第三十七伝「戦樹とエルヴィン」
第三十七伝です。今回は過去回想がメインとなります。ぜひ過去を体験してみてください。
今から四年前、私四階堂戦樹は木を操る特殊な一族に生を受けたおかげもあってか、念願であったバトラになることができた。
そして半年前、ダイバーシティのバトラとなって三年目となったある日のことであった。私は国から〇(ゼロ)地区というダーバーシティからはるか西方の未開拓の地の調査を仰せつかった。まだ、できて間もない小国であるダイバーシティはまだ未開拓の〇地区を獲得し領土拡大を狙っているのである。
しかし、ダイバーシティと〇地区との距離は果てしなく、領土獲得は難航していた。そんな時に舞い込んできたのが〇地区の調査の依頼である。
目立つことがご法度である調査という性質上、私単独での依頼であった。
いわば国の未来を左右しかねないこの重要な仕事。
三年目という若輩者の私がこのような仕事を受けていいのか。心の奥底で自分に問い詰めたが、これまでコツコツと真面目に取り組んできた私の仕事に対する態度が実になったのだと思うと心の中で納得した。
しかし、未開拓の地の遠征、当然危険が伴う。私は国の未来を担う重要な仕事に携われる嬉しさと、危険な土地に単身で乗り込む不安が複雑に入り混じる中、〇地区へ出発した。
道中、宿で何泊か挟みようやくダイバーシティの国境付近にたどりついた。
国境と言うだけあってここはダイバーシティの辺境。近代発展著しいダイバーシティとはとても思えない一面見渡しても山しか見ることができないような地。
私はそんな地で人の手がほとんど加わっていないけもの道をひたすら歩いた。
人の気配がまったくなく、一日に人が一人通ればいいほうだ。この道は国道四道、通称死の道と呼ばれている。
表向きの由来は四と死をかけたものだとされているが、本当の由来はここでの自殺者が後を絶たないからといううわさも飛び交っているいわくつきの道だ。
幾多の苦難を乗り越えてきた私ですらこの地に入ってから震えが止まらなかった。ただでさえそんな状態の私にあの出来事は相当こたえた。
「ここは〇地区へ通ずる道。一般人が通るところではない。今すぐここから立ち去れ」
私の目の前に全身に白装束を身にまとい、長くて美しい白髪女が立っていた。
人、それも女性がこんな場所に立って、私にこんなことを言うことすらおかしなことなのに、それに加えあまりにもこの場所には不釣り合いな格好。
ここ数日の死と隣り合わせの生活をしている自分の精神状態を考えれば、幻覚を見ているのではないかという結論に至る方が自然であった。
「どちら様ですか? 私は〇地区を調査しにきた者です」
今思えばこの発言はあまりに馬鹿であった。
だってそうだろう。私は調査をしている身、秘密裏に仕事をこなさなければならない。
自分の素性をそれも見ず知らずの女に話すなど愚の骨頂である。普段の私ならこんな単純なミスを犯すはずはない。
私の危機的な精神状態がこのような失態を招いたのだ。
「なるほど、そういうことなら生かしてはおけんな」
私は女の非情なる言葉に我に返った。
逃げなくては……!
