第二十九伝「一撃龍ニ年」
ついにニ年編突入です。一年編を受け継ぎながらどんどん新しい要素を取り入れようと思います。新編突入しても変わらず応援どうかよろしくお願いします。
早くもあの激闘の交流戦から約一年の月日が経った。
一撃龍は、十六歳となりあっという間に二年になった。
一撃龍は、二年となった初日の朝を迎えた。
龍は居心地の良い自分の部屋に別れを告げ、目の下をこすりながらどたどたと階段を駆け降りた。
リビングでは、朝からせわしく忙しい背中を見せながら、母親が朝食の準備を行っていた。
「おはよー」
龍は半分目をつむっているような状態で、放っておいたらすぐにでも寝そうな挨拶を述べながら、リビングの扉を開いた。
「今日からいよいよ二年ね。後一年すればバトラになるのね」
戦校のカリキュラムは二年間。
一年目に基礎的な内容を、二年目に実戦的な内容を学び、三年目からバトラとして正式に国から雇われて働くこととなっている。
しかし、誰しもがなれるわけではない。
卒業試験がある。
その卒業試験に合格しなければ華のバトラの道は開けない。
母さん、そんな簡単にバトラになれないんだよ……。
母のあたかもバトラとしての道が確約されたような口ぶりに違和感を覚えた。
「なれるか分かんないけどね」
龍は朝食をほおばりながら、自信なさげに答えた。
「そろそろ時間でしょ?」
「そうだった。いってきまーす」
龍は寝るのが大好き。
それは、戦校に入る以前のニート体質が抜け切れていない証拠だった。
だからいつも遅刻ギリギリ。
それは、二年になろうがそう簡単に変わるものではなかった。
龍は急いで仕度をし、母に挨拶をして急ぎ足で家を後にした。
こうして、一撃龍二年の物語の歯車が動き出した。
☆ ☆ ☆
「お前が二年かよ。大丈夫か?」
うぜー……。
龍は心の中でため息をついた。
龍の相棒である鳳凰剣からなぜかこんな声が聞こえてきた。
親のようなセリフを発したのは、かつて人々を襲った化け物、鳳凰の一部で、交流戦で龍の窮地を救った鳳助であった。
鳳助と出会ってから半年ちょい。龍は鳳助をまるで友達のように接していた。
「お前がいらん心配しなくていい」
龍は化け物と話しているとは思えない、自然な受け答えをして見せた。
「おーす! 龍!」
それは、静かな朝にはあまりにも刺激が強すぎる大きな足音と声だった。
龍の周りでこんな騒がしい空気を出せる人は一人しか該当しなかった。
襲撃事件を起こした張本人であるが、今ではすっかり仲間想いの熱血漢、鉄剛だ。
「おはよう剛」
この一年を通じ、敵同士だった二人もすっかり仲良しコンビに様変わり。龍にとって剛のようないかつい風貌の男は苦手意識があったが、今はその影すら見せなくなった。これが時の効果だ。
この二人は、もうどこから見ても”友達”にしか見えない。
「俺だけじゃないぜ」
「おはようですわ」
「ふん」
ぞろぞろと足並みをそろえてやってきたのは、チームのまとめ役でもある紅一点の光間凛とチーム一の天才、転校当時龍達に圧倒的な力を見せつけたチーム一の天才雷連進。
この二人も龍の友達であった。
「みんな!」
一撃龍、雷連進、光間凛、鉄剛、この四人の精鋭達は、交流戦時に苦楽を共にしたおなじみのメンバー。
このメンバーが二年になって初めて集結した。
そこには、一年前の一人ぼっちでさみしい背中を見せていた龍はどこにもいなかった。
友達に囲まれる活き活きとした背中。
今の龍は誰がどう見ても幸せを掴んだ男にしか見えなかった。
「ナーガさん達は無事卒業してバトラになったそうですわ」
凛は久しぶりにこの名を口にした。
”邪化射ナーガ”。
今でもこの名を耳にしただけで、四人の背筋がピンと張る。
四人にとってはそれほど影響力のある男なのだ。
遡ること半年前。
四人に挑戦状を突きつけた邪化射ナーガ達二年チーム。四人はその挑戦に乗り、交流戦というステージに立った。
しかし、そこで味わったものはとてつもなくほろ苦いものだった。
圧倒的な力の差。
それだけが、四人の脳裏に半年以上たった今も根強く残っていた。
「太郎もか?」
剛にとってナーガチームの一員であった日向太郎という存在は色濃いものであった。
日向太郎。
戦校会長を務める優等生だが、その実情は卑怯な作戦に平気で手を染める卑劣な男。剛もその卑劣な手によって散々苦しめられた。しかし、そこには確かな知識と判断力が備わっていた。
