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DORAGON BATORA ―ドラゴンバトラ―  作者: 紫風 剣新
二年編
32/67

第三十一伝「進チーム解散の危機」

第三十一伝です。仲の良かった人たちが急に険悪ムードになることってありますよね。それでは張り詰める緊張感を楽しみながらご覧ください。

 何を言っているんだこいつは……?

 エルヴィンは、マイスターが解読するのに数十年かかりそうな意味深な発言をした。

「ぎゃああああ!」

 俺は負けちまうのか……?

 こんな女に……!?

 俺の金と名誉は……?

 マイスターの心の叫びをかき消すかのような、ギュルルルという空気と空気が綿密に入り混じり廻転するいびつな音。

 と、共にマイスターの悲痛な叫び声がそれと絡み合い、リングという名のスピーカーは独特な不協和音を裏闘技場全体に響かせた。

 その音に裏闘技の熱狂的なファン達は「どよめき」という新しい音楽で応えた。

「けっちゃーーーーく! この闘いはエルヴィン選手のしょーーり! エルヴィンの闘券を買われたお客様には闘券と引き換えに配当金がもらえます! エルヴィン選手にはファイトマネーが支払われます!」

 進行役はマイスターの戦闘不能を確認し、エルヴィンの勝利を告げた。


「やったーー!!」

 完・全・勝・利!

 交流戦に引き続き、この裏闘技でも一人勝ち。

 俺って、才能の塊?

 龍は、二つの確固たる真実の元、完全に調子に乗っていた。

「あーーちくしょーー! 今日は龍のおごりだな!」

 経験者が初心者に負けることの屈辱は計り知れない。

 剛はたいそう悔しそうに叫んだ。

「所詮娯楽だ」

 進は悔しさという邪悪なる生物を、キンキンに冷えた冷凍庫にぶち込み壊死させた。


 龍はボックスに”当たり闘券”を投入した。

 ボックスはしばらく当たり闘券を吟味し、龍が当たったという事実を配当金という証拠で提示して見せた。

 龍は配当金である1150Geを受け取った。

「いいなあ!」

 剛は、飴を欲しがる子供のように配当金をうらやましそうに見つめた。

「まあ暇つぶしにはなったか」

 対照的に、進はまるで配当金を凍死させるような目で配当金を見つめた。

 うらやましいだろ?君達?

 配当金は上げましぇーん。

 やはり、龍(この男)は調子に乗っていた。

「面白かっただろ?」

「ふん、もう行く必要はない」

「裏闘技場さいこー!」

 剛の問いに龍と進はそれぞれの反応を示した。

 ニ度と行く気が無い進、次も行く気満々の龍。

 勝者と敗者で反応は両極端に分かれた。

 

「ここは坊やたちがくるような場所じゃないのよ」

 裏闘技場を後にしようとしていた龍と進と剛の耳元に、大人ビターな女性の声が速達で届いた。

 ここには身動きが取れないほどの大勢の観客がいる。

 しかし、その女性の声は自分達に声をかけているのだと、三人は肌で感じた。

 声の主は、ギラギラしたサングラスをかけ、高そうな毛皮のコートを肩にかけていた。

 先ほどの闘いの主役であるエルヴィンであった。

「あなたはさっきの……」

 あんな有名人が、こんな俺達に……?

 エルヴィンは先ほどの闘いで、裏闘技場のファンに熱い視線という名のラブコールを送られていた。

 龍は有名人と話している錯覚に陥りながらも、あの闘いで行われた未知の戦闘で圧倒した波動使いのエルヴィンに恐怖を覚え、慎重に口を開いた。

「さっきの闘い見てくれたの! ありがとう!」

 エルヴィンの表情はサングラス越しでも分かるように晴れやかになり、なんの脈絡もなく龍の頬に熱いキスをした。

「ちょ……なにを……」

 龍は女性にキスをされたことなんてあるはずのないウブな人間。

 そんな龍にとってこのサプライズ・キスは刺激が強すぎた。

 龍の頬はエルヴィンに付けられた口紅の跡に影響されるように、加速度的に赤らめていった。

「可愛い卵たち。そんな卵を食べちゃいたい」

 エルヴィンの口から言葉と共に、殺気がこぼれだした。

 それは、何のオブラートにも包まれていないわかりやすすぎるほどの殺気!

 それは、まだ未熟な三人の肌にも容易に伝わるほどのものであった。

 これがバトラの殺気……!

「か、帰るぞ……」

 エルヴィンの殺気をもろに受けた三人は、あっさりとエルヴィンに背を向け、興奮冷めやらぬ裏闘技の群集をかきわけながら、立ち去った。

 完全に調子に乗っている龍は、その勢いで配当金を使いお菓子をたらふく買ってしまい、その日の夕飯がまったく腹に入らず母に怒られたとか、怒られないとか。


 ☆ ☆ ☆


 その日の翌日。

 三人が前日に裏闘技でうつつを抜かしている間に、ある事件が起こっていることが発覚していた。

 アリサはその事件のことを伝えるために、授業の合間に龍、進、凛、剛のおなじみの進チームの四人を呼び出した。

「いい? よく聞いてね」

 アリサはちょうど四人の耳に届くくらいの小さな音量で話し始めた。

 いつになく真剣なまなざしをするアリサ。四人はアリサがこれから言う事の重大さを感じ、こちらも真剣にアリサの声に耳を傾けた。

「実は銀次君の親から電話があって、どうやら銀次君あれから家に帰ってないみたいなの」

 え……?