本能的に悟った。
この女には勝てない。この言葉も私の本能からの呼びかけだ。
私はとにかく女から離れるようにして逃げた。
今考えれば、この時点で仕事は失敗したようなものだ。
ただ当時の私はそんなことはどうでもよかった。今は生死がかかっているのだから。
おかしい……。
私は女から逃げているはずなのに、なぜか私が逃げている方向に女が立っているではないか。
転法を使ったのだろうがこんな距離を移動するなど見たことがなかった。
女は自分の髪色と酷似した純白の剣を抜いた。
そこからはあまり記憶が無い。
気がつくと、私は人の賑やかな声が四方八方から聞こえる宿場町にいた。
夢か……。
私は安堵した。
しかし、右腕に違和感を感じた。
結果から言うと私の二十数年共にしてきた右腕は粉々に砕かれていた。
そこであの夢物語のような出来事が現実だということが判明した。
私は記憶こそ無いが、どうやら必死で逃げてきたらしい。バトラのライフラインである腕を失ったのだ。
当然私の千載一隅のチャンスであったこの仕事の続行は不可能。それどころか腕が元に戻らない限りバトラを続けることも難しいだろう。
私はひどい焦燥感にかられながらダイバーシティに戻った。
☆ ☆ ☆
「そうか、残念だった。それにその腕では今後仕事をこなすには難しいだろう。腕が治るまでは休職するしかあるまいな」
これが上役からの指示だった。
こうなることは分かっていた。
腕が使えない闘士など翼をもがれてしまった鳥と同じ。存在価値が無い。
休職とは聞こえはいいが、遠まわしに解雇を言い渡されたようなものである。
私はこの事実に絶望した。
命を絶とうとまで思った。
生真面目な性格だったからこそここまで追い詰められたのかもしれない。
私の性格上、休職中とはいえ働かなければ気が気ではいられない。
私はバトラ関連の職が集まるバトラ系職業安定所に通いつめることとなった。
そんな途方に暮れていた私に手を差し伸べてくれたのがあの方だった。
「私は感じることができるわ。あなたの力を。一緒に私と闘ってくれない?」
職安で声をかけてきたのはサングラスをかけて高級そうな毛皮のコート羽織った女。
この方こそ私の運命を変えた存在、エルヴィンさんであった。
私はあの一件以降、女性に恐怖心を抱いていた。
そうはいっても質問には答えなくてはいけない。
「実は私、右腕が壊れてて闘うことができないんです」
「そんなことは分かっているわ。私が治してあげる」
私は最初この女が何を言っているのか分からなかった。
いくら医療系のスペシャルを持っているバトラでもこの腕を治すのは容易ではない。
もし、そんな簡単に治せるのであればこんな苦労はしていない。
「とにかく外に出ましょ」
私は半ば強引に外に連れだされた。
外に出るとエルヴィンさんは何かを感じているように目をつぶり、粉砕している私の右腕に手を置いた。
「見えた! あなたの気が!」
エルヴィンさんは目を見開きこういった。
すると粉砕された右腕が治った”気”がした。
「”気”を操る。これが私のスペシャル。人によっては波動属性と呼ばれることもあるわね。あなたの右腕に”治った”という気を送った。一種の催眠療法だけど、病は気からとも言うし馬鹿にはできないわ」
完全に治った!というわけではないがこれ以降私の腕はすっかり元通りになった。
この人は私にとっての救世主だ……!
私はエルヴィンさんに一生ついていくことを心に決めた。
「裏闘技?」
正当にバトラとして真っ当な道を歩んできた私にエルヴィンさんの口から発したこの単語を理解することに時間がかかった。
「裏闘技とは闘士に示された新しい道だわ」
エルヴィンさんの言葉を理解する事が出来なかったが、命の恩人に忠義を尽くすのは道理という考えがあった私の意志は決まっていた。
「あなたのスペシャルを知りたい」
私はエルヴィンさんの言葉を受け、我ら一族の専売特許である”木”のスペシャルを披露した。
「なるほど。私は”気”を操り、あなたは”木”を操る。運命のいたずらにしては出来過ぎているな」
エルヴィンさんの言葉に私は強く同意した。
それから私はバトラ界から姿を消し、エルヴィンさんと共に裏闘技界を歩んでいくこととなった。
☆ ☆ ☆
~現在~
「これが今の私を形成するすべてだ」
戦樹は赤裸々に、まだ若造の進に自身の過去を打ち明けた。
「ふん、意外にも苦労人というわけだ」
まだ歳が16である進にこんな偉そうなことを言われたのだ。戦樹の心中穏やかではなかった。
「自分の状況を分かってから口を聞くんだな」
そこには紳士的な戦樹の姿はどこにも居なかった。
戦樹は怒り口調になり二重にも巻いた脱出不可能の堅牢な材木という名の牢獄の縛りをさらに強めた。
「残念ながら俺には勝てない。帯電放出!」
過去がなんだ?
プロだからなんだ?
そんなことはどうでもいい……。
俺はこの闘いに勝たなければならないんだ!!
