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DORAGON BATORA ―ドラゴンバトラ―  作者: 紫風 剣新
一年編
22/67

第二十一伝「鳳凰の血脈」

第ニ十一伝です。ここで意外なものが登場します。楽しみに見てくださいね。

 闘技場は洪水があったかのように水浸しになった。黄河の体から水という水が溢れんばかりに、流れ出ていた。

「僕のスペシャルは”水”属性っす」

 水属性。バトラが有する属性のうちの一つだ。

「だからどうしたんですか! もう一発! 鳳凰斬!」

 今の俺ならどんな状況でも乗り越えられる!

 珍しく強気に出ている龍は、再度鳳凰斬を繰り出した。

「水鉄砲!」

 闘いは気合で乗り越えられるほど甘いものではなかった。

 黄河は左腕を前に掲げ、掌を開いた。黄河の掌には、極小サイズの発射口のような穴が見え隠れしていた。

 その穴から、高圧の水が勢いよく噴射された。

 その水は、業業と燃えたぎる鳳凰剣に放射された。

 炎が……消えた……!

 鳳凰剣の炎は黄河の放射により消えた。

 火事で燃えてしまった建物が、消防隊のホースにより沈下される光景と重なった。

「なんでだよ……なんで消えたんだよ!? 鳳凰剣!!」

 龍は必死で炎を注入するが、鳳凰剣はそれを拒むように全く反応しなかった。


 アリサはこの光景を見て、あることに気付いた。

「まずいね、”相性”が悪い」

「”相性”が悪いってどういうことですの先生?」

 相性が悪い。凛はその言葉自体は知っているのだが、ピンとはこなかった。

「属性にはそれぞれ相性があって、属性の組み合わせによっては力が強まったり弱まったりするんだよ。例えば龍君の炎属性は氷属性に強いけど水属性には弱い」

 相性。じゃんけんのようなものだ。

 グーはチョキに強く、チョキはパーに強く、パーはグーに強い。

 じゃんけんはそうやって、パワーバランスを整えている。

 属性も同じだ。一つの属性が一方的に強くならないように、相性を設けて力のバランスを取っている。

 ここでは、龍の属性、炎がグーならば、黄河の属性、水がパー。

 つまり……。

 圧倒的不利!!

「そんな……勝機はあるんですの?」

「相性を超越するような力を出すか、属性に頼るのをやめるしかないよ」

「絶体絶命ですわね」

 むこうはそれを見越して、このオーダーにしたわけだね……。

 邪化射ナーガ君、相当なやり手だね……。


 戦場はすっかり黄河の水によって制圧された。服がびしょびしょになる嫌悪感が龍を襲った。

「水属性は炎属性に強い。だからナーガはこういうオーダーを組んだってわけっすね」

 少なくとも力は拮抗している。

 向こうが圧倒的に強くなければ、相性が良い僕が負ける可能性はない。

 相性が良い黄河はほぼ勝った気分でいた。

「くそっ、どうすれば……」

 龍は水にぬれる嫌悪感に加え、とんでもない焦燥感に駆られていた。

 ライフラインの炎が使えない……。

「どんどん行くっすよ! 水ノ太刀!」

 次なる黄河の攻撃は太刀。黄河の掌からあふれ出た水は徐々に形作られている。水が柄となり、刀身となる。

 水の剣、水ノ太刀か黄河の掌で形成された。

 黄河は、その太刀で龍の等身を斬る……!

「十字守!」

 すっかり龍の技の代名詞となった十字守で、両腕を交差させて身を守ろうとするが……。

 その両腕自体がキレ味抜群の水ノ太刀によって斬られた!

「グッ……」

 水ノ太刀によって斬られた腕からは、真っ赤な血が水浸しになったフィールドにポタポタと滴り落ちる。

 龍の周りだけ、赤い海と化した。

「水なのに……」

 そう、水。我々の生活に欠かせない水。

 その水が、出血するほどの凶器と化すなんて龍は思いもしなかった。

「水をなめていないっすか? 水は圧力を高めれば刃物より強力な凶器になるんすよ」

「くそっ! なんとかしてくれ鳳凰剣!」

 この状況、もはや自分だけではどうにもできなかった。

 龍は、鳳凰剣に頼るほかなかった。なんとか、炎を宿そうとする。

 先ほどと比べたら微々たるものだが、なんとか鳳凰剣から炎が発火した。

「無駄っすよ」

 そんな……バカな……!?

