第二話:はた迷惑なあいつ 1
あいつ、イオに出会ってから一週間、最悪の日々が続いた。
生傷や痣が絶えないのである。
ズル、ガラガラ、ドテ!
「いてぇー!」
ふ〜ぅ、またやってしまった。
『バーカ! 風呂場で眼つむるやつがいるかよ』
『だれもやりたくってやってるわけじゃないわよ! いったいだれのせいだと思ってるのよ。あんたのせいよ、あんたの! まったく、イオのせいで傷だらけよ。 この白くて美しい肌に跡でも残ったら、どう責任とってくれるのよ』
家の脱衣場とお風呂場には、父親の悪趣味でバカでかい鏡がある。
鏡の前で筋肉お宅の父がポーズをとって、鍛え上げた身体に惚れ惚れしている姿など想像するだけでぞっとする。
そして、この鏡があるばっかりに、わたしは服の脱ぎ着も風呂に入る時も目を閉じていなくてはならないのだ。
あいつに見られないために。
なんたって、わたしの見ている景色は、あいつに丸見えなのだから。
『誰もわざわざ寸胴なおまえの裸なんか見るかよ。ひょうたん見てるほうがよっぽど感じるぜ』
『な、なんですって! 見たことも無いくせに!』
「あーっ!」
痛いお尻をなでながら立ち上がった拍子に目を開けてしまったその先には、無駄に大きく少しの曇りもない鏡があった。
驚きのあまり、数秒間目を閉じるまで時間がかかってしまった。
『見たなぁ』
『さっきの言葉は訂正するよ。寸胴ではなくって洋ナシだ』
『はぁ?』
『胸がないのに腹が出ている』
『失礼な!』
いちいち頭に来るやつだ。
人の裸をただで見ていながら嫌味を言う。
反論できないところがますます気に入らない。
そう、このお風呂が怪我の絶えない理由の一つであった。
そして、二つ目の理由があんちきしょうの妙な正義感だ。
わたしは今まで“めんどうな事はしない”“人とは深くかかわらない”“熱くならない”この三つをモットーに生きてきた。
それが、世の中を上手く渡っていくコツだと思っていたから。
なのに、なのにだ、高校に入って沙羅に出会ってからというもの、この三つのモットーを破ることが多くなった。
だいたい、このモットーを破ってろくなことがあったためしがない。
あの時だって、あんなに熱くなってトイレのドアをあけさえしなければ、イオなんていう変な宇宙人を自分の身体に居候させなくても済んだのだ。
そうすれば、あいつの正義感のために絶えまない筋肉痛や生傷にさいなまれなくってもよかったわけで。
だいたい、なんでポイ捨てをする人や女性に絡む酔っ払い達を注意するたびに、いちいち喧嘩になるんだかまったくわけがわからない。
そう、イオが来てからというもの、ろくな日がないのである。
明日はどうか平穏無事に過ごせますように。