進は勝つという断固たる意思の元、あくまで強気なスタンスを貫きながら、自身の体に雷を纏わせる従来の帯電から進化させ体外に放出させた。
すると脱出不可能とされた堅牢な材木が粉々に砕かれる。進を縛っていた材木は一瞬のうちに消え去ってしまったのだ。
「バカな……闘士でもないガキに私の材木が砕かれるだと!?」
戦樹の経験上からはありえない光景が眼下に広がっていた。
まだ闘士になっていない16つの少年に自慢の堅牢な縛りが砕かれたのだから。
「右腕がっ!」
戦樹は粉々に砕かれた材木を見て自分の粉砕されている右腕を連想してしまい右腕が痛み出した。
戦樹の腕は半年を経て徐々に状態は良くなっているものの完治はしていない。
まだエルヴィンによる気の操作の恩恵に頼っている部分は大きのだ。
「三連双飛太刀!」
進がこんな分かりやすい隙を逃すはずはなかった。
進はナーガとの闘いでの敗戦を受け新しい技を編み出していたのだ。
新しい技と言っても以前から得意だった手法であるニ刀を左右に投じ、相手がそのニ刀に気を取られているうちに一刀を上空に投じ、襲撃する従来から用いていた戦法を、正式な技として洗練されたものだ。
さすがはバトラであった戦樹だ。
冷静に左右のニ対の太刀をこちらも左右の腕から導かれるニ対の材木を手のひらのような形に変形させこれを対応した。
ただ、進はここまでは計算済み。
狙いは最後の上空からの一対。
戦樹は進の洗練されたミスディレクションにより上空からの奇襲に対する判断が遅れてしまった。
進の卓越した戦略により最後の一刀は戦樹を直撃した。いや正確なことを言えば反射的に進が一番狙っていた部分は反射的に避けることができた。それでも戦樹がちゃんとしたダメージを負ったのには間違いなかった。
「これで終わりだ! 雷太刀!!」
進はここぞとばかりに転法で戦樹との間合いを一気に詰めた。
進は戦樹にダメージを与えることに成功した太刀をそのまま拾い上げ、雷という名の息吹を太刀に宿させた。
そして、止めとばかりに一気に振り向く。
戦樹のバトラとして最低限持ち合わせる身体能力の高さが進の追撃を許さなかった。
間一髪で後方に回避したのだ。
危なかった……。
なぜブーメランを投げなかった?
投げていれば負けていただろう……。
雷を纏いながら投げることはできないのか……?
戦樹はそんな事を推測しつつ戦樹は材木を四方向に分断させ進の体の四方を突き、進を後方へ飛ばした。
結果的に戦樹は進との距離を取ることに成功した。
「こっちは元バトラとしてのプライドがあるんだ! お前とは背負っているものが違う!」
それは戦樹の心の根底にある想いだった。
戦樹は先ほどの強襲でふらつきながらも、この言葉を進にぶつけた。
「バトラにまだ未練があるようだな」
まさか十六歳の子どもにこんな心臓の奥底をえぐるような発言が来るとはな……。
心が自分の右腕のようにもろく崩れ去ろうとしていた。
「違う! 私はバトラに未練などない! 私はエルヴィンさんに忠誠をつくすのみ!」
戦樹は崩れかけた心を虚言とも取れてしまう言葉でなんとか自我を保とうとした。
確かに後半の言い分は正しい。
ただ前半の言葉には無理があった。
だってそうだろう。この闘いでバトラ時代に培ったノウハウをこの闘いで最大限に活かしているのだから。
ただ、戦樹の相棒である材木だけが飼い主の想いに応える。
これは……!
戦樹の相棒である材木は、持ち主をも驚かせるほどに肥大化した。材木というちんけな名称では収まりきらないほどの巨木に成長する。
その巨木は人が抱えられないほどの大きさであった。
「私の想いが通じたのだな。行け! 我が最強にして最高の相棒、木柱よ!」
ありがとう……!
我が相棒よ!
巨木が進という最大のターゲットに向かって出撃を開始した。
ただ移動しているだけなのに裏闘技場に大自然を彷彿とさせる重低音が轟いた。
その巨木は俊敏さが売りの進さえも簡単に飲み込んだ。
戦樹は巨木の先端を鋭利な形に変形させ進を仕留めにかかる体制に入った。
どうやら、すでにこの巨木を手中に収めているようだ。
しかし、これが戦樹の最後の晴れ姿であった。
「ぐあああああ!」
痛い!痛い!痛いっ……!!
戦樹の悲鳴。
大技の応酬。
とっくに戦樹の右腕は限界を迎えていた。
隆々とそびえたつ巨木の中心から突如輝く黄色い光。
そう進の太刀に雷が帯びていたのだ。
問題ない。
あれは飛ばない……。
しかし、戦樹の推測は誤っていた。
「飛雷太刀!!」
戦樹の眼前を捉えたのは、朽ちることを知らなさそうな巨木を音を立てて粉々に砕きながら戦樹のもとへ猛スピードで襲いかかる稲光を纏った太刀だった。




