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DORAGON BATORA ―ドラゴンバトラ―  作者: 紫風 剣新
一年編
11/67

第十伝「幻想の世界」

第十伝です。いよいよ新シリーズ交流戦編スタートです。ところでみなさん現実逃避したことありますか?僕はしょっちゅうです。

 俺は敗北を知らない。

 雷連進は記憶があるその時から、そのたぐいまれなる才能で負けたことがなかった。

 進は気になっていた。

 銀次が朝言っていた邪化射ナーガという新たなる存在を。銀次の話し方から察するに、自分の不敗神話を脅かすような存在であった。いや、負けるはずはない。負けるビジョンが思い浮かばない進にとって見ればそんな不安は杞憂であった。

 進は吸い寄せられるかのようにある場所に来てしまっていた。道から外れた、背の高い木々が立ち並ぶ草原。

 かつて、銀次や剛、龍と闘った地だ。

 寒気がした。全身の毛をつままれているような、そんな錯覚に突然進は陥った。進は感じた。自分の脅威となる存在が近くにいると。

「会いたかったよ雷連進君♪」

 自分の名を話す声がした。

 その声は陽気ながら、裏には計り知れない狂気がありありと伝わってきた。立っていたのは古の怪盗を思わせるような真っ黒いマントと黒い眼帯を装着した男と女。

 邪化射ナーガ、そしてナーガの隣にいる同じ格好をしている女とは、眼鏡こそかけていないので感じは若干違っていたものの、黒マントでオカルトちっくな雰囲気が一層増した、昼休みに凛が美術室で出会った女子生徒、ナギであった。

「このようなやつ、お兄様の手を汚さなくとも私が」

 ナギとナーガは実の兄妹。

 ナギは兄をこの上なく尊敬している。その慕い方は周囲から見れば異常だ。

 進にとって見ればこの上ない屈辱だった。自分と同じか、それ以下に見える年の小娘に”こんなやつ”呼ばわりされたのだから。

「いいんだよナギ」

 ナーガを取り巻いていた狂気の黒目がふっと影を潜めた。その目は妹を心配する兄そのものだった。

「はい」

 この強さと優しさを併せ持つところがナギが兄を尊敬する理由だ。ナギは、兄の指示に従い一歩退いた。

「お前が邪化射ナーガか?」

 進は容易に気づくことができた。銀次が朝言っていた邪化射ナーガが、目の前にいる男だってことを。進はナーガをギロっとにらみを利かせながら問いただした。

「僕のこと知ってるんだー♪ やっぱ僕って有名人だね♪」

 ナーガは進の威嚇に全く物怖じをしなかった。まずは、精神的に揺さぶりをかけようとした進だったが、独特なリズムのある陽気的な喋り方で、逆に進の精神が揺らいでしまった。

「天才ともてはやされているみたいだが、俺の敵ではない」

 自分が今まで対峙していた敵の中で明らかに常軌を逸しているということは肌で感じとった。ただ、自分は敗北を知らない。自分の敵などあったことがない。この発言は、そんな進の自信の表れだった。

「イヤミな性格してるね君♪ 後で後悔するから」

 ナーガは今日に声のトーンを下げた。

 その時だった。

 ゾクッと進の全身という全身から鳥肌が、先生に号令をかけられた生徒のように一斉に立った。

 体は黄色信号を発していた。でも、頭がそれを許さない。退くという行為は山の頂上よりも高いプライドが許さなかった。

 只者ではないことははっきりとわかった。進は背に担いであるブーメランを手に取り、戦闘態勢に入った。ナーガにこれまで以上に神経をとがらせながら。


「今日、君に会いに来たのは手合わせしてほしいからなんだ♪ いいよね?」

 ナーガが悠長に話していた瞬間、ズガガガという音とともに、ナーガの上空からブーメランという雨が降り注いだ。

「天才とは言ってはいたものの所詮は戦校の一生徒、あまりにもあっけない」

 先手必勝。これが、進の不敗神話を支える原動力だ。

 進は、ブーメランを手に取った瞬間に、恐るべき早業でブーメランを上空に放っていたのだ。

「いつの間に……さすがに雷連進。少しはやるみたい、でも……」

 兄が倒されたと言うのに妹のナギはやけに落ち着いていた。

 進は腑に落ちなかった。あっさりとやられすぎだ。

「やったかな?」

 その不安が現実のものとなった。確実に背後から耳元で囁かれた。進は反射的に背後を振り返った。

 ナーガが傷一つなく立っていた。

 おかしい。確かに当たった感触はあった。でも、やつは無傷のまま立っている。

 どういうことなんだよ……!?

