第十九伝「屈辱の過去」
第十九伝です。皆さんは思い出したくない過去ってありますよね。僕もありと思います。思い出したくないので忘れた事にしてますけどね。
「”覚醒”」
聞き慣れない言葉だった。剛の動きを見たアリサが発した言葉だった。
「覚醒?」
言葉自体は聞いたことがあった。しかし、龍はこの言葉の詳しい意味は知らなかった。
「一種の脳のマヒ。”火事場の馬鹿力”って言葉あるでしょ。あれは普段脳がかけてるリミッターが一時的にはずれて普段出せないような力を発揮できる現象のこと。それと似ていて、太郎君が剛君に飲ませた薬のなんらかの作用で脳の働きがマヒしてリミッターが外れてしまった可能性が高い」
「ってことは勝ちましたね、この試合!」
覚醒……凄いな剛は……。
アリサの説明を聞き龍は、勝利を確信した。
しかし、アリサはそんな龍に釘をさすようこう説明を続けた。
「いや、そうとも限らないよ……確かに一時的には圧倒するかもしれないけどあくまで一時的なもの、時間制限がある。それに、普段出せない力を無理やり出している危険な状態なのには変わりはない。身体にかかる負担は想像を絶する……」
「つまり覚醒中に決めるしかないってことか」
覚醒終了後は絶体絶命のピンチが訪れる。少なくとも進はこう解釈した。
「そうだね」
「どうやら僕の飲ませた薬の作用で少し状態がおかしくなっているようですね。”策士策に溺れる”といったところですか……」
太郎は早くも剛の状態を見切った。薬の副作用について疎いはずがなかった。
ヒュンと風を切る音がした。
太郎の視界から剛が消えた。覚醒状態の剛による転法、いつもより桁違いに速い。
転法か……それにしても速いッ……!
「剛拳・空殺弾!」
剛は太郎のサイドから現れた。いくら頭で理解しようと、体が反応するかはまた別問題。
太郎は想定外のスピードに反応しきれなかった。
剛の渾身のドロップキックが太郎の腰にヒットした。
力も格段に上がっていた。太郎は、衝撃吹き飛び、壁際にたたきつけられた。
ここで終わりではなかった。すかさず剛は距離を詰め、決めにかかる。
ここで、太郎がだまっているはずがなかった。
とっさに端末をビームサーベルに変換し、前に構えた。
剛はビームサーベルの先端に向かって走るような形になってしまった。剛の動きを利用するという作戦だ。
まずい、カウンター……!
この言葉が進チームの全員の脳裏によぎった。
どうあがいても当たるようなスピードとタイミングだった。しかし、ここでも覚醒中の剛はとんでもない動きを見せた。
剛の足の筋肉はフル回転した。まず強引に動きいていた足を止める。そして、凄まじい瞬発力を見せながら、飛び上がり難なく回避した。
「剛拳・カラス落とし!」
そして、その跳躍をそのまま利用。剛は重力を利用して自慢のかかと落としでビームサーベルをたたき落とし、そのままビームサーベルを足で踏む。
「つーかまえたー」
確実に……捉えた……!
剛の眼に勝利の二文字が見えた。
剛は自分自身でも自分の動きに驚いていた。今までの自分には到底不可能な動きができ、にやけが止まらなかった。
「覚悟はいいか? 破壊してやるぜ!」
人は、勝利を確信した途端に余裕が出る。剛は余裕綽々でこんなことを問いながら、右腕をブンブンまわし始めた。
「喰らえ俺が今までのけんかで逆境を打ち破ってきた右拳を!剛拳・うっ……!!」
その余裕が命取りであった。剛の身体は即座に感じ取った。
覚醒……終了……!!
今までのキレキレの動きが嘘のような鈍い動きで、剛は右腕のぶんまわしを止め、膝をついてしまった。
「ふー、終わりましたか」
太郎は目を見開き、口を少し開きながら口角を上げ、気味の悪い笑顔を浮かべた。
「地針」
剛が膝をついている砂まみれの地面の中から、針、針、針のオンパレードが歓迎した。
「いたっ!」
剛は突然、足と膝に痛みを感じたので、急いで四つん這いになりながらその場を退いた。
「逃がしませんよ」
容赦は無かった。言葉の通り太郎は、四つん這いになり無様な姿をさらしている剛の顔面を容赦なく蹴り飛ばした。
「くっ……!」
何度も何度も剛の顔面を蹴り飛ばした。
プライドが……切り裂かれた!
