第十三伝「転法と十字守」
第十三伝です。アリサとの特訓はいよいよ本格化します。四人は強くなれることができたのでしょうか?それではどうぞ。
「君らしい慎重な選択だね。個人戦は二人のコンビ戦が最初、次に一人の個人戦が二戦あります、よろしくお願いします」
ナーガは丁寧な口調でこの場を締めた。
すると、今まで黙っていた太郎が口を開いた。
「最後にこのバッジをお付けください。このバッジが交流戦出場者の証となります」
太郎は四つの何の変哲もないバッジを胸元のポケットから取り出した。それを、龍、進、凛、剛の目の前においた。
少し怪しく感じたが、太郎の言葉に妙に納得した4人はバッジを胸元につけた。
「そろそろ帰りましょうか」
「そうですね、失礼しました」
ナーガチームの四人は席を立ち始めた。
ナーガがすっと進の方を向いた。そして、進に向かってこう伝えた。
「進君、最後の大将戦はリーダー同士っていう決まりだからよろしく♪」
「お前と戦えるのはありがたいことだ」
次は負けられない!
逆境の状況が、進を奮い立たせた。
ナーガ達は応接室を後にした。先ほどまで応接室を支配していた、張り詰めた空気が、一気に緩んだ。
「ナーガ君、なぜあんな嘘を?」
太郎はナーガの発言に引っかかっていた。
大将戦はリーダー同士なんて決まりなんて聞いたことない。戦校の内情を知り尽くしている太郎にはナーガの嘘は見え見えだった。
「今度こそあいつを潰すためだよ」
「さすが、性格が悪いですね」
「君こそあのバッジ、交流戦出場者の証なんてないのにどういうつもりだい? どうせ、発信器かなんかついてるんでしょ?」
「さすが、ここまでばれると気味が悪い」
進チームの行動は早い。ナーガ達との対面があったその日の放課後から、アリサの特訓は始まった。
場所は昨日と同様、実戦場だ。
「さあ今日も気合入れてやるよー★」
アリサはメンバーを鼓舞するために、必要以上な大きい声で言った。朝のナーガチームとの対面。彼らに怖気付いてはいないだろうか。
アリサにはそんな不安があった。しかし、それは杞憂だった。
皆はやる気に満ち満ちとした眼でこちらを向いていた。
皆の想いは一つしかなかった。
ナーガチームに絶対に勝つ!!
「ししょー、今日は何やるんすか?」
特に剛の気合いは尋常ではなかった。両手をこれでもかというくらいブンブンと回している。
確かに、気合いがあるのはいいことだけど、気合いと油断は違う。
アリサはそう感じ、とりあえずこう釘を刺しておいた。
「あなたたちも今日ナーガチームと対面したから分かると思うけど彼らは強い!
「それは分かっている、でも勝たなければならない」
その忠告すらも杞憂だった。
彼らは分かっていた。ナーガチームの強さを。分かっていたうえで、勝ちを欲している。
彼らなら勝てる……!!
アリサはそう確信した。
「よろしい。まずは、根本的な身体能力の向上をしてもらう。そのためには歩法・転法を交流戦までに修得してもらうよ」
転法。聞き慣れない単語だった。
「なんすか? その転法って?」
剛はアリサの顔をまじまじと見ながら聞いた。師匠から発せられた言葉はすべて吸収する。これが、弟子の使命と剛は思っているからだ。
「進君、私にブーメラン投げてもらっていい?」
「分かった」
進はアリサから5mほどの間隔をあけ、言われたとおりにブーメランを投げる。スピードは通常より少し遅い程度。しかし、襲撃するには十分なスピードだ。
ブーメランがアリサを捉える瞬間、アリサは姿を消した。
そして、アリサは何事もなかったように消えた地点から1mほど離れた場所に姿を現した。
「これが闘士の基本的な回避法・転法だよ」
アリサが得意とする技だった。
どんなに強い技であろうと、当たらなければ意味がない。
これなら勝てる!
