第二十八伝「交流戦決着」
第二十八伝です。交流戦編最終伝です。交流戦の激闘を見守ってきてくれた皆様に感謝します。
「終わった……後はフラッグを……」
進は終わりを確信し、ナーガに背を向け、足を引きずりながらナーガのフラッグを取りに行った。
膝をがくがく揺らしながら、手のひらからドバドバ吐血させながら。進はとっくに限界を迎えていた。
進が足を引きずりながら歩いていると、背後からガルルルルという場違いな獣の鳴き声が進の耳を刺激した。
「誰だ!?」
進はナーガがおかしくなったのかと思い、声をした方向、つまり真後ろを振り向いた。
「!」
そこにはナーガはいなかった。ナーガの代わりに、ピンと長い耳を立たせ、眼を赤く充血させた、犬が進化したような、どちらかといえば狼のような獣、三体が進に眼光を放った。
「三眼幻想第四想・獣幻。僕のアレンジが加わっているけどね♪」
進の脳内に、あの感情を逆なでするようなナーガの声が伝わった。
進の血の気は、まるで重力が最初から存在していないかのように一気に引いた。
「そんな……幻想をかける隙はなかったはずだ!」
進は常に幻想を頭の片隅においていた。だからこそ、幻想にかかっていないという確固たる自信があった。
「そう。だから、隙を作るのに苦労したよ」
「いつだ?」
「最初は君が二本の太刀を使った攻撃の説明をしている時だよ♪」
「あの短時間で……」
「でも幻想をかけるには僕の第三の眼を相手に見せる必要がある」
「その通りだ」
「これは最後の最後だ。僕は幻想の隙を与える、与えないということからお互いの武器を減らさせる、減らさせないに話題を徐々にすり替えたんだ。君の幻想に対する意識を薄くするためにね。それともう一つ。手を空っぽにさせて幻眼を見せやすい状況を作らせるためにね。そして、君のおかげで順調に闇牙が減っていった。そして最後、君が雷太刀で決めて僕を吹き飛ばした時にさりげなく空っぽの手で幻眼をみせたというわけさ♪」
「くそおおおおお!!」
完・全・敗・北!
ナーガに勝つために特訓を通して着実に力をつけた。
ナーガに勝つために幻想の対策を怠らなかった。
ナーガに勝つために何度もシミュレーションを施した。
ナーガに勝つために戦闘中、幻想のことを念頭に置いていた。
その努力が実り、勝ったと思った……。
それは、慢心だった。俺は負けた。
対策を講じたのにも関わらず宿敵に再度負け、龍との男の約束も守れない。
俺はなんて弱い人間なんだああ!!
進は自分の心を、客人にもてなす湯のみのように慎重に扱っていた。しかし、心という名の湯のみを扱っていた進は熱さに耐えかね、その中身を思いっきりこぼした。
進の精神は完全崩壊した。
「終わりだよ♪」
進はナーガによって創りだされた獰猛な三体の獣によって、精神ごと喰われた。
獣は進を容赦なく噛み砕いた。全てが崩壊した進は、灰と化したように闘技場の土に身を預けた。
それから進はピクリとも動かなかった。
ナーガは進を潰す当初の目的は達成した。
しかし、ナーガは進に対して違う感情を持ち合わせていた。
ありがとう進君。僕と闘ってくれて。
ありがとう進君。僕と出会ってくれて。
”本物の天才”と闘えて嬉しかったよ……。
ナーガはこの激戦で、すっかり土まみれになった進のフラッグを、手で土埃を払いながらしっかりと掴んだ。
これにより……。
「けっちゃーーーーーく! お互いが一勝ずつの状態で始まった交流戦最終戦はナーガ選手が勝利! これで二勝一敗! この交流戦はナーガチーム、つまり二年チームのしょーーーーり! しかし、惜しくも負けた進チームも大健闘! 素晴らしい交流戦でした! 選手のみなさん、お疲れさまでした!」
☆ ☆ ☆
これで全てが終わった。交流戦で流した血と汗と涙。それらすべてが終結したのだ。
「お前らー、頑張ったぞ!」
「素晴らしい交流戦だったわ!」
地鳴りのような拍手喝さい。鳴りやまない大歓声。中には感動して涙を流すものもいた。
それが、今回の交流戦の素晴らしさを物語っていた。
後に、伝説の交流戦として戦校に語り継がれる闘いであった。
両陣営で明暗がはっきり分かれた。
勝利したナーガチーム陣営は喜びというより安堵と言った方が正しかった。
「ふー、なんとか勝ったかー」
担任である氷は、過去の歴史から見ても、この交流戦は二年チームの楽勝と展望していた。
それが、どうだ。まさに紙一重のギリギリの闘い。
そう言った背景で持って、氷は肩をなでおろし安堵した。
「大口叩いといて結局ギリギリじゃないですか」
太郎は薄気味悪い笑顔を迎えながら、闘いを終えたナーガを迎え入れた。太郎にとってプライドの高いナーガの苦しむ顔は大好物のようだ。
