた。そのつながりはすごい温かいものだった。今まで俺を支配していた冷え切った心という名の氷が絆という炎で一瞬のうちに溶かしてくれた。俺はそんな凄いものを断ち切ることなんて理解できない!」
俺はみんなに仲間の大切さを教えてもらった。
今度は俺が銀次に仲間の大切さを教える番だ……!!
龍は覚悟を決めた。
銀次の想いを全て背負い、背負った上で銀次を救い出すことを。
しかし、龍の熱弁は届くことはなく、銀次はこう吐き捨てた。
「お前はなにを言っているんだ? ”絆”だと? そんなものはない。人は生まれるときも死ぬ時も一人。結局は自分が良ければすべてが良いんだ。だから人は友情なんていう建前で人と接しているが、実際は自分の幸せの為に利用している駒にすぎない。そうだろう?」
こいつは昔の俺と考え方が似ている……。
俺はそもそも友など無駄なものだと考えていたからあいつよりもひどい考え方だが……。
銀次の言葉に心当たりがないわけではなかった。龍はふとこんなことを思った。
「俺は絶対お前を改心させて見せる!」
龍は自分の心に秘めた覚悟と決意を、言葉という相手に伝えることのできる一つのツールにのせた。
「なんでお前は他人の俺にそこまで必死なんだ!? 俺はお前を倒そうとしたんだぞ!?」
「他人ではなく友達だからな」
銀次の問いに、龍は実直な目で答えた。
意味わかんねえよ……。
俺はは何の非もない龍を自分の欲求を満たすためだけに襲った。
そんなもん犯罪者となんら変わらない。
普通なら俺を憎むべき存在となるだろう。いや、そうでないとおかしい。
そんな俺を”友達”だと……。
銀次は龍の言葉にかき乱されそうになったが、すぐに我に返った。
「お前が何を言おうと俺の意志は変わらない!」
そう。変わらない。
俺の意志は変わらない……!
銀次の意志は石のように硬かった。彼は、相手と同じように実直な目で見つめ、お返しした。
「そうだよな。口下手な俺が言葉で説得できるわけないよな。やっぱり、”こいつ”で分からせるしかない!」
龍は自らの左手を拳の形にし、銀次にまっすぐに突き出した。
拳。
それは想いを伝えるためのもう一つのツール。
龍は”それ”に頼ることにした。
「俺はもうお前ごときで御しきれる器ではない」
銀次のこの発言は、強くなった確固たる自信の表れだろう。
「来い! 俺は逃げも隠れもしない! お前の想いをすべてこの拳で受け止めてやる!」
龍はそう言って自らの商売道具である鳳凰剣をリング脇に捨てた。
龍はモノホンの拳で勝負する気だ。
「おい! なんで捨てるんだよ! こいつと俺がいなきゃ闘えねーだろぉ!」
捨てられた鳳助は怒っていた。
対黄河戦の時は自分のおかげで勝つことができた。
そんな闘いにおいて必要不可欠な相棒を、龍が捨てるという愚行をしたからだ。
「これは男と男の闘いなんだ。お前には悪いけど今日の出番はない!」
龍はセールスマンを追い払うかのように、きっぱりと鳳助の参戦を断った。
「はあああ!? 貴様は俺がどれだけ闘いを待ち望みしてたか分かんねーのか!? 俺の自己表現ができる場が闘いしかねーんだよ!?」
むしろ、鳳助の怒りは増す一方だ。鳳助は龍にしか認識できない声で吠えていた。
「次闘うときは存分に闘わせてあげるから、今日は我慢してくれ!」
「まあいい、どうせ数分経ったら俺に泣きついてくるのだろうからな」
化け物にも関わらず、”ツンデレ”を簡単にやってのける鳳助だった。
「クソっ、何をしているんだあいつは。己の戦闘スタイルの大半である武具を捨てるなど愚の骨頂だ」
外野でこの一部始終を見ていた進は、龍の奇怪な行動の意味が全く理解できないようだ。
「アナグラあ!」
敵が何をしようが、俺のやることは変わらない!