四人は自信が湧いてきた。
「どういう仕組みなんですか?」
龍はアリサの動きを目視することができなかった。だから、龍はアリサに質問した。
「いたって単純、脚に力を溜め避けたい方向に飛ぶ」
単純とはよく言ったものだ。動きが早すぎる。高度な技というのが一瞬で分かった。
果たしてこんな技を戦校に入ってたった数ヶ月の俺たちが短期間で習得できるものなのか?
さっきまでの自信とは一転、龍に不安という雪崩が降り注いだ。
「相手の攻撃は防ぐのもアリだけど当たらないのが一番、転法を修得すればそう簡単に相手の攻撃は当たらず戦いを有利に出来るよ★」
それはそうなんだが、そんな簡単に習得できるものなのか?
でも、先生は自信満々に話している。やってみるしかないか。
龍は習得を試みることにした。
「まずは、飛びながらランニングだよ。私と同じ歩幅でついてきて。コツは脚を離す瞬間に力いっぱい入れることを意識して」
「はい!」
アリサは軽快なランニングを始めた。四人もそれについていく。まるで、部活の準備運動のようだ。
アリサは足裏に力を入れ始めた。徐々に歩幅が大きくなる。それにつれ、スピードも速くなる。
「早すぎてついていけませんわ」
凛が愚痴をもらすのも無理もなかった。四人はアリサに全くついていけない。アリサの歩幅が尋常ではなく、まさに飛びながら走るということを体現している。
「慣れた」
しかし、天才には関係なかった。持ち前のセンスと運動神経。進は早くもコツをつかんだ。
「負けるかあああ!」
進には負けてくなかった。実力差をまざまざと見せつけられた進との闘い。完敗だった。だが、何か一つでも勝ちたい……せめて、師匠直伝の技で負けたくはない……。
その気持ちが剛を奮い立たせた。爆走だった。フォームはむちゃくちゃだが、がむしゃらにアリサについて行った。
「剛君それはただの”ダッシュ”だよ!」
アリサの言う通りそれはダッシュでしかなかった。
「しまったあああ!」
「体力勝負は女の子に不利ですわ」
文句をたれながらもアリサを見よう見まねして着実にきれいなステップを体現していた。スピードが速いが荒っぽい剛とは対照的に、スピードは遅いもののフォーム自体は転法のそれに近い。
やばい、まったく分からない……。
全員が全員順調にステップアップする。それが、理想。しかし、理想と現実が必ずしもリンクしているとは限らない。
龍だけはただのランニングになってしまい、まるでできる気配を感じることができなかった。
「スピードあげるよ!」
「待ってました!」
「そうこなくてはな」
おいおい……俺だけ置いてけぼりかよ……。
龍は昔の嫌な記憶を思い出した。
周りの人たちが自分には何も言わず自分の知らない遊びをしている、あの時の嫌な記憶が。
そんな龍の不安をよそに、凛、剛、進の三人はみるみる上達していく。
実戦場を周回し続けて15分がたった。
「よしっ、そろそろ休憩」
「疲れたああ!」
剛は休憩の合図と同時にへたり込んでしまった。それほど、この特訓は厳しいものだった。
「もうへばったか?」
一方で、進は息一つ乱すことなく悠々と闊歩している。剛に挑発的な言葉を投げつける余裕があるほどだ。
「なにをー!」
悔しい……!進だけには負けたくねえ……!!
その対抗心が剛を掻き立てる。
「元気ですわね二人とも」
凛はそんな二人の口げんかをほほえましく鑑賞していた。
私も頑張らないと。
「くそーー!」
龍はこの練習に全くと言っていいほどついていくことができなかった。
このままでは交流戦でみんなの足を引っ張ってしまう……そうなったら。また俺のもとからみんながいなくなってしまう……。
どうすればいい……?
「龍、お前大丈夫か? 全然だめだったみたいだけど?」
剛は気を利かせて龍に話しかけた。しかし、今の龍にとってそれは嫌味でしかなかった。
「見損なった、所詮劣等者だな。交流戦足引っ張るなよ」
進は対照的に全くオブラートに包まずに冷徹に言った。
うるさい……うるさい……そんなこと他人から言われなくても俺が一番分かっている……!!
