第九伝「接触」
第九伝です。そんな大したことは無いんですが一応新シリーズということで引き続き応援お願いします。
一寸先は闇。闇の世界から逃れることはできない。
龍達が戦校に入学して早くも数カ月がたったある日。
桜田銀次。この男は戦校にも通わずまるで闇のように暗い真夜中を彷徨っていた。
銀次は目の前に人の気を感じた。その感覚は正しかった。確かに人が立っていた。二人だった。
その人達の全身を覆っていた真っ黒いマントが闇と同化して目視するのが遅れた。
「久しぶりだね銀次君♪」
陽気な声。
でも銀次はその奥に隠しきれないほどの狂気を感じた。
真っ黒いマントに真っ黒い眼帯。それも二人。夜のせいか顔ははっきりとは分からないものの怪しいとしかいいようがない風貌だった。
銀次はこの二人組に心当たりがあった。いや確かに記憶の中にこの二人組の存在があった。
「邪化射ナーガ!」
「覚えてくれて光栄だよ♪ まあ当然だよね、君のほうから勝負を仕掛けたんだから♪」
二人組のうちの一人が銀次に近づいてきた。男だった。その男の名は邪化射ナーガというようだ。
眼帯で片方の目が隠れているものの、片方の目はしっかり見て取れた。吸い込まれそうな大きな黒い眼球だった。人を何人も平気で殺してきたような狂気の眼だった。銀次に邪化射ナーガと呼ばれた男は独特のリズムで話を進めるが、その男から恐怖のオーラが漂う。
「忘れるもんかよ! あの時の恐怖をっ!!」
ちょうど昨年の今頃だった。銀次は進同等のレア度を誇るスペシャルを持っていたナーガに闘いを挑んだ。結果は火を見るよりも明らかだった。完敗だった。その時にナーガによって植え付けられた恐怖は相当なものだった。
「僕は君に用があるわけではなくて雷連進君に用があるんだよね~♪ 居場所知らないかい?」
ナーガはそう問いながら一歩一歩銀次に近づいた。銀次はあの時の恐怖が蘇り、硬直していた。
「知らねーよ! なぜあいつに用があるんだ?」
銀次にもプライドはあった。恐怖を必死で押しのけあえて強気な態度をとった。
「最近二年の間で噂なんだよね。天才の一年が現れたって、でもいらないんだよね、天才は2年連続も。だから、早めに潰そうと思って♪」
ナーガは大きな黒目をパックリ開いた。
その時、ナーガの中に鎮まっていた狂気という魔物が放出された。
それこそがこの邪化射ナーガという男が恐れられる理由だった。
「確かに十年に一度と言われた天才だもんなお前は」
「知らないならいいや、今度ゆっくり探そう♪ じゃあね銀次君♪」
ナーガはそう言い残しもう一人を引き連れ闇の中に消えていった。銀次の足の震えはなかなか止まらなかった。
「(まずいぞ、いくら進でもあいつ相手では……それに剛さんやあいつらにも……)」
☆ ☆ ☆
その日の翌日。
教室にはすっかり仲間意識が芽生えた龍、進、凛、剛の四人が仲良く談笑をしていた。微笑ましい光景だった。
そこに、珍しく銀次が教室に入ってきた。
昨日の一件からかいつものような覇気が全くなかった。
でも、銀次は”奴”の存在を龍達に伝える使命のために億劫な気持ちを押し殺してここにやってきた。
「おう銀次、久しぶりだなあ!」
剛は嬉しかった。銀次は数少ない自分を慕う存在。久しぶりの登校を歓迎した。
「お久しぶりです剛さん」
生気の抜けたような声。やはり元気はなかった。
「お前は特別なことがない限りここには来ない。何があった?」
ここでも龍の鋭い勘は冴えわたった。銀次の身に何かが起こったことを鋭く察知した。
「一つ上の学年に邪化射ナーガという男がいてな」
「天才だっけか?」
進は聞き逃していなかった。銀次が自分との戦闘中にポロっと言った単語を。自分と同等かそれより上を示唆するかのような言い方が気に食わずに、ずっと頭の片隅にその単語がこびりついていた。
「よく覚えているな、一度言っただけなのに」
「その名には気になっていてな、でそいつがなんなんだ?」
「そいつがお前を狙っている、くれぐれも気をつけろ」
「あっちから出向いてくれるとは好都合だ、天才と言われている男の実力をこの目で見ておきたかったからな。俺の相手ではないだろうが」
「やめておけ、お前の強さは分かっているがそれでもあいつ相手では分が悪い」
銀次は当然知っている。進の強さを。その身で味わったからだ。銀次はそれを考慮してもナーガ相手では分が悪いと判断した。ナーガはそれほどの強さなのだ。
「ふん、俺の強さはあんなものではない」
さすがはプライドが人一倍高い進。そんな忠告で素直に”うん”と言うはずがなかった。むしろ逆効果だった。
