第一伝「一撃龍(いちげきりゅう)」
登校初日って誰だって緊張しますよね。それでは記念すべき第一話をご覧ください。
バトラ育成学校。通称・戦校。
バトラを夢見る若人が集う場所。
ここで、二年間通い、選ばれし者だけがバトラになる資格を与えられる。
「今日からいよいよ学校が始まるわね、あなた友達いないから学校でちゃん
と作るのよ」
登校初日の朝。龍の母は、いつもよりも早起きして、ピンクのエプロンをつけ台所に立っていた。こうした余計なことを言うのも母親らしい。
「学校ごときで大袈裟だな、学校など通過点でしかないよ」
龍は初日にもかかわらず、起床時間ぎりぎりに起き、どたどたと階段を駆け下りる。寝癖がひどく、パジャマのまま。起きたばかりのようだ。
そんなんで、こんなえらそうな口をきいているのだ。まさに、どこにでもいる反抗期の少年を見ているようだ。
箸を片手に、龍は母のお手製料理をむしゃむしゃ食べる。今朝の献立は肉じゃが。龍にとってはどちらかというと好きな部類ではある。
龍が「ごちそうさま」と言ったと思ったら。龍はまるで早業コンテストに出るかのようなスピードで身支度を済ませていた。
今日は初日。持ち物に指定はなかったので、財布など必要最低限の貴重品と、筆 箱を小さなショルダーバックに入れて、下駄箱で靴を履き出発する準備を完了させた。
服装に指定はなかったので、龍は普段街に繰り出すようなシンプルな服装で行くことにした。昔から家にある龍の髪形と配色が同じ赤と黒のボーダーに、去年くらいに母が買ってきた白いチノパン。
「とかいって泣きながら帰ってくるんでしょ、お母さん分かるんだからあ」
母がそんなことを言った時には、すでに当の龍の姿はすでにもうどこにもなかった。
「もう」
遅刻気味の龍は、スタコラと速足で学校に向かっていった。
「あいついつもひとこと多いんだよ、そういえば『友達作るのよ』とか言っ
てたな、そんなものはいらない。どうせ死ぬ時は一人なんだ」
おせっかいな母に対して文句を言いながら速足で進む。
15分くらいすると戦校に到着した。外観は立派で、4階建てくらいある茶色のレンガ調の建物で、屋根は青くコーティングされている。まるで、西洋の国のお城をほうふつとさせるような作りだ。
「すげー。って感心してる場合じゃなくとりあえずよく分からないから、人だ
かりのあるところに行くか」
龍は戦校の外観に圧倒されつつも、とりあえず敷地内に入った。
建物に金を使ったせいか、敷地内はそれほどでもなく、高校の校庭のような殺風景なつくりだ。
龍は建物の入り口付近に、人だかりができていたので、とりあえずそこに向かうことにした。
建物の入り口には、龍と同じ新入生たちがありの大群のようにうじゃうじゃいた。出入り口を封鎖するように談笑している生徒たち。友達がいない龍にとっては、ここにいる人たち全員が邪魔でしょうがなかった。龍は意地悪く、わざと談笑している人たちの間を裂くような進路をとり、西洋風の建物内に入ろうとした。
「新入生の方ですか?」
声をかけられた。最初は、友達がいない俺に声をかける人などいないと思い無視したが、もう一度声をかけられた。それは、明らかに自分を呼ぶ声だった。
龍はなにかよくわからない期待をしながら声がした方向へ振り返った。
振り向くと、律儀にワイシャツを身に着けている生徒が立っていた。よく見ると、オレンジ色の腕章をつけていた。腕章には「在校生」と書かれていた。
「この番号札を受け取りください。その番号札についている番号札にある番
号があなたのクラスになります。といっても二クラスしかありませんが」
その人は龍に「1」という文字が刻まれた木製の札を手渡した。ああ、なるほどこの人は仕事のために俺に声をかけたのか。友達になりたいから声をかけてきたわけではないのか。まあ、友達なんていらないが。
「どうも。番号は1ってことは1組か」
龍は、番号札を手渡してくれた在校生の人に、一言かわすとすぐに行ってしまった。
龍は、番号札と一緒に渡されたマップを見ながら、1組へと向かった。校舎内は豪華な外見に見合ったような綺麗な作り。床には灰色の絨毯が敷き詰められ、手すりは高級そうなピカピカな木で出来ている。
龍は階段を上り2階にたどりついた。2階からはさっき自分が歩いてきた校庭がよく見える。まだ、話してるのか。人というのは話すのが好きな生き物だ。
