第二十七伝「交流戦最後の攻防」
いよいよ、交流戦最後の攻防です。白熱の攻防をお楽しみください。
分かったぞ!これは僕が創ったもう1つの世界だ!僕が無意識に創造した世界なんだ!
僕が創った世界なんだ、信じるも信じないもない、前例がないからね!そうだと分かれば怖くないよ、こんなもの!
崩れ去ったナーガの精神は、一級建築士を従えたかのように再構築された。
ナーガは脳天と足先の位置を反転し、頂点に脳天、底辺に足先という人本来の態勢を取り戻し、軽やかに地面に着地した。
「(まさか、こんな方法で幻想を破るとはな……!)」
息子の脳内をのぞき見ていたナーガの父は、前例にない幻想の攻略方法に驚きを示した。
「そうと分かれば安心だ、もう少し僕の世界を冒険しよう。心なしか明るくなってきたような……」
ナーガの精神は驚くほど安定していた。もしかしたら、生涯で一番安定しているかもしれない。
「(ナーガの精神が安定してきて幻想が解けそうだな、よしこれが最後の幻想だ。)三眼幻想第四想・獣幻!」
夜明けが訪れたナーガの視界がすぐさま日暮れを迎えた。
「さあ今度はなに?」
ナーガはまるで闇を愉しんでいるかのように、次なる攻撃を心待ちにした。
グワアアアアアといううめき声のような鳴き声が、闇の世界を震えさせた。
「これは……」
ナーガの目の前に飛び込んできたのは車のライトのような赤き眼をした、熊のような風貌をした得体のしれない獣であった。
「グワアアアアアア!」
その獣は、ナーガを見つけるなり、捕食者を見つけた悦びなのか、鼓膜を簡単に破るかのようなどなり声で吠えた。
「これは僕のペットかな? 僕、熊あんまり好きじゃないんだよね♪ チェンジで♪」
しかし、そのようなまやかしの獣は今の精神が安定したナーガにとっては、無意味なものだった。
獣は力不足を痛感したかのように無残にナーガの肉眼から消えさってしまった。
「なんだ、もうちょっと遊びたかったのに♪」
ナーガの視界は二度目の夜明けを迎えた。その太陽は今度こそ沈むことはなかった。
どうやら幻想が解けたようだ。
「よくやった。さすが我が息子だ。儀式をクリアできると信じていたぞ」
ナーガの目の前には尊敬する父親がいた。ホログラムではない。父の温もりがひしひしと伝わる本物の父親。
「まったく無茶なことするなー父様は♪ 楽しかったけどね♪」
儀式前と比べるとナーガの口調は180°変わっていた。
それは、今までの物静かだったナーガの印象とは正反対の陽気な口調。
「(幻想を脳内に宿した後遺症で性格が変わる事例もあるというが、ここまで変わるとは……)」
「儀式は終わり?」
「無事終了だ。自分の右手を見てみろ、幻眼が宿っているはずだ」
ナーガは父の言うとおりに自分の右手を覗き込んだ。
右手には父と同じように、この世のものを全て眼力で殺せそうなまがまがしい眼が宿っていた。
「すごい♪」
ナーガは、恐らく誰も経験しないであろう右手の劇的の変化に快感を覚えた。
「この幻眼は写し鏡だ。この眼を相手に見せることで、自分の幻想の世界を相手に体感させることが出来る。そうすることによりお前が先ほど起こした精神崩壊を相手にかけることができ、相手を内側から壊すことが出来る。これが私達、邪化射家に代々伝わるスペシャルだ。お前が今行った儀式は邪化射家の後継者が十の歳になったら現当主から幻眼と幻想を宿させるという儀式でこれも代々邪化射家が行っている儀式だ。私も経験した」
「結構えぐいスペシャルだね♪ でも、ありがたくちょうだいするよ♪」
「お前の中の幻想と幻眼は生かすも殺すもお前次第だ。自由に使え」
「うん♪」
これが邪化射ナーガが味わった壮絶なる邪化射家の儀式であった。
~現在~
「僕は今は亡き父から受け継いだ邪化射家の正当なる後継者! 君とは背負っているものが違うんだよ雷連進! こんな野試合で負けることは一家の恥! そろそろ本気で君を潰させてもらうよ!」
ここまでくればもはやこざかしい技術などは関係ない。
この闘いはより想いが強い者が勝つ!
