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DORAGON BATORA ―ドラゴンバトラ―  作者: 紫風 剣新
一年編
27/67

第二十六伝「邪化射家の秘密」

第二十六伝です。みなさんは我が家だけの秘密とかありますか。僕の我が家の秘密は……やっぱり秘密です。

 僕は生まれながらにして、邪化射家の後継者をを託された男……。


 ~今から六年前、ナーガ十才~

「父様、どのような御用でございましょうか?」

 まだあどけなさが残る頃のナーガ。怪しげな眼帯と不気味なマントも一切なし。どこにでもいるような、純真無垢な少年。

 邪化射家はしつけが厳しく、父親を様付けする慣習があった。ナーガも例外ではなく、自分の父を父様と呼び慕っていた。

「お前も、はや十の歳だ」

 ナーガの父はゆっくりと、落ち着いた口調で話し始めた。

「はい、その通りでございます」

 ナーガは、丁寧な言葉づかいで答えた。今のナーガの特徴である軽い口調の面影はこの時はまるでない。

「お前には話していなかったが、だいだいこの家の後継者となる者にはある儀式を執り行わなければならない」

 儀式?

 ナーガは邪化射家という特別な家柄に生まれ落ちた手前、何かはやらなければならないことは幼いナーガ少年でもなんとなく分かっていた。

 それが、この儀式というものなの?

 ナーガは不安な反面、自分が邪化射家に必要とされている人間だと感じ喜びを覚えた。

「その儀式とは?」

「”幻眼”の儀式だ」

「幻眼とはなんでしょうか?」

「見せてあげよう」

 ナーガの父は手の周りをぐるぐるに巻いていた包帯を解いた。すると、手のひらから黄色のまがまがしい眼が開帳された。

「それは……!?」

 視た瞬間、吐き気を催す気持ち悪さ……。

 この眼は十歳の少年には刺激が強すぎた。

「これは”幻眼”というものだ。幻眼とは幻を写す眼。儀式とはこの眼をお前に授けるものだ」

「この眼を……僕に……!?」

 眼を授ける?どうやって?手術でもするの?

 ナーガ少年は親愛なる父の言葉を、十才のサラサラの頭で咀嚼することは到底不可能だった。

「突然のことで混乱しているだろうが、実際にやってみなくては分かるまい。早速儀式の館へ行くぞ」

「父様……大丈夫なのですか?」

「お前は、バトラの一族の中でも有数であるこの邪化射家の後継者であるのだ。そんな者が弱腰でどうする? 堂々とせぬか!」

「はい……」

 ナーガは、はいとは言ったものの内心不安でならなかった。

「ではついてこい」

 父は、か細いろうを一本持ちながら、薄暗い階段を一歩一歩さがっていった。

 

 邪化射家はとにかく暗い。

 窓はなく、外の光が全く届かない異様な空間。十歩置きにランプが顔を見せるだけ。

 しかも、真っ暗だと怖くて寝れない子が寝るときに使う黄色い豆電球のような微弱な光。

 ナーガ少年は幼きころからこの館の構造に疑問を抱いていた。

 この館には”闇”が多すぎる。

 ナーガは、そんなことを考えながら、光の跡を追って父の後をピッタリとついていった。

 

 二人はさらに薄暗い地下に到着した。

 ナーガの父は堅く鍵で閉ざされている怪しげな部屋の扉の鍵を開けた。

 ここは……。

 昔から鍵がかかっていて一度も入ったことのない部屋……。

 ナーガは昔から気になっていた。一部屋開かずの扉があると。その謎の部屋は子ども心をくすぐった。

 父親の目を盗んで、何度も侵入を試みた。

 しかし、堅牢な鍵が少年の無邪気な画策を拒んだ。

 その堅牢なる扉が父親という権力の塊に……。

 屈した!

 ナーガは十年来の謎に包まれた部屋に入ることとなり、喉にこれでもかと補充されていた唾を全て飲みほした。

「ここだ」

 その部屋は完全なる闇。いや、確かに他の部屋も暗いのだが、この部屋だけは別格。

 ランプ等の光の類が、あたかもこの世から存在しないのかと錯覚させるほどに根絶されていた。

 父が持っていたか細いろうの火だけが、唯一無二の絶対的な光だった。

「ここが、儀式の館?」

 ナーガは震える声で問うた。純粋なるナーガ少年には到底分かりあえない、趣味の悪い部屋だった。

 儀式の部屋っていったら、それっぽい気もするけど……。

「そうだ。一切の光と音を遮断する。この儀式にそれらは余計なのでな」

「真っ暗だ……怖い……」

 ”闇”。

 薄暗い館での生活を強いられていたナーガ少年は、この年齢にしては闇の耐性が十二分に備わっていた。そんなナーガでさえ恐怖するほど、この部屋には異様な空気感が滞っていた。