あの男にぃ!!
胸糞!胸糞!胸糞!
太郎は容赦なく剛の顔面を鬼の形相で殴り続けた。
「よくも僕にここまで恥をかかせてくれましたね! これは今までのお返しです! 生徒会長の僕にここまで泥を塗った罪は大きいですよ!」
剛の覚醒はあっけなく終わりを迎えてしまった。
覚醒中に決めないとまずいことを勘づいていた進をはじめ、進チーム陣営全体の士気も下がった。
「終わりか……思ったより早かったな……」
もう少し続くと思っていた、進は残念そうにつぶやいた。
「本来なら動くのもやっとの状態だったからしょうがないね」
仕方がないことではあった。もともと、剛は手負いの状態。その状態で覚醒状態になったのも奇跡だった。
しかし、それでもやはり寂しい。アリサの口からも残念さが漏れていた。
「あの野郎さすがにやりすぎだ!」
龍は、太郎の一方的な攻撃を黙って見ていられなかった。
龍は、体を乗り出し、戦場に飛び出そうとした。アリサは先ほど龍に自分が止められた時と同じようにそれを制止した
「さっき、仲間を信じたあなたは飛び出そうとした私を止めてくれたよね。今度は仲間を信じてる私があなたを止める」
仲間を……信じる……か……そういえば……忘れていた!
龍はアリサの言葉を受け、仲間を信じることを決心した。
「こんな屈辱はあの時以来ですよ……」
☆ ☆ ☆
~一年前~
僕、日向太郎は小中と学級委員を務め学校のリーダー的な存在でした。もちろん、この戦校でもクラスのリーダーとなるはずでした。
しかし、僕はある男によってその未来は台無しになりました。入学から三日くらい経った日のことでした。
「えーと、今日はこのクラスのリーダーを決めてもらいます。クラスの中の生徒会長的な存在なので快調に決めていきましょう」
本当にくだらないことを言いますねこの担任は。
まあ、そんあことはどうでもいい。いよいよこの時がきましたか。
クラスのリーダー。生徒会長。学級委員。
僕は今までに、そういう類のありとあらゆる役職についてきました。
なぜ、そこまで拘るかって?
”評価”が上がるのですよ!
人間としての評価がね。評価が上がれば僕に逆らうことができなくなる。結果的に、ありとあらゆることが思い通りになる。
これが気持ちいぃ……!
支配欲というのですか、僕はそれが人一倍強いのですよ。
「これは間違いなく僕が適任でしょう」
僕に迷いはなかった。これで、この戦校も僕のものだ……!
「じゃあ、日向君でいいかなみんな?」
後は他に立候補者がいなければ……。
まあ、僕にたてつくような愚か者はいないと思いますがね。
「ちょっと待ってください。僕も立候補します」
と、思っていたのですが……。
どうやら、愚か者がいたようですね。
邪化射ナーガ。
入学当初から異彩を放っていました。僕はずっと彼を注目していました。
僕の勘は鋭い。その勘が感じ取ったのですよ。この男は間違いなく僕の脅威となる男だとね。
どうやら勘は当たったようですね。ここで、この僕にたてつくとはね。
「おっと、候補者は二人。さてどうしたもんかな」
「僕は小中と学級委員をやっています。経験がある僕を任命するのが適任でしょう」
こういう場合は経験がものをいうのです。
経験者優遇。
会社の愛用でも合言葉のようにして使われているこの言葉。二人で迷ったら、まず間違いなく経験者の方を採用します。
邪化射ナーガ残念でしたね。こういう場を知り尽くしている僕に、あなたは最初から勝ち目はないのですよ!
「過去の実績なんて関係ありません。リーダーとはクラスみんなの信頼があって出来る役職。ここはどうでしょう、多数決というのは?」
こいつ……!