 そんなことで……?

 四人はすうっとアリサの口から耳を離した。

「銀次が家に帰っていないだと……!?……それだけですか?」

「ただの家出じゃないんですの?」

「どうでもいい」

「ししょー、そんな話より秘密の特訓をしましょーよー」

 それはアリサが思っていた反応とは180度違うものだった。

 四人はまったく銀次を心配している様子はない。

「ちょっと銀次君は仲間じゃないの!?」

 仲間……ねえ……。

 確かにナーガチームに立ち向かった進チームのみんなとは仲間意識があるけど……。

 銀次はねえ……。

 進チームの四人は銀次という男との微妙な距離を感じていた。

「確かに進との闘いでは助けてもらったけど……」

 初日からいきなり俺を襲ってきたしねえ……。

 龍は記念すべき登校初日のことを思い出し、首をかしげた。

「私を散々痛めつけたあの男が仲間なんて汚らわしいですわ」

 特に凛は銀次のことが嫌い。

 それは、生理的レベルで。

「あいつはただの舎弟っすよ」

 銀次に慕われている剛だったが、当の剛は銀次に対してただの舎弟としか思っていない。

「劣等者に興味はない」

 進に至っては、銀次という存在は眼中にもない。

 え……。

 なんなのこの子たち……。

 あなたたちは仲間の大切さを知ったんじゃないの……?

 アリサの中で、進チームのメンバーの株はバブルが崩壊したかのように暴落した。

「みんなにはがっかりだよ。せっかく、あなたたちに銀次君の捜索を頼もうと思ったけどやめました。捜索は教員たちでやります。それとあなたたちのチームに頼みごとをする日はないでしょう」

 アリサは四人に対し、急にしおらしい対応を取り、冷徹な背中を見せつけその場から立ち去ってしまった。


「おいお前ら! ししょーを悲しませるんじゃねーよ!」

 剛は教壇の真ん中で吠えた。

 その声は生徒の首を動かすほどであった。

 それは、師匠を怒らせた三人に対しての怒りだった。

「あなたも怒らせた一人ですわ。それに師匠ってなんですの? あなた弟子らしいこと一つもしてませんわ!」

 あー、もう……!