銀次はそういった面持ちを決め込み、高速で地面を掘り地中に身を潜めた。今までのアナグラのスピードよりも格段に上がっていた。高速アナグラとも引けを取らない、いやそれよりも速いかもしれない。
龍は、一度俺のアナグラを見ている。初見殺し特化のこの技で決定打を打つことは困難だ……。
しかし、銀次はあくまでも慎重な考えを示していた。
銀次は半信半疑で、地上の息を吸った。
のはずだったが、なぜか銀次の襲撃はあっさり成功してしまった。
龍はなぜか一歩も動こうとしなかったからだ。
そのせいで龍は自分の腹で銀次の拳をもろに受けてしまった。
「どういうつもりだ? 避けようとすれば避けれたはずだ。なぜ避けようとしなかった?」
銀次は頭をかしげていた。
「言ったはずだ、俺は逃げも隠れもせずお前の拳を受けるって!」
龍の言葉に嘘偽りなどなかった。
こいつは何を言っているんだ……。
これは闘いだぞ……。
闘いは勝つか負けるか、いや生きるか死ぬかの真剣勝負だぞ……。
それをこいつはなんて言った……。
逃げも隠れもしないだと……。
闘いの基本戦術である回避を捨てるというのか……。
銀次は自分が出会った人の中で、異質の考え方を持つ龍という存在に、完全に混乱していた。
「……次はこっちの番だ……」
龍は腹の痛みをこらえながら、苦しさがもろに伝わりそうな声で言葉を発した。
強さを手にいれた銀次の拳は想像以上だったようだ。
しかし、それをなんとか耐えきり、あくまで銀次との拳の対話をするスタンスを貫こうとした。
龍は自らの左拳に自分の属性であるリングの色と類似した朱色の炎を、自分の想いにのせてともした。
「うおおおお!」
炎を纏った龍の左拳が銀次を襲いかかった。
言いかえれば何の変哲もないただのパンチだ。避けようと思えば簡単に避けれる。
しかし、銀次は龍に感化されたのか、それとも何か企てているのか、”避ける”という行動をとらなかった。
銀次は龍の左拳のグーををしっかりと自らの左手のひらのパーで受け止めた。
これが龍が望んでいた拳と拳の対話である。
強さを得た銀次はなんとかひるむことなく受け止めるも、銀次の左手に龍がぶつけた証拠として龍の拳を纏った炎の焼き跡が残ってしまった。
「さすがに熱いな……」
炎の熱さに加え、龍の想いを熱さも加わっているのだ。
その温度は想像を絶する。
銀次は焼き跡が残った左腕をブンブン振りながらこうつぶやいた。
「お前は俺の攻撃を避けようと思えば避けることができたはずだ、なぜ避けなかったんだ?」
龍はこう銀次に問うたが、理由はぼんやりと見えていた。
「お前のぬるい攻撃を避ける必要が無いと判断したからだ」
違う……。
龍は銀次の返答に、明らかな違和感を覚えていた。対する、銀次も自分自身の発言が腑に落ちていないようだ。
「そうじゃない! お前の意志に迷いがあるから、俺の拳で自分の本当の意志を確かめたかったんだろ!?」
銀次の心臓の奥底がどきんとした。
なぜなら、龍の言葉に心当たりがあるからだ。
「お前ごときに俺の事など分かってたまるか!」
銀次は激昂した。
龍ごときに論破される自分を強引に否定したかったからだ。
銀次は再度、先ほど自分が開けた穴を利用して地中に潜った。
しかし、ここからは違う。
そう、銀次が新しく編み出した敵を地中奥底に沈める凶悪な技、落としアナグラだ。
銀次は高速で龍の足元に穴を掘り落とし穴を着々と完成させていく。
そして銀次が地上に舞い戻るや、先ほどまでしっかりと龍を支えていた頑丈なる足場がもろく崩れ始めた。
龍はかろうじて右手で地面を掴み、紙一重で落下を食い止めた。
「落ちろ」
銀次は人がやるとは思えないような非情な行動に出た。
彼は右足で、龍がかろうじて落下を食い止めているライフラインである右手を踏みつぶしながら、グリグリと左右に振った。
「ぐああああ!!」
右手だけで自分の体を支えているだけでも辛いのに、追いうちのごとく龍をむしばむ銀次の右足の非情なる攻撃はたまったものではない。
しかし、こんな満身創痍の状態にも関わらず龍は、宙ぶらりん状態のもう一方の手のひらで炎を精製しはじめた。
どうやら、この状況にも関わらずなにか仕掛けるようだ。
炎は次第に肥大化し丸みを帯びる。
「火の玉・魂!」
龍が進との闘いで編み出した自らの炎を球体状にし飛ばす、龍にとっての唯一無二の遠距離技である火の玉・魂。
その火の玉・魂を銀次が龍の手を踏みつけている足場に放った。
ゴワンという炎と地がぶつかった奇妙な衝撃音と共に銀次の足場がもろく崩れた。
と、同時に龍と銀次が地中に仲良く落下してしまう。
地中から届いたバタンという衝突音。
二人は仲良く落とし穴の底に同時に叩きつけられてた。
「お前どういうともりだ!?」
銀次は斜め上の行動をとる龍に、次第に焦りこんでしまう。
「これで逃げも隠れもできない! お前の本心がやっと分かる!」