小中時代に何人か僕にたてつく輩はいましたが、僕はその都度蹴落としてきました。ただ、こいつは僕が出会った輩の中で明らかに強い……!
「そんなことさせませんよ!」
「なんでかな、太郎くん?」
分かっていました。邪化射ナーガがなぜ多数決を提案したか。
僕に勝ち目はないからですよ……!
自分でも分かっています。僕が性格が悪いことくらい。
僕は昔から性格が悪く、人望が薄く、誰からも信頼されなかった。
だから、リーダーという地位を利用して強引に人望や信頼を勝ち取ったのです。
いわば、それは偽の信頼……。
そんな僕に信頼や人望が不可欠の多数決で勝てるはずがない……。
「僕がクラスのリーダーになれない可能性が出てくるからですよ!」
「多数決だと僕が勝っちゃうからね♪」
「なにぃ!」
この男……!
どこまでも僕の胸糞を悪くしますね……!
「そんなことあるわけないじゃないですか!」
「はいはいけんかはおしまい。昔からこういうのは多数決って決まってるから。じゃあ急にってのもなんだから今日までにどっちを選ぶか考えておくこと。明日の朝決めるから考えてきて」
その日の放課後のことでした。
生徒達の話題はどちらをクラスのリーダーにするかで持ちきりでした。
「ねー、どっちにする?」
「やっぱりナーガ君じゃない? 人がよさそうだし、言ってることもちゃんとしてたし」
「やっぱりそうだよね。顔も格好いいし」
やはりですか。何か手を打たなければならない。
「みんなじゃーねー♪ 太郎君も明日よろしくね♪」
僕の宿敵は余裕の表情をしていました。
あの顔を絶望の顔にしてやりたい……!!
僕はある作戦を決行することにしました。
やつをつけて何か弱みを握るか、直接潰すか。
弱きものは強きものに従う。万が一、あいつが学級委員になったとしても影で奴を操る事が出来る。
つまり実質的な学級委員は僕だ!僕に死角はない!!
僕は得意のストーキングでやつの少し離れた後ろを尾けました。
すると、奴は何かを思い出したかのように歩みを止めました。
「僕をつけるなんて度胸がある人だなー、出ておいで」
さすがに只者ではありませんね。
僕のストーキングがここまで早くバレるとは思いませんでした。
「ばれていましたか」
僕は仕方なく姿を見せました。僕はこの時点で、直接潰すことを決めました。
「なーんだ太郎君かー、驚かせないでよー♪ 何の用?」
僕に笑顔で話しかけるとはお気楽ですね。
これから僕に潰されるというのに……!
「僕たちは学級委員を争ういわば敵同士ですが、同時に同じクラスの仲間です。お互いの健闘を祈り挨拶をしようと思いまして……」
こう言えば疑われることもないでしょう。
僕の勝ちだ!邪化射ナーガ!!
「なんだ、そういうことならこんなくどい真似しなくてよかったのに」
「怖い思いさせてすみませんでした」
僕はやつと握手をかわすためにゆっくり手を差し出ました。それにこたえるようにやつも手を差し出てきました。
なんとも容易い……。
おっと、ついニヤけてしまいました。いけない。いけない。
僕は手筈通りに、袖に隠し持っていた短剣でナーガの差しだそうとした手を突き刺そうとしました。
その時でした。
やつはそれを読み切り差し出した手をそのまま太郎の腕を掴みこれを阻止しました。僕の作戦は彼に完全に読まれていたのです。
バカな……!?
僕はえらく動揺しました。生涯でただの一度も僕の卑劣な作戦を見破った者は誰一人いなかったのですから。
「怖いなー、なにするの?」
やつはとても落ち着いていました。
僕の心情との対比でそう見えたのかもしれません。
僕は、やつの腕を振りほどこうとしましたが、とてつもない握力でとても抜けそうにはありませんでした。
僕は、やむを得ず掴まれていない方の腕を使い、強引に振りほどこうとして、手刀をナーガの腕に突こうとしました。
それは、簡単に避けられてしまいました。
「いつから僕の策略に気づいたんですか?」
僕は気になりました。
気づいていたとしたら、いつ気づいた……?