「交流戦で闘ったナーガチームの全員がバトラになったそうですわ」
「邪化射ナーガか……忌まわしい記憶がよみがえってきた……」
進はその名を奥歯を鳴らしながら言った。
無理もない。
敗北を知らなかった進にとって、二度も土をつけられた因縁の相手。
進はこの半年間、打倒ナーガを目標にして己を鍛えた。
「あれからもう一年近く経つのか……」
龍は交流戦をまるで、昨日ことのように鮮明に頭の中にとどめていた。
「はえーな、月日がたつのは! 俺たちだって後一年で卒業だぜ?」
そう。後一年。
俺達は後一年たてば、社会というどんな猛獣がいるか分からない森の中に放りだされる……。
卒業試験に合格するか分からないけどね。
龍はそんなことを頭の中でくるくる回していたら、急に怖くなった。
「ナーガ先輩達みたいに強いバトラになれるのかなあ?」
龍は不安だった。
ナーガ達が一年どもに見せつけた二年という学年の圧倒的な格。
今は自分達が二年。
今度は自分達が一年生にナーガ達が見せたように格を見せなければならない。
はたして、それを自分達に出来るのだろうか。
「おい! そのナーガ先輩達に唯一勝ったお前の自慢が入ってねーか?」
「そんなんじゃないよ……」
龍は何を隠そう、その二年、水堂黄河に唯一黒星を与えた。
龍は口では謙遜するものの、それが心の中では確かな自信になっていた。
自分の力、そして仲間の力を知れた確かな一勝。
龍にとっては黄河との一戦は一生分の勝利だった。
「あれは俺のお陰だからな!」
またでてきた……。
鳳助は龍の痛い部分をつくのが、得意技になっていた。
そんな精神攻撃が龍には慣れないものとなっていた。
「分かってるって」
「お前の独り言はいつになったら無くなるんだ?」
☆ ☆ ☆
四人がそんな他愛もないことを話しているうちに、自然と足が体を戦校に誘導していた。
戦校の特徴である、青いレンガは二年になった四人を歓迎するかのように綺麗に輝いていた。
四人は二年初の戦校の大地に足を踏み入れた。
すると、朝から耳に毒な言い争いが聞こえてきた。
言い争いは、どうやら戦校の校舎の玄関口から聞こえてくるものだった。
「おい! どういうことだよ!」
「そんなこといったってしょうがないの!」
目をこらして良く見ると四人に見覚えがある、ロン毛の男と二つ結びのポニーテールの女が言い争っていた。
言い争っていたのはたびたびトラブルを起こし龍達に迷惑をかけた桜田銀次と、龍達のクラスの担任で交流戦の為に四人を指導したアリサだ。
「おっーす銀次!」
剛は銀次に手で合図を送りながら、響くように声をかけた。
「おはようございます! 剛さん! 今日も一段と格好良く見えます!」
銀次と剛は舎弟関係にある。
過去に何があったか分からないが、銀次はいつも剛に相当に気を使っている。
そう言えば、剛を闘技館に連れ込んだのも銀次だった。
「入口でなにやら言い争ってたみたいだが、朝っぱらからなんなんだよ?」
「それがですね! なんとこの私がまたまた進級できずに留年の危機に陥ってるんですよ!」
「私だって進級させてあげたいんだけど銀次君の出席回数はこの1年間で10回。さすがに無理があるよ……」
さすがに無理のある日数だった。
アリサは極力生徒の意見を汲んであげたいところだが、さすがにこれを許してしまったら戦校の威厳が揺らぎかねない。
アリサはそう判断し、銀次に留年を下した。
といっても、銀次は過去に数え切れないほど留年しており、常習犯であった。
「銀次、それはさすがにきついよ……」
「自業自得だ」
「一年生から頑張りますのよ」
ここにいる全員が全員、自然とアリサの味方になった。
これは10:0で銀次に非がある……。
全員がやれやれと言った感じで呆れかえった。
「ししょーおはようございます!」
剛が師匠と慕うのはアリサ。師匠に挨拶するのは基本中の基本。
「龍君、進君、凛ちゃん、剛君おはよー★ みんなは無事進級だからね、担任は引き続き私だからよろしくねー★」
よかった……。
龍はアリサの言葉を受けほっと一息ついた。
進級といっても誰しもができるわけではない。現に銀次は進級の資格を与えてもらわなかった。
その資格に値するものしか、進級という称号を貰えない。
それに、教われ慣れているアリサの続投。
これは、龍だけではなく他の全員が快く思った。
ただ一人、銀次を除いて。
くそー!