階段から見て2つ目の教室で龍は足を止めた。マップ通りならばここが龍の教室。龍は白色の引き戸に手をやって、ふうっと一度深呼吸をして教室の扉を引いた。扉はガラガラといううるさい音を立てながら開いた。
人のしゃべり声が、まるで動物の鳴き声のように騒がしく聞こえる。教室はなかなかに広く席はざっと100席はあるようだ。黒板も大きく小学校の黒板の3倍くらいの大きさがあるように見えた。そんな黒板に白いチョークででかでかと「席は自由」との文字が書かれていた。
「俺は陰の存在。陰の存在は陰の存在にふさわしい席につくか」
龍は昔から教室の隅っこにいるような影の存在だった。
龍は窓際の後ろから二番目の席についた。席は三人掛けで机と椅子は、校舎内の手すりのようなピカピカの木で出来ている。龍は三人掛けの一番端っこに座った。
「時間です、時間です、生徒は着席してください!」
教室の隅にちょこんと置いてあったフクロウが突然しゃべりだした。どうやら時報のようだ。
ガラガラビシャーンという激しくドアを開ける音が広い教室全体に響き渡る。
「はあーい。みんないるー? 私はこの教室の担任の先生、アリサだよー★」
茶髪でポニーテールという髪形。派手な水色のパーカーとパンツが見えそうなくらいのミニスカートという格好。生徒より生徒らしい女が教室に入ってきて、いきなり担任の先生と名乗り始めるのだ。生徒はなんのことやらわからない。確かに、よく見ると他の生徒に比べると年をとっている。
「そんな格好で恥ずかしくないんですか?」
教室のどこかから聞こえてきたこの言葉に、教室内に戦慄が走る。
「なに!?」
アリサは鬼のような形相に豹変し、チョークを手に取り、150kmくらい出そうなくらいのダイナミックなフォームで、声が聞こえた方向に思いっきりチョークを投げた。
ドコッという鈍い音とともにさっきまでアリサの手元にあったチョークが一瞬にして教室の真後ろの壁にめり込んだ。
教室は一瞬のうちにしずまりかえってしまう。そんな教室の空気を察知し、やばいと思ったアリサはすぐに笑顔を取り戻し、話し始めた。
「と、とにかくみんな入学おめでとう。これからはバトラになるためにいろいろなことを学んでもらいます。いきなりだけどこの学校の卒業まで流れを説明するよ。まず1年時にバトラに必要な基礎的知識を学んで、早くも2年時に実践的な戦闘をまじえながら2年時の終わりにダイバーシティ公認の卒業試験を行い見事合格出来れば3年目には正バトラとしてデビューってわけ」
「なんだ意外と簡単なんだな」
生徒のこの言葉に、アリサは人差し指をたて横に振り、「この卒業試験の難易度をご存じで? 合格率5%、超難関だよ」と言った。
龍と他の生徒は一斉に驚いた表情を浮かべた。
「それは冗談として、それだけバトラという職業は大変だってこと、死ぬかもしれないのだから」
もしかしたら父さんはもうすでに……。
それは、とんでもなく嫌な想像だった。アリサの言葉は、龍にとっての最悪の想定をイメージさせるものだった。
「初日なんだから暗い話はこれくらいにして今日はこれで終わり。明日からよろしくね。この学校のバッジを配るから今度から常につけてるように。配り終えたら解散」
『今日は終わりです。お疲れ様でした。』時を告げるフクロウとともに初日
はあっさりと終わった。
友達などいない龍は、放課後に友達と話すこともなく、一直線に家へ帰るために戦校を後にした。そんな龍の後をつける怪しい人影。
「(気配を感じる、明らかにつけられてる。早く帰ろう)」
人の気配を感じ取った龍は自然と速足になっていく。その足は、徐々に早くなり、いつしか全速力で道を疾走していた。
気がつくと龍は、子どもがボール遊びをするのにふさわしいだだっ広い広場にたどりついていた。
「こいつ逃げれるとでも思っているのか! アナグラ!」
龍を尾けていた男は地面に手を叩きつける。すると、一瞬のうちにその男の地面に叩きつけた手の周りに穴が開いた。男は、開いた穴になんと潜ってしまったではないか。
さすがに体力が尽きて膝をついて休んでいる龍の目の前に、突如として地面に穴が開いた。そして、龍をつけていた謎の男は龍の目の前に姿を現した。
龍は何が起こっているのか全く理解できない様子で、口をポカンとあけていた。
「自己紹介がまだだったな、俺は桜田銀次だ」
口をポカンと開けている龍をよそに、男は饒舌に自己紹介を始めた。名前は銀次と言うらしい。この銀次という男、何年も床屋に行っていないようなボサボサのロン毛で、安っぽいジャンパーを着用している。