ナーガは自身に秘めた並々ならぬ想いを宿敵にぶつけた。
「望むところだ!」
進とて並々ならぬ強い想いを心に秘めていた。
邪化射ナーガに勝つ!進の想いは対戦相手と酷似するものだった。
「(あの幻想で決めるしかない……そのために隙を作る!)」
ナーガは体勢を整えるために半歩退いた。
そして、今まで激戦を共にしてきた一丁の闇牙に加え、ポケットに潜ませておいた三丁の別の闇牙、計四丁の闇牙を、まるで腕利きのドクターのように両手に二丁ずつ指と指の間に挟み、それをペンまわしのように指先でくるくる回した。
ナーガは四人の相棒と共に勝負をかける……!
進はその様子を口を紡ぎながらまじまじと見ていた。
四丁も持ってやがったのか……。厄介だな。
あいつの武器が四丁に対してこっちの太刀は三丁。数的不利を技量で補うしかない!
勝ちに急いだのか、最初に仕掛けたのはナーガだった。
指先という斬新な保管庫に保管していた闇牙の内一丁を正面に放った。
ただ一丁の武具が飛んできただけ。戦闘能力にたける進にとっては避けるには造作もないことだった。
転法するまでもなく、横移動であっさりとかわした。
ダッダッダッと足音をならせながら、ナーガは走り込んで一気に間合いを詰めにかかった。
ナーガは右手に二丁、左手に一丁、闇牙を所持していた。
右手の二丁は指と指の間に挟んでいるのに対し、左手の一丁はしっかり握っている。
そして握っている左手の闇牙で進を突き立てた。
進は難なくそれを左手で太刀を構えガードした。
ナーガはフリーの右手で所持している二丁の闇牙を使い、進の体を斬りにかかる。
つまり、計三丁の闇牙が文字通り進に牙をむいたというわけだ。
それに対応するように進も右手で別の太刀を構えガードした。
この時、進は両手を使って防御態勢に入っていた。
するとなんとナーガは右手に二本所持していた闇牙の一つを、口という新しい持ち手に移転させた。
闇牙をくわえているナーガの口は思いっきり空を切り、口という名の支えを得た闇牙は進の顔面を奇襲した。
「(やばい……!)雷太刀!」
進はとっさに太刀に雷を纏わせ電気を太刀、闇牙、ナーガの腕の順に伝えた。
しかし、ナーガの想いがひるむという行為を通過させた。
ナーガはしっかり口を振り切った。すると、進のあごに命中した。
進のあごに切り傷が生まれそこから出血する。
一方、ナーガも雷によるダメージを受け、感電しひるんだ。
俗に言う相打ち……!
たまらず進は転法を用い距離をとった。
一方のナーガは、その隙を見て四丁もある闇牙をすべて回収した。
「はあはあ」
「はあはあ」
余裕が売りの両者。澄ました顔で相手を寄せ付けないのがスタイル。
しかし、そんな両者から余裕の色は……。
完全に消えた!!
次の攻防で決める……!
交流戦全ての攻防が結集する最後の攻防に両者は挑む!