俺をコケにしやがって!
見てろよ!
龍と進と凛と剛の四人は、アリサに引き連れて初めての二年の教室にたどり着いた。
といっても、巨大な黒板、三人がけの木製の机と椅子が備わっており、特に一年時と変わった様子は無くかった。変わったと言えば教室がある階が一つ上になったぐらい。
しばらくすると、お馴染みのフクロウが二年最初の授業の始まりを告げた。
「みんなー私がこのクラスの担任だよー★ よろしくー★ といっても一年の時とメンバーほとんど一緒だけどね★ みんなは今日から二年。来年からはバトラになるんだからより一層本格的な授業をするからねー★ みんな覚悟してね★」
アリサは、一年の時と変わらないアリサを生徒に交わした。
アリサ先生の授業を受けるのもあと一年……。
龍は普段、半分寝ているような態度でアリサの講義を受けていたが、そうふと思い授業を真面目に聞こうと決心した。
龍にとって二年初の決心だ。
大抵、この手の決心は三日坊主がお決まり。龍は果たしてこの公約を卒業まで守れるのだろうか。
アリサの話を聞くために、静まり返った教室に不意にガラガラガラと教室の扉を開く音が響いた。
この音はおかしな音だった。
すでに授業は始まっている。この時間に来るとなれば当然、遅刻という烙印が押される。
しかし、生徒は初日ともあり律儀に全員来ている。
じゃあ、一体誰……?
生徒全員がその扉に音を生んだ主に注目する中、扉の奥から見覚えある人の姿が映し出された。
桜田銀次。一年であるはずの男が二年の教室に乱入してきた。
「銀次君!? あなたは一年の教室に……」
アリサは突然の銀次の乱入に戸惑いながらも、しっかりと銀次の腕を固定し、冷静に対処した。
「さあ1年の教室に行きましょーね」
アリサはまるで幼稚園児を扱っているように、銀次をなだめ彼が本来いるべき居場所に戻るように促した。
「うるせー!」
それが、銀次の逆鱗に触れたようだ。
銀次は怒りに身を任せ、アリサの腕を強引に振りほどいた。
「いつまでもこの俺様を進級させないこんな戦校はこりごりだ! 俺は自分の道でバトラになってやる! じゃあな、いつまでもこんな戦校にいるアホども!」
銀次は捨て台詞を残し、教室を飛び出し、今度は勝手にいなくなってしまった。
なんだったんだ……。
生徒達は台風のような銀次の激しい行動に、二年早々から頭を抱える羽目になった。
「今日は初日だから書類とか出してもらって、さっさと終わるよ」
アリサは銀次の捨て台詞に頭を引っ掛からせながらも、自分がやるべき業務を淡々とこなしていった。
こうして初日は午前中で終わることとなった。
☆ ☆ ☆
その日の放課後。
龍の”いつメン”である進と凛と剛が龍の机を囲んでいた。
「ったくなんなんだよあいつ……」
剛は銀次のことを可愛い子分のように可愛がっっていた。
だからこそ銀次が朝、発していたあの言葉が気にならずにはいられなかった。
「心配なのか?」
龍も同じ想いだった。
龍にとって銀次は初めて闘った相手であり、自分の力を目覚めさせてくれた相手。
やり方はともあれ、龍は銀次に感謝していた。
「ほっとけよ自業自得なんだから」
そんなことを気にしていたらキリがない。
進は、持ち前の冷徹な言葉で心配する二人を言いくるめてみせた。
「気晴らしに裏闘技場にいかねーか?」
裏闘技場。
剛は誰もが知らないような単語を口にした。
「なにそこ? でも面白そう」
龍はこう見えて好奇心旺盛なタイプ。
自分が知らないような場所に行くのに高揚感を覚えていた。
「ふん、暇つぶしがてら行ってみるか」
進も龍と同じ穴のムジナ。
興味なさそう風に装ってはいるが、本当は興味というアンテナはビンビンだ。
「是非行きたいところですけど、今日はお友だちとランチの約束があるのでまた今度誘っていただけると嬉しいですわ」
好奇心という言葉は主に男に備え付けられている属性。
淑女である凛にとって別段興味を惹きつけるものではなかった。
凛はそう言って一足先に教室を後にした。
「そうか、じゃあ三人で行くか!」
「ああ」
こうして剛は、龍と進の二人を裏闘技場とい名の好奇心をくすぐる未知の空間へ誘った。
☆ ☆ ☆
剛が二人を引き連れたのは、戦校から歩いて二十分くらいのところにある「ノルン通り」。
剛の行きつけの気っ風のいいご主人がいる食事処「助六」が構える商店街。
人気は少なく、言うならば衰退の一途をたどる寂れた商店街。
闘技場とは戦校の闘技場のように熱気がムンムンと伝わる、熱き空間。
こんな冷え切った商店街なんかに、そんな闘技場なんてある気配が一つもしなかった。
「本当にこんなところに闘技場があるのか?」
龍がそんなことを言うのに、なんら不自然さを感じないほどであった。
「俺をだまそうとしてるなら容赦はしない」
進は自分の経験をたどり、ここに闘技場なんてものはないと頭が勝手に判断していた。
プライドが気持ち高めな進にとって、人の騙されるなど許されざる行為だった。
「大丈夫だって!」
剛はそんな二人をなだめながら商店街に佇む小さな建物の前で立ち止まった。
目立たない場所に設置されているスタンド式の看板に「カフェ・リバーシブル」と書かれていることを推測するに、どこにでもあるただのカフェテリア。
「ここはなんなの?」
こんなところに闘技場なんかあるわけないだろ!