龍は抑えきれない衝動をグッと我慢して、何の発言もすることはなかった。
「しょうがないよ龍君、人には得手不得手があるもの」
アリサのフォローで龍の精神は和らいだ。さすが教師。生徒の心をつかむのがうまい。
「すみません」
「でも、これ修得しないと厳しいよ」
「はあ」
このアリサの言葉は龍の心に結構堪えた。
まずい……まずい……。
焦りが徐々に龍の体を侵食していった。
「とりあえずこれで転法が出来る土台作りは整ったね」
「ししょー、これで修得じゃないんすか?」
すっかり習得した気分になっていた剛は、アリサの言葉に違和感を持った。
「甘い! 問題は実戦で出来るかどうかが大事である!」
「はいっ! 自分は未熟者でした!」
「これからあなたたちには私の本気の蹴りを転法で避けてもらう。もちろん避けないと当たるからね」
あの蹴りを本気で?
もろに当たったら無事では済まないぞ……。
全員の体に戦慄が走った。この時全員が同時に思った。これは”ガチ”なんだ。
「まずはリーダーの進君からお手本を見せてもらおうかな」
「りょーかいした」
最初に指名されたのは進だった。進はアリサと一直線の向きになりようにして立った。
「行くよ」
アリサは助走をつけるために距離をとった。アリサは足を地面に踏み込む。アリサの足はしっかりと地面の砂を捉えた。ググッという力強い音があたりの緊張感を高める。
その瞬間、目にも留まらぬスピードで強烈なドロップキックをお見舞いする。
「速い! 反応できねえっ!」
直撃だった。
進でさえも反応できるスピードではなかった。アリサの足底は進の腹を確実に捉えた。進は数mほど吹き飛ばされた。
アリサの言葉に嘘偽りはなかった。本気だった。敵を狩る時の蹴りだ。
ちょっとは手加減しろよ……。
進がこう思ったうのも無理もないほどのスピードだった。
「次っ! 剛君!」
鬼のような眼であった。
そこには、あのアリサの生徒を見守り穏やかな眼はどこにもなかった。その眼は、一人のバトラの眼であった。
アリサは剛を指名した。
「は、はい……」
剛の心臓は破裂寸前だった。
あの進ですら反応できないほどの殺人キックをこれから喰らうのだ。正気で居られるわけがなかった。
師匠にいい格好をしたい。そんな気持ちが剛を死地に赴かせた。
しかし、体は正直だ。剛の全身は遭難者のように震えていた。
アリサはそれを見て大きく頷いた。
「その恐怖感が大事なんだよ。避けないと痛みが伴うという恐怖で転法が完成する。だから、あえてスピードを殺さなかった」
アリサにとっても酷だった。可愛い生徒を傷つけたくはなかった。でも、交流戦をなんとしてもみんなに勝たせてあげたい。その一心で、アリサは心を鬼にした。
「お願いします!」
剛はしっかりと師匠の気持ちを受け取った。
「行くよ」
しかし、避けれるはずがなかった。
「ギャアアア!」
こうしてアリサによる恐怖の転法特訓が始まった。
「今日の特訓はこれで終わり。ここで、あなたたちに宿題を与えます!」
アリサは特訓の成果を定着させるために四人に宿題を与えた。
「宿題って言葉嫌いっす!」
剛は無類の勉強嫌い。宿題なんでもってのほかだった。
「宿題といっても大したことじゃないから。交流戦まで移動するときは転法で移動することにしてもらいます★」
「嫌ですわ」
凛はアリサの宿題を強く否定した。公然の面前で奇妙な歩法を披露するなんて、そんな恥ずかしめを受けるのはなんとしても阻止したかった。
「ナーガチームに勝ちたくないの?」
それは勿論勝ちたい。でも、恥ずかしいことはしたくない。えーと……。
葛藤している凛に、進がとどめの一言を放った。
「凛、俺は勝ちたい」
「進様が勝ちたいというのであれば喜んで宿題を遂行しますわ!」
大好きな進の望みとあらば、凛の恥じらいなど遥か彼方に消え去ってしまった。
進は明らかに凛の扱い方がうまくなっていた。
「よっしゃー、みんなで校門まで競争だー!」
「フン、いいだろう」
「望むところですわ」