 今まで正常に流れていた進の脳にある血液が、新幹線のようにとんでもないスピードで流れた。混乱していた。こんな自分は見たことがない。進は客観的に自分の状態を感じた。

「自分の眼で見たことがすべて事実とは限らないんだよ♪」

 ナーガは悠長に話を続けた。ブーメランの下敷きになっているはずの男がだ。でも、本物だ。明らかに手応えのあった進はさらに混乱の一途をたどった。

 ありえない。

 俺は負けることを知らない、それどころか追い詰められたことすらない。常に心のどこかに余裕を置いていた。

 だが、今の自分はどうだ?余裕が置き去りになっている。俺は追い詰められている。それも同世代のやつにだ。

 ありえない……ありえない……!!

「次はこっちから行くよ♪」

 まともではいられない進とは対照的に、ナーガは自分のリズムを淡々と守っている。余裕だった。心の隙など微塵も感じられない。

 ナーガは今まで不自然に拳の形を作っていた右の手を開いた。


 眼だった。

 ナーガの手のひらにはまるで異世界に吸い込むかのような禍々しいうずまき模様の青と黒の眼が刻まれていた。

 やばい……。

 進は生まれて初めて恐怖を覚えた。いや、今までも幾多の恐怖を味わってきたが、これほどの恐怖は初めてだ。全身の関節が撮れるようなそんな感覚だった。

 進は敵に初めてひざまずいた。ひざまずく行為は忠誠の表し。敵にそのような行為をするなど言語道断。プライドの高い進ならなおさらその行為は許されるべきものではなかった。

 でもひざまずいた。そうでもしないと我を失ってしまうからだ。

「準備おっけー♪」

 ナーガが不敵な笑みを浮かべたその瞬間。

「三眼幻想第一想”魔幻”!」

 呪文のようなものを唱えた。ナーガの右手の眼と合わせて三つの眼で進を凝視した。


 そこは、真っ暗な世界だった。

 先ほどまで視界を彩っていた鮮やかな草木、青々とした空、全てが進の視界から消えた。

 眼前に広がるのは真っ暗な無の世界。進は闇の世界に誘われてしまった。

 「なんだよ!? これは!?」

 叫ぶ。

 しかし、何も返ってこない。

 進の声は闇の世界にあっさりとかき消された。

「これが僕のスペシャルである”幻想”。幻覚の一種で相手の脳波を支配して普通ではありえないものを見せ、感じさせることが出来る。支配すればするほどリアリティーが増し、脳が現実と勘違いしてしまえばたとえ幻想の世界であっても”現実の世界”になってしまう。さっき君が倒したはずの僕が君の背後に立っていたのも幻想の一種、つまり君がブーメランで倒した僕は偽物。最初から幻想をかけ始めていたんだよ僕は。君に会ったときからね。弱点は幻想をかけている間は僕は何もできないこと。と、言っても何も聞こえないか。暗闇の世界にいる君にはね♪」

 ナーガは苦しそうに目を瞑り、地べたに座り込んでいる進に語りかけた。

 進に反応はない。ナーガによって創り出された闇の世界は外界を遮断する。


 まるで真夜中の街灯のない世界にいるかのような無の世界。

 何も見えない。何も感じることができない。進は絶望した。五感で何も感じることができない事実に。

 無の世界から音が聞こえた。進は久しぶりに五感で何かを感じることができた。安堵した。

 安堵したのもつかの間だった。今度は触覚が何かを感じ取った。それは、良いものではなかった。痛み。この感情が進の触覚から脳に伝わった。針に刺されたような強烈な痛みが進の脳を支配した。何に襲われたかわからない恐怖が進の痛みを助長させる。

 暗い、痛い、怖い、苦しい……!

 負の感情たちが進の脳に太鼓のように叩き続けた。

 今まで正常に保っていた進の精神は決壊した。


「お兄様の勝ち、幻想は破れない」

 ナギは確信した。この闘いは兄の完全勝利だということを。高らかな勝利宣言。だが、進には遠く届かない。

「だといいんだけどね♪」


 俺に敗北は許されない。

 進のこの高すぎるプライドが奇跡を呼んだ。進の脳はフル回転した。過去の知識、今までの経験、自分が置かれている現在の状況、それらを総動員させた。

 そして、奇跡的にある結論を導き出した。

「幻覚!」

 見破った。この絶望的な状況をプライドというただ一つの武器だけで回避して見せた。

 幻覚だと見破った途端、ぐちゅぐちゅに入り乱れていた脳の血液の流れが、正常な流れに戻った。

 それに呼応するように、進の視界が晴れていき、久しぶりに光を捉えた。

 草木や空の鮮やかな色彩が進の帰りを歓迎した。元の世界に戻ってきた。

「おめでとう♪ こんなに早く破られたのは初めてだよ♪ でも、傷だらけだから相当効いたみたいだね♪」

 進の視界は久しぶりに宿敵を捉えた。その宿敵の表情は、自分の技が攻略されたのにもかかわらず、動揺するそぶりを全く見せずに穏やかだった。

「ゲスいことをしやがる」

「褒め言葉として取っておくよ」

 ナーガの手が巨大化しした。腹を簡単に掴むようなそんなサイズだ。またしても、進の目はありえない光景を映し出す。そう言ってナーガは手を伸ばす。

「これは幻想かな、現実かな?」

 進は頭では分かっていた。幻想だということを。しかし、闘いとは常に最悪の想定をして行動しなければいけない。それにスペシャルを持つ闘士同士の闘い。ありえないことが起こるのは日常茶飯事。ナーガに手を巨大化させるスペシャルが無いことを証明することができない。