「最初から、君が僕をつけてたところから」
こいつ……。
ここまで、完膚無きまでにやられたのは初めてです。
「太郎君がせっかく戦おうとしているんだ、僕もそれにこたえないとね」
「手を出す気ですか? 僕はレコーダーを所持しています。あなたの行いを明日クラスのみんなに流せばあなたの信用はがた落ちです。そう、あなたに手を出すことは不可能です! 僕の方が一枚上手でしたね! クハハハハ!」
僕は用意周到。
万が一のことまで想定している僕の勝ちです!残念だったなあ邪化射ナーガあ!!
「大丈夫”手”は出さないから」
「僕にぃ……従ええええ!!」
僕はお得意の端末で短剣をビームサベールに変換しました。そして、ビームサーベルでやつを突き刺そうとしました。
「幻想の世界へようこそ」
眼でした。禍々しい眼。圧倒的闇を視ている眼。
そんな眼がやつの手のひらに出現しました。
僕の体はおどろおどろしいほどの恐怖で硬直してしまいました。
~太郎の脳内~
僕はいつの間にか教室にいました。
ここは教室……?
「昨日言った通り学級委員を決めたいと思います」
僕は邪化射ナーガと戦っていたはずじゃ……。
「じゃあ太郎君が良い人」
誰か挙げてくださいよ……。
「0人。では次ナーガ君が良い人」
挙げないでくださいよ……。
「はい全員。学級委員はナーガ君に決定」
そんな……。
「当然よね」
「誰があんな気持ち悪い眼鏡オタクにいれるもんですか」
なんだこれは!現実なのか!?やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!うあああああ!!
~現実~
そこから、僕の記憶はありません。どうやら、気を失ってしまったようです。
「愚かな男だ、日向太郎」
とてつもないほど屈辱……!!
僕はこの日、今まで築いていた人望、地位、名誉、プライド、全てを失いました。
その後のことは言わずもかな、僕は落選し、邪化射ナーガがリーダーとなりました。
☆ ☆ ☆
~現在~
「あの男を屈服するまでは負けるわけにはいかないんですよ!」
太郎の拳の雨、あられは幾度となく剛の拳を襲った。剛の意識は風前の灯になってしまった。
「さあ、このくらいでいいでしょう」
太郎はボコボコにした剛を踏みつけながらフラッグを持つ満身創痍の凛のもとに忍び寄った。
太郎はいよいよこの試合の目的を達成しようとしていた。
剛は最後の気力を振り絞った。
剛は太郎のズボンの袖を掴んで、なんとか太郎を食い止めた。
「無視すんなよ、まだ終わってねーぞ!」
まだ……やれる……。
剛はふらふらになりながらもゆっくり立ち上がった。
「あなたの気力は尊敬に値します。でも……」
とどめの一発だった。太郎は渾身の拳を剛の胸にお見舞いした。
剛はまるで人形のように何の抵抗もなく後ろに倒れていく。
この時、全観客が太郎・ナギコンビの勝ちだと思った。
「情けないですわね、あなたは時間すら稼げないのですの?」
その時だった。
無抵抗に倒れる剛の背中を、何者かが支えた。度重なるダメージで今まで戦線を離脱していた凛であった。
こちらもギリギリの状態だった。綺麗に整った黒髪は、疲労とダメージでくしゃくしゃだった。
しかし、凛は動いた。
今まで頑張ってくれたペアのため。そして、勝ちを信じている仲間のため。
そして、この試合を何が何でも勝つために!!
「凛、休んでろって……言ったはずだ……」
剛は自分を情けないやつだと感じた。
女一人守れないのかと……。
「あなたがあの眼鏡男を倒せばゆっくり休めたのですのにね」
「お前大丈夫なのか?」
「あなた心配されるほど弱くはありませんわ。それに、回復力は普通の人よりあると自負していますわ」
「そうか……」
「これはコンビ戦ですわ。最後くらい二人で行きますわよ!」
「おう!!」
二人はこの時、初めて共に戦場に立った。