剛・進・凛の三人の姿が夕暮れに消えてしまった。転法を早くも習得しかかっている3人の背中は踊っているように見えた。
龍はその背中を一人寂しく見つめながら立ちすくんでいた。
「どうしたの龍君?」
アリサが気分が沈み込んでしまっている龍に問いかけた。
情けなかった。自分の無力さを呪いたい。いつもの俺なら容易に挫折しただろう。
でも、今は違う。仲間がいる。一緒に闘う仲間が。迷惑はかけたくない。
龍は勇気を振り絞りアリサに懇願した。
「俺は転法が出来ない。だから、転法にとって代わる術を教えてください! お願いします!」
「龍君、あなたはずいぶん変わった。私は入学当初からあなたを見ていた。他の生徒が笑顔で他の生徒達と話しているなか、あなただけはそんな生徒達を蔑んだ眼で見ていた。いやでも、私の目を引いた。でも、あの3人と出会ってあなたの眼は徐々に変わっていった」
「その通りです。僕はみんなと出会えて変わることができた。だから、これ以上みんなに迷惑はかけたくないんです!」
「本当は否が応でも転法を身につけてもらいたいんだけど時間がないし、折角私に頼んできてくれたんだから特別に転法にとって代わる教えてあげるね」
「ありがとうございます!」
「十字守て知ってる?」
「十字守?」
アリサは左腕を横に右腕を縦にさせて十の字になるようにして胸の前に構えた。
「これは転法みたいな回避術とは違って攻撃をただただ受け止める防御術。だから少なからず相手の攻撃には当たってしまうから転法よりもリスクは高い。もっとも、私の場合転法する余裕がない時にかろうじて使う応急処置みたいなもんだけど、それでもやる?」
「もう時間がありません。やります! やらせてください!」
「この十字守が普通の受けと違う所は腕を2重に重ねることにより生じる防御力の高さ。ただし、防御範囲が狭まるのが欠点。ポイントは、腕と腕が重なっている一番防御力の高い部分に相手の攻撃を受けること」
「とりあえず、普通の防御より強いということですね?」
「意外と頭は堅い方なんだね……早速、十字に構えてみて」
「はい!」
構えること自体はとても簡単なことだった。
転法はダメだったけどこれならいける!
龍は久しぶりに活き活きとした表情を見せながら、アリサが先ほどやったものと同じ構えをして見せた。
「最初は防御力が一番高い部分に蹴りこむからしっかり防御してね」
百の理屈より一の実戦がモットーのアリサはいきなり龍の腕と腕の重なっている部分に自慢の脚を蹴りこんだ。
「グッ……あれ、あんまり痛くないぞ」
ある程度の痛みは覚悟していた。でも、予想よりずっと少ない痛みで済んだ。
これなら本当にいけるぞ!
先ほどまでの龍の不安いっぱいだった眼は喉がからからの時にジュースを飲んだように生き返った。
「どう、結構使えるでしょ?」
「す、すごい……」
「でも、今のは一番痛くない部分に私がちょうど蹴りこんだから、実戦では自分からそのスポットに近づかないとだめ。ということで次はランダムに蹴りこむから腕が重なっている部分に自分から近づく練習いくよ!」
基礎が終わったら次は応用。アリサは軽やかなフットワークを見せつつ徐々に龍との間合いを詰めていく。
どこに来る?腰か!
頭では反応出来た。しかし、体まで伝達する事が出来なかった。龍の無防備な腰に当たってしまった。
難しい……。
さすがにそんな簡単に身につけられる代物ではなかった。
でも、やるしかない!みんなに追いつくために!交流戦で勝つために……!
「難しいでしょ? 諦める?」
「いや、やります!」
「よく見て! 相手の動きを!」
「はい!」
こうしてアリサによる個別特訓は夜遅くまで続いたのであった。
暗がりの実戦場。その木々の隙間から龍とアリサの特訓を覗き込む光。キャップライトでその様子を怪しげに見つめている物陰で日向太郎であった。
「発信器をたどってみたら妙なことをやってますね。転法の特訓ですか。くすくす」
交流戦まであと5日。