 黄河は炎を宿している鳳凰剣を素手で掴んだ。

 すると、鳳凰剣の炎は力を失ったかのように沈下された。

「素手で……!?」

 龍は、この鳳凰剣に絶対的な自信を持っていた。

 おごりだった。

 完全にライフラインを断たれた龍は、もうどうする事も出来なかった。

「それほど相性ってのは絶対的なんすよ」

 相性……。

 それは、ここまで絶対的なものだったのか……!

「まだだ」

 しかし、ここまで意気込んだ手前、龍はもう引くことはできなかった。

 炎を持たないただの大剣と化してしまった鳳凰剣で必死に突こうとするが、あっさりと水ノ太刀で防がれてしまった。

 さらに、黄河はカウンターの要領で、防いだ水ノ太刀でそのまま龍を鳳凰剣もろとも斬った。

 龍はその反動で思わず地面に尻もちをしてしまった。

「つめたっ!」

 次に待っていたのは水浸しのフィールド。

 龍の尻は、服もろともビショビショだ。この嫌悪感といったら想像するのも恐ろしい。

「追いかけっこは出来ればやめにしたいっすね」

 もう最悪だ!!

 服はビショビショになるは、相性最悪だわ、なんだこのフラストレーションしかたまらないこの闘いは……!

 俺はここまで頑張ったよ……。

 止めよう……。

 龍は完全に諦めた。

「これで終わりにするっすよ、波乗りボーイ!」

 今まで、闘技場のフィールド内を優雅に回遊していた水達が、波しぶきとなって龍に牙をむいた。

 その波は瞬く間に龍の等身をのみ込んだ。

「ごぽぽぽぽ」

 龍は昔から泳ぐことが得意ではない。

 すぐに、溺れてしまった。意識ももうろうとしてきた。非常に危険な状態だ。

「悪く思わないでくれっすよ。これがバトラがやる命の取り合い。”闘い”なんすから」

 黄河の言葉は水中の藻屑となっている龍に届くことはなかった。


「やばいですわ。止めなくていいんですの?」

 誰がどう見ても危険な状況だった。

 凛はみんなの気持ちを代弁するかのように、闘いの中断を提案した。

「これからあなたたちにはこんな闘い、いやもっと厳しい闘いが待っているんだよ。この程度でダメならバトラなんてやめた方がいい。厳しいことを言うかもしれないけどそれが闘士になるということ」

「そんな……」

 アリサから返ってきた言葉は、あまりにも厳しいそれだった。

 これがバトラを目指すということの過酷さ……!

「当然だ」

 進はアリサに同調した。


 苦しい……辛い……。

 意識が朦朧とする中、かすかにこの感情だけが龍の心を横切った。

 なんだよ……。

 みんなと出会って、特訓して、強くなったと思ったのに……。

 結局、昔と変わってないじゃないか……。

 母さん、進、凛、剛、アリサ先生、ごめんよ……。

 俺はどうやらここまでだ……。


 龍が失意の中、進チームのベンチにある動きが起こった。

 今まで爆睡を決め込んだ剛が、誰かに取りつかれたかのようにムクッと起き上がりた。

「おい一撃龍! てめーのうじうじはもう飽きたんだよ! お前の母ちゃんとの約束したんじゃねーのか! バトラになって父ちゃんを見つけるんじゃねーのか!」

 龍に届くかの確信はなかった。

 だが、剛は龍の情けない姿を見ていてもたっても居られなかった。

 大声で叫んだ。腹の底から。


 何か聞こえる……。

 剛の声だ……。

 あいつの声はうるさすぎるんだよ……。

 そのせいか、ここまで聞こえたよ……。

 そのお陰か、はっきりと伝わったよ。

 お前の……。

 言葉が!!

「はあああ!!」

 龍は息を吹き返したように必死で潜水を開始。

 と、思ったが水はひざ下までしか浸水していなかった。

 龍は、水をかき分け走り出した。どうやら、ふっきれたようだ。

「そのやる気に満ち溢れた目、嫌いじゃないっすよ」

 黄河の目は自らの属性のように瑞々しかった。

 黄河は嬉しかった。好敵手の出現に……!

 鳳凰剣と水ノ太刀がここで初めて交わった。

 魂と魂のガチのぶつかり合い。

 これからはもう絶対諦めない!

 もう、今までの諦め癖とはおさらばだ。

 諦め癖と別れを告げた龍は、今まで以上に鳳凰剣を力強く振った。

 鳳凰剣と水ノ太刀が再度交わった。

 そして、そのまま二つの剣の押し合いへと移行する。

 この押し合いは気持ちがよりこもっている方が勝る! 

「うおおおお!」

 龍の気合いが……。

 勝った!!