 進に脳は一瞬迷った。

「迷った時点で終わりだよ♪」

「グハッ!」

 進は大ダメージを受け、倒れこんだ。立ち上がれないほどに。ナーガの手をもう一度見た。何も変化はない。やはり、幻想だった。

 進はこの時初めて敗北を知った。それも完全敗北という形で。進の辞書に敗北という文字が見開き1ページを使って大きく、深く刻まれた。


「魔幻だけではなく第二想”手幻”までも使うなんて……」

 ナギは心配した。この手の相手にナーガが二つも技を披露したことが一度もなかったからだ。

「流れが変わりかけたからね、一気にたたみかけないと♪」

 ナーガは黒いマントに付着した塵を払いながら、息一つ乱さずに言った。

「クソっ!」

 ”負ける”ってこんなに悔しいものなのか。

 もう一度言う。進は今まで敗北を知らなかった。進は初めて自分の弱さに腹が立った。

 今まで自分の強さに満足していた進は、初めて強くなることを決意した。こんな屈辱は二度と味わいたくはない!

 

「まだ意識があるの? しつこいね♪」

「私が止め刺す」

「よろしく♪」

 待ってはくれなかった。

 ナギがマンモスの牙のような奇妙な武具を片手にこつこつと進のもとに踏みよってきた。

 こいつらは、強くなる隙すら与えてくれないのか。

 抵抗したいが、体が動かない。

 進は目を閉じた。


「そうはさせるか!」

 静寂を決め込んだ戦場に怒りに満ちた声が響き渡たった。背の高い木々たちが、驚いたみたいに左右に揺れた。

 特徴的な赤と黒の髪をして、ピカピカの大剣を背中に担いだ青年が進の目の前に颯爽と現れた。

「一撃龍、なんでお前が……?」

 進が驚くのも無理もなかった。あの臆病な龍が自分をかばいながら堂々とこの危険な戦場に参戦したのだから。

「早く逃げろ! あいつはヤバい!」

 龍は明らかに冷静さを欠いていた。

 龍は目を疑っていた。自分の中での最強のライバルがこうも簡単にやられている状況に。

 そして、龍は同時に感じた。目の前にいる黒マントの二人組の恐ろしさを。

 不良にカツアゲされるようなシンプルな恐ろしさではない。奥底が見えない得体の知れない恐ろしさだ。

「なぜ俺を助けた?」

 進は龍の行動が理解できなかった。

 これは俺だけが叩きつけられた挑戦状。あいつにとってこの闘いは無関係な闘いだ。当然、リスクもある。

「仲間がやられてるのに素通りなんてできるかよ!」

 仲間……?仲間とはなんだ?

 進は龍の言葉を完全には理解できなかった。でも、その言葉は進の胸に確かに突き刺さった。

「それに早くこの剣を使ってみたかった」

 龍は担いでいた鳳凰剣を構えた。初めての実践。鳳凰剣の興奮が龍の肌に伝わってきた。

 これならやれるかも……。

 今まで龍が使ってきた量産型の武具では龍の炎に耐久できなかった。でも、これなら耐久できるはずだ。

 龍は鳳凰剣に炎を灯した。

 すると、鳳凰剣からキュイイイインというモーター音のようなものすごい音がした。そして、鳳凰剣はそれにこたえるかのごとく、けたたましい音をあげながら炎がボヤのような勢いで燃え上がった。

「凄い……普通の武器ならこの火力に耐えられないのに、この剣は耐えるどころか炎に反応し共鳴している! これならやれる!」

 俺の力と鳳凰剣の力が共鳴している。

 かつてない自信が龍からわきあがってくる。

「どうやら進君以上に面白い奴を見つけちゃったようだね♪ 今回は退くよ、僕は邪化射ナーガもう一度会えるといいね♪」

 ナーガはそう言い残してナギと共にこの場から風のように立ち去ってしまった。

「ハ-ハ-……」

 進が苦しそうに肩で息している。

 龍は進のこんな姿を正直見たくはなかった。龍はあの一件以来決めていた。

 ライバルになると……!

 ライバルが自分以外の相手に倒されるところは見たくはなかった。

「大丈夫か?」

「なんとかな……」

 こうして、嵐のような闘いが過ぎ去った。

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