「兄様さすが」
ナギは内容はともあれ、慕う兄が勝ったことが嬉しかった。無表情を突き詰めていたナギの顔は鮮やかな笑顔を作りだした。
「やっぱりナーガを倒すのは僕しかいないようっすね」
結局ナーガが勝った。黄河はその事実を受け、改めて打倒ナーガを心に誓った。
一方、おしくも負けてしまった進チーム陣営は、悔しがってはいるが、やりきったのか、実に気持ちは晴れやかだった。
「くっそーー! 負けちまったか!」
死力を尽くした。それでも足りなかった。剛は直球で悔しさを表現した。
「でも、みんなすごいよ★ 交流戦で一年チームがここまで善戦することなんてめったにないんだから★」
そう。アリサが言うとおり交流戦の歴史を見てもここまで一年チームが肉薄したのはレアケース。
アリサは正々堂々闘いぬいた四人をまるで我が子のようにほめたたえた。
「私がもっと頑張れば結果は変わったかもしれませんわ」
こう見えて、凛は負けず嫌い。凛は何度も戦闘中の自分の行動を思い返し、その都度後悔していた。
「(勝ったの俺だけ♪)」
龍は心の中で、自分だけが勝ったという事実を何度も言い聞かせた。
「貴様勘違いするなよ! 俺がいなかったらお前一番悲惨な負け方してたぞ!」
心の中で叫ぼうが、鳳凰には筒抜け。
鳳凰は、調子に乗る龍に身も蓋もないことを言ってやった。
「それ言ったらおしまいだって……」
「また一人ごとかよ……」
しかし、一年チームの全員が共通して思ったことがあった。
二年という学年の壁はあまりにも大きく高い……!
その壁は熟練のクライマーを簡単に蹴散らすほどに……!
「……」
進は死んだかのようにピクリとも動かなかった。
進の口元からささやかれるかすかな息だけが、進の生存を確認する材料だった。
「どいた、どいた!」
救護服を着た医療スタッフが進のもとに詰め寄り、持っていたタンカで進をせっせと運び出した。
「雷連進、またどこかで」
ナーガはタンカに運び込まれる進をじっと見つめながら、口ずさんだ。
「……次こそは……必ず……勝つ……」
それは、威勢のよい進とは思えないような、かすれたよわよわしい声だった。
でも、その言葉は強きものだった。
それは、進が今感じている想いそのものだった。
「進!」
「大丈夫か!」
「お願い……死なないで……」
満身創痍の仲間がいる。その事実だけで、全力疾走する理由には十分だった。
龍、剛、凛の三人はタンカで寝込む仲間である進に心配そうに声をかけた。
「君達、どきなさい!」
進路をふさがれた医療スタッフは、駆け寄った三人を怒鳴り、どかせようとした。
「……俺を誰だと思っている……心配するな……」
進は内心、駆け寄ってくれた三人に感謝で一杯だった。
こんな、どこの馬の骨だか分からない人間に……。
進はしゃべるのも厳しい状態の中で、なんとか駆け寄ってきてくれた三人に声をかけた。
それは、進とは思えない優しい声だった。
「……」
アリサは無言で、この光景を遠目で見つめていた。
進はこの後、日に日に回復し、数日後には元気な姿を三人に見せることができたのであった。
交流戦までの長い道のり、交流戦の激闘、それらすべての幕が閉じたのであった。
交流戦が閉幕した闘技場はさっきまで激戦が続いていたものものしい雰囲気とは姿を変え、ギャラリーが入り混じりすっかり穏やかな交流の場と化した。
「ナギちゃん」
ボーっと明後日の方向を向いているナギに名指しの指名が入った。
ナギはその声に聞き覚えがあった。
穏やかな日々を思い出されるような、胸糞悪い日々を思い出させるような不思議な声。
その声はナギの人生に深く関わってきた声だったのは確かだ。
ナギは恐る恐る声が聞こえた方向を振り返った。
「エリちゃん……」
そこに申し訳なさそうに立っていたのは、一年時にナギをいじめていた張本人であったエリであった。
「ナギちゃん……許してくれなくていいけどこれだけは言わせて。ごめんなさい。私は誤解していた。あなたはナーガ君の”七光り”じゃない。邪化射ナギっていう一人のバトラを目指す強い女の子だった」
「その言葉を聞けただけで嬉しい。エリちゃん、また友達になってください」
それは、エリが思っていた言葉とは、予想外の言葉だった。
「うわあああん!」
エリは、ナギの暖かい言葉に思わず感極まって人目をはばからず大泣きをしてしまった。
エリはずっと心の中に膿を溜めこんでいた。
私はナギちゃんにとんでもないことをしてしまった……。
許されるべき行為ではない……。
私は一生、重荷を背負って生きていくことになるだろう……。
でも……、でも……。
ナギちゃんはなんでこんな私に優しいの……?