 ナーガの父はろうを床に置き、そのそばに座った。

「私の幻眼を見るのだ」

 父の指示はシンプルなものだった。父親の手のひらに潜む獣。底知れぬ恐怖。

 ナーガは一瞬、父親の簡単な要求を飲み干すことに躊躇した。

「分かりました」

 しかし、ナーガにとって父親の意志は絶対。ナーガは、父に言われるがままにろうの火でかすかに見える父の幻眼をじっと見つめた。

 かすかに見える幻眼はより一層恐怖感をあおった。

「幻想・写し鏡!」

 父は我が子に対し幻想を唱えた。

「頭があ! 痛いっ!!」

 父が幻想を唱えてから、ほどなくして「激」という文字が簡単に入りこめるほどの痛みがナーガ少年の小さな頭を襲った。それは、十才の子が耐えうる痛みを優に超えるものだった。

 ナーガは痛みに耐えきれず気を失った。


 ここは……?

 ナーガは目を覚ました。

 どれくらいたったのか分からない。数分かもしれない。数時間かもしれない。

「目が覚めたか?」

 父様の声……?

 そうか僕は父様と儀式を行っていた最中だったのか……。

 ナーガは自分の今置かれている状況を思い出した。

「僕は気絶していたのですね……」

「幻想の世界へようこそ」

 幻想?世界?そう言えば……。

 ナーガはあることに気付いた。

 辺りを見渡せば一目瞭然だった。

 永遠に続く真っ白なる無機質な世界がナーガの肉眼というレンズにしっかり映り込んだ。そこは、闇で支配された先ほどの儀式の部屋とはまるで姿が異なるものだった。

「幻想の世界? ここはさっきの儀式の館ではないのですか?」

 疑心は恐怖を呼ぶ。ナーガの心はより一層、恐怖心が芽生えていた。

 父は淡々とナーガの質問に答えた。

「少し違う。ここは幻想の世界だ」

「幻想の世界?」

「簡単に言えば幻の世界だ。現実の世界ではない」

「そんなまやかしの世界なんてありえません! 僕はリアリストです!」

 そう。当時のナーガは今のナーガの考えとは180°違うものであった。

 ナーガは怪奇現象や幽霊などといったオカルトチックなことを信じない、ませた少年だった。現実主義。そうリアリストだ。

 だから父親の言葉をにわかに信じることはできなかった。

「お前がなんと言おうとここは幻想の世界なのだ。さて儀式を始めよう。儀式を終わらせる条件はただ一つ、この幻想の世界から抜け出すことだ」

「どうやったら抜け出せるのですか?」

「それを教えたら面白くないだろ。ではさらばだ」

「待ってください父様!」

 ナーガの父はホログラムのようにナーガの視界から跡形もなく消え去ってしまった。まるで、最初から存在していないかのごとく。

 ナーガの身には、怪奇現象の類のものが今まさに眼という事実だけを写す鏡の前で起きていた。

 くそっ……。消えてしまった……。

 幻などありえない!僕はこの目で見た物しか信じない!どこかに出口があるはずだ!それを見つけて早く抜け出さないと!

 恐怖は焦りをあおる。

 ナーガはこの十年の生涯で一番の焦りを演出して見せた。

「(無駄だ我が息子よ。幻想を自分のものにしないといつまでたっても抜け出せない)」

 ナーガの父は我が子の姿をじっと見守った。


 ナーガはとりあえず、あたりを歩き回った。

 人は焦るとじっとしてなんていられない。ナーガも例外ではなく、出口探すためにあてもなく幻想の世界をさまよった。

 しかし、ナーガの視界に映し出されるのは無機質な無の世界。出口など見つかるはずもなかった。

 はあはあ……。

 ダメだどこにも出口がない……。

 僕を得体のしれないところに閉じ込めやがって! 

 あの人はいったい何を考えているんだ?

 ナーガは今まで、父親を尊敬し、父親の全ての言いつけや行動に疑う余地もなく、慕っていた。

 しかし、今回ばかりはさすがに父親の行動に疑念を覚えていた。

「(全て聞こえているぞ……そろそろ第一の幻想を発動するか……)三眼幻想第一想・魔幻!」

 父にはナーガの心の言葉が筒抜けだった。

 父は容赦なく我が子に三眼幻想を詠唱した。


 今、声が……!

 父親の声がかすかに聞こえた途端、ナーガの視界は闇に包まれた。

 それは、儀式の館とは比べ物にならない、異常なる闇。少しでも気を抜こうものなら、一瞬にして息の根を止められそうなそんな闇。

 一体どうなっているんだ……?