スゥという進とナーガ、戦場に立つ二人の勇者の深呼吸が観客の耳に届くほど、闘技場は沈黙していた。
その沈黙は、すぐさま激動へと変わった。最初に仕掛けたのは進だった。
バッと膝を曲げ、体勢を低くし、太刀を宿敵、ナーガめがけて太刀を一直線に投げ込んだ。
ナーガは跳躍して難なく進の太刀を難なく回避した。
ナーガの耳から遠のく太刀の飛行音だったが、すぐさまナーガの耳を求愛するように近づいていった。
そう、ブーメランの投者に戻ってくる特性上、ユーターンして再びナーガのもとへ飛んできたのだ。
次に仕掛けたのはナーガだった。
持っている四丁の闇牙のうち一丁をまるでダーツのように進に向かって狙いを定めて放った。
進はアリサとの特訓で会得した転法で軽々避けた。
すると進が移動したのでブーメランの軌道までも変わってしまい、太刀はナーガの横を通過した。
ナーガは一歩も動かず太刀を避けて見せた。
無駄な動きが一切なく、華麗なる動きだった。
進はやむおえず、収穫なく戻ってきた太刀を右手でパシっとキャッチした。
互いの名刺交換は終えた。
「どう、頭いいでしょ?」
自分でも酔うほどの頭脳プレー。ナーガは自慢げに進に話しかけた。
「どうかな、お前の武器は一つ減ったぜ」
そう。進の言うとおり回避にしようしたナーガの闇牙は、道端に放置されたごみのように、闘技場の土に横たわっていた。
「痛い所突いてくるなー♪」
奴の幻想が発動する隙を与えてはいけない……!
進はこの攻防の中でも、常に幻想のことは念頭に入れていた。ナーガと闘う時の基本姿勢だ。
進は二投目の太刀をナーガに放った。
「またまたおんなじ攻撃、もう攻撃のネタは尽きた?」
ナーガは飽き飽きとした様子で、軽く横移動をし太刀を避けようとした。
今だ!進はとっさに中指を折り曲げた。
「!」
確かに進が今飛ばしたのは太刀、一丁。
しかし、ナーガの眼には双子のように二丁が対になっている姿が飛び込んだ。
そして、片方の太刀がナーガを追尾するように軌道を変えた。
ナーガはお呼びでない双子の奇襲により、肩甲骨にダメージを負った。
ナーガは、太刀の軌道上から逃れるように、腹を地べたに張り付けた。
「飛太刀二枚刃だ」
さっきのお返しにと、今度は進が自慢げにナーガに話しかけた。
「今のはさすがに参ったよ、いったいどんな仕掛けだったんだい?」
ナーガの卓越した脳をもってしても、進の攻撃の種を明かすことはできなかった。
「二本の太刀を重ねてまったく同じタイミングで投げる。あたかも一つのように錯覚させる。そして、片一方にワイヤーを繋ぎ相手が動いた方向に、ワイヤーを操り標的に当てる攻撃だ」
前にも話したが、闘いの最中に自分の攻撃をさらすのは禁忌。
しかし、進は絶対的な自信の表れなのか、なにか策略があるのか、その禁忌という厚い張り紙をビリビリに引き裂いた。
「なるほどね……」
ナーガはこのやり取りで何かに気付いたのか、口を横に粘土のように伸ばし、不敵な笑みを浮かべた。
「止めだ!」
チャンスとあれば進の行動は早い。それも、転法を身に付けた今の進ならなおさらだ。
進は転法で一気にナーガとの距離をゼロにした。ここにきて、進の転法のスピードはさらに上がった。
すると、それに対抗してナーガも転法に近いようなスピードで前に移動した。
さすがに微調整まではできない進は先ほどナーガがいた場所に移動してしまった。
しかし、ナーガはそこにはおらず、ちょうどナーガが進の背後に立つ配置になってしまった。
ナーガはその配置を利用してそのまま闇牙で背後から襲いかかった。
しかし、進は持ち前の反射神経の良さで、二枚刃で使用した太刀で対応した。
闇牙と太刀、進とナーガの四者が四様の想いがこもり激しくせめぎ合った。
「雷太……!」
「させないよ!」
進は雷を発動させようとするが、そうはさせまいともう片方の手でナーガは進の腕と手の付け根を掴んだ。
ナーガは付け根が握りつぶれそうな勢いで握った。進の手に血が届かないほどに。
進は太刀を握る握力が弱まってしまった。
「!」
ナーガはその隙を見計らい、進が握っていた太刀を奪いさり、あさっての方向へ投げた。
「残り二丁」
「雷太刀!」
進は手元にある二丁の太刀のうち、一丁を白色に染め、ナーガと一体化している憎き闇牙を弾き飛ばした。
「お前も残り二丁だ」
ナーガはいきなりバレリーナのように足を上げた。よく見ると、ナーガは足の指で闇牙を挟んでいた。
まさに隠し玉!
