第四話:三角関係!? 2
誰もいなくなった教室に戻って、しばらくなにも考えずにいた。
なにか考えたりしたら、自分のいまの立場がすごくあやふやで不安で怖くって。
廊下から、はしゃぐ男子の声とともに走り回る足音やボールのはずむ音が近づいてくる。
『ねえ、イオ、探していた人が見つかったのになぜ話し掛けないの。これからどうするの』
『さあ』
『さあって』
『まずレナの記憶が戻ってからかな』
『レナって一緒に来たっていう仲間?』
『ああ』
『記憶がないって……どの人がレナかわかってるってこと?』
ガラスの割れる音が響いた。
緩慢な動作でイスから立ち上がると廊下へ出た。
そこには、遠く階段を駆け下りる靴音だけを残して、すでにだれもいなかった。
床には割れた窓ガラスが散ばっている。
ほうきで掃き集めたガラスを、ちぎったマンガ本の上に乗せた。
窓枠に残っていたかけらを取ると指先に痛みが走った。
わたしもそのうち、地球人の九条先生みたいに乗っ取られちゃうのかな?
今も乗っ取られているのとあんまり変わらない気がするけど、イオがいいよどんだってこと
は、本当の九条先生はもうこの世には……。
いない。
人差し指にすっと伸びた切り傷が、血で赤い線に変わった。
なんだか、この赤い血が、まだ自分が人間であることの証であるような気がした。
ティッシュで傷口を押えると保健室へ向かった。
保健室のドアの窓からは明かりが漏れている。
窓越しに、九条先生と肩に包帯を巻いた上半身裸の男子の後姿が見える。
先生は男子の座っていたイスの背もたれに手を掛けると、彼の額にかかった髪をかき上げる。
中に入って絆創膏をもらうだけなのに、なぜかそれができない。
なんだか、見てはいけないシーンを見てしまったような気がしたから。
あの後姿は、広瀬先輩だ。
『レナ』
今のは先生のテレパシー、話してはいない。
『私を捜しに来てくれたのでしょ、レナ』
先生の手が先輩の頬に触れる。
『レナ』
「レナ?」
広瀬先輩の唇がかすかに動く。
『そう、あなたの名前。そして、私はアール』
「アール」
イオがいるせいか、人の考えが時々わかってしまう。
まして、テレパシーならなんの障害もなく聞こえてくる。
『レナは私の恋人』
いつの間にか力をこめて握っていた傷口が、ドクドクと早く波打ち始めたのを感じた。