 それは、音も光も五感が何も機能しない世界。ナーガはそんな世界に突然召喚され混乱していた。

 ナーガの混乱をよそに久々にナーガの聴覚が機能した。シュババババという大量のハチの羽音のような恐怖と嫌悪をいっしょくたにしたような音。

 次に痛覚が機能した。無数の針が体中に刺さるかのごとくこの世のものとは思えない痛み。

 ぐわあああ……! 

 痛い痛い痛い……!

 なんなんだよこれ!?

 やっぱりいるんですよねそこに!

 父様ああああ!

 ナーガの必死の訴えもむなしく、返ってきた音は父の声ではなく、あのナーガを襲った恐怖の不協和音。

 また来る……!

 あの音が聞こえたとなれば、次に僕を襲うのは……。

 無数の針の刺されたような激痛!!

 来ると分かった所で今のナーガに避けられる術は持ち合わせていなかった……。

「ギャアアアア!!」

 またしてもナーガの身体に激痛が襲った。ナーガはこの時、生きた心地がしなかった。

 ナーガは柔軟な十才の脳を駆使して、即座に思った。

 やばい……。このままでは……。

 殺される……!

 逃げないと……。

 早く!!

 ナーガは走り出した。目的地などない。

 しかし、ナーガは走り続けた。ただ痛みという恐怖から逃れるために。


 ここまで来れば……。

 どこまで走ったかは分からない。数キロかもしれない、あるいは数メートルかもしれない。確かなことはナーガの激動する精神が安堵するくらいの距離だった。

「それはどうかな?」

「うわああああああ!!」

 無情なる攻撃には距離の概念が存在しなかった。ナーガに三度目の激痛が走った。

 もう嫌だ……。助けてくれ……。誰でもいい……。お願いだ……。

 痛い……。恐い……。

 ナーガの願いもむなしく、聞こえてくるのは例にもよってあの忌まわしい音と忌まわしき激痛だった。

「ぐわああああ!!」

 父様!出してください!お願いします!

 もう無理です!!

 四度目の襲撃で、ナーガ少年の肉体と精神は限界を迎えた。

「(精神の崩壊が始まったか……このままでは一生かかっても抜け出すことはできないな。やむおえん……)」

 ナーガの目の前に白い小さな球体がいくつも出現した。その、球体は密集し、人の姿を形勢した。

 それは、ナーガが良く知る姿だった。ナーガが一番に尊敬する存在、父親の姿と一致ししていた。

「父様! よかった! 助けてください!」

 ナーガは、ここまで父親の姿を見て嬉しいことはなかった。ナーガは必死で父に助けを懇願した。

「勘違いするな、助けに来たわけではない。抜け出すためのヒントを与えにきた。”幻想を受け入れろ。”これがヒントだ」

 ナーガの懇願むなしく、父から返ってきた答えは意味の分からないヒントだけであった。

「意味が分かりません! そんなことより早く出してください!」

 ナーガの父は自身の姿を白い球体へと変貌させ、またしてもナーガの視界から消え去ってしまった。

「三眼幻想第三想・塔幻!」


 ナーガは気が付くと、なぜか天高くそびえたつ塔の上に立っていた。

 なんで僕は塔の頂上に立っているんだ……?

 ついに頭がおかしくなったのか……?

 十才という短い人生経験では、全く理解できない事象がナーガの目の前で次々と起きていた。ナーガの精神は、大地震をもろに受けたビルのように崩れ去った。

 またしても白い球体に圧縮された、ナーガの父が前触れもなく現れた。

「父様! いい加減出してください!」

 それは初めてナーガが見せた父親に対しての怒りだった。

「獅子は我が子を崖から突き落とすということわざがあってだな……」

 父は自身の言葉に偽りなく、我が子を塔の頂上から突き落とした。すると、ナーガはバランスを崩し無抵抗に無の空間に吸い込まれた。

「うわあああああ!!」

 ナーガは腹の底から悲鳴を上げた。その悲鳴は今のナーガの精神状況を如実に示していた。

「許せ我が子よ。これが邪化射家の後を継ぐ者の厳しさなのだ」

 息子がそんな状態にもかかわらず、父は達観した面持ちで重力にあらがえなくなった息子を凝視した。

 やばい……!死ぬ!!

 まだ十才……。もう少し生きたかったなあ……。

 ナーガは脳天を真下に向け落下しながら、死の文字が頭をよぎるナーガは昔の思い出が走馬灯のように蘇った。

 そういえば……。

 父様が「幻想を受け止めろ」とか言っていたな……。

 幻想?幻?そんなものはありえない!

 でも、僕は今実際に幾多もの”ありえないこと”を体験している……。

 ええい!今の状況を考えろ!

 父様の言葉を頼りにするほか明日はない!

 ナーガのむき出しの脳天の中は最新式のコマのように高速回転していた。

 そうか!これは……。

 そして、その高速回転で一つの結論を絞り出した。

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