「好きにしろ、剛さんも気をつけてください」
「おーう」
銀次は授業前にも関わらず帰ってしまった。
しばらくして『時間です、時間です、着席してください』フクロウが授業開始を告げた。
授業が終わり昼休み。龍は戦校の中にある食堂に向かう。
食堂は生徒全員が座れるくらい広い。それでも大半の席が埋まっていた。
教室以上に騒々しい。
昔の龍にとっては耳障りでしかなかっただろう。
でも、今は少し変わった。
仲間と机を囲んでわいわい、がやがやする楽しさを知った今の龍にとってみればこの騒々しさは仕方ないことだと思えた。
食堂はバイキング形式で肉や魚といった主食をはじめ野菜、デザート、そしてこのダイバーシティの郷土料理なんてのも大皿にタップリと置いてある。
龍は魚や野菜には目もくれず大好物のこの国の郷土料理である”シルット”と呼ばれるタコ焼のように粉を丸く焼いて中に”ウラル”というこの国に生息する独特な食感がする動物の一部を入れた料理を皿いっぱいに取りまくる。
「好きなものを好きなだけ食べる。こんな幸せなことが他にありますかっと♪」
鼻息混じりで食材を眺める龍。龍にとって昼食こそ最も幸せな時間だ。
「よしラッキー、ラスト一つ残ってた」
シルットが残り一つだけ残っていた。独り占めするのは申し訳ないと思いつつも食欲には勝てなかった。龍はラス1のシルットめがけて箸を伸ばした。
箸と箸がぶつかった。食べ物を取り合うライバルが出現した。これは俺のものだ。他人には譲れない。
と思っていたが、人は急には変われない。昔よりは解消されたものの、まだまだ人には恐怖心を覚えている。トラブルになる前にさっさと譲ってしまおう。
龍は恐る恐る箸の持ち主を横目で見た。
まず、黄色い鉢巻が目に飛び込んだ。髪は水色で短髪の男。希望に満ちたように目がキラッキラしている。今時流行らないタンクトップを着て、無防備な腕には剛ほどではないものの中々の筋肉が付着していた。
「このシルットを食べないと強くなれないっす。譲ってくださいっす」
しゃべり方も口調も暑苦しい。
はっきり言って龍の苦手なタイプだった。
ちゃっちゃと譲って何処かに行ってしまおう。
「ど、どうぞ」
龍はシルットが大量に入った皿を持ってそそくさと離れようとした。
「というかなんなんすかその皿は! シルットばっかじゃないっすか! そんな偏った食事じゃ闘士になんてなれないっすよ!」
いちいちうるさい。だいたい、どんな食事をしようがその人の勝手だろ。
龍の嫌いな人リストにこの鉢巻男が早々に加わった。
「別にいいじゃないですか、何食べても。そのためのバイキングなんですから!」
やばい。いらっときたからつい初対面の怒ってしまった。逆鱗に触れたらどうしよう。
「よくないっすよ。ちなみに何年生っすか?」
「一年生ですけど」
「俺は二年だから先輩っすね、名前は水堂黄河っす」
「はあ、一撃龍です」
とりあえず悪い人ではなさそうなのでほっとした。でも、苦手な人であることに変わりはなかった。
「でも、面白い奴っすね君。シルットばっかりって。俺急いでるからそれではっす」
人のことばっかり棚にあげて自分はどうなんだ。
そう思った龍は黄河の皿を見た。そこには肉、魚、野菜、郷土料理とバランス良いメニューが色とりどりのっていた。一杯食わされた。
「(変な人だったな。それにしても朝銀次が言ってた邪化射ナーガ気になるな)」
龍はふと思い出した。銀次が朝行っていた”邪化射ナーガ”というワードを。
気になりながらも龍はバランスの悪い昼食を済ませた。
☆ ☆ ☆
薄暗い教室。
教室の中に漂う絵具のツーンとくる匂い。壁には生徒が描いたと思われる絵画の作品がずらっと並べられている。
美術室だ。
美術室でその絵画を見るのが凛の昼休みの過ごし方だ。
しかし、凛のほかにもう一人来客がいた。
小柄で真黒のショートヘアー。黒縁の眼鏡をかけて、見た目は地味目でオカルトチックな不思議な雰囲気を醸し出している。目だたなすぎて逆に目立ちそうな黒いセーターを着ていた。その女の子は感情が感じられないような暗い眼をしてパレットを膝に置き、キャンパスに絵を描いていた。
「こんにちは、絵を描いているのですの?」
普段来客が少ないからだろう。
凛が声を発した瞬間、ショートヘアーの女子生徒の背中がビクッとした。女の子は悪いことしたかのようにさっと自分が描いていたキャンパスを隠してしまった。
「なんで隠すのですの?」
その動作が逆に凛の好奇心をくすぐった。