 凛は剛に対して心の奥底に厳重にしまっていた不平不満を、心の鍵を解錠させてぶちまけた。

「んだと! てめー!」

 凛の怒りに逆上し、剛は完全にブチ切れた。

 剛は女性に対して、紳士な対応ができる方であったが、この時ばかりは怒りで我を忘れ、華奢な凛の胸ぐらを掴んでしまった。

「喧嘩はよせって!」

 龍は二人の仲裁に入った。

「じゃますんなよ!」

「前々からあなたのリーダーぶってる発言が鼻につきますわ! リーダーは進様ですの!」

 しかし、それは逆効果であった。

 剛と凛の怒りの矛先は見事に方向転換した。

「こんな些細なことで喧嘩するお前らも所詮劣等者。お前らみたいな劣等者と関わることは止めた。進チームは解散だ」

 解散。

 それは二度と修復することができない深い深い亀裂。

 進は自らの一言でそんな崩壊への道をたどることを決めた。

「あー! 臨むところだ!」

「進様の言うとおりですわ! こんな奴らと仲間なんて汚らわしいですわ」

「なんかもうどうでもよくなってきた」

 紐をくっつけることは難しいが、切ることは簡単。

 四人の絆という名の紐は、驚くほど簡単に切れてしまった。

 交流戦の時に接着剤で固められた絆も、亀裂という名の巨大なハサミに抗うことができなかった。


 ☆ ☆ ☆


 険悪ムード漂う四人は結局この日、一言も会話することはなかった。

 授業が終わった放課後も四人は何も会話することなく別々に帰ってしまった。

 それはまるで他人のように……。


「人間とは単純な生き物だ」

 龍がトボトボと帰り道を歩いていると、鳳助がボソッと言った。

 鳳助は昼間の四人の言い争いを盗み聞きして、呆れかえっていた。

「人間の苦しみが化け物のお前に分かってたまるか!」

 化け物のお前になんかわかってもらいたくないよ……。

 人間関係という複雑な方程式を……。

 龍は昼間の鬱憤を全て鳳助にぶつけた。

 龍はわかっていた。

 怒りをなりふり構わずぶちまけたところで、何の解決にもならないことくらい。

「貴様はあいつらがいないと何もできない、そうだろう?」

「そんなこと俺が一番分かってるよ!!」

 鳳助の言葉が引き金となり、珍しく龍は自分の感情を爆発させた。

 その感情はやがて、龍の目からこぼれ落ちる大粒の涙になった。

「仲間の大切さを一番分かっている貴様が、あいつらの目を覚まさせるんだ」

「うう……」

 龍は鳳助の言葉を受け、ただただ泣きじゃくるだけで、その場を一歩も動こうとはしなかった。


 ☆ ☆ ☆


 翌日、龍はある決心をした。

 進チームの面々は、依然会話がまったくない冷え切ったが状態が続いていた。

 そんな泥沼状態のなか、龍は昨日鳳助に言われた通り動きだした。

「剛!」

 龍は手始めに机に突っ伏している剛に声をかけた。

 龍にははっきりとわかった。剛は”寝たふり”をしていると。

「なんだよ? もう終わったんだよ、なにもかもな」

 剛は机に突っ伏しながら答えた。

 まるで、机が龍に話しかけているようであった。

 情に厚かった剛でさえこのありさまだ。どれほど厳しい状況なのかが見て取れる。

 龍はそんな状態の剛にお構いなしに語り始めた。

「お前と最初に出会ったのは戦闘館だったよな。あの時は正直お前が恐かった。でも進と闘った時、お前は俺と共に闘ってくれた。人を信じていなかった俺はあの時初めて仲間の大切さを知ることができた。交流戦の時もお前は率先してチームを盛り上げ、仲間がピンチの時は我先に助け、人一倍大きな声で仲間を鼓舞してくれた。ありがとう」

「……」

 なにかあれば、いつもうるさいほどの大きな声を出す剛であったが、この時ばかりは嘘のように静かな沈黙が流れていた。

「じゃあな」

 龍は剛のもとを離れ、次なる説得へ向かった。


「凛!」

 龍は、次に凛に声をかけた。

「気安く呼ばないでくれますの」

 凛はまるで他人のように冷たい対応をして見せた。

 今日の龍は驚くほどの鉄のハートを装備していた。

 龍はそんな心が折れそうな凛の発言を気にも止めることなく、語り始めた。

「お前と最初に出会ったのは登校初日に銀次が俺に襲われたときだ。お前が助けてくれた時すごくうれしかった。一緒のチームになっても不甲斐ない男三人を一歩後ろで見て、冷静に正しい方向に導いてくれてありがとう」

「言いたいことはそれだけですの? 終わったなら視界から消え去ってくれます?」

 凛は、はっきりとした口調で龍を追い返した。


 最後は……。

 龍が最後に説得へ向かったのはもちろん進であった。

「進!」

「劣等者の分際で俺に話しかけるな!」

 その発言は龍の鉄のハートをくり抜きそうなくらいの刃物だった。

 龍はその刃物を懸命に跳ね返しながら、語り始めた。

「お前と最初に出会ったのはお前がこの戦校に転校した時だ。俺はお前になにか似た物を感じた。その時はなにか分からなかったが、後になって分かった。お前は俺と同じで人を信じない目をしていた。でも俺たちは仲間と出会って変わることができた。お前は交流戦の時に自ら立候補してリーダーになり、チームを勝利に導くために助言をしたり、武具を授けてくれたりしてくれた。ありがとう」

「知ったような口を聞くな!」

 進はイライラしていた。

 誰が誰に口を聞いているのだと。

 進は激しい口調で龍を罵倒した。

「悪かった」

 わかってくれたかはわからない。

 でも伝えることに意味があった。

 龍は進に謝りながら、進の視界から立ち去った。


 ☆ ☆ ☆


 龍が説得に勤しんでいたその日の放課後。

 龍は無意識に銀次と初めて闘った思い出の広場に来ていた。

 いや、無意識などではない。

 銀次がいる可能性をなんとなく頭の中で描いていたからだ。

 広場はすっかりと夕暮れに染まり、元気に遊んでいる子供たちの姿を見ることはできなかった。

「説得は上手くいったか?」

 鳳助は龍が朝行った必死の説得を間近で見ていた。

 それは、今まで見せたことのないひたむきに仲間と接する一生懸命な姿。

 鳳助はそんな相棒(龍)の頑張りの成果を聞きたかった。

「ダメかも」

 龍は、朝装備していた鉄のハートの借用期間が切れたのか、すっかりと元のガラスのハートに戻り、がっくりと肩を落とし、うなだれた。

「単純なわりには頑固な奴らだな」

「でも俺の言葉は伝わったと思う」

「で、どうするんだ?」

「俺一人でも銀次を探す。あいつも俺の大切な仲間の一人だ」

「奴らは貴様の説得を受け入れなかったんだぞ? 怒らないのか?」

「そんな奴らだからこそ俺は好きなのもかもしれない」

「人間とは不思議な生き物だ」

 龍はふと空を見上げた。

 空には一羽一羽、カラスがチームプレーの欠片のないようにバラバラに飛んでいた。

「俺たちはあのカラスのようにバラバラになってしまうのか……」

 すっかり夕暮れに染まった空。

 龍はそんな空を見上げながらまたしても涙を流した。涙が頬を伝ったのが夕暮れの光ではっきり認識できた。

「やっぱりここでしたわね」

 しばらく涙ながらに自由に飛ぶカラスを見つめていた龍に、確かにそんな声を龍の耳が認識した。

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