二人は心の中で激しいツッコミを入れながら、言葉では優しく剛に尋ねた。
「こここそが裏闘技場だ!」
「えーーー! ただのカフェじゃん!」
「おい、マジでぶっ飛ばすぞ!」
さすがに、二人は我慢できずに心に留めていた感情が、表沙汰になった。
とはいっても剛が店の自動ドアを開き、ズカズカと入っていったので二人も仕方なしにそれについていった。
入ったらわかった。
本当にどこにでもあるただのカフェテリア。
黒いエプロンを着用しカウンター越しにタオルでコップを丹念に拭く店員、テーブルを保護する上品な白を基調とするテーブルクロス。
バカバカしい……。
龍と進は、もはや怒りという関門を突破して、呆れという感情に転換していた。
三人はカフェの自動ドアを入ったところで待っていると、上品な雰囲気を醸し出しているカフェには不釣り合いの剛に負けず劣らずのガタイの良い店員が対応しに来た。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
普通は席について、メニューを吟味し、店員を呼び出した段階で聞く質問。
早すぎるタイミングで店員は三人に尋ねた。
「裏カフェ三つ!」
おい、勝手に人のメニューを決めるな……!
進と龍はメニュー表とにらめっこして、自分が欲しているベストの注文を決めるタイプ。
それをこんなに早く、しかも人に決められるなんて言語道断。
二人は剛に軽く憤りを覚えていいた。
剛は自慢げに、店員の注文に答えた。
すると剛の言葉を聞いた店員の目の色が変わった。
それは、冬眠を経てリラックス状態のクマが、突然捕食者を見つけて闘争本能を全開にさせたような目の色の変化だ。
「かしこまりました。出場者ですか? 観戦者ですか?」
出場者?
観戦者?
それは、カフェ店員という立場でどう考えても発するはずがない言葉。
龍と進は突然、常識が通じない異世界に飛ばされたかのような気持ち悪い感覚に陥った。
「観戦の方で」
剛がそう答えると、店員はなぜか三人を厨房の中に案内した。
なにがなんだか……。
自分達はあくまで客。バイトの研修で来たわけではない。
客を厨房に通す?
龍の頭は正常を保つことが不可能になっていた。
そんな龍をしり目に厨房のど真ん中を突き進む店員、店員の後ろをついていく三人を数人のシェフらしき人が鋭く睨む。
それは、百獣の王が自分のテリトリーに間違えて入ってしまった小動物を睨む様な感じに似ていた。
ちっ、なんだこいつら……。
隠し切れていない殺気。
敏感な進が反応しない筈が無かった。
「こちらの階段をお使いください。いってらっしゃいませ」
ガタイの良い店員は三人にそう言い残して、もといた道に帰っていった。
厨房の奥にひっそりと設置された階段。
その階段は、下側にしか通じていない。
行ったことがある剛を先頭にして、三人は店員が指定した階段をゆっくりとは下っていった。足もとが暗かったので一段降りるのにも苦労した。
階段を降り終えると、薄暗い廊下が続いてた。
その廊下をしばらく歩くと、重々しい金属の扉が、三人の侵攻を阻むかのように立っていた。
「同時に開けるぞ。せーの!」
龍と進は剛の掛け声に合わせて、力いっぱい金属の扉を押した。
重い……。
金属の扉は三人の力に屈服したように、ゴゴゴという地鳴りのようなけたたましい音を響かせながら開いた。
扉の中からウオオオオオという怒号ともとれる歓声ともとれる大音声が三人の耳に強く響いた。
なんだよ、これは……!?