 そして、一気に鳳凰剣で黄河の体に斬り込んだ。確実に鳳凰剣は黄河の肩を捉えた。

 龍は初ダメージを与えた。あの絶望的な状況を考えれば、奇跡的な快挙であった。

「こういう熱い闘いも好きっすけど、これはあくまで勝負。悪いけど勝ちにこだわるっすよ。ウォーターボール!」

 黄河は急に気持ちを鎮静させた。

 地面に寝そべっている水達が起き上がり、龍の周りの水が噴水のごとく吹き出る。

 その水達が徐々に龍を覆い尽くすようにして、球体へと変貌を遂げた。

 龍を囲んだ水でできた小さな地球が闘技場内に誕生した。

「なんだこれは!」

 龍が驚く合間に、みるみるうちに球体はその形を確固たるものにした。

「もうこの球体から逃れることはできないっす!」

 龍は水の球体に幽閉された。

「俺は諦めないぞ! なんとか脱出してやる!」

 龍の必死の抵抗むなしく堅牢な水の球体はピクリともしなかった。


「くそー、どうすれば……」

 俺、一撃龍は再び、絶対絶命のピンチに陥った。

「小僧、力を貸そうか?」

 それは、聞き覚えのない声だった。

 どすの利いた声。少なくとも同級生が出せるような声ではなかった。

 しかも、その声は俺の脳内に直接伝わった。

「今声がしたような……」

「おい、聞こえるのか小僧!?」

「ついに幻聴が聞こえ始めたか……」

 最初は幻聴だと思った。

 ついに、危険な精神状態が訪れたのだと……。

「幻聴じゃねーぞ!」

 でも、幻聴にしてはその声はあまりにも鮮明すぎた。

「確かにしっかり聞こえる……! じゃあ誰が……?」

「ここだ、貴様が今持ってるものだ」

 俺が持っているものはただ一つ……。

「えー! まさか鳳凰剣!」

 鳳凰剣が”しゃべった”。

「やっと気付いたか、鈍感な奴だ」

「武器がしゃべったー!」

「武器じゃねー! 俺は貴様らの用語で言う”鳳凰”だ!」

「母さんが言っていた昔、ここを襲って俺の先祖によって力の一部をこの鳳凰剣に封印されたってやつか」

「人間の勝手な解釈だがな。どうやら、封印されたときに力のほかに”意志”も一部封印されちまったみたいらしい」

「なるほど、意志があるからしゃべれるってこと?」

「そういうことになるな」

「へー、なんかイメージと違うな」

「どういうことだ?」

「だって土地を襲った化け鳥なんでしょ? もっと話もきけないほどの荒々しい奴かと思った」

「いや、貴様が思っているイメージと正しい。この俺は鳳凰の一部でしかない。しかも、どうやら本体の中でも”善”の部分が入りこんでしまったらしい。だから、俺の本体は貴様の想像通りだ。実際、人間を恨んでいる」

「お前は恨んでないのか?」

「言ったよな”善”の意志が入りこんだって。残念ながらマイナスな感情は持ち合わせていない」

「よかったー、善の部分で。よし、じゃあ早く助けて! この通り身動きとれず苦しいんだ!」

「勘違いするなよ! 貴様を助けたいなんてこれっぽっちも思ってねからな! 退屈なんだよ! 剣に閉じ込められて難もできない俺の気持ちが分かるか!? 分かんねーだろ!」

「分かるよ、俺も今閉じ込められてるし」

「そんなもんじゃねーよ! あー、お前と話してるとちょーし狂うんだよ! ただ、さっきまでのクソみたいにうじうじしてる時は力を貸そうなんて思ってなかったけどな」

「善の部分だけど口は悪いんだね」

「なんか言ったか?」

「言ってませ~ん。と、とにかくどうすればいい?」

「本当は貴様の中に入るのが手っ取り早いんだが、それだと貴様の意志を乗っ取ってしまう危険性がある。貴様の炎を外部に出せ、その中に入る。出来るか?」

「うん、大丈夫」

「よしっ、やれ!」

「火の玉・魂!」

 龍は掌に火の玉を生み出すが、あいにくここは水の中。

 炎と水の相性は最悪。予想以上に小さいものになってしまった。

「これで平気?」

「小せーけど十分だ!」

 ドス黒い油のような重い黒の野球ボールくらいのサイズの球体が、ズリュリュというねちっこい音を出して水の球体の中に飛び出した。

 これが鳳凰の意志か……。

 暗く、黒く、重い。この色は十中八九、鳳凰の意志を示しているものであった。飛び出した鳳凰の意志である黒い玉は、龍が掌に生み出した赤い火の玉と混ざり合う。

 すると、核融合したかのようにギュオオオオオオという凄まじい音が水面を叩いた。

 そして、二つの玉が混ざり合った球体は鮮やかな朱色に変色し、バレーボールくらいの大きさにまで成長し、羽、尻尾、嘴のような形が浮かび上がり、まるで鳥のように変形していった。