凛は不思議そうに尋ねた。
「私の絵は気持ち悪いから……」
凛は首を伸ばして女子生徒が描いていた絵を見た。確かに気味の悪い絵だった。黒とか灰色とか暗色をやたらと使い、表現しようがないようなぐちゃぐちゃな絵だった。
「そんなことないですわよ。なにか魅力を感じますわ」
謙遜していると思ったが、本当に気味の悪い絵だったので凛は反応に困った。
とりあえずフォローしといた。
「ありがとう、私の絵を褒めてくれたのはお兄様以外初めて」
女子生徒の暗い眼が一瞬で晴れた。口元も緩み、表情が和らいだ。凛の一言が嬉しかったようだ。
「その絵はどういう絵ですの?」
「幻想の世界。人は誰しも現実から逃れたいと思うことがある。誰しも理想の世界、幻想の世界に行きたいと望む。でも幻想の世界も幸せではないの、真っ暗なの、怖いの、恐ろしいの。そんな世界の絵」
怖かった。意識を乗っ取られ第三者が言っているようなそんな口調だった。
「そうなのですわね。私は光間凛ですわ(不思議な子……)」
急に寒気を覚えた凛は美術室を後にしようとした。
「ナギ」
女の子の声だった。おそらくこの子の名前なのだろう。凛は安心した。自分の名を名乗るということは相手の警戒心を解くことができる。
「ナギちゃんって言うのですの、よろしくね」
「うん」
☆ ☆ ☆
誰しもが安息な昼休みを送れるわけではない。
特に鉄剛の昼休みは毎日が命がけだ。
校庭が騒がしかった。
特攻服を一丁前に着て、こん棒を持った不良集団が校庭を占拠していた。
「おーい! 鉄剛はどこだあ!」
この不良集団の狙いは鉄剛ただ一人。
剛は昔、不良集団のボス的存在だった。でも、今はご存じの通り戦校の一生徒。集団から急に離れた。
不良集団はそれが気に入らなかった。これは、裏切り行為だ。
剛は不良たちを敷地内から必死で追いだそうとする。剛の昼休みは騒々しい。
「なんだよ、いつもいつもうるせーな! 戦校に勝手に入ってくんじゃねーよ! 迷惑なんだよ!」
剛にとって見ればこの輩たちは用済みだ。邪魔な存在でしかなかった。
「てめーは俺達を裏切ったんだよ! その報復はきっちり受けてもらうぜ!」
確かに裏切った。でも、俺はまっとうに生きると決めたんだ!ほっといてくれ!
剛はそう心で叫び、拳を構えた。
「やれー!」
拳と肌がぶつかる痛々しい音が校庭内をこだました。
「君達!僕の戦校でなにをしてるんですか! いい加減にしなさい!」
聞き覚えの無い声がした。
仁義なき漢の闘いにはあまりにも不釣り合いな礼儀正しい声だった。
声の主が校庭内に颯爽と現れた。
その風貌はあまりにも弱弱しかった。
栄養が足りていないようなヒョロヒョロの体、病弱に見える真っ白い肌の男。ピカピカのレンズの丸眼鏡だけがその男の存在を主張していた。その男の肩には「生徒会長」と書かれたタスキがかけられていた。どうやらこの戦校の生徒会長らしい。
「ちっ、退けー!」
不良にとって生徒会長という存在は警察のような絶対的な存在。退散という道しか残っていなかった。
「まったく今度見つけたらこの戦校の4代目の生徒会長である日向太郎が許しませんからね」
眼鏡男は自慢げに話した。剛はその自慢げに話す口元がなんとなくむかついた。
「サンキューな、お前のおかげであいつらがいなくなってくれた」
とは思ったものの追い出してくれたことには感謝を示さないと。剛はさわやかな笑顔で礼を言った。
「サンキュー? 君がいるせいでこの戦校の風紀が悪くなっているんですよ、これが続くようだったらこの戦校から出てってもらいますからね!」
んだと!感謝した俺がバカみたいじゃないか!
剛の怒りは一気に沸点まで達した。
「俺が呼んだわけじゃねーんだよ! 向こうが勝手にだな!」
「口答えするんですか! 戦校生徒の長であるこの僕に向かって!」
「んなのしらねーよ! 一番強い奴が偉いんだよ!」
「君みたいな力だけのバカでは話で解決できませんね。あなたの処分について話し合いさせていただきます」
「んだと!? もう一変言ってみろ!」
校庭のど真ん中で口喧嘩をし始める元不良と戦校会長はあまりにも滑稽だった。
「午後の授業始まるよ! 早く教室に戻りなさい!」
騒ぎを聞きつけたアリサが校庭内に現れた。
「ししょー、すみません!」
まったく何をやっているんだか。アリサはため息をついて、教室に戻った。
剛と太郎は目も合わせず別々に教室に戻った。
「みんな、さよーなら★」
この日の授業が終わった。
放課後、進のもとに魔の手が襲いかかる……。