龍は、銀次をスルーして、真後ろに回転し駆け足で逃げ始めた。
銀次は「待て!」と言って、龍の肩を掴み制止させた。
「なんで逃げるんだよ? 俺ら同学年で、しかも同じクラスだぞ。名前は一撃龍だっけか?」
龍は得体の知らないものに絡まれるのが大嫌いだった。
こういうトラブルに巻き込まれたくないからずっと逃げてきた。それがなんだ。初日から。
ふざけんなよ……。
龍は初日から戦校に通ったことを後悔した。
「陰のような存在の俺の名前を知っているなんて。それに同学年はおかしい。明らかに年上だろ」
確かに龍の言うとおり無精髭を生やしているあたり明らかに年上のようだ。
「そう龍の言うとおり年は上だ、6回留年してるから6個上だな」
「6個上だと!? なんの為に?」
「よく聞いてくれたな。実は俺、戦校のレアなスペシャルを持っている生徒
をブッ倒すのが生きがいなんだ! 今日のターゲットはお前だ!」
「スペシャルってなに?」
「おい! 仮にもバトラを志す者なら知っておけよ! スペシャルって言うのはなあ、バトラが持っている特殊能力のことだ。そして、俺のスペシャルはレア度が色で見えるスペシャル。レア度が高いほど色が鮮やかになる、お前は俺が出会った中でトップクラスのレア度を持っているようだ(ただし他にもいるようだがな)」
「俺のスペシャルってレアなんだ」
龍は少し上機嫌になった。
「勝負だ! 一撃龍!」
膝を曲げ体勢を低くし、両腕を前に構え、銀次は戦闘体制に入った。
「なんだか面白そうなことやってますわね」
通りすがりの綺麗な真っ白なセーター、赤いロングスカートの上品な身なりをしているピカピカのカチューシャをつけている黒髪で長髪の女子がこのバトルを見るために足を止めた。
「俺は今まで暗い人生を歩んできた。今回もそのはずだった。なのに、初日からこんなことに巻き込まれるなんて……」
龍の心配をよそに闘いの火ぶたは切って落とされた。
しかし、初バトルの緊張のあまり、龍は全くと言っていいほど闘いの心構えができておらず、思わず後ろに引きさがってしまう。
「まあ自分のスペシャルを知らないってとこか、安心しろこの年のやつは知
らないのが大半、だからこそ戦闘経験のない新入生を狙ってるのだから
な!」
銀次は龍のみぞおちを狙って正拳を繰り出した。
「あぶね」
龍はかろうじて銀次の正拳を反射的にかわした。
「どうした! 避けるだけか! たいそうなスペシャルを持っていながらその程度か思った以上に歯ごたえがないぞ! 宝の持ち腐れだな!」
「こんなことになるんだったらバトラなんて目指すんじゃなかった……」
言いたい放題、やりたい放題だった。
なんて情けないんだ俺は……。
龍は早くも挫折しそうになった。
「あの男、案外大したことないですわね」
龍のふがいなさに、せっかく足を止め物見していた女子は思わず落胆してしまった。
「もう飽きた終わりにするぞ、アナグラ!」
先ほどのように穴を開き、地中に潜る銀次、龍は完全に銀次の姿を見失ってしまう。
「どこにいった?」
「ここだ!」
龍の真後ろに穴が開いた。
すぐに穴から銀次が出てきた。銀次は瞬時に龍の足を蹴りバランスを崩させ、倒れた龍の股間の上に乗って馬乗りの体勢になる。
「終わりだ!」
「やらせない! 俺は負けない!!」
確かにトラブルに巻き込まれるのは嫌だ。でも、負けるのはもっと嫌だ!
すると、龍の左腕が光った……。
紅色に輝く火の衣のが龍の左腕を包んだ。
「これは……父さん……!?」
その火の衣は、懐かしき父さんの匂いがした。その火の衣は、あの日の父さんの温もりがした。
龍は直感した。
父さんが守ってくれた……!!
そうか……!
俺は今まで何を考えていたんだ!?
龍は、いなくなってから今までに抱いていた父親に対する感情を後悔した。
今まで、ゴメンね。父さん。嫌いになったりして。
確かに急にいなくなった時は恨んだよ。憎んだりもした。
でも、父さんのことだから何か事情があったんじゃないかな?
今は違うよ父さん。
「それがお前のスペシャルか!?」
大好きだよ……父さん……!!
龍は火の纏った腕で身体の上に乗った銀次を振り払った。
「熱ぅ!」
銀次はあまりのあつさに馬乗りを止め、膝をつき、龍から離れた。
ありがとう!父さん!!
龍は、紅色に輝く左腕を見ながら、父に感謝をした。
「来たか……」
銀次は後ろを横目でちらっと見た。
龍の背後から謎の二人組が近付き、龍の両腕をガシっと掴んだ。




