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第二話:はた迷惑なあいつ 2

改訂といいましても、抜けていた文字を一文字足しただけです。

 教室の隅に置かれたゴミ箱は、いつものようにテトラパックや紙くずでいっぱいになり、その周辺には投げつけられたようにごみが散乱している。


 わたしは、もうこれ以上入らなくなったゴミ箱を、一度空にしてから掃除を始めた。


 掃除当番は、班ごとに交代でいろいろなところが回ってくる。


 でも、ほとんどの生徒は当番などやらない。


 わたしの班もわたし以外誰一人として掃除をしない。


「なに掃除なんかやってるの」


 机に座ったまま仲間とおしゃべりをしていたクラスメイトが、そばを掃いていたわたしに声をかける。


「じゃ、だれがやるのよ」


 不愉快な気分になった。


『へー、以外、伊緒乃いおのちゃんはめんどうなことはしない主義じゃないの?』


 イオのやつが人の神経を逆なでする。


「うるさい!」


 わたしの大声にクラス中が静まり返った。


 わたしは背中を曲げて、ほうきを掃いていた姿勢をさらに小さくしてごみを掃き続けた。


『決まりごとはきちんと果たす、それが嫌だったら規則を改正するぐらいのことをやんなきゃ。 それもせず、守んないのは嫌いなの。 それに、人との変なかかわりをもたないためにも規則は守った方がいい』