「相性悪いけど大丈夫?」

「俺の力はそんなこざかしいものじゃ測れねえ」

「苦しい……頼む……」

「ふん」

 鳳凰の意志が内包されている鳥型の玉は、人間では到底不可能な俊敏な動きをして見せた。

 水球の中でもお構いなく、周りを縦横無尽に駆け回った。

 水球は、鳳凰の意志の暴走に耐えられなくなり、均整を保っていた水球が……。

 崩れた!!

 

 龍は鳳凰の意志のおかげで脱出不可能とされた水の牢からの脱出に成功した。

「ありがとうな鳳凰。おかげで助かったよ」

 苦しかった。辛かった……。

 でも、突然現れた”そいつ”がそんな俺を救出してくれた……。

 俺は助けられたということが、事実として俺の記憶にとどまった……。

 龍にとって鳳助は救世主。だからこそ思いっきり感謝した。

「勘違いするな! 俺はただ暴れたいだけだ!」

 人から感謝されたことなどない鳳凰の意志は、恥ずかしかったので、あえて強い口調で言った。

「そんな……ウォーターボールが……」

 黄河は唖然とした。

 黄河のウォーターボールは今まで一度として破られるっことはない、まさに難攻不落の絶対的な技だった。

 それが破られたのだ。

 目の前の男によって……!!

「どうやって破ったんすか?」

 黄河は気になって仕方がなかった。ウォーターボールの脱出方法が。

「さあどうでしょうね?」

 龍は答えようとはしなかった。闘いは情報の隠し合い。

 鳳凰の意志に助けられたなんて、自分の手の内をさらけ出すなんて愚行をするはずもなかった。

「むかつくっすね。もう一度閉じ込めるまでっす! ウォーターボール!」

 黄河の指令によって、一度は離れ離れになった水球がまたしても龍を囲うように、再構築された。

「頼むよ鳳凰!」

「命令するな! あくまで俺の意志で動く!」

 もう、俺にはそんな技は効かない。だって今の俺には、最高の”相棒”がいるのだから……。

 龍は新しい仲間に、かつてない自信に満ち溢れていた。

 鳳凰は取り囲む隙を与えさせなかった。

 水の周りを高速で駆け回り、水が球体を形成するのを阻んだ。

「なんすかあの鳥型の浮遊物は? さっきまで無かったはずっすけど」

 確かに先ほどまでには無かった得体の知れない浮遊物が、龍の周りでプカプカと浮いていた。

 それが、ウォーターボールを破った正体だとわかった。

「さあどうでしょう?」

 相手が聞きたがっている情報を言わずに、相手をあせらせる。

 そういう駆け引きも、龍は闘いを通じて覚えてきた。

「まあいいっす。次の技であの玉の正体を暴くっす。波乗りボーイ!」

 さすがは黄河。

 そんな初歩的な誘導には引っかからなかった。即座に、次なる行動に出た。

 黄河は回遊を楽しんでいる水達を強引に使役した。

 水は自分の仕事を思い出したかのように、波しぶきをあげた。

 黄河はその波に乗り龍に襲いかかった。それは、荒波を完璧に乗りこなす熟練のサーファーのようだった。

「とりゃああああ!」

 鳳凰は荒波に臆することなく、真正面から突っ込んだ。荒波は鳳凰のかき乱され、自分の形を失った。

 その勢いで波はバランスが崩れ、あろうことか発動者の黄河のもとに襲いかかってしまった。

「げほっ、げほっ」

 まさか、自分の水にやられるとは思いもしなかった。

 黄河は苦しそうに、大量に口の中に含んでしまった水を吐き出した。

 黄河がせき込んでいるすきを突いて、今度は龍が鳳凰剣で黄河に斬り込む。

 まさに、相棒と魅せたコンビ技だった。

「ガハッ!」

 斬り込まれた衝撃で黄河は吐血してしまった。

「なんだ、あんまり退屈しのぎになんねーな」

 鳳凰からしてみれば、黄河という相手は矮小な存在にすぎなかった。

「どうですか、僕の攻撃は?」

「僕をここまで本気で燃え上がらせたのはあの時以来っすよ」

 そう、あれは一年前のこと。


 ☆ ☆ ☆


 ~一年前~

 僕はあの時にナーガとライバルになったんす。

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