反射神経に相がある進ですら、これには全く手だてが無かった。進の腹辺りに切り傷が誕生した。
「もう一発行くよ♪」
相手が対応できない攻撃は何度でもやる。ナーガは貪欲にも全く同じ攻撃を試みた。
しかし、ナーガの足は上がらない。
ナーガの足は太刀というストッパーに妨げられ身動きがとられなかった。
進は三日月状になっている太刀の両端をナーガの足の両端の地面に挿し、ナーガの足の身動きを封じたのだ。
二度も同じ技を喰らうような進ではなかった。
この隙に進はナーガの足にいやらしく挟んである闇牙を奪い、そのまま闘技場の土の肥料にするかのごとく捨てた。
さらに、ナーガも負けじともう一方の足で身動きを封じている邪魔な太刀を足で蹴り飛ばした。
「これで残り1一丁!」
お互いの武具がそれぞれ残り一丁ずつ。
観客が息を吐くのを忘れるほどの息詰まる攻防。
その、二人の知恵と技術と想いが詰まった攻防がいよいよ最終局面を迎える。
先に仕掛けたのはナーガだった。
ナーガは駆けだし、ラスイチの闇牙を突き立て、進の息の根を止めにかかった。
それは、最後の攻防にしてはあまりにもシンプルな攻撃。
グサアアアという血なまぐさい音が観客の耳に嫌に響いた。
進の柔らかな手のひらの皮膚を、ナーガ武具である闇牙の固い先端を貫くグロテスクな映像が、闘技場という巨大なスクリーン映し出された。
進の手のひらは血という名の塗料で真っ赤に染まった。
「があああ!!」
悲痛な叫びが闘技場一帯をこだました。
観客の中には、悲鳴を上げるもの、目を覆うものもいた。
肉を切らせて骨を断つ!
進の戦闘時の基本的なスタイルは自分のダメージを最小限に抑えて相手を倒す。
しかし、今進が取った行動は自分の身を削ってまで、相手を倒す。
今までの進の戦闘スタイルからしてみれば真逆!
それだけ、進がこの闘いにかける想いは強く、大きい!!
「そんな方法で……! 君は本当にすごいやつだ……」
ナーガは完全に認めていた。
進という好敵手の存在に!
「俺はお前みたいに頭良くないからな、良い作戦が思いつかなかった」
進は無傷のもう片方の手で、自らの手のひらに完全に突き刺さっている闇牙を掴み、思いっきり遠くへ投げた。
要救護状態だった進の手のひらは無事に救出された。
「ッッ!」
「くっ……」
「これでお前は残りゼロだ!」
ついに、ナーガの手持ちの闇牙は……。
無くなった!
本当の最後……。
剛の想い。凛の想い。龍の想い。俺の想い。全ての想いを……。
太刀に!!
太刀から聞こえるバババババといううめき声。その声は実に鮮明で、あでやか。
みんなの強き想いが、雷となり太刀をイルミネーションのように美しく彩った。
進は最後の攻撃とみてありったけの雷を最後の太刀に伝える。
「これで終わりだあああ! 雷太刀!!」
男と男の約束は果たしたぜ。龍。
「ありがとう……」
ナーガが当たる間際にぼそっと呟いた。
全ての想いが詰まった雷太刀が無防備なナーガを飲み込んだ……!
最後の雷太刀がナーガにクリーンヒットした。ババババという雄たけびがナーガという今日一の標的を仕留めたことを物語っていた。
ナーガは全ての闇牙を失った空っぽの手を伸ばすしかなかった。
ナーガは受け身をまったくとれずに無防備に地面にたたきつけられた。
「やっと終わった……」