女と女の美しい友情の次は、男と男のぎくしゃくした関係。
「邪化射ナーガ」
太郎は因縁のあるナーガに声をかけた。太郎は今でこそナーガとチームメイトだが、一年前のあの出来事をまだ根に持っている。
「知ってるよ。僕のことが憎いんだよね?」
ナーガは全て分かっていた。憎しみは強さを引き出す。
だからこそ太郎を自分達のチームに引き入れたのだ。
「その通りです。今でも君を被験者にでもして解剖してやりたいぐらいですよ」
「あの時、ひどいことをしてすまなかった」
それでも、ナーガは過去、太郎に対してやったことに罪悪感を持って生きてきた。
ナーガは深々と頭を下げて陳謝した。
「とはいっても、僕は大人ですから過去のことをいつまでもグチグチ言いませんよ。発信器を君に仕掛けておきましたからそれで許しておきますよ」
「ちょっとどこに仕掛けたの! 外してよ!」
「いーやですよー♪」
ほんの少し。
ほんの少しではあるが、太郎とナーガの間に友情という芽が生えた。
「剛。よかったね、良い仲間が出来て」
剛の母は、我が子のもとにうれしそうに駆け寄った。剛の友といえば、昔から特攻服を着た男たち。
とても、我が子に良い道を与えてくれるとは思えない連中だった。でも、剛の母は今の剛の友を見て確信した。
この子たちなら、剛を正しき道に導いてくれる……。
「おう! これで母ちゃんの心配はちょっとは無くせたかな?」
剛はいかつい見た目とは裏腹に、母想いの優しき男。剛は母の笑顔を見て、ついつい嬉しくなった。
「ちょっとどころかもう思い残すことはなにもないよ」
「そんなこと言うなって! バトラになってぜってー母ちゃんの病気を治してやるからな!」
「ありがとね、剛」
剛の母の目には少し光るものが見えたような見えないような。
「龍」
龍の母はシンプルな我が子の名前を呼んだ。
「母さん」
子は母の顔を見るなり、ほっとしたような表情を見せた。
「どう? 初めて出来た友達は?」
「母さん……闘いが終わって初めての質問はそれ?」
「で、どうなの?」
「最高だよ」
そう最高。
今まで、仲間や友達といった言葉は俺の胸糞を悪くする言葉でしかなった。
今はどうだ?
今の俺は仲間無しでは生きていけない。仲間とは俺のかけがえのない宝物。
「そう。良かった。そうだ、せっかく勝ったんだからお祝いしないとね。今日は外で焼き肉でも食いに行こうかしら」
「やったーーーー!」
「よっしゃーーー!」
龍は焼き肉が大好物。龍が喜ぶのは分かるのだが、なぜか龍と共に鳳凰もなぜか龍にしか聞こえない喜びの声を上げた。
「えー、お前も?」
「あったりまえだーーー! ずっと剣に閉じ込められて飯食ってないんだよこっちは!」
「はあ」
「どうしんだよ龍? ため息なんてなんかついて? 焼き肉嫌?」
「そうじゃないよ! そうじゃ! あー焼き肉楽しみだなー!」
龍はこんなどうしようもないやり取りに喜びを覚えていた。
こんなバカなことで言い争ったり出来るもの仲間なんだよな……。
闘技場が終わり何時間たったのだろう。
闘技場からは誰もいなくなり、さっきまえの賑やかな闘技場とはまた姿を変え、風の音もしっかりと聞こえる静かな闘技場と化した。
龍は激戦の跡が残る闘技場を後にし、えんじ色に染まった帰り道を、焼き肉のお陰かスキップしながら歩いていた。
「ったく単純な奴だな。貴様は」
そんな龍の様子を見て、鳳凰剣の中に身をひそめる鳳凰は呆れた様子で龍に話しかけた。
「そういえばお前の名前決めてなかったね」
そう名前。
人間には名前がある。でも、こいつには名前が無い。
だったら俺が決めないと……。
龍は鳳凰と友達になった気分で会話して見せた。
「名前? んなもんいらねーよ」
「鳳凰だから”鳳助”! どう? 俺を助けるって意味でもさ!」
「だっせーよ!」
「よし決まり! これからもよろしくな鳳助!」
「決まりかよ!」
☆ ☆ ☆
みなさんは仲間や友達についてどう考えますか?
ただの二文字の単語。大切なもの。
いろんな考えがありますよね。
この物語の主人公、一撃龍は最初、友達や仲間という単語はただの二文字の単語としか思っていませんでした。
しかし、友と出会い、仲間と出会い、好敵手と出会うことで、その単語が違うとらえ方に変わりました。
みなさんも今一度だけ考えてみてはいかがでしょうか。
仲間とは何なのか?友達とは何なのか?
この物語読んだ後、あなたの考えは少しだけ変わるかもしれません。
~ドラゴンバトラ・交流戦編完~