『それなら、みんなにも守ってもらった方がいいと思うけど』


『そりゃそうだけど、そんなの無理だよ』


『そうかな、あの(りょう)でさえ掃除にいっているだろ』


『まあね。ただあれは、わたしのまねをしている沙羅さらに付き合っているだけだし』


 そう心の中でイオと会話しながらも、良が引きずるようなスカートをたくし上げてトイレ掃除をしている姿を思い浮かべると、思わず吹き出してしまった。


 わたしの口を勢いよく飛び出したつばが、目の前のながーく伸びたズボンにくっついた。


 恐る恐る顔を上げるとはるか上空に無表情な顔があった。


「ご、ごめんなさい」


 百九十センチ、格闘家ばりに体格のいい男子が立っていた。彼は鞄を持つとなにも無かったように教室を出て行こうとする。


「ちょっと待てよ」


 イオの声に彼が止まる。


「掃除当番だろ」


『なにいってんのよ、イオ!』


「掃除しろよ」


『イオ、大友くんを挑発しないでよ』


 わたしは慌ててイオを止めに入った、無論、心の中でだ。


 大友くんはやくざの組のナンバーツーを父親に持つと噂されている。


 先生さえ彼には、なにも注意をしない。


 というか、取り立てて悪いことをするわけでもないから、彼を注意する理由もないのだけれど。


 クラスメイトはやくざの息子という以前に、彼のいかつい容姿やどこか人を寄せ付けない雰囲気から、だれ一人としてかかわりをもとうとはしない。


 その彼にイオは意見しているのである。教室中の生徒がわたしたちの様子に無関心を装いながら聞き耳を立てている。


「はい、箒と塵取り」


 イオは、わたしがもっていた掃除道具を渡そうと彼の目の前に差し出した。


 見下ろしている大友くんの顔を下からまじまじと見上げた。


 大きくも無く小さくも無いほどよい大きさの眼、てごろな高さの整った鼻、少し大きめのぷっくりとした口。


 彼って、こんな顔してたんだ。


 近寄りがたいイメージとは少し違った顔だった。


 普通に見れば、イケてるぶるいかもしれない。


 意外と人の顔なんてよく見ていないものだな。


 彼は目を瞬たせると、わたしに背を向けて歩き出そうとした。


 立ち去ろうとしている大友くんの後姿を見ながら、ほっとしたのも束の間。


「聞こえないのかよ」


 挑発するようなイオの声。


 それでも、無視をして行こうとする彼の腕をイオはつかんだ。


「もう掃き終ったからさ、これ片付けてくれるぐらいいいんじゃないの?」


 イオは彼の手に箒と塵取りを持たせると、ごみ箱のごみを捨てに教室を出た。




 わたしが教室に戻ったときには、大友くんも箒や塵取りも消えていた。


「伊緒乃ちゃん、大友くんに塵取りを片付けさせちゃったんだって、すっごーい! 見てみたかったな、大友くんが塵取り抱えているところ」


 後方より甘ったるい声がする。


「ねえ〜ん、一緒に帰ろう、うふ」


 わたしの背中に沙羅が抱きついてくる。


「ごめん、先に帰ってくれる」


「え〜、また一緒に帰らないの? 最近、伊緒乃ちゃん付き合い悪すぎ」


 どういうわけか入学してすぐに沙羅とは友達になった、というよりも沙羅になつかれたという方が正しいかもしれない。


 いつもならこんなときは振りほどくところなのだが、今日は違う。 今はあいつ、イオがわたしの身体を動かしているのだ。


 きっと沙羅の水ヨーヨーのように軟らかい胸の感触を背中に感じて、おもいっきり鼻の下を伸ばしているに違いない。


 イオは妙に人間臭い、わたしの思い描いていた宇宙人のイメージとはほど遠い。


「いつまでそうしてるきだ、は・な・れ・ろーっ!」


 平均身長のわたしとちょっと背の低い沙羅を、背の高い(りょう)が引き離した。


「それじゃぁ、バーイ!」


 そう言うとイオは駆け出した、もちろんわたしの身体、でも今はあいつが支配している。




 イオの行き先はわかっている、体育館だ。


 お目当ては体育館の片隅で練習している剣道部。


 女子二名と男子四名の淋しい部だ。


 古くからある部ということで、同好会への格下げをかろうじて免れている。


 これ以上部員が減ったら、来年あたりは同好会になっているかもしれない。


 まあ、そんな他人の部の内情はどうでもいいのだが、肝心なのはイオがこの部にえらく執着しているという事実だ。


 最初は剣道という日本古来の武道が、物珍しくて見ているだけだと思っていた。


 だがしばらくして、イオが見ているのは特定一男子部員だと気がついた。


 わたしより一つ上の二年生、広瀬(ひろせ)祐樹(ゆうき)


 先輩を見ているとなんだか切ないような苦しくなるような、心臓がスキップするような変な

感覚になる。


 先輩とは話したこともないのに。


 これはたぶん、イオの感情と同調しているだけなのだろう。


 広瀬先輩は、体育館にたった一人になると雑巾がけを始める。


 これが日課だ。


 今日は、イオも彼に習って雑巾がけを始めた。


 イオったら、なにを考えているんだか。


 ほんの一瞬、先輩はわたしを見たがなにごとも無かったように雑巾がけを続ける。


 体育館にふたりっきり。


 イオは雑巾がけを一往復しただけでわたしにバトンタッチした。


 だだっ広い床の真ん中に、水で輝くラインを一本引いただけで、わたしはリタイヤしたい気分だった。


『かわってよ』


 くっそー! 無視して!


 先輩はもうかなり拭き終わっている。


 休んでいるわけにもいかず、再び重たいお尻をあげた。


 日頃の運動不足がたたる。


『ざあけんじゃねえ! やってられっかこんなこと!』


 疲れが脳にまでやってきて、言葉遣い、いや、考える言葉が乱暴になってくる。


 やっと、過酷な筋トレ? が終わり体育館すぐ横の流しに先輩と並んで雑巾を洗った。


 雑巾を洗い終わると、先輩は手をだした。


 その意味がわからず、わたしはただ突っ立っていた。


「雑巾」


 さわやかなミントの香りが漂ってくるみたいな声。


 わたしに代わってイオが雑巾を渡した。


「今日はどうもありがとう」


 まじかで先輩を見たのは初めてだし、こんなに優しい声を聞くのも。


 いつもは、離れた所から眺めているだけで、ううん、そうじゃない、イオはテレパシーを送

っているみたいだったけど。


「この頃、毎日練習を見に来ているけど、剣道好きなの?」


 きりりと引かれた目元が、なんだかぞくっとしちゃう。


「いいえ、べつに」


 イオのそっけない返事。


 少し傾げた先輩の髪から滴り落ちそうな汗のしずくが、夕日色に染まって見えた。


 わたしたちの影が長く伸びていくばかりで言葉が続かない。


 なにかいわなくっちゃと、わたしは乾ききった唇をひらいた。


「あの、なぜ、先輩はいつも一人で掃除をしているのですか? 他の部ってみんな後輩にやらせるのでしょ」


「使った場所に対して感謝をこめて、っていうとかっこいいけど、自分のため、かな? 最初と最後には雑巾掛けをしないとなんか落ち着かなくってさ」


 照れ笑いをする。


 稽古をしている時の凛々しさとは違って、なんか可愛い。


「明日、きみも練習に出てみない?」


「とんでもない、わたし運動音痴ですから」


「やってみると楽しいよ。それに、俺も……仲間が多いほうが楽しいし」


「遠慮しておきます。見ているだけで十分楽しいですから」


「そう」


 先輩がこっちを見ている。


 まただ、胸が締め付けられるように痛くて、呼吸が出来ないくらい苦しい。


「じゃあ、今日はこれで」


 そのひとことがやっとで、息苦しいのも忘れてわたしは駆け出していた。


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